第22話 最悪の再会
合宿二日目の朝。事件が起きた。
二日目の練習メニューは全体でのサイファーがいくつも組まれている。まず朝ごはんの後の約四時間。参加者全員をシャッフルしてグループ分けをして行われるそれは、軽く汗を流しながら他ジャンルのスキルを吸収し合うことが目的だ。
僕は知り合いの全くいないグループに振り分けられ、他校の実力者達の磨きあげられたスキルや音取りの質感に見惚れていた。
次は僕だ。見事に回復した身体に気力も漲っていて、さぁ出るぞと足を踏み込んだその時。
「いい加減にしなさい!!」
隣りのサークルから放たれた怒声に、体育館の全てのサークルが停止した。驚いて足を引っ掛けそうになった僕は、そのよく聞いた声に嫌な予感を感じて振り返る。
声の先には、予想外通りミナミさんが怖い顔をして腰に手を当てていた。正面に立つのは大柄な男。その人も、よく記憶に残っている男だ。巨大な体格。鋭い目に挑発的な姿勢。
なんでこんな所に.....。
「ミナミさん!」
音楽も止まって踊るどころではない状況。ざわざわとひしめく中走って彼女に近寄ると、ミナミさんの後ろには半泣きの女の子がいた。
「こ、小西さん。どうしたの?」
「須藤くん。ごめんなさい。何でもないの.....」
同じ部活【DINO】の仲間、小西さんが目元を拭っている。選抜トーナメントの一回戦で当たったポップの女の子だ。彼女とはあまり話したこともないが、ミナミさんの怒り具合から何が起こったのか想像はつく。
「この最低野郎が小西さんに無茶苦茶な事を言ったのよ。同じダンサーだと思えない!」
「あぁ? ゴミみてぇなポップ見せられて下手くそが移ったらどうしてくれんだよ。そんなザコを強化合宿に連れてくるとかDINOは噂だけのヘボチームだったらしいな」
「ぅう.....ふぅ.....」
とうとう小西さんは泣き出してしまい、その場に座り込んだ。それを見たミナミさんはもう止まらない。
「このっ!!」
「待って! ミナミさん! 殴っちゃダメだよ!」
右腕を大きく振りかぶったミナミさんの身体を全力で抱きとめ、暴れる彼女を必死で押さえた。すごい力だ。男の僕でも止めきれない。
「リクっち離して! 殴らないと気が済まない!」
「ミナミ! リク! 何してるんだ!」
「マサヤくん! ミナミさんを止めて!」
たまたま近くのサークルにいたマサヤくんが走ってきて、僕に代わってミナミさんを取り押さえてくれた。そのやり取りをじっと観察していた大柄の男は「ちっ」と舌打ちをして僕たちを見下ろす。
「お前、あの時のチビか。また余計なことしやがって。暴力沙汰になりゃその女がここから退場したのによ」
「キミが、ビッグベアくんだね。こんな騒ぎを起こしたらキミだってここにいられなくなる。どうしてこんなことを.....」
「追い出されたっていいんだよ。無理矢理連れてこられただけだからな。それより、こんな芋集団の中に突っ込まれてイライラしてたんだ。本音くらい出ちまうってもんだろ?」
それは悪意の塊の笑顔。彼は面白がっているんだ。こんな最低な空気を。あの時、二回目の公式戦と一緒。自分より弱いダンサーをイジメて楽しんでいる。
周りのダンサーは絡まれたくないのか近寄ってこない。そんな中、押さえられたミナミさんは尚も食いついていく。
「自分がどれほどのもんなのよ。ザコ呼ばわりした事を後悔させてあげる。かかってきなさいよ! 私がその天狗の鼻へし折ってあげるから!」
「あ〜、お前はいいや。さっきの動き見てたけどよ、相手になんねぇ。ダンス辞めたらどうだ?」
「.........っ!!」
その一言は、僕たちの怒りを爆発させるには十分だった。僕は拳を握りしめ、押さえていたマサヤくんでさえ彼に向かって歩き出し、ミナミさんは飛びかかっていた。
しかし、暴動は起きなかった。
「ほい、ストーップ」
「ニシキ先輩!」
いつの間にかすぐ後ろに来ていたニシキ先輩がミナミさんとマサヤくんの首根っこを掴み、タックさんも横で僕が動かないように睨みつけていた。
先輩に止められて動くことが出来ない僕たちは後ろに下がった。みんなを代表するようにニシキ先輩がビッグベアくんの前に立ち塞がる。彼も大きいが、それを見下ろせるビッグベアくんはおそらく二メートル近いのだろう。
「血の気の多いのはいいけどよ。そんな事ばっかやってっと嫌われちまうぞ?」
「あんた、『
ビッグベアくんは指をコキコキと鳴らして完全に臨戦態勢に入っている。その覇気は周りのダンサーを圧倒した。
寒気が走る。一流のダンサーから感じるオーラを彼も持っているのだ。戦わなくてもわかる。強い。
その視線の対象となっているニシキ先輩は、ケラケラと笑いながら肩をすくめるだけだった。
「お前じゃ相手になんねぇよ。でも、お前の噂は聞いてるぜビッグベア。初期レートで3000を叩き出したってな。そこでだ、俺から相応しい相手を選んでやるよ」
