第26話 殴り合い
DJの好みなのか、二本目はビート強めのエレクトロ。今回のバトルでもよく流れたジャンルだった。
先に仕掛けたのはマサヤくん。駆け引きも何も無く、その場でトゥエルからクラップ。ポイントからロック。手技で空気を掴んでいく。徐々にステップを織り交ぜ、少しずつ前進する。本来の彼の攻め方だ。
先ほどのバトルで力が拮抗している事がわかったのだ。先に出るとは思った。たぶん試したいのだろう。真っ向勝負でどれだけ戦えるのかを。
ギアが上がる。高度なコンビネーションが一つ二つと繋がれていき、動きに物語性を孕んでいった。
《おぉっ! トゥエルの質が変わったぁ! ここに来てさらに持ち技を広げていく!!》
ベーシックな縦回転のトゥエルから、肩から大きく横に回る個性的なトゥエルへと変化をした。スピードタイプからテクニックタイプへ、コンビネーションを増やすつもりだ。
MCもその熱量に感化されたのか、実況を差し込んできた。周りもそうだ。一回生同士のバトルとは思えないほどのハイクオリティな攻防に声を出して反応している。
だけど、僕の胸中は穏やかではない。
ミナミさん、マサヤくん。二人は知らないうちにあまりに進化してしまっていた。いつの間にか置いていかれた焦り。マサヤくんの逃げ場を捨てた挑戦への不安。これで勝敗が決まってしまうかも知れないという期待。僕が大将戦に出てしまうという可能性。全てが入り混じって脳が追いつかず、ただ傍観するしか出来ない。
勝ってほしい。でも、僕もその中へ.....。
ドッと沸き上がる歓声を聞いて我に返った。そうだ。まだ終わってないのに、激闘を繰り広げる仲間から目を離してはいけない。
ビッグベアくんを挑発するように足を蹴り上げ、マサヤくんは少し下がる。高く跳ね、空中でターンをするとそのまま地面に座り込むようにゲッダン。引っ張られるように立ち上がって継ぎ目のない攻撃が続く。
スピードを上げ、コンビネーションを増やし勢いのあるムーブで差を付けにいっている。知らない人にはそう見えるだろう。だけど、どこか焦っているようにも見える。
なぜなら、ビッグベアくんはまだ見せていないのだから。本来のスタイルを。
《スリー、ツー、ワン! 交代!!》
クラップを残してスライドで下がってくるマサヤくん。間髪入れずにビッグベアくんも飛び出した。真っ向勝負を受けるつもりだ。
ゆっくりと右足に体重を乗せ、右手を差し出す。ポップの基礎の基礎。『フレズノ』の体勢だ。左右交互にヒットを入れていくフレズノ。ようやく強いヒット重視のスタイルに移るのか、ここで彼の底が現れるから見逃せない。
「え.....?」
ビッグベアくんの身体が細かく震える。ヒットに見せかけたバイブレーション。そこから一度重心を左に移し、またゆっくりと右に流す。
ドォォン!!
