第22話『全開マジカルパワー』
―――
たくさんの椅子が整然と並べられた、恋愛免許センター中央ロビー。
横を見れば、
『ストップ! 無免許恋愛』
とか、
『正しい恋愛、社会のマナー』
とか、
『飲んだらするな! するなら飲むな! ~飲酒告白撲滅委員会~』
という標語が書かれたポスターが、味気ない壁にいくつも張られている。
正面に目を向ければ、真っ先に飛び込んで来る大きな電光掲示板。
そこに、今回の試験に合格した者の受験番号が表示されるのだ。
「ふぅ……」
その一角でため息をつく少女。
絹のような肌、美しい長い髪。
ミサキだ。
ミサキは、何気なく電光掲示板を見た。
『合格発表は15:30です』
文字が流れていく。
壁にかけられた丸い時計は、もうすぐで15時になる。
合格発表まで、あと30分。
「はぁ……」
ミサキは、もう一度ため息をつく。
「ガク……試験にも来なかったな……」
免許センターに向かうバスの中。
そして、試験場にもガクの姿はなかった。
「ホントに、どうしたんだろ……」
ミサキは、つぶやきうつむいた。
「――ミサキちゃん」
「きゃっ!?」
不意に呼ばれた名前に、ビクッと体を震わせるミサキ。
振り向けば、そこにはリオがいた。
「あ……ゴメンね、驚かせちゃったかな?」
リオは、少し慌てたように言う。
「い、いえ……大丈夫です」
「ゴメンね、隣りいいかな?」
「あ……はい、どうぞ」
「ありがとう」
リオは微笑むと、ミサキの隣りに腰を下ろした。
「それにしても……ミサキちゃん、早くから待ってるのね。発表まで、まだ30分はあるよ?」
「はい、なんだか落ち着かなくて……」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「あ~、やっぱり?」
「やっぱり……って、じゃあ、リオさんも?」
「なんか、ソワソワしちゃって」
顔を見合わせるミサキとリオ。
そして、2人は声を出して笑い合った。
「……それにしても、さ」
ひとしきり笑った後、リオは少しだけ真剣な表情を見せた。
「……ナッシー、どうしたんだろね?」
椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げながら言うリオ。
その言葉に、ミサキの顔が険しくなった。
「ミサキちゃん、何も聞いてない?」
「知りません! あんな人のことなんか!」
思わず、声が荒くなる。
「そ、そう?」
突然のその声に驚いたように、リオはミサキを見た。
「一緒に合格しようって、約束したのに……!」
込み上げた怒りに、ミサキは手を強く握り締めた。
「ま、まぁ、落ち着いて……」
慌てたように、リオがなだめる。
「あ……ご、ごめんなさい、つい……」
「ううん、悪いのはナッシーなんだし」
謝るミサキに、リオは明るく笑った。
「はい……」
気持ちを落ち着けようと、深呼吸をする。
そして、顔を上げて前を見た。
ミサキの瞳は、どこか遠くを見詰めているようだった。
「もう……知らないんだから……あんな人……」
瞳に、悲しみの色が浮かぶ。
(ガク……あなたは今、何をしているの……?)
―――
その頃の僕は……
「うわああああ!!」
――戦っていた。
玄関から侵入したソイツは、廊下を歩き、その先のダイニングに繋がる扉を開いた。
その瞬間、僕は手にしていたオモチャの杖を力一杯振り下ろしたのだ。
「うわっ!?」
部屋の中に転がるようにして、攻撃を避ける侵入者。
僕の踏み込みが浅かったのか、相手の反応が良かったのか、オモチャの杖は空を切った。
「なんで人がいるんだ!?」
侵入者は叫ぶ。
今は、目出し帽を着用しているため、その顔を見ることは出来ない。
侵入する際に、用心の為にかぶったのだろう。
しかし、あらわになっている目は、先程モニターで、そしてテレビで見た強盗犯人と同じものだった。
「今は誰もいないハズだろ!?」
驚きを隠せない犯人。
でも、そんなの僕の知ったことじゃない。
「たああああっ!!」
僕は、再び杖で殴り掛かった。
シャララ――ン!!
音と共に光りが溢れ出す。
『シャイン・インパクト――ッッッ!!』
そして、杖が何やら叫んだ。
僕が手にした、このユリちゃんの杖。
名前は、シャイン・ワンドという。
アニメの魔法少女が使っていた杖を商品化したもので、杖を振ったりボタンを押したりすると、内蔵された声や光りを発するというオモチャだ。
定価は2980円。
全国のおもちゃ屋で、絶賛発売中!
……と、さっきテレビのコマーシャルでやっていた。
ぶぅん!
犯人の側頭部を狙って
「うわっ!?」
とっさにしゃがんで避ける犯人。
空を切る音。
杖は、その頭の上を通過していく。
「お、お前は何だ!? し、しかも、そんな格好で!」
犯人が、うろたえているのが良くわかる。
まぁ、下半身にバスタオルを巻いただけの男が、魔法少女の杖を振りかざして来たら……
そりゃ、誰だって怖いだろう。
『悪のハートを察知して、私はここに現れたのっ!』
何も言えなかった僕にかわって、杖が勢い良く叫ぶ。
「なっ!?」
不意の言葉に、驚きを隠せない犯人。
「ふ、ふざけるな!」
『いつだって本気のパワー!』
「くうっ!?」
杖の言葉に、犯人はうめく。
『その心の闇……今、解放してあげる!』
「な、なんだと!?」
『集まれ光の力よ! 全開マジカルパワー!!』
「うわああああ!?」
『キラーン!! シャイン・ストーム――』
――プチッ!!
