第24話 止まれない
二回戦。つまりベスト8からは大将戦のみ二本先取となる。最短でも、四回は勝たなければならないという事だ。これはダンサーのジャンルによってはかなり大きい。
特にそれが影響されるのはブレイクダンス。他のジャンルと違い、ワンムーブにかなりの体力を消費するからだ。だからチーム内で圧倒的な力の差が無い限りは先鋒にブレイカーを持ってくるチームは少ない。マサヤくんのオーダーは理にかなっていた。
実際、マサヤくんとミナミさんでは、高速ムーブを使いこなすマサヤくんより、雰囲気と流れで勝負するミナミさんの方が一回に使う体力が少ない。
とはいえ、ミナミさんだって踊り詰めではへばってしまう。どこかで負けてしまうことは至極当たり前なのだ。
それなのに.....。
《勝者!! Strange Ace!!》
MCが叫び、会場が湧く。
二回戦どころか準決勝まで。彼女の動きは衰える事を知らず、圧巻の連続三人抜きを続けていた。
肩で息をする彼女がフラフラした足運びでこちらに戻ってくる。ダンスには出なくても、流石に体力も限界なのかもしれない。宣言通り、決勝まで一人でこのチームを引っ張ってしまった。
「おつかれミナミ! よくここまで運んでくれたな! あとは俺たちに任せて先鋒戦は休んでいいぞ」
「まだよ」
マサヤくんの伸ばした手を払い、ミナミさんは顔を上げた。目の光は消えていない。むしろ、より濃くなっている気さえする。
「あと二人.....あいつのチームの、先鋒と中堅がいるわ.....」
「そりゃそうだがよ。お前ボロボロじゃねぇか。これ以上無理して踊ると怪我を.....」
「止まれないの!」
そう言い放つミナミさんに僕たちは気圧された。汗でシャツはびっしょり濡れて、話す事さえ難しいはずなのに、彼女の拳は堅く握られていた。
「いまね.....すごく調子、いいの。ムーブが湯水のように、溢れて。私.....成長してる」
ミナミさんが壁に持たれて座り込むと、僕たちは何も返さず横に座った。
今、彼女を止めることはできない。それだけ彼女の意志が頑なだったから。本人は成長と言ったけど、長く一緒にいる僕たちからすれば、これは【進化】だ。自分が目に見えて進化していく事を考えると、とても止める気持ちにはなれない。
また俯いて息を整えるミナミさんにタオルを掛け、僕たちはBブロックの準決勝を見た。当たり前のようにそこにいるビッグベアくんだが、すごいは彼だけではない。なんと言っても、彼はまだ一度も踊っていないのだから。
彼のチーム【舞力突撃隊】は、舞力の一回生の中でも最も強い三人が選ばれている。ほとんど先鋒のロックの男の子が勝ち抜き、大将戦でやっと中堅のハウスのチャコさんが出てくるほどだ。しかも、チャコさんもまだ一度も負けていない。
いまやっている準決勝も同じ流れが出来上がっていた。先鋒が二人抜き。大将戦で負けてしまい、チャコさんが出てきた。
「いけチャコー!」
「二連勝期待してるぞー!」
力強い声援を背に、チャコさんは前ノリからステップを刻み始めた。
恐ろしく安定性のあるハウス。しっかり基礎を積んでいる証拠だ。このタイプは動きの質が変化しにくいのでマグレ勝ちはほぼないだろう。ボロボロのミナミさんが勝てるかとなると、難しい所だ。
チャコさんは確実に勝ち星を稼ぎ、それはもうあっさりとバトルは終了した。
唯一出番のなかった男は、大きな欠伸をしてつまらなそうに言った。
「ほんと、ザコばっかりで面白くねぇな! ちゃんと練習してんのかコイツら?」
わざと周りに聞こえるように大きな声で罵った。しかし、相手チームは誰も言い返さない。周りも、ここで一番強いのは彼だとわかっているからだ。そして、言い返すことで絡まれるのを恐れている。年齢に関係なく。
彼に勝てるであろう数少ないダンサーである師匠達は、完全に傍観を決め込んでいた。こっちも何を考えてるのかわからない。なぜ止めないのだろう.....。
「いちいち言わないと気が済まないの? ちょっとは静かにしててよ」
「はぁ? 誰に言ってんだよ。お前もザコの一人だろうがよチャコ。何なら相手チームに入ってやれよ。お前でも大将になれるぞ?」
「.....ムカつく」