彼のヒットは空気を強打した。
「なんだこれ.........」
あまりにも企画外のヒット。力強いなんてものじゃない。地震が起こったような衝撃が会場を包み込んだ。
歓声が止まる。いま、僕達は本物を見てしまったのだ。
腕、首、胸、背中、足。全てのヒットが寸分の狂いも無く同時に繰り出された。それが何を意味するのかは、全員が感じたであろう地震の錯覚が指し示す。
プロだ。プロレベルの基礎。何百、何千と練習を重ねることで可能にするその一つの所作。彼の裏打ちされた練習量が浮かび上がった。
そこから繋がる動きは全てを揺るがす。あくまで基礎だけで組み上げられただけのコンビネーションから目が離せない。
初期レート3000。納得の数値だ。
「マサヤくん.....」
彼は動揺なんてしない、ただ見つめるだけだった。そう、ビッグベアくんのヒットは凄いけど基礎の基礎でしか見せてこない。全ての動きに合わせるほど使いこなしてはいないのかもしれない。それならばマサヤくんのムーブは全然引けを取っていないのだ。焦る必要なんてありはしない。
《キングコブラ! まだまだ奥の手を見せます!》
ビッグベアくんは腰を落として、波のように躍動するエレクトーンに合わせてコブラさながらに揺れる。左右に細かく全身を震わせながら胸にロールを入れていった。止まらない。不利なまま終わるわけにはいかないとハイレベルな技を差し込んだのだ。
《スリー、ツー、ワン、終了!!》
終わり際に強烈なヒットを残し、ビッグベアくんは下がって行った。
誰も予想だにしなかっただろう。ここまでハイレベルなバトルを、どちらも甲乙付け難い。
曲がフェードアウトしていく。その時だった。
「「おぉおおおおおお!!」」
マサヤくんが飛び出した。回転率の高い技を畳み掛ける。
《あっつい!! なんて熱いバトルなんだ!! 続行続行ぉおおおお!!》
予期せぬ延長戦に会場は花火のように炸裂する。ビッグベアくんも拳を合わせて応戦の意思を見せた。
二人のボルテージは一気に急上昇。ここからは二人だけの世界だ。最速のムーブで押し切ろうとするマサヤくん。それに対し力で抑え込もうとするビッグベアくん。引くことを捨てた殴り合いが続く。
《終了!! 終ーー了ーーーー!!!!》
追加のワンムーブを終えた二人は睨み合いながら下がる。血に飢えた狂犬のような形相で、判定がくだるのを待っている。
《私、ここまでバトルらしいバトルを見たのは初めてです。勝敗関係なく、二人に暑い拍手を送りましょう!》
全てのオーディオが声を高らかに賛辞を送り、盛大な拍手が送られた。まさに決勝にふさわしいバトル。鳴り止まぬ歓声がそれを証明している。
《それでは! 運命の判定を! 行きます! スリー、ツー、ワン.....ジャッジ!!》
「くそぉおおおおおお!!」
敗者となった一人の男による叫び。会場は盛り上がりとどよめきの渦を生んだ。
《勝者!! ビッグベアーーーー!!》
激闘を制したのはビッグベアーくん。自信家な彼には珍しく、両拳を上げて勝ち名乗りをあげた。
「どうだStrange Ace!! これが俺のポップだ!! 最強のポップなんだよ!!」
膝をついて悔しがるマサヤくんを見下ろし、彼は悠然と構える。強者の風格。うちのチーム最強のマサヤくんを倒したことによって完全に優位に立っている。
「やっぱり、アイツを倒せるやつなんていないのか...」
「強過ぎるぜ。あれで同じ一回生なんて反則だろ」
Strange Aceが負ける。辺りはそう確信してしまっている。驚異の連勝を続けたミナミさん。一回生でずば抜けたセンスを持ったマサヤくん。二人をたった一人で押さえ込んだビッグベアーくんの実力が確かなものとして植え付けられてしまった。
「さぁ、最後は一番影が薄いチビ。お前だ。いつでもかかってこい雑魚がよぉ!」
アドレナリンが分泌されてハイになっているビッグベアーくんが挑発してきた。
だけど、不思議と僕の心は落ち着いていた。このバトルを見ていて、興奮しているのは君だけじゃない。
タックさん。スイッチを入れるよ。
「すまねぇリク。止められなかった」
「大丈夫。ゆっくり見てろ」
帽子を深く被り直し、軽く手足を振って準備運動を始める。涙を堪えながらアドバイスを言おうとするマサヤの肩に手を置いて一言だけ残した。
「勝つのは俺たちだ」
「.....リ、リク?」
困惑するマサヤを残して、サークルの中で待つビッグベアーの前に立つ。最終戦。勝って終わらせる。
《それでは! 熱の冷めきらないままラストバトルを始めます! 二人とも準備はいいですね! バトルーー!! スタート!!!!》
大将戦の幕が切って落とされた。爆炎のような熱気が包む中、俺は飛び出した。
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