第一章【召喚・送喚】
第一章1話『日柳剣の消失』
――夜の森の中赤毛の白いローブ姿の少女が一人。その傍らに浮かぶ空色と翠色の球体。歩みを向かわせていた。
木々は無数に生え夜の暗い明かりは暗闇以上何も見えない。草はあまり生えてはいないが人的に整理されている訳ではないようだ。所々に雑に生え地面から茸のような物も見える。
「フンシー。遂に今宵。さあ、もう少しで着くよ」
「そうだねアテラ。時は満ちた。今宵君の使い魔を召喚が出来る。魔力は残っているようだし顕現も心配なさそうだ」
「うん。大丈夫。欲言えば半神であってほしいけど……」
「君くらいの子が使い魔召喚すれば半神は必至だよ。大丈夫自分を信じて」
一つ頷き目的の場所に足をひたすらに向かわせた。
† † † † † † † † † † † †
ぽっかりと森に空いた空間。天から降り注ぐ月の明かりが弱く落ちて来る。少女と球体は歩みをその中央で止めていた。
少女がローブを翻し両手、腕を前に突き出す。球体はゆったりと浮遊していたが少女の肩に乗って浮くのを止めた。
風が緩やかに木々の葉を躍らせ、草花は今か今かとざわめき、月から届いていた光は徐々に消えていき、遂に眼前のモノを認識できる程まで青く暗くなった。
「アテラ。始めよう」
球体は空よりも透き通った色と緑よりも深緑に光り少女もまたそれに同調して光を纏う。
「――我、アテラの名に命ずる」
森に空いた空間一杯に陣が出現し、月の光よりも月の色に月よりも明るく光を放つ。
「――天地高天から具現し主」
周囲上空から除けばそこには月が具現化したと言ってもいいほどに明るくなる。
「――伝承の遥かより」
その輝きは止めどなく増していく。
少女はその先、中央を凝視して最後に大きく息を吸い、吐きながら言った。
「――天降れ汝!」
周囲の草花、木々。森全体までその光は届きその先までも伝わったかもしれない。
光が止み周囲には夜の暗さが戻る。
少女は瞳を開け続けた。フラッシュバックで視界に入っているはずのそれが何なのか、認識は出来ずいた。だが、肩に乗る球体は見ての通り人間とは違う。それもあるのか、召喚主よりも先にそれが何なのか気付き声を漏らす。
「……なんというか。アテラ、……」
† † † † † † † † † † † †
――暗かった。自分が瞼を閉じた。当たり前だ。だが、それよりも暗い。色は黒。黒よりも黒い黒。
目の前にある黒ではない。目の奥にある黒と言ったほうが近い気がする。視界の全ては黒色でそれは瞼の裏側を見ているからで、その色を認識するのは容易いかもしれない。
――でも、おかしくねぇか。
ツルギは瞳を閉じ瞑想をしていた。それは瞳の裏を見て脳を無にしている。それだけだ。
だが、一つ不可思議なことが起こった。
――なんで、色が分かる……。
ツルギが可笑しなことを言っているのではない。確かに明確にその色を奥まで続くその色を認識出来ている。そして、新たに起こる不可思議。
ツルギは、瞳を開けた。認識出来るモノは、
――なんで、黒しか見えねぇ……。
左手を開き閉じまた開く。それに視線を送ろうと顔を手があると思われる方向へ向けるが、手すら視界に収めることは出来なかった。
右手には確かな鞘の感覚。鞘を左手に持ち替え柄を右手で握り刀身を少しであろうか、黒に覗かせる。刀身を鞘に収めると、カシッと鍔鳴りが聞こえた。
音は通ることが分かり一先ずの安心を、
「――安心なんかできねぇだろ! なんだこの状況。視界は黒色に埋め尽くされて、目を開けているかも疑問だ。あ」
ふと、思いつく現状打破。自身への苦痛を伴う絶対的行為。
「目玉をさわりゃいいんじゃないか……」
そして、空いた右手で眼球に普通の速度で触れる。それもそのはず、視界に入らない自身のモノだとしてもどこにいるか分からないのだから。
「――ッ! いっでぇな!」
視界に入っていればあとどのくらいで眼球に触れるか分かるのだ。今のツルギにそれを知る術はなかったのだから。
黒色の視界の中思考を巡らせる。視界ゼロ。感覚あり。音も通る。ならばと一つ頼りになる存在が浮かぶ。
黒い空間の空気を肺一杯に吸い込み吐き出しながら叫ぶ。
「カガミィー!!!」
声はどこまでも遠く道場の壁に反響して返ってくることはなかった。
もちろんと言うべきではないが、カガミは訪れることもなく、声に反応すらしない。
だが、ツルギは今の頼りになる確かなそこに居た存在に縋ることしか出来ない。黒いそこでもう一度二度叫んだ。
† † † † † † † † † † † †
カガミは、庭園、道場の縁側に腰を下ろしていた。丸いサングラスを掛けて上空に居座る太陽をサングラス越しに見ている。
