第8話 魔法使いソニア (The Sorceress Sonia)

 剣術大会の行われている場所に戻ると、相変わらずの人だかりだった。これではライアンがどこにいるのかすぐには分かりそうにはない。

 人ごみをかき分けて前の方へ行くと、そこには先程ティムを完膚無きに打ち負かしたダシールと、どこかの城の中堅剣士といった風貌のいかにも腕の立ちそうな男が戦闘準備を整えているところだった。


「それでは長らくお待たせしました! 本日の大会の決勝戦を開始します! 長い闘いの末この決勝戦に挑むのは、ダシール様とスミス様!」

 審判の男が叫ぶと、観衆から大きな歓声が上がった。


 ティムが予想していた通り、ダシールは決勝戦まで残ったようである。

 ティムはダシールとの試合を思い返した。迅速な剣裁き、瞬発力、反射神経、全てに優れた使い手だった。そして印象に残ったのは、ティムの落としたサファイアをじっと見つめていたことだった。一体あの時ダシールは何を考えていたのだろうか。


 ともあれ、これが決勝戦だということはライアンは敗退したということだった。ティムがソニアに首を振ってみせると、ソニアは残念そうに少し眉を寄せた。


 審判の掛け声と同時に、試合が始まった。しかし両者とも間合いを測っているようで動こうとしない。長い間が開いた。観衆がその間固唾を飲んで見守る。


 先にダシールが動いた。無駄の無い動きでスミスに斬り込む。しかしスミスはそれを待っていたかのように軽く弾き返した。ダシールが押し返されて後ろに下がる。こここへスミスは鋭く木刀をなぎ払ったが、ダシールは素早く身を屈めそれをかわした。


 すぐに体勢を整えたダシールが得意の高速斬りでスミスに攻撃すると、スミスは的確にそれを受け止めた。そしてスミスは続けざまに木刀を押し出すと、ダシールは再び力負けして後退した。間髪を入れず、スミスはダシールに斬りかかる。その迅速な攻撃をダシールはぎりぎりで受け流し、一瞬の隙をついてスミスに斬りつけた。しかしスミスはすぐさま向き直り、ダシールの攻撃を受け止める。驚くべき反射神経だった。


 スミスは木刀を力任せに押し出し、ダシールとの距離を開けた。もう一度両者が睨み合う。観衆から拍手が鳴った。ティムも拍手をする。スミスという剣士も、かなりの使い手だった。


 それからしばらく両者の一進一退の打ち合いが続き試合は白熱したが、最後にダシールがスミスの肩に木刀をかすらせた。観衆から驚嘆の声が上がったが、それはすぐに歓声に変わった。


「勝負あり! 勝者、ダシール様! おめでとうございます! 優勝です!」

 審判の高揚した声が聞こえる。観衆からは歓声と口笛と野次が飛び交っていた。


 スミスは汗を拭うと、笑顔でダシールに握手を求めた。するとダシールは被っていたベールをおもむろに脱ぎ捨てた。ベールを脱いだダシールは、黒紫色の髪を後ろで団子状に結った艶やかな女であった。


 これにはスミスも審判も度肝を抜かれているようだった。観衆がより一層騒ぎ立てる。


 ダシールに笑顔で握手を求められると、スミスは思いがけない状況に驚きながらも笑顔で握手を返していた。


「それでは優勝者のダシール様には、優勝賞金として千ルーンを差し上げます!」


 審判がそう叫ぶと、受付の時にいた別の男が金貨の束を持って登場した。男はダシールの前まで来ると、金貨の束をダシールに渡した。ダシールはそれを受け取ると、にっこりと上品に微笑みお礼を述べた。観衆からは雨のような拍手が轟いた。



