第82話 剣は専門外です

「ご主人様、おからださわります。やはり、やめておいたほうが……」


 人化して戦巫女の装束をまとうミスティがそう言って止めるも、


「依頼は達成しても、予定はまだ残ってる」


 ランスは、首を横に振り、動かないはずの躰を無理やり【念動力】で動かして、ミスティがしてくれていた打ち上げ会の用意――ささやかながら料理や酒のさかなが盛られた皿で彩られたテーブルの上に、自分達のグラスを並べていく。


 あの後――からくもエキドナを討ち果たし、選手村のとある使用されていない一軒家で、【竜の祝福ドラゴン・ブレス】を除く、可能な限りの治療をほどこした後、ミスティはご主人様の指示に従って一足先に天空城・城館地下の私室へ戻り、ランスと小飛竜スピアは、迎えに来てくれた小地竜パイクと〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕と共に、《トレイター保安官事務所》の面々と合流した。


 所長で保安官シェリフのレヴェッカや保安官助手アシスタント・シェリフのティファニア、フィーリア、クオレからいろいろ質問されたが、彼女達にその内容を知られても良いのか、悪いのか、自分はそれを判断する立場にない。故に、報告は後日、総合管理局でログレス保安官エリザベートにするというむねを告げ、以降は黙秘を通した。


 本来であれば、依頼は、裏碧天祭を戦い抜いた時点で終了。結果を報告する必要はないとの言質げんちを得ており、適当な場所に回収した敗者フーリガン達の持ち物をまとめて置いておけばそれで良かった。


 その辺りが雑なのは、依頼主達にとっての最良が、ランス・ゴッドスピードの敗北、つまり、国家の脅威の排除、魔王候補者の死であり、失敗する可能性を考慮しても仕方ないと考えていたか、失敗が確定した段階で矢面に立たせた保安官マーシャルに丸投げするつもりだったからだろう。


 だが、不測の事態が発生し、独自の判断で対処した場合は、ギルドまたは依頼主にそれについて報告しなければならない。これは、公式・非公式を問わず依頼を受けたスパルトイに課せられた義務だ。


 外見は普段通りに取りつくろってあっても、中身は依然いぜんボロボロ。正直なところ、話すのはもちろん呼吸するのすらつらい状態だった事もあり、額に装着した〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを鉄兜の目庇まびさしのように下ろしたまま、微動だにせず沈黙していると、レヴェッカ達もそれ以上追求しようとはしなかった。


 そして、生きて夜明けを迎え、レヴェッカに、途中で内容が変更された依頼は達成されたという事で異存はないかと確かめ、承認を得てから〔ユナイテッド〕に乗って幼竜達と人気ひとけのない場所へ。そこから【転位罠】を利用して天空城・城館地下の私室に戻り…………今に至る。


「ちゃんと終わらせよう」


 ランスは、尻尾をふりふりしている幼竜達を抱き上げて、テーブルの上の空きスペースへ。


 もちろん、飲酒の前に、アルコールの刺激から胃腸の粘膜を保護する効果があるという乳製品チーズを食べる事も忘れない。


 かたまりから一口大に切り取ったチーズを、スピアとパイク、それに、となりで口を開けて待っているミスティにも食べさせてから自分の口にも入れ、よくんで、口内で溶かすようにして少しずつ飲み込む。


 そして、早く飲みたいが選ぶのも楽しい――そんな幼竜達にとってなやましい時間をて選出されたのは、《ウィルコックス酒店》で購入した売れ筋トップ10に入るびんビール。


 以前、おきなが〝仕事後の一杯はこれに限る〟と言っていたのを覚えていたのに加えて、比較的アルコール度数が低いというのも決め手になったらしい。


 ミスティが、法呪で瓶ごとキンキンに冷却し、見た目は繊細な素手で易々とせんを抜くと、幼竜達のショットグラスには器用になみなみとそそぎ、ご主人様と自分のロックグラスには半分ほどぐ。


 ランスは、ミスティがテーブルに戻したビール瓶を手に取ると、自分に無用の遠慮をしている家族ミスティのグラスに、泡ばかりになってしまわないよう気を付けつつ、なみなみになるまでビールをそそいだ。


 ミスティは、恐縮しつつグラスを手に取り、飲み食いはできないが〔ユナイテッド〕も同席している。パイクは、もう泡立つ琥珀色の液体から目が離せず、無意識に口からはみ出た舌がペロペロペロペロ動いており、その隣では、スピアが、別の生き物のように勝手に動いている小地竜の舌が気になって仕方がないらしく凝視ガンみしている。


