第29話 ダンサーあるある
合宿から数日。僕とマサヤくん、ビッグベアーくんは夜の駅から場所を借りて練習に励んでいた。別校のビッグベアーくんが入ってから、最近のチーム練はこれが定番だ。
「みんなみんな!」
「どうしたのミナミさん。テンション高いね」
遅れて登場したミナミさんは息を荒らげて鞄の中をまさぐっている。何だか嬉しそうだけど、どうしたんだろう?
「どうせ新しいアニメでも始まったんだろ?」
「あ? ワックはオタクなのか?」
「僕もオタクだよビッグベアーくん」
汗だくのシャツの袖で顔を拭うビッグベアーくんはふーん、と一言。特に興味無さそうな態度を見ると別段オタクに対して抵抗は無さそうだ。
ようやく鞄の中から手を引っ張り出したミナミさんが握っていたのは、大きめのタブレットだった。
「動画動画! あの時の! 合宿のバトル全部ネットに上がってるのよ!」
「ほんと!? みんなで観ようよ!」
「そう言えば俺らの動画上がったの初めてだよな! なんか嬉しいな!」
誰が上げたのだろう。そんな事はどうでも良くて、僕らの動画がネットにあるってだけでなんか有名人みたいで嬉しくなっていたのだ。
ただ一人だけ、ビッグベアーくんだけは苦い顔をしていたのが気になった。
「あれ?ビッグベアーくん観ないの?」
「観るけどよ.....はぁ、お前ら全員自分のダンスをハタから見たことねぇのかよ」
「そうだけど.....」
「.....心の準備しとけよ」
「?」
動画サイトで一番上に出てきたのは決勝戦。いまになると思い入れの強い一戦だ。ミナミさんのバトル、マサヤくんのバトルと流れていく。やっぱり二人とも上手い。こうやって観るとムーヴの構成や技の完成度もちゃんと確認出来る。これは彼らも満足いく動きになっているんだろうな。
チラリと二人の顔を見ると、そこには予想外の表情で真っ赤になる主力達がいた。
「ぉぉぉぉぉおおお.......こ、これは」
「へへへ、下手くそ! 何よこれ!」
二人揃って子供の頃の恥ずかしい過去を親戚の集まりで晒されたように慌てふためいていた。なんで、そんなに酷かったの? いつも通りだと思うけど。
最終戦。僕とビッグベアーくんの初戦。そこに立っていたのはまるでナルシストのように自分の世界に入り込む小さな男の子。そこから繰り出される汚いフットワーク.....。
「恥ずかしい恥ずかしい! 止めて止めて止めて!」
誰だこの人! ダサすぎる! あれだけ練習してきたのにこんな不格好なシルエット! ありえない!
「やばいぞ.....何だこれ。全然上手くねぇじゃん!」
「だから言ったろ。心の準備しとけって。踊ってる時はわかんねぇけどよ。動画で観ると自分のダンスが下手で仕方ねぇんだよ」
「これは、ちょっとダメージがすごいね.....」
しかし、止まることなく流れる動画。汚いエアチェアからの、なんちゃってマックス.....。
「ひゃああああああ!! やめてぇええええ!!」
「うるさい! しっかり観て受け入れろ!」
「ビッグベアーくんはよく平気だね! こんなの拷問だよ!」
「俺は始めた時からシズクに撮られてはチェックさせられたんだよ。慣れてるだけで恥ずかしいわ!」
こんなに酷い動きをしていたなんて今まで知らなかった。よくバトルで勝ち星を掴むことが出来たもんだ。
およそ二十分の程の動画が終わり、僕たち(ビッグベアーくんを除く)は憔悴していた。どんな形であれ、優勝を手にした事で少し舞い上がっていた心が一気に叩き落とされたのだ。
「.....課題。いくらでもあるな」
「.........そうだね」
僕とマサヤくんがぼそっと呟くと、ビッグベアーくんは軽くため息をついて動画を最初に戻した。
「いまは仲間だから言うがよ。こうやって動画を見返すってのは本当に大事なことだ。客観的に見ることで明確な課題を見つけて集中して練習が出来る」
「なかなか辛いね」
「俺とお前らのポテンシャルはほとんど変わらないだろうな。練習量もだ。レートで差が出てるのは始めっから動画をチェックして練習してることだけだと思うぞ。つまり、練習内容の差だ」
ミナミさんとのバトルを一から再生したことで、ミナミさんは顔を引き攣らせる。
「ち、ちょっとやめてよ」
「こら、目をそらすなって。これから全員課題を見つけてもらうんだからよ。さっさとレート追いついてくれなきゃ困るんだよ」
「困るって?」
僕が首を傾げると、ビッグベアーくんはまたため息をついて一度動画を止めた。
「お前らが目標にしてるフリースタイルバトル【Battle Of The New World 】の最低レートはいくつか知ってるか?」
「ごめん、調べてないや」
「いや、調べろよ。地区予選出場レートは2000だが、今までの歴史では代表になった最低レートは3500だ。運が良くて強いやつが出てなかっただけで、実際は4000から8000と格上ばかりが出場するんだよ。俺はいま4200だから最低ラインは越えてるがな」
「4200!?!?」
そんなに高かったのか。そんな人に勝ったなんて信じられなくなってきた。
「あの時は3800くらいだったかな。こまめに出場してたらこんなもんだ」
そう言われてしまうと、動画チェックの効果を実感してしまう。これだけでかなりの差が生まれるのか。
ビッグベアーくんは座り直して、真剣な目で語り始めた。
「世界。目指すんだろ? 夏の地区予選で優勝して地区代表。それから春の代表戦で一位か二位で世界戦だ。それくらいの意気込みがないなら俺は降りるぞ」
淀みのない瞳に僕の心が熱くなる。彼の心を受け止めないでリーダーなんて名乗れない。僕は立ち上がってグッと力を込めた。
「もちろんだよ。まずは夏の地区予選で優勝しよう! 僕たちは止まってられないんだ!」
「そうだな。時間は余ってねぇよ」
「うん! やろう!」
マサヤくんとミナミさんも同じく昂っていた。ここから新しいスタートを切るぞ。
「よし、なら早速。ワックの動画から見返すぞ」
「ちょっとまって」
「あ?」
「あんたいつまで私のことを『ワック』って呼ぶ気なのよ」
「俺も『ロック』じゃなくてよ、そろそろ名前で呼べよ」
ビッグベアーくんは「うぐっ」と呻くと、小さく呟いた。
「ま、マサヤ.....と、ミナミ」
「おう!」
「うん!」
赤くなって頬を掻くチームメイトに、ニヤニヤと詰め寄る二人。こうして見ると、ついこの間までいがみ合っていたとは思えない。ちゃんと一つのチームになったんだ。
「もういいだろ! さっさと動画チェックだ!」
「はーい」
こうして、この日は全員分の動画を何度も見返して、みんながそれぞれの課題を具体的に見つけた。いつもより濃厚な練習になったのは間違いないだろう。
ただ、練習後は精神を削られすぎて頭が痛くなったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます