第31話 経験と才能
出場者の数から、フルトーナメントで行われることを考えて長期戦になることは分かっていた。予選を終えてベスト8。すでに日も落ちかけ夜に差し掛かろうとしていた頃だった。
「はぁ、はぁ、はぁ.....」
ブレイクは長期戦に向かない。最も体力を使うジャンルだからだ。ここまで勝ち上がれたのは僕が温存しても相方の少女が頑張ってくれたからに他ならない。
しかし、そろそろキツくなってきた。
「「おぉ!!」」
歓声が一つ上がるごとに焦りを感じる。ここからはジリ貧だ。気持ちだけで戦うしかない。相手のレベルも高いものになり、少ししかない手札はほとんど晒した。目の前で踊るハウスの彼も同じく、出る直前には参ったなと難しい顔をしていた。
ほとんどの人がそうなるであろう後半戦。ただ一人。異質な空気を放つ人がいた。
《さぁチェンジ! カレノコセカンドー!!》
それは僕の相方であり見た目も異質な少女。疲弊する僕をすり抜けて前に出る彼女が見せたのは新しい姿だった。
《ここに来てハウスだぁ! 持ちネタが多すぎるぞお前は!!》
「な、何だって.....っ!」
今までのロック一筋だった彼女が見せたのは強烈に前ノリをするハウス。それもヒップホップと配合された全身を躍動させるレア物のハウスだった。その激しいステップと上半身のフル稼働。あれだけレベルの高いロックをしておいて、まさか彼女も温存していたのだろうか。
キュッと足を揃えて静かに帰ってくるその姿は、一切呼吸を乱すことなく落ち着いたものだった。底が見えない。あれだけの運動量で、お面を付けて、一つも呼吸を乱さない。体力オバケにも程がある。
《勝者! カレノコセカンド! ベスト4進出!》
絶えず沸き上がるサークルの中。僕の対戦相手は完全に彼女になっていた。この子に負けたくない。置いていかれたくない。一緒に組んでいるのに対抗意識が強くなるばかりだ。
《それでは! ベスト4が出揃った所で15分のDJタイムを挟みたいと思います! みんな水分補給は忘れずに!》
イケメンMCが下がると、どこもかしこもその場で踊り出すダンサーでごった返した。僕はマチさんを連れて廊下に出ると、一緒に外へ出た二人組に話しかけられた。
「いや〜、お面のあなたすごいわね。さすがこの大会の覇者って感じ」
「え、そうなんですか?」
僕がぼやっと驚いた姿を見て、二人組の女性はくすくすと笑った。
「あなた知らないで組んでたの? 有名なのよその子。誰と組んでも大抵優勝か準優勝しちゃうからこの大会で名物みたいになってるのよ?」
「そう、でしたか」
やっぱりそうか。知りたくなかったけど、優勝の常連なんだ。まぁ、ここまで一緒に戦ったら嫌でも痛感するけど。
マチさんは何も答えず、足早にトイレに入っていった。残された僕に耳打ちするように、女性達は呟く。
「じゃあさ、気付いてた? あの子、これまでのムーヴ全部相手のジャンルで返してたの」
「.........え?」
「その様子じゃ気付かなかったみたいね。あの子、まだまだ隠してるわよ」
「あぁ〜やだなぁ。次あなたのチームに当たるからワックで返してくるよ絶対! 他ジャンル使いに自分のジャンルで負けると本気ヘコむわ」
「まぁまぁ、あの子に当たれるなんてラッキーじゃん? 胸貸してもらおうよ」
「うぅ.....頑張るぅ」
彼女たちが去っていくと、僕は一人動けずにいた。
全て、相手のジャンルで? 他ジャンル使い? ロックがメインでハウスを齧っているだけではなく、ワックも?