イライラしながらも、チャコさんは観客の中へ引っ込んでいった。残った二人も下がって、決勝までの十分間の休憩に入った。
「アイツ、何がしたいんだろな」
「.....どうだろうね」
マサヤくんの疑問に答えられなくはないけど、僕の考えもただの予想に過ぎない。軽はずみなことは言えないのだ。
「ミナミさん大丈夫? ジュース買ってこようか?」
「ありがとう。まだあるから大丈夫よ」
ミナミさんは顔を上げずに、手に持っていたペットボトルをチャプチャプと横に振った。ほとんど無くなっていたけど、今は集中したいってことなのかもしれない。そっとしておこう。
マサヤくんと二人でエントランスに行くと、自販機の前は長蛇の列だった。みんな我慢してたのかな。ビッグベアくんのせいで所々雰囲気は悪くなるけど、試合運びはかなり面白いから仕方がない。
これでは買う前にバトルが始まってしまう。仕方なく、僕たちは外の自販機に買いに行くことにした。
《それでは決勝! 開始したいと思いまーす!》
MCの合図が耳に入り、僕たちはサークルに向かった。観客はざわめき、聞こえてくるのはどちらが優勝するかの予想大会。
隣りにいるミナミさんは少しは回復したらしく、軽く腕を回している。
「ミナミさん。いける?」
「任せて」
うん、大丈夫そうだ。集中力は高いままみたいだった。あとは、僕とマサヤくんがどれだけやれるかだ。
マサヤくんは頭にゴムバンドを付けた。初めて見たけど、彼なりの決意の現れなのだろう。
「下手くそ女におんぶに抱っこ。ストレンジ何とかはずいぶん情けないチームだなぁ? 最後くらい頑張れよチビ二人」
ケラケラと笑い飛ばすビッグベアくんは、仲間からも難しい顔で見られている。始まってもいないのに一気に場の空気が悪くなる。
そんなの。キミだって同じじゃないか。
「ミナミは下手くそじゃない。言葉に気を付けろよ」
一切引くことなく、マサヤくんは言い返す。彼のここまで怒った顔は見たことない。怒りが伝染しそうになって、僕は一度深呼吸をした。
まだ、反撃の時じゃない。
「マサヤくん」
「分かってる。でもよ、仲間があんな言われ方して平気なわけねぇだろ」
「落ち着こう。僕たちが荒れてる場合じゃないよ。ミナミさんの邪魔はしたくないしさ」
マサヤくんがくるっとミナミさんを見た。彼女は目をつぶって、罵倒も何も聞こえていないほど集中している。ここで、残りの全てを吐き出すつもりだからだ。
「悪ぃ.....。よし! 俺らも負けてられないな!」
「うん。このバトル、勝つよ!」
《それでは両チーム出揃った所で、早速始めたいと思います! いきます! バトルスタート!!》
ダークなハウスが流れ、決勝戦が始まった。会場人達も大声で「スタート!!」と合わし、これから始まるバトルの期待感が直接伝わってくる。
緊張と武者震いで、僕の身体は強張った。
まずは先鋒戦。ミナミさんが少し前に出る。それを見て、向こうの先鋒も一歩前へ。
何となく分かっていたけど、どちらも出ない。向こうの彼も一回戦から出ずっぱり。お互いに少しでも回復したい所だろう。
ミナミさんが相手を指差し、クイクイと「出てこい」の合図を出す。しかし、向こうは同じ動きでミナミさんを煽るだけ。
一拍置いて、ミナミさんは歩いていった。流星のような速度で飛び交う音の球を無視して、相手を覗き込む。
ゆっくりと、それはもうゆっくりと。微かな音をなぞるように腕を上げたミナミさんは、とても静かに踊り出した。
僕たちは息を呑んだ。ミナミさんのベストスピードはもっと上。この動きはスローモーションに近い。
こんな動き知らない。ミナミさん何をしているんだ。
しかし、遅すぎる音取りをする彼女から感じるのは不安ではない。何かが始まる。嵐の前の静けさのように、その動きは徐々に変化を見せた。
音の反響の波に乗っているだけだった身体が、ビートを掴み始める。初めは腕だけ、次にステップ。そしてボディ。少しずつ、ウェーブが見え隠れする。
「マサヤくん.....これって」
「あぁ、『加速』だ。このペース、踊っていられる45秒を全て加速し続けるつもりだ.....」
半ばを過ぎたあたりから、ミナミさんの動きが通常のワックの速度まで辿り着いた。ここから一気に上げるつもりだ。そんなの、身体がついていくのか?