その小さく見える大きな太陽。その丸を手前にある丸い月が呑み込み始める。徐々に始まるその行為に心躍らせ今か今かと待ち焦がれる。
「ツルギ……。だいすき……」
左腕で身体が倒れるのを支えて右手を広げて赤くなっているであろう手を呑まれかけの太陽に向かって差し出し満足気に胸元でぎゅっと右手を抱きしめる。
周囲は、太陽が呑まれたことによって暗くなっていく。瞳を向ければもう全体が隠れた。
カガミは、サングラスを外して縁側に上り障子を開いた。
ツルギがいる道場の障子を。
「ツルギー、始まったよ。にっしょ……く……」
手に持つサングラスが力の無くなった支えから落ち地に追突する。
「つ、る、ぎ……?」
道場で先刻まで瞑想をしていた彼の姿はこの数分で居なくなっていた。家へ通じる戸は開かれたままツルギの姿は忽然と唐突になくなった。
カガミは知っている。ツルギが道場から家へ移動する際必ず戸を閉め施錠する事実を。だが、今それは起きていない。障子から縁側へ出てきたと言うこともないだろう。
カガミは縁側下の踏石にあるはずのスリッパを覗く。確かにある。
それが意味するのは、日柳剣の消失。
カガミは、日食された太陽と行った月を見つめ、右手を抱きしめてそっと「ツルギ」と呟いた。
† † † † † † † † † † † †
何度も彼女の名を叫んだ。泣いた気がした。それが確かだと感覚の話でしかなかった。
疲れ果てたツルギは再び正座をして気を落ち着かせることにした。
息を吸い込み一秒程止めると、全て吐き出す。
――神様、居るならこの状況を教えてくれるだけでいい。いつもいつも見ているだけのあんたにお願いだ。
なんて神頼みをし始める始末。だが、そうもしないと狂うのは分かっている。
――いや、これこそが俺への罪の形なのか。
ツルギは、落ち着きの戻る意識の中自分、日柳剣の人生を振り返り始めた。
† † † † † † † † † † † †
産まれた時、そう産まれたその時からだ。女性に触れるとアレルギー反応が出てしまい迂闊に接触出来ない。母は今や不在だが書庫からつい最近見つけた日記に書かれていた。父にも確認を取った。母はそれを病み命を絶ったと。
病名不明。カウンセラー無意味。優しくも強くも触れたその瞬間に苦痛という鎖が締め付け続けてきた。
一番申し訳ないのは好いてくれる相手、矢田野鏡に真面に対応が出来ない。俺も嫌いではない。だからと言ってこれ以上の気持ちを持つことも出来ないでいた。罪悪感だ。
この道場に産まれたから後継者として俺しかいなかったから、幼い頃から剣道を習い中学二年生の頃までは無敗の騎士とスポーツ誌に載ることもあった。だが、全国大会の時相手の反則行為があったのにも関わらず圧倒的な剣技で勝利するも相手側の憤怒を目の当たりにした。自分で言っていても痒いが、その一件を機に一戦も勝利せず、いつしか自身の誇り、当家の剣技すら虚飾の為忘却をした。
そして、不登校になった要因。学校の同級生を見下していた。
何の能力もずば抜けた力もないのにと。すれば、孤立もしてしまう。だが、孤独は嫌だった。仲間が欲しい。笑い合える友達が欲しい。なんてものは虚飾。実際自分と周囲の差を明確に確立させてくれる劣等衆が欲しかっただけだ。それを欲したがために俺は頭を下げた。
「友達になってくれ」と、周囲はその豚の汚い醜い欲の俺を優しく受け入れた。その時にはっきりと自覚した。俺は周囲よりも欲まみれで一番醜いと。
全くの滑稽。徐々に学校への足が遠ざかり、力なく生きがいなく、ただただ家訓の為、周囲からの嫉妬と言う名の期待、父親からの上を目指せの強欲、自分自身の傲慢な怠惰。の為に繕い続けた。
母は俺の性質のせいで死に、父は一番愛した女性を失わせた俺をきっと嫌い憎み、昔の活躍を知る周囲は期待し、友人、違うな。クラスメイトは見下していたのを知っている様だったが、そんな中優しく普通に振る舞い、
何よりも、カガミ。カガミの想いに応えられない俺は、この世界にいる価値はあるのか……。
誰かが笑う声が聞こえる。それもそうだろう。ここまでの醜い人間の人生を知って笑わないやつなんているわけがない。
此処までの人生を見れば、このアレルギーもなんてことのない代償なのかもな。
そう思うと脳裏に自分の名を優しく呼ぶ女性の声。耳に聞こえる女性の声。
『――代償なんてものではない。ただの、罪よ――』
耳に聞こえているのではない。脳に直接に言語の意味が届いていると分かった時には、そこには何もいない。
『――やっと、逢える――』
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