「あ? ここにいる誰が俺と対等だって? 寝言はやめてくれよ先輩さんよ〜」
さ、3000だったのか。既にスクールが持てるレベルに達している彼と戦えるダンサー。ここに何人いるのだろう。ニシキ先輩は結構前に4000を越えていた。それより強いタックさんも違うだろう。正直そっちのほうが気になる。
ニシキ先輩は人差し指を上げ、数人を指さした。
嘘でしょ.....。
「ここにいる『Strange Ace』の三人だ」
指をさされた僕、マサヤくん、ミナミさんは顔を合わせた。未だに怒りは収まっていないが、その表情には困惑が隠せない。
なぜなら、あれから公式戦を重ねたいまの僕らのレートは、マサヤくん2100、ミナミさん1720、僕は1300。あの時で3000を出していた彼はさらに上がっているだろう。3000のままでもかなりの差があった。
ビッグベアくんは首を捻り、胡散臭そうな顔で僕らの顔を見比べていく。
「面白い冗談だな」
「冗談なんかじゃねぇよ。むしろ、お前は負けると思っている。俺の弟子もいるからな」
ニシキ先輩はマサヤくんを指差し、マサヤくんは堂々と腕を組んでいる。その様子が可笑しかったのか、ビッグベアくんはただただ笑った。
「あ〜はいはい。そういうことね。弟子が可愛くて目が曇ってるだけか。ならどうだ? 明日の一回生合同バトルでそいつに勝ったらあんたが相手してくれよ」
「もちろん構わねぇよ。さらに俺に勝ったらタックともバトルさせてやる。なぁタック?」
「断る。面倒だ」
「そう言うなって、こいつらが負けるわけねぇじゃん? 口だけ口だけ」
「.........俺まで回ったら一週間飯奢れよ」
巻き込まれたタックさんは心底嫌そうにため息を吐いた。彼は絶対に負けるなという熱い視線を僕にザクザクと差し込んでくる。ニシキ先輩、なんてことを.....。
「よっしゃ! おいビッグベア、これでいいだろ」
「タック.....だったか? そいつはお前より強いのかよ」
「当たり前だろ。俺じゃ歯が立たねぇよ」
「なら問題ねぇ。つまんねぇ合宿が楽しくなりそうだ!」
クツクツと笑うビッグベアくんは、満足したのか背を向けて体育館の西扉から出ていった。それと入れ替わるように何人かの女の子が正面扉から入ってきて、急いでこちらに向かってきた。
「遅れてすみません! うちのクルーが迷惑かけました! 何とお詫びをすればいいか.....」
「いやいや、ちょっと口論になっただけさ」
ニシキ先輩が手を振って答えると、女の子の一人が深々と頭を下げ、一緒にきた子達も頭を下げて、座り込んだ小西さんの背中を摩って声を掛けている。彼と同じ大学のダンサーなのだろうか。
その中で、一人だけ見たことがある。彼と同じチームで公式戦に出ていて言い争っていた女の子だ。
「あ、キミは」
「あの時の男の子? 何で大学の合宿に?」
「僕は大学生だよ。洛美.....DINOのクルーなんだ」
「そうだったの。てっきり高校生かと.....今日も迷惑かけちゃったね。ごめん! うちのアホが!」
「ううん。僕は陸って言います。よろしくね」
「私はチャコ。もちろんダンサーネームだけどね。よろしく」
チャコさんと挨拶を交わしたところで、さらに遅れて一人の女性が体育館に入っていた。セミロングの髪を左右に揺らしながらフラフラと歩いてくる。どこか、ミキさんに似た雰囲気の目の細いお姉さんだ。
「ごめんね〜。ちょっとお腹痛くって遅れちゃった〜」
「し、シズクさん! そういうの言わなくていいから!」
シズクと呼ばれたお姉さんは、細い目でキョロキョロと辺りを見回した。誰かを探しているみたいだ。
「なんか騒ぎがあったって聞いたんだけど、ハヤトちゃんはどこ?」
「ハヤト?」
「あ〜、ビッグベアって名前に変えたんだっけ? そのクマちゃんはどこ行ったの?」
く、クマちゃんって.....あんな怖い人を可愛らしく呼ぶこの人は誰なんだ。
全く同じことを思ったマサヤくんとミナミさんは頬を引くつかせて彼女を見た。シズクさんに怒鳴るようにチャコさんが詰め寄る。
「どこじゃないですよ! またシズクさんの馬鹿弟子が女の子泣かせたの! 先に謝るんですよ!」
「えぇ? またなの? ごめんなさいね。あの子口悪くって。あなたがイジメられたの?」
「は、はい! いえ、大したことは.....」
小西さんはシズクさんの独特な空気に飲まれ、すっかり涙も乾いてしまった。小西さんを抱き締めてポンポンと背中を叩くシズクさん。小西さんだけでなく、この場の全員が戸惑っていた。
「本当にごめんね。怒っておくからね?」
「だ、大丈夫です。お気になさらず.....」
「ダメよ。女の子を泣かせる男は許せないの。しっかり注意しないと。で、どこに行ったの?」