どんどん深さが増していくパートナー。それに対する自分のレベル。釣り合ってない。完全にお荷物じゃないか。
ぐるぐると僕を包む闇もまた深くなる。どうにか考えないようにしないと、いまは次のバトルに支障をきたす。
「.....おまたせ」
「あ、うん」
可愛らしいピンクとレースのハンカチで小さな手を拭く彼女が、とても大きく感じた。とんでもないバケモノと組んでしまったのかもしれない。
自販機で水を買って水分補給を済ませた僕たちは、時間通りに会場に戻った。名前を呼ばれサークルに入ると、そこには先ほどの女性が二人。身体にピッタリと張り付くようなタイトな服は、以下にもワックらしかった。
《それでは準決勝第二試合! バトルスタート!》
鳴り響くドラムは、かなり昔のアニソンだった。ギリギリ曲だけは聞いたことがある程度だけど、ブレイクがやりにくい速度ではない。
「僕から出る」
「.....お願い」
相手よりも先にサークル中央へ、トップロックで制限時間の半分は使おう。
先手をもらったのには理由があった。マチさんがカウンターで出るのが見たかったのだ。彼女たちの言う通りなら、ワックで返すはずだ。見たい気持ちと、見たくない気持ちが入り混じる。その揺らぎが、最悪のダンスを生んだ。
(しまっ.....!!)
疲れも相まって、最後のフリーズでミスをしてしまった。チェアから流して入るはずのアローバックを、背中から地面に落としてしまったのだ。
(ダメだ! ここで終われない!)
タイムアップに合わせたのに外してしまった。焦って次のセットに入ったためにMCも急かしてきた。
《チェンジ! 交代! カレノコ下がって!》
(くっそ!!)
繋ぎをぶった切って無理矢理クローズチェアで収めた。最悪だ。これじゃマナーの悪い下手くそダンサーじゃないか!
目頭が熱くなるのを感じながら下がると、マチさんはトントンと背中を叩いた。気遣われた。それが何よりの敗北感だった。
気丈に振舞おうと相手の踊りを注視すると、宣言通りのワック。少しミナミさんのフリースタイル混じりに似ているけど、とても綺麗な形をしていた。
(何やってんだ僕は! このレベルの相手にミスったら勝ちはないのに!)
体温がどんどん落ちる。僕のせいで負ける。この子を、優勝候補を負けさせてしまう。淀んだ空気は鉛のように重みを増し、そして、氷のように冷たかった。
相手はムーヴの終わり際にマチさんを挑発するように立ち止まって見下ろした。僕なんて眼中にない。流れは全て掴まれた。
チェンジの合図までツーカウント。マチさんはこちらを向いて一言呟いた。
「.....大丈夫。本気、出す」
言い終わりと同時に飛び出した彼女は、相手の戻る足を早めさせた。勘づいたのだ。本気で潰しに来るマチさんに。後ろからでもその強大で攻撃的なオーラを感じたくらいなのだから。
《さぁ、出してきたぞ3ジャンル目! カウンターの鬼の真骨頂だ!》
ジャージのジッパーを下ろして勢いよく脱ぐと、後ろに投げ捨てた。大音量で流れる曲を上回る爆音で地面を踏み潰し、その流れから繰り出されるのはワック.....。
「違う.....なんだよ。何なんだこのスタイル」
一瞬で思考が止められる。ワックなのだ。ワックなのに、果てしなく異形。怒りの感情が全面的に出たこのダンスは見たことがある。それは.....。
「まさか.....クランプ?」
鞭のようにしなる全身から繋がる暴力的なクランプ。それは会場全体を引き込むには十分すぎるほどの威力を持った未知の世界だった。
美しく巻き上げられた腕から次に出るのは叩き潰すようなアームスイング。信じられなかった。美しいとまで言える女性らしさを武器とするワックと、男性が使って始めて本領を発揮するニューヨークのスラム街から生まれたと言われる怒りを体現したクランプ。互換性なんて皆無。それをここまで自然な形で一つのスタイルへと昇華させたなんて。
歴史が、生まれてしまう。
《なんだこれはぁあああ!!!! こんなバトルでお披露目するには荷が重すぎるぞそれ!!》
みんなもわかっていた。クランプとワックの配合。その新しいダンススタイルの誕生を。
