二章

「……お前なあ」

 君はまた泣いていた。

「馬鹿だろ、段階踏めよ」

 君の涙は見たくなかった。

「普通クッキーとかそういうもんから始めるんだよ」

「普通なんて知らないよ」

 俺が駆け付けたことで少し気力を取り戻した君が言う。午後十一時、君の家のオーブンの前で、膨らまなかったシューと塩辛いクリームの前で君は泣いていた。俺は君の手を握っていた。

「泣くなって。ちゃんと練習すれば、誰にだってできるようになるんだから」

「本当?」

「本当本当」

 俺が君の手を引くと、君はすんなり立ち上がった。

「――だから順番に片付けも覚えていこうな」

「……はあい」

 君は苦笑いして、キッチンを見渡した。毀れた粉もの。放置された卵の殻。硬くなったシュー生地の素。こういうものは、生地を焼いている間に片付けるものである。

「柳はきっと、片付けまでできる女の子が好きだから」

 そう言うと、ぐうの音も出ないといった風に肩を竦め、君は手を離した。

 あ、と思った。

 いや、どうという訳ではないのだけれど。手を離さなければ洗い物はできない。

 それなのに感じてしまった違和感は、それから君の家に上がる度、君のお菓子作りを手伝う度、そして君が上達する度に大きくなっていくタイプのものだった。

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