「はぁ、さっきそっちの扉から外に出ました.....」
「ありがとう。安心して、ちゃんとお尻叩いてくるからね」
「お、お尻??」
チャコさんに止められる言葉も聞かず、シズクさんはまたフラフラと体育館から出ていった。不思議な終幕を迎えた騒動は、何とも言えない空気だけ残してサイファーを再開した。
音楽も流れ、辺りは元通りサイファーを始めた。僕たちStrange Aceとタックさん、ニシキ先輩はサイファーに参加せず、体育館の端に集まってさっきの話を掘り返していた。
「あの人がビッグベアくんの師匠って.....信じられませんね」
「それより、明日のバトルってシャッフル『3on3』ですよね? Strange Aceで組めなかったらどうするんですか?」
マサヤくんの意見は僕とミナミさんの代弁でもあった。そもそも組めなければバラバラで戦うことになる。チームが揃わなければビッグベアくんに当たる前に負ける事だって有り得るのだ。チームは個人の力を最大限に高める絶対的な安心と信頼が生まれるから、揃えるのは必須事項だ。
そもそも今回の『3on3』。三対三のチーム戦なのだが、特殊ルールで『勝ち抜き戦』となっている。これではルーティーンも使えないので個人戦とそんなに変わらない。
ニシキ先輩はハイハイとマサヤくんをなだめて答えた。
「一応シャッフルと言ってるけど、もともとチームを組んでる奴はちゃんとチームで出場できるんだ。だから心配な何もねぇさ」
「なんでそんな自信満々なんですか! 相手はレート3000以上ですよね? 俺らには荷が重いっていうか.....」
「そうだなぁ。ミナミ、アイツのダンスを見たのはお前だけだよな? どうだった?」
ミナミさんは怒りを沈めているが、未だに不機嫌だった。それでも、感情に流されずに分析をする。
「ムカつくけど、今の私じゃ勝てないわ。マサやんも.....何も出来ないかもね」
悔しそうなその顔は決して贔屓目で見ない。嘘をつかないミナミさんの言葉だからこそ、そのレベル差が明確になる。このチームで最も強いマサヤくんが負けるのなら、僕なんて場違いとすら思う。
「リク。お前仲間からも評価低いんだな」
「え?」
「いいさ。リク、昼からのサイファーは出なくていい。鍛え直してやる」
「た、タックさん?」
そう言うと、タックさんは元のサークルに戻ってサイファーに参加した。ミナミさんは悪い事を言ったのかなと不安定そうな顔をしているが、続いてニシキ先輩も戻ろうとした。
「ま、どうにかなるって。マサヤ。お前も午後のサイファーは無しな。ミナミは.....」
「私はミキさん以外に習う気は無いわ」
「そうか、お前なら心配ねぇがよ。困ったら相談に来いよ? ミキさんが来てないからって放置したら後で怒られちまうからな」
そして、三人を残して先輩達は行ってしまった。僕たちは実際戦う身なので気が気ではない。
「ミナミ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃない? 勝ち抜き戦だからクマ男は大将でしょうし、私はそこにあなたたちを届ける役をやるわよ。その代わり、負けたら承知しないわよ」
罵声を浴びたミナミさんが一番悔しいだろう。本当は自分が叩き潰したい。でも、気持ちを押し殺して僕たちに託そうとしてくれている。その気持ちに答えるためには、何としてでもビッグベアくんから勝利をもぎ取る。それしかない。
僕とマサヤくんは頷き、今回の作戦は決まった。
「戦法はミナミが先鋒。出来るだけ俺とリクを出さずにビッグベアの前まで運んでくれ! 中堅は俺だ。ミナミが取りこぼした奴を止める。大将は.....」
「待って待って! 僕が大将!? 一番強いマサヤくんがやるべきだよ! 僕が中堅やるから!」
マサヤくんのオーダーに口を出すと、マサヤくんとミナミさんは口を揃えていやいやと言った。何でこんな所で意気投合してるのさ。
「リクは大将。これは変えられねぇよ」
「そうよリクっち。あなたがチームリーダーでしょ?」
「だからって.....」
「それにさ、ブレイクが一番体力使うだろ? 俺が二番目の方が効率的なんだよ」
「リクっち諦めなさい。リーダーなんだから文句言わないの」
二人に丸め込まれて、僕は大将になってしまった。もし大将戦に負けてしまったら。そう思うだけで胃が痛くなってしまう。
戦略も決定したところで、僕らは再びサークルに戻った。明日のバトルが気になって仕方がなかったけど、この後にタックさんも鍛えてくれる。負けるわけにはいかない。
全力でサイファーを終えて、お昼ご飯の時間が来た。そこには、ビッグベアくんの姿はなく、そして、彼の師匠であるシズクさんの姿もなかった。
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