ナツノウミ

戸城 樹

ナツノウミ 〜なつみSIDE〜

 海をみたことがない。

 このあいだ8さいになったけど、わたしはいちども海をみたことがない。

 山にかこまれた、りんごとおそばとわさびがめいぶつのここで、わたしは生まれた。

 わたしはパパをしらない。

 わたしに「なつみ」となまえをつけたパパは、とおいとおいむかし、お空にいってしまったんだって、ママがいってた。

 だから、ちっちゃくてはたらきもののママだけが、わたしのかぞくだ。

 一がっきのさいごの日、なかよしのはるちゃんとおうちにかえるとき

「ことしはみんなで海にいくの♪」

 ときいた。

 いいなぁ……わたしも海、みてみたい。

 だいたい、パパはなんでわたしに「夏海」なんてなまえをつけたんだろう?ここには海なんてないのに。

 おゆうはんのじかん、アジのひらきをつつきながら、わたしはそんなことをかんがえていた。じょうずにたべられなくて、おさかなはどんどんつめたくなっていく。

 このおさかなも、海からきたんだよね……

「なつみ〜、早く食べちゃいな〜」

 あらいものをしながら、ママがわたしに声をかける。

 今日も、ワシャワシャしていいかげんみたいなのに、なぜかかわいくキマってるヘアと白いシャツにジーンズ。

 いつもかわいくてモテモテのママは、私のじまん♪ ママは、これからまたおしごとだ。

「ねー、ママ……」

 そのときわたしは、ちょっとだけためらいがちだったと思う。

 だってママは、まいにちいっぱいはたらいてる。ひるもよるもずっと。だから、それをいったら、きっとおかあさんはこまってしまう。だけどそれは、私の口からぽろりとこぼれてしまった。

「ママ、はるちゃんがね、なつやすみ海にいくんだって……」

「そっかー……」

 わ!いっちゃった!

 私は、おそるおそるママのせなかを見る。

 おなべについたおこげを取るのをあきらめたママは、てんじょうを見てふぅとためいきをついた。こまっちゃったかな?それともおこっちゃった?

 私はなんだかぎゅうっとなってしまって、やっぱり言うんじゃなかったとおもった。

「あのね、ちが……」

「うん、じゃあ私たちも海、行こっか♪」

「……え?」

 おもってもなかったママのことばに、わたしはびっくりしてしまった。

「え!え!? でも、おしごと……」

「大丈夫だよ、一日くらい♪ 夏海は海、行ったことなかったもんね」


 あれよあれよの間に、ママは3つのしょくばぜんぶにおやすみしますといって、ママのちっちゃな車で海にいくことになった。

 ママはごきげんでハンドルをにぎってる。

 サンドイッチ作って、バスケットにつめて、ママとわたしをのせて車がはしる。

 はじめてのこうそくどうろに二人でキャーキャーいって、はじめてサービスエリアに入ってまたキャーキャーいって、こうそくどうろをおりると、わたしたちの目にキラキラの海がとびこんできた!

 車をおりると、ふしぎなにおいのする風がふいていた。

 ざざーっ、ざざーっという音が、いろんなところからきこえる。

 はじめてみた海は、えのぐセットのあいいろをたくさんとかしたみたいに青くて、なのにちかくの水はとうめいで、なんだかふしぎ!

「夏海、海、入ってみよっか♪」

 ママにいわれて、ぴた、と海の中に足を入れてみる。足の下のすながどんどんなくなっていくかんじがおもしろくて、わたしはむちゅうになる。

 なんだかたのしくて、ママにもおしえたくてふりかえると、ママが目になみだをいっぱいためてないていた。

「ママ!どうしたの?どこかいたいの?」

 ふるふると、ママはあたまをふってちがう、って言う

「かなしいことあったの?わたしがママをかなしくしちゃったの?」

「違うよ、夏海……ママね、嬉しいの。ママね、パパのこと思い出してたの」

「パパって、どんなひとだったの?」

「素敵な人よ。世界一素敵な人」

「いまでもパパのことすき?」

「うん、大好き。パパとママはね、この海で出逢って、恋して、そして夏海が産まれたの。夏海は、パパがママにくれた、最高のプレゼントなのよ。だから夏の海で夏海。私達の愛の証」

「ママ、なんだかかわいいね♪」

「えへへ、ありがと♡」

 ママは、なきながらわらった。

 うん、ママはかわいいよ。こんなにいっしょうけんめい、いなくなってしまっても、ずっとパパをすきなママを、わたしはすごくかわいいとおもった。

 こんなにパパをすきなママも、こんなにかわいいママをすきでいっぱいにしちゃったパパも、とってもすてきだとおもった。

 おとなになったら、わたしもあえるかな?

 ママにとってのパパみたいなひと♪

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