第100話 もしも抱っこされていなかったら……
――城郭都市『クラジナ』。
地元の名士であるザルバ・アルスデーテからの寄付によって繁華街こそ
――そんなクラジナ市が、今、戦場と化していた。
都市を
クラジナ・カルテルと戦い続けてきたのは同じ。だと言うのに、自分達は
その陣頭指揮を
彼は、その時すぐ動かす事が可能だった全ての部隊を動員してクラジナ市へ向かい、
――その一方。
次の作戦の準備を進めつつ、首都リルルカで行なわれたクラジナ・カルテル壊滅作戦、その事後処理に追われていたエリザベートの
軍の要求が通る事など、まずありえない。
何故なら、レムリディア大陸で最大規模の犯罪組織が、容赦のなさと残虐さで知られた戦闘部隊《セスロの鎌》が、市長に命令されたからと言って
そんな事は、火を見るよりも明らか。
つまり、エッカルード大佐は、始めから、クラジナ市でカルテルと戦争をする気なのだ。
その本拠地があると言っても、市民の多くは日々
そんな軍を止める事ができるのは、マルバハル共和国の元首にして軍の最高司令官である、大統領のみ。
エリザベートは、大きな被害が見込まれる軍の作戦を止めるため、まず、本局から連れてきた部下達の中から選んだ二人組に通信用霊装を持たせて大統領官邸へ向かわせ、自身は、側近2名を
それでも、クラジナ市付近に到着する頃には
それは、畑の一角を潰して設営されたマルバハル共和国軍の本陣、その上空に
広々としたフロアのおよそ3分の1が、長方形のテーブルとソファーのセットが置かれた応接室のような空間で、残りが、強いこだわりが感じられる木の風合いが生かされたレトロな
「軍が、このままただ指を
レヴェッカは、そう
その身はしっかり武装しており、拳銃二丁分のホルスター、マガジンポーチなどが取り付けられたハーネスを装着し、対刃防弾仕様のロングジャケットを纏い、ホルスターに納まった〔
「なぁー、もういいじゃん」
「現地の軍人が、
それは、事実その通りなのだが……
「でも、このまま何もしなければ、きっと大勢の死傷者が出る。国軍やカルテルの兵隊だけじゃなく、無関係な市民にも……」
そう言ったのは、刃のない二股に分れた剣身を有する大剣――〔
「エッカルード大佐ってのは、良い
「軍人の風上にも置けない
そう言って
彼女は、生まれがオートラクシア帝国の寒い地方であるが
しかし、今は、
これは、横に長いレムリディア大陸の北西部、大樹海の北側に広がる世界最大の砂漠地帯――『ホォショーラ大砂漠』付近で生活を
そして、これさえあれば屋外で働ける、もう役立たずではない、とやる気を
――リィイィ……ン
水晶が振動するような
それを待っていたレヴェッカは、素早く
〔こんにちわぁ――――~っ!!〕
そこから飛び出してきた元気な大声に
呼び出し音が聞こえた時は、当然、相手は、今回の依頼が達成されるまででいいからと通信用霊装を渡しておいたランスだと思っていたのだが……
「フラメアちゃん?」
〔フラメア。それを
〔――やー〕
〔あのねっ たすけて いってるのっ いぃ~~っぱいっ〕
今度聞こえてきたのはピルムの声で、
〔いい? たすけにいってもっ〕
そんな声を
話している内容が内容でなければ、ほくほくしたり、きゅんきゅんしたり、ニマニマしたりしていたのだろうが…………幼竜達には、市街戦に巻き込まれた、または、近くで勃発した戦闘の気配に恐れ
レヴェッカが思案したのは、束の間。
「――いいわよ。だから、ひとまずそれをランス君に返してあげて」
〔ごしゅじんっ いいよ いったのっ〕
〔もーようなしー〕
レヴェッカが、
〔申し訳ありませんでした。――報告します〕
クラジナ市内へ進攻した軍が優勢だという事、その割にカルテル側の損害が少ないようだという事、全てではないが、警備隊の隊員や警察官などが敵の陣営に加わっている事…………などなど、偵察した結果を簡潔に
依頼人の意向を優先し、すぐ助けに行こうとする幼竜達を引き
「
思わず聞き返した。
〔はい。確認できている数は12。スピアとパイクは宝具人の
その後もランスの報告は続き…………一通り聞き終えると、
「ランス君。今は人命優先。こっちには戻らず救助を始めて」
〔エッカルード大佐の許可は?〕
「ない」
作戦が進行中の地域でグランディア勢に
「だから、上手く立ち回って。いざという時は、リルルカの件で依頼は完了していた事にする。それを念頭に置いて、できる範囲で動いて」
要するに、信頼してる、でも
〔了解しました〕
そう告げてから、
〔そちらも
「用心? どういう事?」
〔カルテルの別働隊がそちらへ向かっている可能性があります〕
「別働隊? ……それは、指揮官
〔はい〕
「……ブレイバスの姿は確認できていないのよね?」
〔はい〕
それは、《セスロの鎌》の隊長であり、3億3000万の賞金首である『ブレイバス』自身が別働隊を率いている可能性があるという事。
宝具人の存在が確認されている上、クラジナ・カルテルほどの組織なら、神器や宝具の一つや二つ隠し持っていてもおかしくない。そして、別働隊はそれらを
今、
「国軍の本陣には
「急いで
「確かに急いだ方が良い。襲い掛かろうとしている者は、得てして
所長とランスの会話を聞いて、口々にそんな事を言いながらキャビンの出入口へ向かって歩き出す、ティファニア、フィーリア、クオレ。
レヴェッカは、
通信終了後、霊装を懐にしまいつつ、シャーロット、と呼びかけ、それに応じ女性の姿で投影されたこの
「エルネストは――」
「――
三人が出て行った後、休めの姿勢で待っていた保安官養成学校の実習生は、所長の言葉を