 そして、ランスは、そんな家族を見回してから、自分もグラスを手に取り、


「誰一人欠ける事なく仕事を終えられた事に、――乾杯」

『――かんぱ~いっ!』


 スピアとパイクが声をそろえ、みなで、キンッ、とグラスを合わせた。


 幼竜達は両前足で器用にショットグラスを持ってゆっくりかたむけ、キンキンに冷えたビールをのどで味わい、そのまま一息に飲み干すと、


『くぅうぅ~~~~っ』


 カラになったグラスから口を離した幼竜達は、尻尾をふるふる震わせて、


「しゅわしゅわんまいっ!!」


 ぱっ、と笑みを咲かせたスピアは瞳をキラキラきらめかせ、


「ん~~めぇ~なぁ~~~~っ」


 パイクは、やはり格別だったらしい仕事後の一杯、その味わいに、普段妙にキリッとしていて格好良い目をにっこり弓なりに細めた。


 ミスティも一息にグラスをあけけて、ぷはぁ~……、と長く息をつき、ランスは、そんな三者の口許に泡が付いているのを見て口の端を少し持ち上げつつ、ゆっくりとグラスを傾ける。


 今も全身をさいなんでいる痛みや口の中に血の味が残っているせいで、ビールの味はほとんど分からなかったが、炭酸シュワシュワが喉を通り過ぎていく感覚が心地よく、不思議なほど美味うまいと感じた。


 そうして始まった打ち上げ会で、スピア、パイク、ミスティは、結局、他の売れ筋トップ10に入っている黒ビールや赤ビールを含む3本のビールを飲み比べ、ランスは最初のグラス半分のビールを飲み干した後は、その様子を〔ユナイテッド〕と眺めながら、アルコールはひかえ、負ったダメージのせいで食欲はないに等しかったが、回復を促すためほどほどに料理を腹に納めた。


 そして、打ち上げ会を御開おひらきにする頃にはお腹も落ち着いてきていたので、ベッドに躰を横たえると、その途端に意識が遠のき…………


(――やられた)


 6時間ほど眠り、昼食には遅く、午後のお茶にはちょうど良いくらいに目覚めると、あれほどの重傷が完治していた。


 躰に残留していた神器の力の影響で、術の効果は弾かれてしまう。故に、ミスティではなく、〔ユナイテッド〕にはそもそも所有者を回復させるような機能は搭載されていない。


 必然的に、幼竜達のどちらかの仕業しわざという事になる。今後のためにも、この傷は自らの力で克服しなければならない。だからこそ、【竜の祝福】は使わないようにとあれほど言い含めたというのに。


 目覚めざめた時、腹の上にいたスピアは、同じ頃に目をまして上体を起こす際にベッドの上へ飛び降り、今はこちらの膝の上に両前足をついて尻尾をふりふりつぶらな瞳で見詰めてくる。罪悪感のようなものは欠片かけらも感じられない。


 その一方、パイクの姿がベッドの上になく、さがして視線をめぐらせると…………テーブルの脚の陰に隠れていた。はみ出していてほとんど見えていたが。


 普段と変わらない様子のスピアと、テーブルの脚の陰からチラチラこちらの様子をうかがっているパイク。


 もしここに、決定的瞬間を目撃したミスティや〔ユナイテッド〕以外、他の誰かがいてそんな幼竜達の姿を見たなら、パイクが犯人だと思うだろう。


 ――だが違う。


 ランスにはすぐに分かった。【精神感応】で問うまでもない。


 言い付けを破ったのはスピアだ。


 事実、スピアは、端から聞くつもりがなかったので、悪い事をしたとは欠片も思っておらず、純粋にごしゅじんが元気になったと喜んでいる。


 その一方で、パイクは、ちゃんと言い付けを守った――が、スピアが【竜の祝福】を使おうとした時、止めようと思えば止められたのに制止しとめなかった。ごしゅじんの言い付けより、元気になってほしいという自分の気持ちを優先して。それが申し訳なくて、まともにごしゅじんの顔を見られない。


「パイク、おいで」


 ランスは、両脚を下ろしてベッドに腰かけ、呼ばれておずおずと机の脚の陰から出てきたパイクは、項垂うなだれたままとぼとぼ近付いてくる。


 ランスは、手が届く所まできたパイクを抱き上げて抱っこし、【精神感応】で感謝の気持ちと、申し訳なく思う必要などないのだという事を伝えながら、その首筋を軽くほぐすようにしてから背中を撫でる。


 そうしていると、背中をじ登って肩の上にきたスピアが、こちらの横顔に躰をすり寄せてきた。


 言い付けを破った事については文句を言いたい。だが、自力で治そうとすれば数ヶ月はかかり、損傷した経絡系は、ある程度回復しても元通りにはならなかったかもしれない――そんな傷を完治させてもらっておいてしかるのは、やはり、間違っていると思う。


 なので、ランスは、小さく苦笑してから同じく感謝を込め、白いもふもふに横顔をうずめるようにしつつわしわしでた。




 ランスは、軽い運動で完全回復した躰の具合を確かめるために私室を後にし、幼竜達はまだ寝足りないらしくお昼寝。〔ユナイテッド〕は待機を継続。ミスティは、暇潰しに、自身の周囲に無数の仮想画面ウィンドウを投影し、天空城の監視システムで情報を収集する。


 そして、ミスティが、その結果得た情報の中で、運動を終え私室に戻ってきたランスに報告したのは4件。


 一つは、エキドナの子、アガノキュテスについて。


 の魔王となるべく産み落とされた怪人は、弟子二人を退けた後、聖剣の力を解放した〝剣聖〟の一撃によって下半身と右腕を失い、小浮遊島群オルタンシアから、いてはグランディアから落下した。