観客から声が漏れ始める。彼女が何をしているのか気づいたのだ。そして、最高速のスピードがどれだけ出るのかも.....。
どんどんスピードが上がり、ビートだけを掴んでいた腕は今や、全身を駆使して様々な音を拾い上げている。
《5、4、3.....》
交代のカウントが始まりミナミさんの身体はさらに速度を上げる。ここからは高速ポージングの連打。飛び散る汗さえ遅く見える速さで一気に畳み掛けた。
《交代!》
超速のターンからバチッと止まり、彼女は腕を上げた。
音楽をかき消すほどの大声援を受け、ミナミさんは歩いて戻ってくる。すでに勝敗は決まったかのような堂々とした彼女に、僕とマサヤくんは唖然としていた。
ワンムーブ45秒。そのはずなのに、一分、いや二分は見ていたかのような錯覚が起きていた。まるで時間を操られたかのような衝撃が、会場の全員に広がっている。だからこその大声援だ。
いま踊っているロッカーの男の子も、交代の合図を聞いた時にようやく我に返ったように急いで踊り出した。魅了されたなんて可愛いものじゃない。ミナミさんの『時間の世界』に無理矢理引きずり込まれたのだ。
《3、2、1、終了!!》
気が付けばバトルが終了していた。濃密なミナミさんのダンスの後、素早いロックはどうしてもあっさりとしてしまう。レベルの高いことをしているのに、決勝戦という名もあってそれは期待はずれとされるまで落ちるだろう。
《ジャッジ!! 勝者Strange Ace!!》
ジャッジの各校の先輩三人は、全員が間を置かずミナミさんに手を挙げた。圧勝だ。
「だ、大丈夫?」
「ちょっと、疲れてきたかも...」
ミナミさんは僕たちの所に戻ってくると、しゃがみ込んでしまった。もう闘志も濁り始めている。流石にハイな状態でここまで来たけど、限界だ。
《では、次のバトルに参ります!》
無常にも、バトルは止まらない。すぐさまチャコさんが飛び出してきて、ミナミさんも震えらながら立ち上がる。
「ミナミ。無理すんなよ」
「ありがとう.....ね」
今にも倒れそうな彼女は、自分の太ももを叩いて活を入れた。そして、まだまだやれる。かかって来いという視線を相手に投げつけるように気丈に振舞った。
いま彼女にあるのは気力のみ。もう駆け引きも出来ないだろう。それでも、戦うことをやめたりなんてしない。
それが、ダンサーである彼女の意地だ。
《バトルスタート!》
先ほどと同じように観客も口を揃える。ミナミさんが連覇するのか。チャコさんが流れを止めるのか。緊張の試合だ。
流れてきた曲。それは.....。
チャコさんが飛び出す。ミナミさんを一秒でも回復させないため。音楽と共に。
アッパーなEDMはハウスの十八番。早いビートに合わせてチャコさんの足技が決まっていく。サークルを縦横無尽に駆け回り、焦らず、音に引っ張られないように自分をコントロールしていく。
「おいおい、上手すぎねぇか...」
マサヤくんもその巧みなボディコントロールに冷や汗をかいた。基礎的なステップの組み合わせ。だけど、質が違う。やり込んだ者にしか出てこない自分の色をしっかり出して、チャコさんは鮮やかに舞う。
だけど.....。
「心配しないで。ミナミさんの勝ちだよ」
「へっ?」
何を行っているんだ。そんな瞳だった。でも、僕には、僕とミナミさんには分かっていた。この曲は特別だ。
《交代!》
チャコがドルフィンからくるりと回りながら立ち上がる。上手いな。悪いところが見つけられない。
ミナミさんがサークルの中央に進む。そして、大きく息を吸いこんだ。
「やってやれ。ポポロちゃん」
深く身体を沈ませ、思いっきりジャンプ。なだらかなエレクトーンに合わせて軸足の逆回転。
