第22話ビーストハンター 第3話 「帰らざる波止場 」(1)

雨期の終りを告げる雷が鳴ってにわか雨が通り過ぎたネオ東京には、雲間から一条の光が差し込んでいた。

「韓国・朝鮮人や中国人は日本から出て行け~っ!」

「テロをやるイスラム教徒は日本から出て行け~っ!」

 シュプレヒコールを挙げながら警視庁の前を行進するヘイトデモは、もうすっかり見慣れた光景となった。

 だが、ツクモはそんな日本人たちを見る度に、胸の中に拭いきれないイヤな思い出が込み上げてくる。

 彼は7年前に妻と娘をテロリストに殺害された…だからテロリストには人一倍恨みを抱いている。

 実際、事件直後に在日イスラム教のイマーム(指導者)を問い詰めた事もあった。

「テロをするヤツらを許しているから、イスラム教の評判が悪くなるんだっ!」ツクモは腹立ちまぎれに言った。

 だが詰め寄る彼を前に、年老いたイマームは白い顎髭を撫でながら微笑んで言った。

「では、我々の同胞を圧迫する東洋人は、果たして評判がよいと言えるのかな?」

 確かに、海面上昇と気候変動によって沿岸部の経済都市を失った中国は、活路を見出そうと近隣諸国を圧迫していた。

 その中にはイスラムの国も多くある…でも、それは日本人にはどうする事も出来ない。同じ東洋人でも国も民族も違うからだ。

 イスラム教徒とて同様だった…国や民族が異なれば、同じ宗教を信じていても乗り越えられない壁が立ち塞がるのだ。

 だから、すべてのイスラム教徒が悪い訳ではない「罪を憎んで、人を憎まず」…ツクモは刑事としての良識は持っていた。

 だが、一般市民はそうは考えない…特定の人種や民族・宗教の一部に悪人を見ると、それに属する全員を悪だと感じてしまう。

 加えて、新都・ネオ東京がようやく軌道に乗ったとは言え、気候異変や災害によって多くを失った庶民の暮らしは楽ではない。

 勢い、鬱積した不満は吐け口を求める…そんな時スケープゴートの対象にされるのは、決まって弱い立場にある人々だった。

 政府もそれを知っていてか、わざと市民たちの不満を弱い立場にある人々にそらそうとしているように見えた。


 ドン!ドン!ドン!と、アパートのドアを叩く音がした。

 呉建勝は、一緒に逃げて来た恋人の千恵子に押入れに隠れるように合図して持っていた拳銃を構えた。

「誰だ?」

「俺だよ兄貴…お弁当を買ってきたよ」弟分の陳栄達の声がした。

 ほっと安心した彼はドアの鍵を開けた…栄達はニコニコしながら買って来たコンビニ弁当を建勝に手渡した。

「スマンな…お前まで巻き込んじまって」建勝はすまなさそうに礼を言って弁当を受け取った。

「気にしなくてもいいよ。兄貴にはず~と世話になりっぱなしだったんだから」栄達はそう答えた。

「千恵子。もう出て来てもいいぞ」建勝は押入れに隠れていた千恵子を呼び出した。

 そうして、二人は小さなテーブルを囲んで、栄達が買って来た弁当を食べ始めた。

「外の様子はどうだった」建勝は栄達に尋ねた。

「後を付けられている様子はなかったよ」栄達は答えた。

「そうか…でも、ここもじきにジャーダンのヤツらに嗅ぎ付けられるだろうな」

「そうかも知れないね」


~続く~

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