第98話 鏡 と〝卑怯者〟と 長めの余談
現在、マルバハル共和国の首都リルルカから遠く離れた辺境にありムー山脈の
このように、警察としての機能に支障をきたしている場合や、自浄能力が正常に機能していないと判断された場合など、その国の役人ではなく、
それは、通常、警察としての機能の正常化が完了して新たな署長が着任するまでの間だけ。
しかし、それが完了しても、代行していた保安官がその地に事務所を構え、監督するという名目で、現地の警察に対して強い影響力を持ち続ける事がある。
例えば、マルバハル連邦警察本部で
発展の途上にあるマルバハル共和国にはまだ何台もないような高級車が、表向き貿易会社という事になっている建物の前、
すると、
それに気付いた武装警官隊の隊員2名が、部外者達を現場に近づけないよう立ちはだかり――
「あら? まぁっ! 《ラッシュフォアーズ保安官事務所》の所長様ではございませんかッ!?」
悪意てんこ盛りの声を上げた女性保安官から、手振りで一人だけ通すよう指示があったため、リルルカの警官であれば知らぬ者のない初老の男性のみ通し、続こうとする部下2名の前に立ち
「貴様は……リンスレットっ!? 確証のない独断と偏見に満ちた捜査を
初耳だったらしい《トレイター保安官事務所》に所属する二人の
「その
「――落ち着きなさい」
「初めまして。私は、
身分証を提示しつつ若き女性本局保安官はそう名乗ってから、後ろの部下二人――保安官代理のリア・ティンタジェルとブレア・カムランを紹介した。
「《ラッシュフォアーズ保安官事務所》所長の『ジェロン・ザヴィアー』だ」
初老の
「彼女がここにいるのは、局長の許可を得て捜査を行なっているからです」
局長の? と
「だとしても、リルルカは《ラッシュフォアーズ保安官事務所》の
「マルバハル連邦警察本部・本部長以下を、汚職、背任等の容疑で逮捕しました」
なッ!? と驚愕を
「それで、
「私は――」
「――お友達の事が心配になって駆け付けたのよね?」
その一方で、エリザベートは、肩越しに
「邪魔されて、だいぶ遠回りさせられたけど……、――終わりよ。お前も、市長も、この国を
レヴェッカの最後通告に、ジェロンは、ギリッ、と奥歯を
「かけられた容疑は、
そう言うと、すっ、と右手を上げた。
それを
「……あれって、まさか、捜査に
「それ以外の何だっていうの?」
クイズの答えがあまりにも簡単過ぎて、いくら何でもこんな簡単な問題は出さないだろう、と
それに即座に
そして、双方がほぼ同時に武器を構え、一触即発の状態に。
状況的には、包囲して
だが、保安官や保安官助手達の中には、剣や杖を手にしている者がいる。【盾】や【障壁】などの練法・法呪を
「どういうつもりだ?」
凄みを
「ジェロン・ザヴィアー、――
「
「――ぁアアアアアアアアアアァッ!!!?」
悲鳴のような大絶叫に言葉を遮られて、いったい何事かと視線を
そして、《ラッシュフォアーズ保安官事務所》一行は気付いた。――5メートル程から更に【弱体化】を
武装警官隊も恐れ
「言ったでしょう? 〝終わり〟だって」
ジェロンは、血の気の引いた余裕のない表情で
「――ぉゴェッ!?」
その場の誰もがふと気付いた時にはもう、ジェロンの前にランスが立っていて、左手で銃身を
悶絶して道に転がるジェロン。
それを見て、《ラッシュフォアーズ保安官事務所》所属の保安官や保安官助手達は、動揺し、中には覚悟を決めて武器を持つ手に力を込めた者もいた――が、ズガァアァンッ!! と地竜が前足を掛けていた壁を踏み潰して前に身を乗り出したのを見た瞬間、心が折れ、全員、武器を捨てて投降した。
武装警官隊が、《ラッシュフォアーズ保安官事務所》メンバーの身柄を拘束していく。
その一方で――
「殺気がありませんでした。
要するに、自殺させないよう気を付けろ、と警告しつつ、銃身を持ったまま銃把のほうをエリザベートに差し出すランス。
その後ろでは、レヴェッカが、片手でジェロンの
「カルテルに、所長の……『ルーカス・トレイター』の捜査を妨害するよう指示したのはお前か?」
顔を近付け、ジェロンの目を
「わ、私ではないッ!」
「じゃあ誰ッ!?」
「知らないッ!」
両手で胸座を掴んだレヴェッカは、捷勁法や練法・法呪の【身体能力強化】ではなく、感覚的に霊力による身体強化を使いこなす
「し、知らない……~ッ!」
答えは変わらず、
「なら、所長の奥さんと娘さんを襲わせたのは誰ッ!? 実行したのは誰ッ!?」