ミナミさんは笑っていた。それはもう幸せそうに。
「おい、アイツ元気になったぞ.....さっきまで死にかけの顔をしてたのに!」
「マサヤくんは知らないよね。この曲。『絶対王政ポポロちゃん』の二期のエンディングのインストなんだ」
「はぁ!? 何でそんな曲がバトルで流れるんだよ!」
「聞いての通り、この曲はアニソンなのに高い技術のダンスミュージックでしょ? 作曲もストリートの世界で有名な人なんだ。コラボって言うのかな。この曲からポポロちゃんのエンディングにダンスが入ったりして、当時は話題だったんだ。作曲のDJの名前だけで調べて知らずに使う人も多いみたい」
「それをアニヲタのミナミが土壇場で引いたのか。運が、すげぇな.....」
ミナミさんは踊る。力強く、軽やかに。そして、とても楽しそうに。
見ている全ての人を巻き込んで、踊ることの楽しさを振りまいていった。
会場から手拍子がなる。笑顔が広がっていき、それはまさにコンサート。
いいな。僕も踊りたい...。
曲の力は絶大で、時にはダンサーの力を限界以上に底上げしてしまう。それを、いまここで実現する彼女。気持ちよくて堪らない。ミナミさんの素直な感情がぶつけられ、身体が震えてしまう。
ワックですらないフリースタイル。いま、終わりを告げる。
《終了!!》
音楽のがフェードアウトしていき、クロスフェードのように拍手が送られる。こんなに気持ちのいいバトルは初めてだ。
《ジャッジに入ります! 3、2、1.....》
判定は、すぐには決まらなかった。一人はミナミさん、もう一人はチャコさん。最後の一人が迷っている。
頼む.....!
ドッと沸き上がる声に、僕が顔を上げると、最後の一人は.....。
《勝者!! なんとStrange Ace!!》
ミナミさんに挙げられた手は、前代未聞の結果を残した。
溢れんばかりの歓声の中、ミナミさんが走ってこちらにきて、僕とマサヤくんに抱きつく。
「やった! 勝った!」
「おめでとうミナミさん!すごいよ!」
「ほんとだよ。チャコさんめちゃくちゃ上手かったのに、今日のお前は100点じゃ足りねぇな!」
「ありがとう! ありがとう!」
心から好きな曲を踊ったことにより、不思議と彼女は回復してしまった。泣くんじゃないかってくらいの喜びように僕らも嬉しくなって、三人で抱き合った。
結果は、驚きの13連勝。そんな記録。どんなバトルだって出せっこない。合宿のMVPは彼女に違いない。
喜びもつかの間。いよいよ、ラスボスが戦闘の場に立った。
「一人で全員ぶっ殺してくるなんてな。なかなかやるじゃねぇか女ぁ」
ビッグベアくんは、首をコキコキ鳴らすと、ミナミさんに賞賛の言葉を送った。彼が人を褒めているところなんて初めて見た。
「これで俺に勝ったら15連勝か? いや〜めでたいな。誰にも塗りつぶせない伝説だよな?」
「.....何が言いたいのよ」
ミナミさんが眉を寄せる。彼の言葉には含みを感じるのだ。
「別に〜。さ、始めようぜレジェンドさん?」
「.........」
ミナミさんは何も言わず、僕たちから腕を離して前に出る。
「ミナミさん! あと一人!」
「ミナミ! 落ち着いてけ!」
「うん。行ってくるね」
調子を戻したミナミさんの足取りは軽い。本当に、全抜きしてしまうかもしれない。
でも、なんだこの胸騒ぎは。
《『舞力突撃隊』は大将! 後がない! それでは! バトルスタート!!》
会場はこれ以上ないくらいの盛り上がりで、最後の戦いが始まった。
ミナミさんは、彼を止めることが出来るのか。
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