第84話 胎動
時は留まる事なく流れ続け、全ての出来事は過去になって行く。
――例えば、ランスが預かった卵の
触らないほうが良い、と言われていたのに、
それは、碧天祭の試合が全て終了した最終日の翌日――閉会式の日。
その日は、午前中に閉会式が行われ、その流れで昼食会、更に複数の会場で夜まで
孵化には絶対に立ち会いたいと言っていた
話は少し飛ぶが、竜騎士のエレナとシャリアは、竜飼師協会への出向という形で通常の任務から外れ、今はモーリス会長から、初めて孵化に立ち会うランスのサポートにつくよう
要するに、
もっとも、二人はこの突然の人事に対して特に不満を覚えてはいないらしく、研修というのもただの名目にするつもりはないらしい。
ランスは当然のように断ったが、二人は、これは命令だから、と言って引かない。どうやら、ランスと幼竜達だけなら無理でも、その指導を引き受けたニーナとキースのほうに張り付いていれば
そんな訳で、今日も私服姿で『新生の間』にいた二人の助言を頼りに準備を始め、通常は数人がかりで竜舎へ移動させるそうなのだが、ランスは【念動力】を
その後、手伝いを申し出てくれたニーナと共に、竜飼師協会が提供してくれた材料で孵化した幼竜のために初めての食事を用意した――のだが、
「……んまくない」
動物の骨粉と
作り方を教えたエレナとシャリア、手伝ったニーナは、不本意極まりないといった様子で評価の悪さにブツブツ文句を言い、ランスは、雑食極まりない幼竜達に
それじゃあ、とそれを
――それはさておき。
ニーナ
だが、スピアとパイクが協議し、二つまで絞ったものの決められず、最終的にドラゴンジャンケンで決定したのは、食糧庫として使っている〔
ランスが、
しかし、
――何はともあれ。
徐々に薄れてきていた燐光が消え、ピシッ、と音を響かせて卵にヒビが入ったのは、そんな女性陣の様子を見て、ここにリーネが来られなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない、などとランスが考えていた時の事。
ニーナ、エレナ、シャリアは、もっと近くで観たいのに、そうしようとすると、腹を裂かれている原形を留めた肉塊とシートの上に並べられた臓物が目に入ってしまう上、
ランスは、泣きそうにも
そして、スピアとパイク、それに隣の窪みから
ふらふら、よろよろ、窪みから這い出す幼翼竜。おそらく、血肉の臭いに
ランスは、そんな幼翼竜に背を向けてしゃがんだまま、騒ぐ女性陣に向かって
その後、また騒ぎ出した女性陣に向かって掌を向けるジェスチャーで問題ないと伝え、平然と、少しだけ
「おいで、――『フラメア』」
それは、ミスティが、『スピア』『パイク』……という名付けの法則に
まだ契約を交わしていないため、【精神感応】はおろか【念話】での意思疎通もできない孵化したての幼竜――『フラメア』は、きょとんとして首を傾げたが、スピアとパイクの通訳で自分の名前だという事を理解し、恐る恐るもう一度その
そして――
「たくさん食べて、大きく、
フラメアは、柔らかな内臓を美味しそうにお腹いっぱい食べ、スピア、パイク、キースは、ほぼ丸々残っていた肉を美味しく
――例えば、
それは、閉会式の日の昼過ぎの事。
ランスは、新聞やテレビで
それは、会ってやってくれと頼まれたから。
エキドナを討伐した夜、ランスは負傷を隠して警護についたが、彼女やリーベーラ国立魔法学園の生徒達には会ってはいない。だが、レヴェッカと共に先行していたパイクと〔
それで関係があると察したらしく、彼女は、警護を担当していたレヴェッカに、もう一度会ってちゃんとお礼を言いたい、と
それを聞いたランスは、そうですか、と一つ頷き、その素っ気なさに不安を覚えたのか、会ってあげるんだろ? と確認してきたエレナに向かって、いいえ、と首を横に振った。それは、その必要はないと考えたから。
しかし、少女の気持ちを思いやったらしいエレナに、できる事なら会ってやってほしい、と頼まれ、レヴィさんもそう願っていたから私に伝言を頼んだんだと思う、と言われたランスは、そうですか、と一つ頷いて会いに行く事に。それは、特に断る理由がなかったから。
時間は指定されておらず、いつ会いに行くか決めていなかったが、ちょうどお腹いっぱいになったフラメアが眠ってしまったので、起きるまでの間に済ませてしまう事に。
そんな訳で、ランスは
城館地下の私室で
鉄の
そして、ランスの姿を認めた彼女は笑みを浮かべて駆け寄り、『マリアルージュ』と名乗ってから、望んでいた通り感謝の気持ちを言葉にして伝え、
「俺からも礼を言わせて下さい」
そう言って仲間達の中から進み出たのは、あの夜、レヴェッカ達に状況を教えろと食って掛かっていたリーベーラ国立魔法学園チームのリーダー――燃えるような赤い髪を短めに整え、紅の瞳は意志の強さを窺わせる、試合では美しい紅の大剣に変身したマリアルージュを装備していた魔族の男子生徒。
リーダーを
「本当に、――ありがとうございました」
そう言いつつ握手を求める――ような自然さでナイフを持った右手を突き出し、
「…………」
ランスは、当たり前のように、平然と左手で相手の手首を掴んで止めた。
彼は、
「――ぅぐッ!?」
万力のような強さで右手首を
「――何をしているのッ!?」
声を張り上げたのは、呻き声と硬い物が地面に落下した音で異変に気付いたらしいレヴェッカ。
ランスは、警護の保安官が駆け寄ってくるのを察した彼の
「――俺達に魔王なんて必要ないッ!!」
そう、まるで血を吐くように叫んだ。
「貴方、いったい何を言って――」
「――
その他にも、テロリストは魔族達と同じルートでグランディアに入り込んだ、魔王候補が自分の戦力を世界に知らしめるために魔族達を碧天祭へ送り込んだ、実はあいつらもテロリストだが失敗する可能性が高いと見切りをつけて仲間を見捨て学生という化けの皮を
「いったいいつまで俺達を
魔王に従属して一度は世界を支配し、勇者達によって魔王が倒された後、最果ての島アーカイレムに封じられた魔族の
「――頼むから消えてくれ……~ッ!! もう二度と俺達の前に姿を現すなッ!!」
顔から血の気が引いて愕然としているのはマリアリュージュのみ。他の生徒達は、怒りや憎しみを隠そうともせずランスを
それに対して、ランスは――
「それを聞いて、安心しました」
力の抜けた表情は、かすかにだが微笑んでいるようにすら見え、完全に意表を
そんな未来を
「ランス君ッ!? ちょ、ちょっと待ってッ!」
両者の間でおろおろしたのも束の間、ランスにそう声をかけてからまだ困惑している学生達のほうを向くレヴェッカ。
そして、
魔族の学生達が、
――その他。
閉会式が
そのせいで、面倒を避けるには、空中散歩に出掛けるのを我慢し、〔ユナイテッド〕に乗って移動するのを
浮き世の
社会性を養うためにそれが必要だとの判断から、ソフィアを小学校に入学させるための手続きの一環で、母子は『学園島』と通称される浮遊島マグノリアに出掛け、ご隠居達がいない隠れ家に残して行くのは不安だというソフィアに頼まれ、留守を預かる
『新生の間』で
そんな風に日々は過ぎて行った。
――そして、今日。
時は、閉会式の日から五日後の昼前。
場所は、浮遊島フィリラの外縁部に広がるサバンナのような草原。
エレナとシャリア、それにニーナまでもが、
そんな訳で、現在、この草原には、ランス、ニーナ、エレナとシャリア、それに、常識的な速度で成長している
「あ、あの、先輩ッ! あれ、大丈夫なんですかッ!?」
許可を得てランスの事を『先輩』と呼ぶニーナがはらはらしつつそう訊いたのは、猫が、4頭のドラゴンに追いかけ回されて死に物狂いで逃げ回っているようにしか見えなかったからで、
「……?」
楽しそうに遊んでいるなぁ、と思って見守っていたランスは、何を言ってるんだ、と言わんばかりに首を傾げた。
――それはさておき。
それは、ニーナが、そろそろ帰ろうと言い出した時の事だった。
そして、そんな会話をたまたま耳にして、――スピアが動いた。
「きゅーっ きゅーっ」
テッテッテッテッ、と
人が、竜が、猫が、その場のスピアを除く全員が、え? と思った――次の瞬間、白い翼竜の力強い羽ばたきによって、パイク、フラメア、キース、それにミーヤまでもが木の葉のように吹っ飛ばされて
『…………、ぇええええええええええぇ――――~ッッッ!!!!!?』
予想外に衝撃的な光景を目撃してしまった事による思考停止、それから復帰するなり絶叫するニーナ、エレナ、シャリア。
その一方で、ランスは、紋章を介した【精神感応】で、スピアとパイクに、フラメア、キース、ミーヤの救助と保護を指示した。