「し、知ら…ない……~ッ!!」
「所長を自殺に……麻薬の過剰摂取に見せかけて殺したのは誰ッ!?」
「じ…じら……ほ…ほんど…に…じら…な……ぁ……~ッ!!」
「――そこまでにしなさいッ! 死体からは何も訊き出せないッ! ――レヴィッ!!」
「~~~~ッッ!!!!」
エリザベートに止められたレヴェッカは、奥歯が砕けそうなほど食い縛り、ギリギリ歯を
ドサッ、と地面で横倒しになり、真っ赤な顔でゲホゲホ咳き込むジェロン。
レヴェッカは、そんな男の姿を鬼の
「…………」
ランスは、顔の上半分を
「――〝来い〟」
担い手の召還に
「ランス君、これは?」
突然の事に、周囲が騒然となる中、レヴェッカがそう
「大樹海の遺跡で回収した
ランスは、そう答えてから、レヴェッカとエリザベートに
「
真名を
そして、160度ほどまで開いたところで止まると、2枚の鏡にジェロンの姿だけが映し出され、当人はまだ地面に倒れたままだが、そのどちらも、すくっ、と立ち上がった。
「右側には過去の事を、左側には現在以降の事を質問して下さい」
ランスの指示に従って、ジェロンを〔
そして、その背後に立つと、期待と緊張がありありと
「ルーカス・トレイターの捜査を妨害するよう指示したのは誰?」
そう質問した途端、ジェロン当人は、慌てて振り返り、猿轡のせいで聞き取りにくい声で、やめろ、といった
だがしかし、右側の鏡がほのかな光を
〔マービン・ケレラソム〕
そこに映し出された自然体で
その名を聞いた途端、レヴェッカは、やはり、といった表情を浮かべ、エリザベート、リア、ブレアは、ハッ、と息を
「
フィーリアは、空気を読んで後で訊こうと引き
返ってきた答えは――
「《ラッシュフォアーズ保安官事務所》の前所長で、今は
レヴェッカは、騒ぎ暴れるジェロンを聖人の
「警告を無視して捜査を続けた者への
〔知らない〕
「…………、なら、誰だと思う?」
ふとした思い付きを試そうとするかのように、レヴェッカが、左側の鏡に映るジェロンに問い掛ける。すると、その表面がほのかな光を帯びて、
〔――ザルバ・アルスデーテだッ!! あの人の皮を
ここまでで、一同は、この鏡の神器の使い方を大まかに把握し、
「マービン・ケレラソムとザルバ・アルスデーテは、
レヴェッカがそう右側の鏡に質問した瞬間、当人はいっそう激しくもがいて喚き出し、左側の鏡に映っているジェロンもまた、声は聞こえないものの激しく取り乱し、頭を抱えて涙や鼻水や
〔そうだ〕
肯定する言葉がその場にいる全員の耳に届いた瞬間、当人はもがくのをやめて力なく
その後も、主に、レヴェッカ、エリザベート、ブレアの三人が、ずっと求めていた答えを得るため、有罪を確定させるため、
「ランス君、ありがとう。ランス君のおかげで…………ランス君?」
ランスが〔浄玻璃之鏡〕に〝控えろ〟と
普段の
「ごしゅじん……」
【弱体化】して小さくなった
「ランス君、……ねぇ、どうしかしたの?」
呼び掛けても反応がない。そこで、肩を揺すってみようとレヴェッカが手を伸ばすと、ランスが、さっ、と手を上げた。
それは、掌を相手に向ける、しばし待て、のジェスチャー。
ランスは、そのまま、また動きを止め、異変に気付いたティファニア、フィーリア、エリザベート、リア、ブレアが、いったい何事かと集まってきて……
「…………お待たせしました。用件は何ですか?」
「声をかけたのは感謝を伝えたかったからだけど……」
「その必要はありません」
スパルトイとして、依頼人の要望には可能な限り応えなければならない。
それ
「じゃあ、今の
「自分を
「自分を保つ……って、まさか、さっきの神器の副作用ッ!?」
「いいえ。正常な作用です」
順を追って、簡単に説明すると――
まず、人に限らず全ての生命は、大きく分けると『魂』『魄』『体』の三つでできている。
『魂』は、生命の源の事。
『体』は、魂を納める
『魄』は、魂と体をつなぐ
余談になるが、幽体または精神体とも呼ばれたりするのは『
更に余談になるが、生物は、死を迎えると、魂だけが天に
更に更に、肉体が土に還った後、偽りの魂と朽ちかけた魄だけで
だが、魂魄のみの存在――肉体を失った後も
〔浄玻璃之鏡〕は、この魄を
そうして見せ、
だが、犯行の瞬間だけを抜粋するというような事はできず、人格を形成する情報である魄を取り込む、というのは、その者の人生を追体験するに等しい。
それ
少し長くなってしまったが、ランスは、そういった事をもう少し簡潔に説明して、
