第34話 そして大阪へ

 マチが大学にやってきた日から三日が経過した。あの後、タックさんはマチを連れてどこかへ行ってしまい、それから二人とはなんとなく連絡が取りにくくなってしまったのだ。

 

《師匠失格》


 マチがあの時そう言った。なら、原因は僕にある。僕があの二人を、久しぶりに会うことが出来た同じチームの仲間同士を険悪な形で再会させてしまったのだ。


「はぁ.....なんでこうなっちゃうんだろう」


 今日の講義を全て終えて、体育館前のベンチに腰掛けながら携帯を覗き込む。やる気は起きなかったけど、マチと出場した大会の動画を何度も見返していた。自分の動きを見返して、これが原因で喧嘩させちゃったのかなとまた落ち込む。


「その動き、なかなかいいね」

「ま、マチ!」


 余りにも気配がなくて全身がビクッとした。あの時と同じジャージ姿の彼女は、僕の携帯をのぞき込んでふむふむと何か分析するように頷いている。

 というか、なんでマチがこんな所に.....。


「マチ、来てたんだ.....」

「うん。リクに会いに来たよ」


 軽く微笑む彼女はどこかゴキゲンで、前の騒動の女の子とは別人のように感じられた。


「あのさ、大丈夫だった?」

「なにが?」

「だって、タックさんと喧嘩してたじゃないか」

「タックと? だれが?」

「マチだよ! 覚えてないの? いきなりマチから手を出して.....」

「あ〜.....」


 マチは、そんな事もあったかもという顔だった。本気で忘れていたのだろうか。


「あんなの、いつものことだよ」

「いつもの?」

「うん、ケンカじゃない。あの後、タックにラーメン屋さん連れていってもらった」

「そ、そんなぁ.....」


 あれが挨拶だったと言うのだろうか。確かにマチとタックさんはいつも通りの顔してたけど、その場の人は全員ただ事ではないと血の気引いてたのに.....。

 一気に力が抜けて、僕はベンチから滑り落ちそうになってしまった。


「もう、紛らわしいよ.....。無駄に三日も悩んじゃった」

「ごめんね。でも、今日はいい話がある」

「いい話?」

「そう、名付けて」

「名付けるの?」

「ちゃんと聞いて」

「あ、ごめん」


 なんだか変なテンションだ。とりあえず合わせよう。


「名付けて、『マチちゃんと二人旅〜ドキドキバトルツアー』が開催されます」

「なっ!! 何だってー!?!?」

「.....馬鹿にしてるの?」

「いえ、そんなつもりは.....」


 せっかく全力でノッたのに!

 まぁいいや。それより、バトルツアー?


「週末の金曜日から日曜日。各地でバトルがあります。リクはわたしと組んでそれに出ます」

「出ます!? ちょっと待ってよ。週末は公式戦があるからそっちにチームで出るんだ。いまさらキャンセルなんてしたらいっぱい怒られちゃうよ」

「大丈夫。マサヤたちには許可取った。もうリクはキャンセルされてるよ」

「そんな馬鹿な.....」


 確かにマサヤくんがエントリーしてくれてるけど、なんでそんな勝手なことを。


「ついでに、週末のバトルツアーはエントリーしてある」

「マチは本当に大胆なことするよね.....」

「リクは、大胆な子が好きだって聞いた」

「どこ情報なのさ!」

「クマさん」

「一番付き合い短い人じゃないか.....。とにかく、キャンセルもエントリーもしちゃったのなら仕方ないか。マチに付き合うよ」

「やった」


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶマチを見ていると、勝手に進められたことなんてどうでもよくなってしまった。ずいぶん懐かれてしまったな。

 そうなると、やっぱり問題は.....。


「でも、場所はどこになるのかな?」

「一つは前の会場。滋賀。後は、遠くないよ。京都と大阪と横浜」

「遠くないの滋賀だけじゃないか! エントリー代も交通費も宿泊費もどうやって用意するのさ!」

「大丈夫。前の優勝賞金でそこそこ賄える。足りなくても、わたしが優勝したときの賞金が結構あるから」

「マチ.....、いくらあるの?」

「前の賞金は五万円。わたしが今まで貯金した賞金が二百八十万円」

「ぶっ!!」


 二百八十万!! いったいいくつのバトルで優勝したんだこの子!!