「是非、先輩方の仕事ぶりを見学させて下さい」
レヴェッカは、そんなエルネストの目をじっと見詰め……
「……分かってるわね?」
何を、と言わないレヴェッカ。
それに対して、はい、と頷くエルネスト。
「……まぁ、経験を積ませるために受け入れた訳だから、後になって
「はいッ!」
「で、ニーナはどうするの?」
そう問われたニーナは、
「わ、私は、お役に立てるとは思えないので、邪魔にならないよう、ここで待機してようかな、と……」
最後のほうは、
「いいとおもう」
キースは、そう言って頷いた。
それを見て、聞いて、
だが、次の瞬間、自分の肩から飛び立ったキースが、エルネストの肩に止まったのを見て愕然と目を見開き――
「何だ? キースは来るのか?」
「いく」
キースは、エルネストの問いに即答してから、ニーナのほうに冷めた目を向けて、言った。
「やくたたず じゃまもの ――いいとおもう いないほうが」
「――私も行きますッ!! 頑張りますッ!! ランス先輩達の後輩として恥ずかしくないよう役に立って見せますッ!!」
前言を
『…………』
彼女が何度か口にしていた通り、あくまでランスが特別なのであって、
だが、キースは違うらしい。
レヴェッカとエルネストは、上げてから落とすやり口に
「――兵は拙速を
常に状況を把握するため、空からの監視役として、飛ぶより浮いているほうが得意な
担当は、幼竜達が、まだ国軍が進行していない区画。ランスが、既に戦闘が行なわれている区画。
方法は、悪党共を
輸送先は、点在している避難所や避難壕。
そもそも、高い壁は、
その所在は、ランスが市民に
先に担当区画の避難を終わらせた幼竜達は、ごしゅじんの手伝いへ向かい、ランスが危険地帯へ飛び込み戦闘を回避しつつ救助してきた市民を安全な所で受け取り、最寄りの避難場所へピストン輸送する。
そして、キースから、フラメアを
「…………」
ランスが軍幼年学校で受けたのは、兵としての教育であって、将としての――兵を率いる者としての教育は受けていない。少しばかり特別な兵士だったため、目的を達成するための計画を立てる事はできるものの、敵との駆け引きを前提とした戦術や長期間に
しかし、座学で戦史を
あの時、カルテルは、大きな損害を出さないまま徐々に後退し、数で圧倒的優位に立っている国軍は、どんどん都市内へ進攻していた。
その状況を、カルテルが国軍を都市内へ呼び込んでいる、と見て、過去に行なわれた戦闘で類似しているものを探し、当て
カルテル側が、本隊を
――そんな流れが見えてくる。
しかし、兵としての教育しか受けていない自分にすら見えているという事は、将としての教育を受けているはずのエッカルード大佐や
だが、数的に劣勢のカルテル側は、選択できる手段が限られている。
その上、国軍が把握していなかった宝具人という突破力もある。
しかし、エッカルード大佐は、完全に包囲しているが
結果、カルテル側の強襲が成功してしまった。
「…………」
兵士にとって、無能な上官の
現在、避難している途中で流れ弾に被弾したという男性から弾丸を摘出中。すぐ側で、この男性の妻と幼い息子が見守っているため、不安にさせないよう、ランスは、内心でのみ嘆息した。
処置後、涙ながらに感謝の言葉を口にする一家に、これはあくまで応急処置であって後で必ず医師に
そして、避難所の出入口へ向かっていたその時、
「ごしゅじぃ――~んっ!!」
聞こえてきたのは、ピルムの助けを求める声。
それで振り返ると――
「…………」
ピルムが、3歳くらいの女の子にガッチリ
彼女は、きっと、犬や猫などの動物を抱っこした事がないのだろう。
それは、人形なら問題ないのだが、生き物の場合はやってはいけない抱き方で、女の子が両手をピルムの背中側から
【弱体化】しているとはいえ、ピルムは一番頑丈なので、平気そうだが……
「はなしてほしいの」
お願いするピルム。だが、女の子は、イヤイヤするように首を横に振る。それを見て、今度は目でごしゅじんに助けを求めた。
泣いていた女の子を
『…………』
不意に、ランスと女の子の目が合った。
その
「…………」
ランスが思案したのは一瞬。
紋章を介した【精神感応】で、スピアとパイクに、ピルム奪還作戦を
「えッ!?」
少女の目には、高速で移動したランスが何の前触れもなくその場から消えたように見え、きょろきょろ
「――~っ!?」
突然、すぃ――…、っと空飛ぶ白い小飛竜が視界を横切った。
その直後には【光子操作】で不可視化していたスピアを
そうして気が
「あっ!?」
少女は、
しかし、完璧なタイミングで横から走り込んできたパイクが、背に乗せる形で着地直前のピルムを
少女の目に、またじわりと涙が浮かび……
「はい」
「え?」
少女は、唐突に差し出された黒猫を、反射的に受け取った。
ランス達にとっての『要救助者』には、人以外も
「こうして、下からお
ランスが、探しに行き、連れてきた黒猫は、右前足を
それに気付いた少女は、けがしてるの? だいじょうぶ? と心配そうに話しかけ……
「あれ?」
ふと気付いた時にはもう、抱っこの仕方を教えてくれたお兄さんの姿は
そして、それは、少女が不思議な出来事に目をパチパチさせ、気立ての良い黒猫が、おとなしく抱っこされたまま涙の跡がまだ乾いていない少女の頬を、ぺろっ、と
ランスは、キースから、フラメアを介して、マルバハル共和国軍の指揮官であるエッカルード大佐がカルテルの別働隊に討ち取られた、との報せを受けた。
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