 人だかりから出ると、店の建物の壁にもたれるようにしてライアンが座っていた。


「よう、ライアン。元気そうだね」


 ティムが早速皮肉を言うと、ライアンは大げさに溜息を吐いた。


「お前は相変わらず呑気だよなあ。これで俺たち本当に一文無しになっちまったっていうのによ」


「まあ何とかなるって。水は川や泉にあるし、食糧は狩りでも何でもして調達するさ」


「お前は野生をなめてるよ、絶対」

 ライアンはまた溜息を吐いた。


「お金が無いのですか?」

 ティムの後ろにいたソニアが聞いた。


「あ、うん。実は色々あって今お金が無いんだよ。だからこそ剣術大会に参加したんだけどね」


 その時、ライアンが顔を上げてゆっくりと立ち上がった。そしてティムとソニアの顔をゆっくり見比べていたかと思うと、突然目を剥いてティムに掴みかかった。


「やい、ティム! 貴様、俺がヒーコラ闘っている間にこんな美女と遊んでいやがったのか! 許さんぞ!」


「ちょ、落ち着けよ、ライアン。別に遊んでた訳じゃないって」


 ライアンはさっとソニアの方を向いた。ソニアは目の前の騒動に戸惑ったように目を瞬かせている。


 ライアンはティムをどんと突き放すと、ソニアに手を差し伸べた。

「初めまして。私はライアン・ヘルムクロス。しがない騎士であります。どうぞお見知りおきを」


 ソニアは苦笑いしながら握手し返した。

「私はソニア・クランスフェイドと申します。よろしくお願いします」


「どうですか。もしよろしければ、これから葡萄酒を飲みながらゆっくりお食事でも」


「おい、ライアン。ちょっと待てって」

 ティムが中に割って入る。


「うるさい! お前だけ美女と遊ぼうなんて、俺は絶対に認めんぞ!」


「だから、遊んでないって言ってるだろ。それにお前今お金無いじゃないか」


「うむむ・・・」

 ライアンが言い返せずに唸る。


 その時、背後から艶めかしい声がした。


「ちょっといいかしら」


 振り向くと、黒いドレスのようなローブを纏った女が立っていた。ダシールである。


「これはこれは、麗しき貴婦人殿。この騎士ライアンに何か御用事でしょうか?」

 ライアンはあっさりとソニアから離れ、ダシールに尻尾を振り始めた。どうやらライアンは、この女がダシールだということを知らないらしい。


 ダシールは白けた目つきでライアンを見据えると、ぴしゃりと言った。

「あなたじゃなくて、そこの彼に用事があるのよ。ティムだったかしら」


「え?」

 ティムは思わず声を出した。


 ダシールの視線がティムを捕らえた。ダシールのサファイアを見つめている情景が頭の中で再現され、ティムの体は強張った。


「何だよ。ティムばっかり・・・」

 ライアンが口を尖らせて拗ねる。


 その様子を見てダシールが言う。

「あら、あなた、彼のお友達なのね」


「俺に何か用ですか?」

 ティムが聞いた。


 するとダシールは肉厚の唇を歪ませて微笑んだ。

「ええ、そうよ。あなたの持っている石は守護神石のサファイアだということは知ってるかしら?」


 ティムは、こくりと頷いた。


 ダシールは続ける。

「では、あなたがサファイアを持っている理由は何かしら?」


「この石は俺の親父から受け継いだもので・・・」


「そういうことを聞いてるんじゃなくて、何の為に持っているかを聞いてるの」

 ダシールはぴしゃりと言い放った。


 ティムは、不意を打たれて口籠る。

「これは、その、エルゼリアの魔王を倒す為だよ。集めてるんだ、守護神石」


「あらあ、そうなの」

 ダシールは、ティムの目を涼しい顔で見つめた。


 ティムは妙な居心地の悪さを覚え、冷や汗を流した。この女からはやはりただものではない気配を感じた。


 ダシールは長い前髪を手繰りながら言った。

「まあ、精々頑張ることね。それじゃ、失礼するわね」


 ダシールはそのまま立ち去ろうと歩きだしたが、すぐに止まった。

「あ、そうそう。あなたに二百ルーン差し上げるわ。私はこんなに要らないから」


「え、いいの?」

 ティムは、目を丸くした。ライアンは、驚いて口をあんぐり開けていた。


