第32話 ピオリム

【概要:アモンvsザケル②】


アモンvsザケル。


互いに打ち合う両者。


かたや左右の剛腕で。

かたや左右のカウンターで。


拮抗するアモンとザケル。

だが動きがあった。


僅かずつではあるが

ザケルが後ろに下がっている。


カウンターを決め続けているほうが押され始めたのだ。

アモンの耐久レベルはもはや人のそれではない。


アモンの圧に後退を余儀なくされるザケル。

額には汗が浮き、苦笑いを浮かべていた。


後ろに大きく口を開けたクレバスが迫っていたのだ。

落ちれば命はないだろう。


カウンターをやめて逃げに徹すれば回りこめるかもしれない。

ザケルの力量ならそれも十分可能であろう。


しかし、これはプライドを賭けた男比べ。

たとえ観客が許しても己の誇りがそれを許さないのだ。


クレバスまでの距離あと1m。


窮地に陥ったザケルが放ったのはロリュー人なら

誰もが知る技であった。


ピオリムパンチ。

ロリューの英雄的ボクサー

国拳ロウリー・ピオリムが使った頭を下げて打つ

特殊なパンチである。


ピオリムは小柄ながら、へヴィー級を含む

6階級を制覇した偉大なボクサーである。

そんな彼が得意としたのが、件のピオリムパンチ。


頭を下げて打つ渾身の左ストレート。

それも放った後、前に体が崩れるほどに

全体重を拳面に乗せて放つのだ。

その威力は強烈無比である。


しかし通常、ボクシングにおけるどんなKOパンチも

次の行動を想定しているため体が崩れるほどの

体重移動などはしない。

すれば外した時に致命的な事態に陥るからだ。


しかしピオリムは、天性の当て勘でそのリスキーな

パンチをことごとく成功させ、数多の猛者をマットに沈めてきた。

その才があったからこその6階級制覇である。


ちなみにピオリムの生前から没後60年の現在に至るまで

この技を有効に使えたボクサーは存在しない。


しかしピオリム同様、稀代の天才ザケルならできるはず。

超人的な予測術と身体能力を持つザケルならば。


本人も伝記で読んで知っている技ではあるが

隙が多すぎて実戦には向かない技と思っていた。

ピオリムだからこその技だと。


特にアモンという巨獣と戦う時ならばなおのことだろう。


しかしやる。

だからこそやる。


端正な顔に似合わずこのザケルという戦士も

男の中の男であった。


そして放たれる乾坤一擲の一撃。

それは吸い込まれるようにアモンの顎を捉え…


アモンに膝を付かせた。


ダウンである。

あのアモンがダウンしたのだ。


ギャラリーからドッと歓声が上がり

そのボルテージは最高潮に達した。


ロリューからの観客などは伝記でよく見知った技との

まさかの邂逅に狂気乱舞して喜んだ。


しかし、それと対称的にザケルの心境は冷え切っていた。


なんと、意識を失ったアモンが右手で

ザケルの足首を捕らえていたのだ。


手榴弾の爆発力をも上回る

握力の持ち主アモンがである。


ザケルの額に嫌な汗が流れる。


意識が断たれ予測術の肝である

眼球の動きが止まった所での無意識の反応であった。


この尋常ではない闘争本能に

さすがのザケルも舌を巻いた。


程なくして覚醒したアモンは、状況を悟って即、動く。


ザケルもその動きに合わせ動いた。


アモンvsザケル。

その異次元の戦いは佳境へと突入する。

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