激しいシンバルに合わせて胸を爆発させるように前に出すチェストバスター。相手を全く寄せ付けず、すでに勝利したかのように悠々と彼女は帰還してきた。
《ち、チェンジ!》
コメントも上手く挟めなくなったMCは首にかけたタオルで顔を拭いた。何も言えない。その気持ちが伝染して僕も一言も発せなかった。
最後は相手のムーヴなのだが、気圧されて心ここにあらずな動きになっていた。仕方ない。僕が対戦相手でもこうなっていただろう。
早々にバトルは終わり、ジャッジの時間。それも一瞬で終わった。
「か、勝ったね」
「.....やった」
圧勝。当たり前だ。もっとレベルの高いバトルですら、いまのマチさんを退けることは出来ないだろう。いったい誰ならいまのバトルに勝つことが出来るって言うんだ。
彼なら、不意に頭に浮かんだ人の名前を呟いた。
「タックさん.....」
「え.....?」
「いや、何でもないよ。それよりごめんね? 僕がミスしなきゃまだまだ隠せたのに」
「.....ううん。ワック相手なら、使うつもり.....だった」
「そっか」
そう言ってもらえると何となく気は紛れる。それにしても、本当に何者なんだこの子。
「あ、.....あの」
「え? なに.....」
《それでは! 時間も押しておりますので決勝に移ります! カレノコセカンドは連戦だけど大丈夫かな?》
彼女から話しかけられたのは初めてなので答えてあげたかったけど、決勝が始まる。また後で聞くとして、僕は確認の意味を込めて目を合わせた。
マチさんは小さく頷くと、僕はMCに向かってOKサインを出した。
《よろしいようで! それでは決! 勝! せーん!!!! ハイパワー兄弟 vs カレノコセカンド!! バトルーーーースタート!!》
最後の曲は前期最高人気を誇る『ひなぎしノート』のED。ハイテンポでダンス色の強いこの曲は決勝にはピッタリだ。
決勝戦だけあって、ここでは普通のバトルと同様に駆け引きが始まる。どちらが先攻を取らされるのか。相手の挙動に意識を向けていると、ちょんちょんと肘をつつかれた。
「えと、どうしたの?」
言いにくそうに「あ...」とか「う...」とか言っている彼女は、一度深呼吸をして話し出した。
「.....わ、わたし。このアニメ、好き」
「.....そうだね。僕も大好きなんだ」
どうしたんだろう急に、大好きなアニメだからテンションが上がったのかな?
「.....えっと、たっ、楽しいね。バトル」
「っ!!」
お面で表情がわからなかったけど、確信出来た。彼女はいま、心から笑っている。
そして、それが意味することも。
「うん! 楽しまなきゃ損だよね!」
「.....行ってらっしゃい」
「行ってくる!」
モヤモヤが、一気に軽くなった気がした。
そうだ。バトルって楽しいんだ。それに大好きなアニソンで踊れる。勿体ないじゃないか。技術がどうこうだとか、駆け引きがどうこうだとか。
ダンスは楽しんでやらなくちゃ!
ま、こんな小さい子に教えてもらってちゃ世話ないか。
《先に出たのはカレノコセカンド! さぁ魅せてくれ! 決勝にふさわしい熱いダンスを!!》
足が軽くなった。まだモヤモヤはあるけど、今この時、滅多とないアニソンバトルの決勝。楽しむぞ。心から!
初手は音ハメポイントに合わせるためドンキーからチェアそこから逆手のチェアにスイッチして持ち上げ、ハローバックからドリルに繋げた。
観客の熱狂が聞こえる。ずっと考え事をしながら戦ってたから何も耳に入らなかったけど、僕だって観客を湧かせることは出来るんだ。
一度立ち上がって態勢を立て直し、二ースライドで一気に間合いを詰める。
知らないフットワークが次々に出てきて、何だか自分の身体じゃないみたいに滑らかに動いた。
ありがとうマチさん。見ててね。すごくドキドキするんだ。
いままでずっと溜め込んだままだった息を吐き出すように、サークルの中で僕だけの世界を作った。観客を煽り、ジャッジも巻き込んで、楽しいを辺りに振りまいた。
《おおおおおいおい! いままでぱっとしないと思ったけど温存してたのかぁ!! ここに来て覚醒するのかお前は!!》
どんどん熱が広がり、手を叩いてコールする人が増えていく。よし、ここだ!
滑り込むように後ろに下がって、一瞬の静寂に合わせてエアチェアをキメた。
《最高のタイミングぅ!! チェンジー!》
ドハマリしたフリーズに気持ちよくなってクラっときたけど、大した事じゃない。簡単には返せないぞ今のは。
相手の一人が感化されたようにハイテンションで突っ込んできた。どうやらブレイカーみたいだ。すぐさまフットワークに入って小刻みに音ハメをキメていく。
初っ端はスタイラー同士の対決だった。流石に決勝相手はシルエットも綺麗で、お手本にしたいくらい基礎の出来たブレイクだ。
流れるようにマックスを止めたことで、流れはイーブンか少しこっちよりだろうか。
その時、向こう側で待っていたもう一人のブレイカーがマックスの上から飛び出してきた。
《おぉぉぉぉ!! 順番を無理矢理変えてきたな! 決勝戦だからそれもありだ! 戦略が見え隠れする!》
(上手いな今の! 流れがしっかり見えてたから出来る力技だ。もう一人の人はかなり実力がありそうだ)
出る気満々だったマチさんは出鼻をくじかれたようで、珍しく陣地でウロウロ歩き出した。その拗ねたような姿は何だか可愛らしく見えてくる。お面で顔はわからないけど。
飛び出してきたのは思っていた通り、パワームーバーだ。さっき当たった人とは違い、Aトラックスもバックスピンも完全にモノにしている。インパクトのある交代に加えて質の高いパワームーヴ。これはこっちが返す流れになりそうだ。
《さぁ! チェンジ! ラストムーヴはカレノコセカンド!》
やっとの出番でぴょんぴょん跳ねるマチさんは、この後、とんでもない事をやってのけた。
「あ.........、え.....?」
スライディングのように滑り込んで、高くジャンプして倒立。そして、小さく足を振ったかと思ったら、まさかのエアートラックス。
そうこれは見たことがある。いや、忘れるわけが無い。だってこれは.....。
「た、タックさん.....」
その小さな身体からは想像もできないほどパワフルで高いエアートラックス。これは紛れもなく、師匠であるタックさんの十八番ムーヴだ。
《出たぁーー!! 彼女の本業!! それはブレイクだーー!! やべぇーー!!》
数々のパワームーヴが組み合わせられるその動きに師匠を重ねた。それだけじゃない。各所でフットワークも交えてきている。スタイルに名前があるとすれば、それは『パワースタイラー』だろう。
やっと見つけた。まさかこんなに近くにいたなんてね。
「そっか、キミだったんだね。タックさんの知り合い」
もう驚くのも疲れた。タックさんの知り合いなら、いままでのダンスも何となく納得できる。少し規格外だけど、まぁいいや。
最高潮に盛り上がる中、マチさんはフリーズに入る。ドルフィンから緩く一回転をするワンハンドエアベイビー。会場は爆発したが。僕は乾いた息しか出てこない。
「見たことないよ。そんなバケモノフリーズ.....」
拳を挙げていた帰ってくるマチさんとハイタッチをして、決勝は終了した。
結果は、完封での圧勝。僕たちは全戦3ー0で勝利を収めるという。前代未聞の優勝を遂げた。
優勝ボードを二人で持ち上げ、拍手に包まれる。僕は横でやっと少し息を切らしたマチさんに微笑みかけた。
「ありがとうねマチさん。楽しかったよ」
「.....わたしも」
「ところで、この後大丈夫かな? 少し話があるんだけど」
「.....大丈夫。わたしも、あるから」
お互い、気付いていたようだ。
さて、色々話したいけど、何から話せばいいものやら。
終わり際のジャッジコメントに耳を傾けながら、僕はマチさんとの話し合いに心を弾ませた。
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