「ええ、いいわ。どうせお金に困ってたんでしょ?」

 ダシールは、薄らと微笑んで、十ルーン紙幣を二十枚差し出した。


 断る理由は無かった。


「じゃあ、何か悪いけど、頂きます!」

 ティムはお金を受け取った。思わず大声が出ていた。


 その様子を見て、ソニアは口を手で押さえて笑っていた。

 ライアンは訳も分からず、目をぱちくりさせている。


「それじゃあね。縁があれば、また会いましょう」


「ちょっと待って。あなたは一体誰?」


「私はアンジェラ。ただの旅人よ。じゃあね」

 そう言い残して、アンジェラは通りの方角へ去って行った。


 どうやらダシールというのは、性別を曖昧にする為の偽名であったようだ。


「おい、誰なんだ、あの超絶に色っぽい女性は。何であんな大金を持ってるんだ」

 ライアンが、唾を飛ばしながらまくし立てる。


「あれはベールを脱いだダシールだよ」


「な、な、な、何い? あの人が?」

 ライアンは前につんのめって驚き、アンジェラが去って行った方角を見つめた。

「だって、女じゃねえか」


「俺だって信じられないよ」

 ティムは両手を広げて、首をすくめた。


 ライアンはしばらく指を歯に当てて呆気に取られていたが、ソニアの存在を思い出して顔を元に戻した。

「それで、こっちの可愛い子ちゃんは?」


「ああ、そうそう。この人はソニア・クランスフェイド。お前が試合をしている間に俺は守護神石の情報収集をしてたんだけど、その時に出会ったんだ」


「へえ。それで、何か分かったのかよ」


「それが実はね・・・」


「ティムさん!」

 うっかり大声で言いそうになったティムを、ソニアが焦って止める。


 ティムは慌てて口を手で覆うと、怪訝そうな顔で目を細めるライアンの耳元で囁いた。

「この人、守護神石の一つのアクアマリンを持ってるんだ」


「マジかよ」


 ライアンが驚いた顔で、ティムの目を見据える。

 ティムはにんまりと微笑み、頷いた。


 ソニアが口を開いた。

「それではこんな所で立ち話もなんですし、これから一緒に夕食でもいかがですか?」


 その言葉を合図にティムとライアンのお腹は、揃って美しいハーモニーを奏でた。




 通りを歩きだした頃には、辺りはもう薄暗くなっていた。民家や店の窓から漏れ出る灯りに温かと照らされているカルディーマの通りは、昼間とは違った趣を醸し出していた。  

 昼間に比べると通りを歩いている人は少なくなっていたが、酒場や飲食店からは時折騒がしい声や愉快な音楽が聞こえてくる。


 ティムたちは尾けられていないことを確認すると、活気のある大衆食堂風のレストランに入った。店内は大勢の客で溢れ返り、レベックとクロムフォルン、タンブランの楽器隊が陽気な旋律を奏でていた。


 三人がテーブル席に腰かけると、すぐに店員がビールのジョッキを人数分出した。


「ああ、久しぶりの食事だな」

 ティムが安堵の声を出して腹を撫で上げる。


「お二人とも食事を取らずに試合をなさっていたなんて、大変だったでしょうね」

 ソニアが微笑みながら言った。


「いやあ、それが意外と目の前の試合に集中し過ぎて空腹感は忘れちまってたんだよな。でも食堂に来ちまったらもうお腹ぐうぐうよ」

 

 ライアンは近くの店員を呼び止めて流れるように料理を注文すると、ビールのジョッキに口を付けた。

「それで、俺が闘っている間に一体何があったんだ?」


 ティムが答える。

「俺、アンジェラに負けた後、時間があったから守護神石の情報収集をしていたんだ。そうしたら酒場のマスターが、剣術大会でサファイアが目撃されていることを知っていてね。しかもサファイアが風の神の化身であることまで知っていたんだ。誰から聞いたのか尋ねたら、丁度その時酒場にいたソニアだったってわけ」


 ティムがソニアを一瞥すると、ソニアはこくりと頷いた。


 ティムが続ける。

「そんなに守護神石のことに詳しいなら何か手がかりが得られるかもしれないって思って、ソニアに話しかけたんだ。そうしたら酒場では教えられないっていうことだったから、路地裏でそれを見せてもらったんだよ」