この天空都市国家は、地表から約20キロ上空に浮かんでおり、グランディア全体を包み込んでいるシャボン玉のような結界の外は、空気が非常に薄く、気温はおよそマイナス50度。
そんな環境に
「どうして
前々から計画していたという訳ではなく、この場に来た事で思い付いたのだろう。何日も同じ場所を行き来するだけの生活で欲求不満を募らせている事には気付いていたが、まさかこんな形で爆発させるとは……
「せせせせ、先輩ッ!? どどど、どうした――ら?」
激しく動揺していたニーナは、突然、同期の先輩にまるで荷物の
「スピアには戻るつもりがないようなので、このまま行きます」
詳しい説明を
「ちょ、ちょっとッ!? 行くってどこ…に……」
皆まで言う
「ひぃいぃやぁああああぁぁぁ――…」
ニーナの悲鳴があっという間に遠ざかって行き…………やがて聞こえなくなった。
突然の出来事に、思わず茫然自失となったエレナだったが、はっ、と我に返った途端、
「シャリア! 私達も後を――」
「――無理よ」
既に諦めの表情を浮かべているシャリアは首を横に振り、
「私達には装備がない。今から取りに行っても間に合わない」
彼女達の騎竜は、身体強化によって自在に空を飛び回る事ができる。しかし、生体力場を獲得していないため、背に乗る人間を保護する事はできない。
仮に、【断熱結界】やランスの【念動力場】のような術を修得していたなら、【念話】で事情を説明しつつ今すぐ私服のまま飛び降り、それらで耐え凌ぎつつスカイダイビングの要領で両手足を広げて滑空するように後を追い、最高速度で
「でも……~ッ!」
諦めきれないエレナは、崖まで全力疾走してそこから
しかし、落下中に
――その後、ランス達が再びグランディアに姿を現したのは、五ヶ月もの時が流れてからの事だった。
――某日。
そこは、雲海に浮かぶ荘厳な空中要塞。
そして、それは、空中要塞の中央に存在する宮殿、その
現在、そこには7名の
「エキドナが討たれた、か……」
そう呟いたのは、謁見の間の奥にぽっかりと開いた大穴、その中央に浮かんでいる台座の上の豪奢な玉座に悠然と腰かけている男。
若くして成功を収め巨万の富を築いた青年実業家といった風情の美青年で、衣服、履物、装身具……身につけているものは全て超一流の高級品で
「あの不死の化け物を
美青年からそう意見を求められたのは、穴の縁で
「〝竜王〟からも同様の報告がきています。その場を目撃した者も、死体を確認した者もないとの事ですが、確度は高いかと」
「ランス・ゴッドスピード、か……」
美青年が、その響きを吟味するかのように呟いて何事かを思案していると、
「ねぇ、陛下」
そう呼び掛けたのは、
「〝竜王〟様を処分してきましょうか?」
「おいおい、唐突に何を言い出すんだ」
その美女は、自分が『陛下』と呼びかけた美青年が驚いているらしいと知ると、
「だって、陛下は、あの魔族の若様と、『天空城の主の座に
それを聞いて微笑みを浮かべた美青年は、続けて、と
「強いドラゴンを使役していて、1万体以上のモンスターを殲滅できるだけの戦力を有していて、その上、天空城の主なら、〝竜王〟様、いらないですよね?」
それに対して、今度は苦笑してから、
「賞すべき功績のある者は必ず賞し、罪を犯した者は必ず罰する――『
そう前置きしてから、
「今回の俺達の目的は、あくまで新商品の
そう問われた美女は、ぷいっ、とそっぽを向いて、
「必要ないなら、必要ない、と一言
そんな美女の様子にもう一度苦笑してから、美青年は気持ちを切り替えて、
「信賞必罰と言うなら、使われていた側とはいえ、ランス・ゴッドスピードも賞してやらねばならないか」
そんな言葉と共に視線を向けられた秘書然とした男性は、
「効果的な
美青年は、満足げに頷き、
「ランス・ゴッドスピードを我が城に招待しろ。〝竜王〟に、これ以上の手出しは無用と
そう命じられた秘書然とした男性は、謁見の間から退室し、
「これでついに、六王旗が
陛下と呼ばれる美青年は、まだ笑うには早いと分かってはいてもにやけてしまいそうになるのを
『この世の全てを貴方様の思うが
台座の上で
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