杖の主電源を切る僕。
力一杯振り回したせいで壊れたのだろうか?
杖は、ボタンを押さなくても勝手に喋るようになってしまっていた。
「くっ……何だか凄く疲れた気分だ……!」
犯人は言う。
それは、僕も同感だった……
でも、だからと言って気を許すわけにはいかない。
僕は、犯人をにらんだ。
緊張感が辺りを支配する。
思わずツバを飲む。
でも、緊張に固まった喉では、上手くツバを飲み込めない。
それでも、無理やり飲み込もうとして、
――ゴクリ!
と、予想以上に大きな音が響き、一瞬息が詰まった。
その瞬間、それを好機と見たか、犯人が動いた。
「ふっ!」
弧を描き、鋭い蹴りが飛んで来る。
「わっ!?」
僕の手を蹴り上げる犯人。
手の中の杖が弾け飛んだ。
「ああっ、シャイン・ワンドが!!」
「これで形勢逆転だな」
犯人は、空手のような構えを見せた。
有段者なのだろうか?
その姿は、なかなか堂に入ったものがある。
武器を失ってしまった僕には、少々……
……いや。
非常に荷が重い相手に感じられた。
軽やかにステップを踏む犯人。
どうやら、僕は逃げるまでもない相手と判断されたようだ。
「大人しくしていれば、命までは取らんさ」
そう言いながら、犯人はゆっくりと近付いてくる。
僕を仕留めて、それから金品を物色するつもりなのだろう。
「くっ!」
僕はうなり、後ずさった。
そのとき――
「ん~、ママ~?」
争う音に目を覚ましたのか、僕の後ろの扉を開けて、ユリちゃんがダイニングに姿を現した。
「ユリちゃん、来ちゃダメだ!」
慌てて叫ぶ。
「ひっ!?」
その、ただならぬ雰囲気。
そして、今にも襲って来そうな目出し帽の男の姿に、ユリちゃんの口から小さな悲鳴が漏れた。
眉間にシワが寄り、目が細くなり、口は“ヘ”の字でプルプルと奮え出す。
妹のエリカも、幼い頃にやっていた。
そう、号泣する直前の仕草だ。
「ユリちゃん!」
僕は振り返ると、とっさにユリちゃんを抱き締めた。
ここで泣き声を上げたら、逆上した犯人に何をされるかわからない。
「う……ひっくひっく……」
僕の温もりに多少安心したのか、ユリちゃんはなんとか踏み止まってくれた。
でも、いつ、このタガが外れるかわからない。
「チッ……」
やはり、犯人もそれを
ユリちゃんを抱き締める手に力が入る。
背後に迫る犯人。
僕は背を向けたまま、首だけを巡らせた。
犯人が、拳を振り上げるのが見えた。
黒い革の手袋をしたその拳。
それは、とても大きくて、とても固そうで……
殴られたら、一発で気を失いそうだった。
「なに、痛いのは一瞬さ……」
犯人は目を細める。
そして……
振り上げられた拳が――
一気に振り下ろされる――
「くっ!!」
僕は思わず目をつぶり、ユリちゃんを更に強く抱き締めた。
ゴスッ!!
拳が、後頭部を捉える音が響く。
とても鈍く、とても重い音。
でも……
不思議と痛みはなかった。
そして……
僕の記憶は、ここで途切れ――
途切れ――
「……てない?」
あ、あれ?
僕は、恐る恐る目を開いた。
僕の目に飛び込んできたもの、それは――
白目をむいた犯人の姿だった。
な、何があったの……?
その後頭部に、大きな拳がめり込んでいる。
「あ……がが……」
気を失った犯人は、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
その後ろから、体格のいい短髪の男性が姿を現した。
男性は、床で伸びている犯人をにらむ。
「テメーが、テレビで言ってた強盗犯人か!」
当然ながら、犯人からの返事はない。
こ、この人は……?
「パパっ!」
その瞬間、僕の腕の隙間からユリちゃんが叫んだ。
パパ!?
じゃ、じゃあ……この人がコトノさんが言ってた旦那さん……?
太い腕、太い足、厚い胸板。
なるほど、確かにレスリングをやっていたことが一目でわかる体格だった。
「パパー!」
僕の腕をすり抜け、ユリちゃんは旦那さんに抱き着いていく。
ふぅ……
どうにか助かった……
口から、安堵のため息が漏れた。
僕は……
ユリちゃんを守れたんだ……
僕はうつむき、心の中に沸き起こる喜びをしっかりと噛み締めた。
そんな僕の姿に、旦那さんが口を開く。
「……か」
「えっ?」
聞き取れなかった僕は、思わず顔を上げた。
その瞬間、瞳に飛び込んで来たもの。
それは――
唸りを上げて迫り来る、大きな大きな拳だった。
「テメーは、変態かっ!!」
ごちっ……!
鈍い音と共に、タオル一枚に身を包んだだけの無防備な僕は、派手に吹き飛ばされた。
そして……
今度こそ、僕の記憶はここで途切れるのだった……
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