 意識的に、アクアマリンという言葉を避ける。


 すると、ライアンが訝しげに眉間に皺を作った。

「さっきから思っていたんだが、何でそんなにこそこそしねえといけねえんだ?」


 ティムが声を潜める。

「実はそのすぐ後に俺たち、チンピラに襲われたんだ。どうも剣術大会から俺をずっと尾けていたらしい」


 ライアンの表情が変わる。

「本当かよ」


「ああ。だから、これからはもっとそういうことに神経質にならないといけない。ライアンも気を付けなよ」


「面倒臭いことになってきたな。まあ、よくよく考えてみれば当然か」


ティムはビールを一口飲み、続けた。

「で、そのチンピラたちなんだけどね。ソニアが呆気なく倒しちゃったんだ。ソニアは魔法が使えるんだよ」


「ええ!マジかよ!!」


 ライアンは驚いた顔付きでソニアを見た。ソニアがにっこりと微笑む。


「魔法ってどんなのだ?」


「その時は水が凄い勢いで出て、チンピラ二人を気絶させた。でも、詳しいことは分かんない」


 そこでソニアが口を開いた。

「私は、水の魔法が得意なんです。先程のように水圧で攻撃することもできますが、氷で攻撃したり防御したりと、色々なことができます」


「そりゃすげえや」

 ライアンが瞬きしながら言う。


「そういえばさ」と、ティム。

「ソニアはどこで魔法を覚えたの?」


「実は私、修道院にいたんです。そこで色々勉強をしました。魔法もそこで基礎からしっかり学んだんです」


「ほほお、頭脳明晰なんだな」

 ライアンはビールをぐいっと飲んだ。

「じゃああのキラキラした石ころについても色々知ってんのかい?」


「ええ、基本的なことなら」


「だったら聞きてえんだが、あの石ころはゴブリンを引き付ける力とかあんのか?」


「はい。本能的にゴブリンなどの魔族は、守護神石の持つ何かに引き寄せられているようです」


「何かって?」

 ティムが聞く。


 ソニアは首を振った。

「それはまだ明らかになっていないんです。守護神石の放つ光やオーラという説があります」


「へえ。やっぱり守護神石を破壊しようとしているのかな」


「恐らくはそうです」

 ソニアはこくりと頷き、続けた。

「でも守護神石を破壊することは絶対にできないという説もあります。あくまで説ですが」


「けっ。うっとうしい奴等だぜ」

 ライアンが悪態を吐いた。


 ソニアが補足する。

「でもそんなに遠くから認識できる訳ではないですよ。かなり接近しないと、そこにあるとは分からないようですね」


「なるほどな」

 ティムは納得したように、何度か頷いた。

「とまあ、こんなことがあったってわけ。遊んでたんじゃないんだからな、ライアン」


「そうか。そういうことなら仕方あるまい。許してやるとしよう」

 ライアンは腕を組み、仏頂面を作ってみせた。


 ソニアはくすりと笑うと尋ねた。

「ライアンさんはなぜ旅をされているんですか?」


 ライアンは一つ咳払いをすると言った。

「俺はヘーゼルガルドの兵士になる為にヘーゼルガルドに向かっている途中なんだ。親父がヘーゼルガルドの兵士長をしていることもあって、兵士になることに憧れてんだ。ちなみにティムとは小さい頃からの友達でね。そのティムが大層な旅に出るって言うもんだから、付き添ってやってるってわけよ」


 ティムがソニアに小声で耳打ちする。

「こいつはルビーを持っているんだ」


「えっ! そうなんですか」

 ソニアは驚いた声を上げた。


 ライアンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに内容を察して頷いた。

「ああ、それに関してはヘーゼルガルドに着いたらこいつに譲るつもりだ。俺が持っていても仕方ねえし、こいつはエルゼリアを救うっていう目的があるからな。俺もできる限りサポートしていくつもりだ」


「そうですか。それはティムさんも心強いですね」

 ソニアが納得したように何度か頷く。


 そろそろティムは本題を切り出すことにした。

「さっき路地裏で言おうとしていたことなんだけど、もう俺が旅をしている目的は分かっているよね。だから単刀直入に言うけど、それを俺に預けてくれないか」


 ソニアは黙った。大きな瞳で見定めるようにティムの顔を凝視する。右手は懐に閉まったアクアマリンをぎゅっと握りしめていた。


 数秒間の沈黙の後、ソニアは口を開いた。

「分かりました。でも条件があります」


「条件?」


「私を、一緒に連れて行って下さい」


 その言葉に、ティムとライアンは思わず顔を見合わせた。


 ソニアが不安そうな表情で言う。

「だめですか?」


 ティムが咄嗟に答える。

「えっ。いやいや。むしろ魔法が使える仲間が増えるなんて大歓迎だよ。でも何で俺たちなんかと一緒に?」


 ソニアはふっと目線を落とした。

「私、実は修道院での閉塞的な生活に嫌気が差してしまって、家出同然で旅に出たんです。このまま旅を続ける理由が見つからず、結局行き詰まってこの街に流れてきました。それでそろそろ修道院に戻ろうかと迷っていたところでティムさんに会ったんです。私、ティムさんの話を聞いて胸がわくわくしました。とても大変なことだとは思いますが、それでも力になりたいと思えました」


