Lv32「狐娘とテレビと児童車」前編

グビッグビッ、ゴクンッ。


「もっふふふふ」


金髪の尻尾が愛らしい狐娘キーニャンは、部屋でゆっくりと寛いでいた。

最近、ワルキュラが人間王国の対処に追われて、全く来訪しないから心休まる日々が続いている。

働かずに給料を貰えて、美味しいコーヒーミルクを飲めて、人生絶好調。

狐娘の気分はセレブさん。


「不労所得って、乙女の夢だよね。

今日は何処でショッピングしようかな……もっふふふ」


特に、コーヒーミルクの味は最高にも程がある。

中毒性があるコーヒーと、甘いミルクの合体。それが織り成すハーモニー。

大人の味と子供の味を、一度に味わって贅沢すぎた。

後は、狐耳が似合う素敵な旦那様をGETできれば、将来安泰である。


「合コンしようかなぁ……もっふぅ?」


部屋の扉から音がした。骨の手で、木を強く叩いた音だ。

嫌な予感に、キーニャンの大きな尻尾が勢いよく逆毛立つ。


(ま、まさか……!?)


キーニャンの嫌な予感。それは――的中した。


「キーニャン、俺だ。

ワルキュラだ。

最近、公務が忙しかったが、ようやく時間を取れたぞ」


この声を聞いて、キーニャンは思考を停止し、思わず叫んでしまった。


「もっふぅー!!?」


「おい、大丈夫か?」


気づけば、扉が開いてないにも関わらず、豪華なローブを纏った巨大な骸骨――ワルキュラがキーニャンの背後に立っていた。

恐らく、転移魔法?とやらで、障害物を全て無視して移動したのだろう。

ホラーな化物が、ホラーな方法で移動するから、キーニャンの心臓が激しく脈動して辛い。

でも、今の自分は秘書なのだ。雇用主に挨拶をする義務がある。

挨拶もできない部下なんて、即、解雇だろう。

解雇が、即日中に、あの世生きの切符にクラスチェンジするのは当然すぎる現実だ。


「ワ、ワルキュラ様……?

お、お久しぶりの、モッフフ、です……?」


「うむ、久しぶりだな。

元気そうで何よりだ」


「あ、はい……もっふぅ……」


出来れば、キーニャン的には二度と再会したくなかった。

新聞によれば、つい先日、200万人相当の人間を、この世から消滅させ、人間王国を征服した大魔王……それがワルキュラだ。

その権力と武力の圧倒的凄さに、目眩すら感じて、狐耳が下に垂れ下がってしまう。

無駄に豊かで大きい胸も、重力を感じて重たくてダルかった。


「キーニャン。

お土産にこれをプレゼントしよう」


そう言って、ワルキュラが異次元(ドリームランド)から取り出したのは、子猫が入れそうなサイズの小さな箱だった。

その箱は、真っ暗なガラスで一面が覆われていて不気味だ。

ガラスから静電気を感じるせいで、キーニャンの毛が少し逆立つ。


「もっふぅ?」


「これはバッテリー付きの小型テレビだ。

燃費が良くて、長時間保つから経済的だぞ。

ビンゴ大会の商品なのだが、既に大型テレビが宮殿にあってな。

要らないから持ってきた」


「テ、テレビ!?」


その恐ろしい単語には、聞き覚えがある。

確か、テレビとは……人間の魂を封じ込めて、24時間労働させる拷問アイテムの名前だ。

アンデット達を喜ばせるために、必死に箱の中で芸をやらされて、死後の安寧すら奪われるという。

無論、無報酬で無休な超絶ブラック企業待遇だそうだ。


「このスイッチを押せば、電源がonになって映像が見れるのだ。

使い方は単純だから、やりながら覚えれば良い」


そう言って、ワルキュラはテレビの右下についている紅いボタンを押した。

暗いガラスに、大勢のゾンビの顔が投影される。

大都市で腐敗したゾンビが、人を食い荒らし、悲惨な悲鳴が部屋に響き渡る。

『だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

『やべでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

『パルメザンチーズぅ!!!』

そこでは生きている人間は、ただ食われるだけの肉に過ぎなかった。

走り回る腐った『元人間達』で、大都会は汚染され、埋め尽くされている。


(こ、これは、まさか……人間王国で行われた大量虐殺の光景っ……!?)


完全に人の所業ではない。

悪魔、それも神を冒涜する事を目的にした地獄の宴だ。

ワルキュラの悪意は、見るだけで吐き気を覚えて、狐の尻尾がブンブン動く。


「おや、ゾンビ映画だったか?

これは若い娘に見せる内容ではないな、うむ」


ワルキュラがテレビの真ん中にあるボタンを押して、別の映像を映し出した。

キーニャンは、先ほどの光景を忘れられない。

というか、今日は悪夢にうなされて、寝れそうにない。

自分がコーヒーミルク飲んで平和を満喫している間に、人間王国の皆が、ゾンビとなり、餌となり、無残に腐り果てた死体となったのだ。

そう思うと、狐耳が下に垂れて、寒気がしてきた。


「キーニャン。テレビは付けっぱなしにすると、電力を消費するから、テレビを見ない時はスイッチを押して、画面を消すんだ。

わかったな?」


「も、もっふぅ……」


なんと返答すれば良いのか、発展途上国暮らしのキーニャンには分からない。

死をもたらす大魔王を説得する方法も、思いつかない。

ホラー小説に登場しそうな、怖い箱をどう処分すれば良いのだろうか?

そうやって狐娘がモフモフ悩んでいると、ワルキュラが――


「来て早々悪いが、俺は国に帰らないと駄目なのだ」


「もっふぅ?」 


「どうやら、俺を暗殺するために、刺客が放たれているらしい。

同じ場所に長居すると、キーニャンに迷惑がかかるかもしれない。すまんな」


「あ、はい、分かりました!

お気をつけて!お帰りください!」


「うむ、去らばだ。

また、会おう」


そう言って、ワルキュラは瞬時に、魔法を使って部屋から消え去った。

残るのは――呪いの箱テレビ。

映し出されている映像は、踊って歌っている人がたくさん映っていて、中々に面白そうだが、強制労働させられている亡霊達だと思うと、安心して視聴できそうにない。


「可哀想……このテレビって道具……。

どんな悪魔が作ったんだろう……?

やっぱりワルキュラ様の魔法かな……?」


『この番組は、ご覧のスポンサーが提供しています』


「もっふぅ……?」


ゴランノ・スポンサー。

そんな怪しげな組織名は聞いたことがない。

きっと、帝国の悪い悪い秘密組織なんだなぁと、キーニャンは思った。



中編に続く


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る