「ままままマチ.....」

「わたし、タックと出たバトルは全部優勝してるの」

「そそそそれは凄いね」

「強い?」

「そりゃもう.....」


 怖いよこの子。この歳にして立派に賞金稼ぎだ。力の差とかでガッカリしてたのが恥ずかしいレベルだよ。

 マチはいつの間にか僕の横に置いていたリュックを背負い直してくるっと後ろを向いた。


「リク。行こう」

「え、どこに?」

「この近くに面白い練習場所があるから。いまから行くの」

「あ、待って。マサヤくんとの練習の約束が」

「それも断ってるから。大丈夫、心配しないで」

「本当に手が早いね!」

「時間は無限じゃない。思い立ったら動くのがわたしのモットー」

「人との約束を守る僕のモットーが潰されてるよ.....」

「それは、ごめんなさい.....」

「もうどうにでもなれだよ。行こっか?」

「うん」


 今日一番の笑顔で、マチは僕の手を引いて歩き出した。本当、この子に会ってから振り回されっぱなしだ。これがいい事なのか悪いことなのか分からないけど、なんとなく悪い気はしていなかった。















 約束の週末。僕はキャリーバッグに三日分の旅支度を詰め込んで早朝の駅前に来ていた。


「そろそろか」


 始発に乗ってくるマチを待って数分。彼女は時間通りに人のいない駅から走ってきた。

 白のワンポイントTシャツにチェックの上着。デニムのショートパンツから伸びるスラッとした足はとても健康そうで、黒のストッキングがポイント高い。見たことなかったけど、僕と似たような黒の帽子もよく似合っていた。

 個人的にとても好みだ。


「おまたせ」

「ううん、時間通りだよ。」

「どう?」

「なにが?」

「この服、リク好きでしょ?」

「だ、誰から聞いたの!」

「クマさん」

「なんで彼は僕のことなんでも知ってるの!

?」

「ふふっ、リク面白い」


 きっと僕は、いま赤くなってるんだろうな。それにしても、わざわざ僕をドキドキさせるようなことして何が面白いんだろう。

 納得出来ない気持ちを抑え込んで、予定の電車に乗り込むために二人で駅に入った。それから新幹線で大阪に向かう。電車の中でうたた寝したり今日のイベントの話をしたりして時間を潰す。


「え、ポップも出来るの?」

「うん。わたし小さいからヒットは得意じゃないけどロボットやアニメーション主体ならならなんとか戦える」


 そう言って僕に腕を差し出してきた。おずおずと二の腕を掴むと、なんとも細くて柔らかくて、少し悪いことをしてるような気がした。


「いくね」


 そう言ってマチは腕のヒットをする。それまで折れそうなほど柔らかかった二の腕は、2倍近くに膨らんだんじゃないかと思うほど強く弾けた。


「え? え?」

「こんなもんなの」

「ヒット強くない!? 収縮の速さもビッグベアーくんみたいだったよ!」

「それは言い過ぎ、彼はヒット強い」

「そうかな〜」


 ダンサートークは尽きることなく、あっという間に大阪に到着した。終始驚くことばかりだったけど、大阪に到着してからはさらに驚かされる。


「リク! リクこれ! ほしい!」

「ダメだってば! 荷物になるじゃないか!」

「やだ買う!」

「ほら行くよ! ホテルで荷物置かないと!」

「いやー!」


 目的地である地下鉄なんば駅を降りて、西の秋葉原と名高いオタクロードに着いてからはずっとこの調子だった。彼女がオタクなのはわかっていたけど、フィギュアショップを通り過ぎる度に立ち止まられるといつまで経ってもホテルに到着しない。