「そうならないよう、自分を
そう話を
人知を超えた神器の力によるものだからか、それとも洗脳を目的としたものではないからか、軍幼年学校時代に数年がかりで無意識下に刷り込まれた対精神干渉系術式【
それでも、ランスが
ミスティが、精神干渉系の禁術を用いて
ただ、それはミスティの独断によるもの。結果、無駄に終わったというだけで、ランスが相応の覚悟を
ちなみに、蛇足かもしれないが、『ミスティ』とは、ランスと融合している自我を有し万能を冠する神器――〔
以前は、自分の存在をアピールするため、特に用がなくても人化させた分身体に意識を移し女性の姿で
「ランス君、――その神器はもう二度と使わないで」
話を聞いている間にみるみる表情を強張らせていったレヴェッカが、怖いくらい真剣な表情でそんな事を言い出し、すぐさまティファニアとフィーリア、それにエリザベート達までがそれに強く同意して、口々に封印すべきだと
そうしている間にも、木を登る
「写し取った犯罪者の魄の影響での変化なんて、良い変化の訳がない」
そうエリザベートが訴えている間にも、キャットタワーを登る猫のように、ピョンッ、と飛び付いた勢いのままフラメアとは逆側の肩の上まで攀じ登ったスピアが、ごしゅじんの横顔にスリスリし……
「それに、ランス君の人格が
そうフィーリアが
そして、肩の上まで攀じ登ったピルムは、躰を押し付けるようにしてごしゅじんの横顔に、ぎゅっ、と抱き付いてスリスリし、それでランスの首が
「確かに、その神器を使えば決定的な情報が得られるかもしれないけど、どれだけ低くてもその
『やー』
ごしゅじんは、いつも優しい。だが、生真面目でもあり、甘えるにも
そんな訳で、実のところ、いつでも甘えられるが、思いっきり甘えられる機会は意外と少ない。
なので、この
レヴェッカは、はぁ……~っ、と重いため息を吐きつつ諦めて
そして、その様子を
――何はともあれ。
ランスは、多用するつもりはない、だが、使えるものは何でも使えという教えに
早くも次の現場へ向かおうとするランス達。
ランス達が乗るのは、もちろん〔
〔
その前に停車しているのは、《トレイター保安官事務所》の
運転席でハンドルを握っているのはエルネストで、ティファニアとフィーリアは後部座席、レヴェッカは助手席に乗り込んでドアを閉め――
「空は、
そう伝えるのは、見送るためにジープの側まできたエリザベート。
『空』とは空路、『陸』とは陸路の事。例え、クラジナ・カルテルの主要メンバーがリルルカから脱出しようとしても、飛行船に乗るどころか空港に入る事もできず、正しい事をしたくてもできなかった警官達が、
ただし――
「
「
人手が不足している。
それ
そして、動員できる警察官の中には、
そこで、ランスから提供された資料の中にあった名簿の一つ、そこに名を挙げられていた信頼するに足る警官達に協力を
エリザベートは、レヴェッカの問いに対して、手抜かりはない、と断言してから、
「本当に貴女達だけで大丈夫なの? 組合本部にだけじゃなく、港のほうにも連れていくべきなんじゃ……?」
レヴェッカ達がこれから向かおうとしているのは、実質的にクラジナ・カルテルが支配している
その目的は、海路での、つまり、船での逃亡を阻止するためであり、我が物顔で好き勝手している悪党共を排除するため。
そこには、
だと言うのに、レヴェッカは、大丈夫よ、と気軽な調子で言って笑い、
「だって、《
そう続けて肩を
エリザベートは、その視線に
そして――
「貴方は、
ずっと
それに対して、ランスは、淡々と、
「俺が集めた訳ではありません」
「え? じゃあ、誰が?」
「自分の家族や
彼らのほうから接触してきたのは、リムサルエンデ市でギャングを壊滅させ、更にその縄張りを取り込んだ地元のマフィアを壊滅させた後の事。
陰に
決して自分の手柄などではないという事を告げたランスは、ジープの後に続くつもりだったものの一向に出発する様子がないので、失礼します、とエリザベートに告げるなり〔ユナイテッド〕を発進させ――
「じゃあ、また後でッ!」
レヴェッカは、助手席のシートから腰を浮かせて後ろで停車している人員輸送車の中の1台に向かって
「やり過ぎるんじゃないわよッ!」
エリザベートは、毎度毎度、面倒と
そして、自分もまた職務を
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