 ソニアは終始落ち着いた表情のままだったが、途中から口調に若干熱が入っていた。しっかり開かれた瞳からは決意が伝わってくる。


 ティムは頷いた。「分かった。俺たちで良かったら是非一緒に来てくれよ」


「ありがとうございます!」

 ソニアはようやく顔を緩めると、声を弾ませた。


「魔法も使えるし、元修道女ってことで博識だろうし、助かるぜ。しかも超べっぴんさん」

 ライアンが鼻の下を伸ばす。


「うん、本当に頼りになるよ。こちらこそ、ありがとう」

 ティムは微笑んだ。


「でも今までそんなこと考えたこともなかったですし、私なんかがそんな大それたことをやらせて頂いてもいいのでしょうか」


「なあに、ソニアちゃんのほうがこいつよりよっぽど考えが深いさ」

 ライアンが喉を鳴らして笑った。


「うるさいな。女の尻のことしか考えてない奴に言われたくないよ」


「何も考えてない奴に言われたくねえな」


「カッチーン・・・」


 鼻息を荒げて睨みあう二人を見て、ソニアはまたくすくすと笑った。




「ふいあへん。まほんのそへーさんいんあえと、はろっくのはいをおいんまえくらさい」

(すみません。マトンのソテー三人前と、ハドックのパイを五人前下さい)


 ソニアが小ぶりの口に食べ物をいっぱい詰め込みながら、慌ただしく行き交う店員に食事を注文する。


 ティムとライアンは、どんどんと空になっていく皿の山を見て唖然としていた。

 そんなことには露程も気付かず、ソニアは黙々と料理を平らげていく。


「あれ、もう食べないんですか?」

 食べ物を飲み込むと、ソニアはきょとんとした顔で尋ねた。口の端に食べかすが付いている。


「うん、もう俺たちはもうお腹いっぱいだけど・・・」


 ティムがちらりとライアンを見やると、ライアンは苦笑いした。

「むしろ、まだ食うのか?」


「はい。今日は少しお腹が空いたので、まだまだ食べます」

 そう言って、ソニアは猪とトマトのソースが絡んだパスタを口に詰め込んだ。


 ティムとライアンは黙って、ただその様子を見守った。


 咀嚼しながらティムとライアンの様子がおかしいことに気付いたのか、ソニアは口を手で覆いながら尋ねた。

「・・・私、食べ過ぎですか?」


「うん、そうだね」

 ティムが答えた。ライアンも深く頷く。


 口の中の物を飲み込むと、ソニアは申し訳なさそうに声を落とした。

「すみません。私、魔法を使うと、すごい大食いになっちゃうんです」


「ああ、そういうことだったのね」

 ティムが腕を組んで、相槌を打った。


「魔法を使うと、誰でもそうなるの?」


「まあ個人差はありますが・・・」


「じゃあ、結局ソニアちゃんは大食いってことだ」


 ライアンが意地悪く笑うと、ソニアは恥ずかしそうに俯いた。


 間もなくテーブルの上は、料理と空いた皿でいっぱいになった。





 ソニアが大量の料理をきれいに平らげると、三人は店を後にした。暗闇に包まれた通りでは旅人が数人行き交っていて、それ以外に人影はなかった。


 ティムは大きく伸びをした。

「さあ。今日はもう遅いからカルディーマで宿を取って、明日の朝出発しよう」


「ああ、そうだな。今日は長い一日だったぜ」

 ライアンがくたびれたようにあくびをする。


 その横を歩きながら、ソニアが浮かない表情を浮かべていた。


 ライアンが聞く。

「どうしたんだい、ソニアちゃん」


 ソニアは不安げな声で言った。

「本当にこの街に朝までいて大丈夫なのでしょうか。石がここにあることを知っている人は、今まだこの街にいるんですよね」


「そんなに心配するこたぁねえよ。もう通りもほとんど誰もいないし、暗いから俺たちが誰かなんて分かりゃぁしねえよ」


「そうですか。それならいいんですけど」


「それにバレてるのはティムだろ。もし何かあっても被害が及ぶのはこいつだけだから大丈夫だって!」

 へらへらと笑いながらライアンはティムを指差す。


 ティムは青ざめた顔で言った。

「やっぱり、今夜の内に出発しよう!」


「いやいや、もう俺は行く気満々だから。自分の発言に責任を持てよ。なあ? ソニアちゃん」


「ま、まあ、私は別にどちらでも・・・」


「だぁー! 分かったよ! 今日は遅いし、ここで宿を取ろう。確か酒場が宿を提供していたはずだ」


 こうして新たな旅の仲間としてソニア・クランスフェイドを迎え、一行は疲れた体を癒す寝床を確保するべく酒場へと向かっていった。

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