 その変貌ぶりはまさにミナミさんだった。オタクダンサーはみんなこうなのか。人のことは言えないけど。

 どうにかホテルに到着してチェックインを済ませると、マチは急に不機嫌になった。


「マチ、どうしたの急に」

「部屋」


 短く答えた彼女は、こちらを見向きもしないでスタスタと歩いていく。


「部屋を別々に変更したこと? 仕方ないじゃないか。マチだって女の子なんだから一緒はちょっと.....」

「わたしの部屋、泊まったくせに」

「あれは不可抗力だよ」

「ホテル代、高いのに」

「そ、それは.....」


 確かに高かった。でも、それは僕持ちだからいいんじゃないかな。そもそも、マチは女の子として自覚が足りないよ。

 僕は一度ため息をつくと、目の前を歩く小さな女の子を呼び止めた。


「わかった。次は一緒の部屋でいいよ」

「ほんと?」

「うん。いっぱいダンスの話もしたいよね」

「なら、いい」


 妹みたいなもんだし、まぁいいか。

 ようやく機嫌を直してくれたマチは、バトルの時間まで観光したいと言い出した。色んな店に入って、たくさんアニメの話をしたりゲームの話をしたり、お腹が減ったからとカフェに入ったりと、本当にダンスをしに来たのか不安になるほど電気街を満喫していた。


(まるでデートだよ)

「リク、デートみたいだね」

「えぇ!? いや、違うからね! バトルに来ただけだから!」


 心の中を見透かされたようにタイミングよく言うもんだから、僕は慌てて否定してしまった。それでマチが少し不機嫌になりそうになったけど、 ちょうど良くバトルの時間が近づいていたので、早々に話題を切ってカフェから出発する。

 いまのは仕方ないじゃないか。そうだねなんて返したらとても自意識過剰な奴だもの。


 カフェからそれほど離れていない会場にはすでに人で溢れていて、僕たちは並んでエントリーを待つ。まだ不機嫌なのかなとマチの顔を覗くと、彼女はすでにダンサーの顔つきになっていた。

 マチは思い出したかのようにいそいそとリュックを漁る。何をするのか見ていると、中からキツネのお面を取り出して顔にすっぽりとはめた。


「あ、それはいるんだね」

「いるの」

「なんでバトルではお面で踊るの?」

「それは.....そのうち話す」


 とても言いにくそうに、マチは下を向いた。聞いてはいけない事だったのかもしれない。僕はそれ以上深入りせず、黙って自分たちの順番がくるのを待った。

 今回のバトルはフリースタイルの2on2。フルトーナメントだけど、前ほど多くないのでそこまで時間はかからないだろう。特色としては、流れる音楽の全てがハウスミュージックらしい。

 試合開始十分前。ストレッチで身体をほぐしていると、マチはヒソヒソと小声で話し出した。


「リク、あなたのレベルなら、このバトルは優勝して当たり前」

「そうなの? いや、それは言いすぎじゃ.....」

「だから、ゲームをする」

「??」

「決勝以外、トップロックしか使っちゃだめ」

「な.....っ!」


 それは、ブレイクダンサーにとって余りにも重すぎる枷だった。スタイラーは他のスタイルよりトップロックを重視する傾向にあるものの、トップロックのみとなると他ジャンルとの立ち踊り勝負。フロアムーヴが醍醐味のブレイカーにその制約は無謀だ。


「ま、マチ!?」

「これはゲームだから。楽しもうね?」


 お面をズラしてイタズラな笑みを浮かべる。無茶苦茶なことをする性格だとは知ってたけど、本当にデタラメな子だ。

 そんなデタラメに付き合わされすぎて、僕はとうとう吹っ切れてしまった。


「の、望むところだよ! じゃあマチはポップしか使っちゃダメだからね!」

「いいよ? 足引っ張らないでね」

「ふん、マチこそね!」


 いったいどうしちゃったんだろう僕は。どんどんこの子の無茶を受け入れやすくなってしまっている。

 心底楽しそうなマチ。きっといい遊び相手だと思われているんだろうな。


《それでは、第一試合! カレノコセカンド vs シザーズ!! バトルスタート!!》


 もうヤケクソだった。スタートの合図で飛び出した僕は、ヒップホップ二人組に立ち踊りを挑んだのだった。

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