 ミスティは、人なら死亡している重傷に加えて、激戦による体力と霊力の消耗、上空20キロの距離から海面に叩きつけられた衝撃、更に大海原のど真ん中という場所から、アガノキュテスが生き延びる可能性はないに等しいだろうとみずからの意見をべた。だが、ランスは首を横に振る。死亡を確認していない以上、生存していると考え警戒すべきだ、と。


 一つは、碧天祭の試合日程の最終日に予定されていた試合が、全て一日延期された事について。


 夜間にランスや他の過剰な支持者フーリガン達が破壊した場所を、昼間の碧天祭が始まる前に――ほぼ張りぼてだが見た目に限れば――元通りに修復してきた裏碧天祭実行委員会の仕事人達でも、流石さすがに損傷または半壊、あるいは倒壊した複数の会場の修復だけではなく、数万体もの怪物モンスターの死骸やそれらから溢れ出した血の海を処理するのは不可能だったようだ。


 ミスティは、その報告のおまけのように、延期となった原因――昨夜の出来事は、未だにこの天空都市国家グランディアを『魔王城』と呼ぶ〝怪物の母〟エキドナによるテロ行為、と政府が公式発表し、総合管理局ピースメーカーと聖竜騎士団、並びに、碧天祭観戦などの理由で〝剣聖〟を始めとするスパルトイ達や各国の勇士達の活躍によって、エキドナとその配下は撃退され、事件は解決した、という事になっていると付け加えた。


 一つは、宝具人ミストルティンに関する記事が、グランディアで発行されている全ての新聞の一面を飾った事について。


 情報元の記述はないそうだが、リーベーラ国立魔法学園の代表生徒数名の顔写真と武器化した状態の写真、更に、試合で武器化した宝具人を装備している魔族の生徒の写真が掲載され、各社が競うように書き立てている。


 テレビでも、国営放送は自粛しているそうだが、民放各局では、隠し撮りされたような映像――控室のような場所で宝具人が武器化する瞬間を捉えたもの――を繰り返し流し、武器に変身する人なのか、人に変化する武器なのか、と騒ぎ立て、武器を持ち込めない場所へ人として入り込める宝具人がテロ行為に使用される可能性などについて議論が行われている。


 ミスティは、その情報元を既に突き止めており、どのような意図があってこのような真似をしたのか問い質しますか、とうかがうと、ランスは首を横に振った。それは自分の仕事ではない、と。


 ミスティは、ご主人様の指示通り、匿名で、情報を売り込んだリークした者に関する情報を総合管理局に提供したタレこんだ


 最後の一つは、テレビでは既に『血の決勝前夜事件』などと呼ばれているらしい昨夜の被害者について。


 報道では、正確な数字は未だに分かっていないが保安官や正騎士などの死者重軽傷者多数、と伝えている一方で、各国を代表する学生達を含む民間人に犠牲者は一人もいない、と発表されているとの事。


 それを聞いたランスは、ただ一言、そうか、と言って頷いた。


 そして、あと2時間もすれば日没――最終日が一日延期されたため、また碧天祭最終日前夜が来るという頃合い。


 ランスは、幼竜達と共に〔ユナイテッド〕をり、限りなく低いとは思いながらも、依頼の延長――裏碧天祭最終日のやり直しに参加しろと指示される可能性を考慮しつつ、スパルトイの義務を果たすため総合管理局へ。


 当然、槍は手にしておらず、〔万里眼鏡マルチスコープ〕も外していたのだが、ランスと幼竜達が正面の出入口から一歩足を踏み入れた途端、多くの保安官達が行き交う広々としたエントランスが妙な緊張感で包まれた。


 しかし、ランスは気にしない。受付の女性に、約束アポはないが保安官マーシャルエリザベート・ログレスに面会したい、というむねを伝える。すると、程なくして彼女の腹心である鉱物系人種ドヴェルグの女性保安官代理マーシャル・デピュティ――ブレアが姿を現し、彼女の案内でエリザベートの執務室オフィスへ。


 廊下に並ぶドアの一つを開けて入ると、そこには保安官代理達と事務員達の仕事机デスクが並び、その奥に、応接室を兼ねる保安官マーシャルの執務室があり――


「やぁ、また会えたね」


 そこには、部屋の主であるエリザベートと、もう一人の腹心である植物系人種アールヴのリア、そして、その他にもう一人――〝剣聖〟パーシアスの姿があった。




 応接セットの片側に二つ並ぶ一人掛けのソファー。その一方に座っているのは、この部屋の主であるエリザベートで、もう一つに悠然と腰かけているのはパーシアス。保安官代理の二人、リアとブレアはその後ろで立ったままひかえている。


 間に長方形のテーブルを挟み、対面の三人掛けのソファー。その中央に席を勧められたランスが腰を下ろし、ごしゅじんの右側でパイクが、左側ではスピアが良い子に綺麗なお座りをしている――いや、していた。


「ごしゅじん~」


 パーシアスが同席する事を依頼人エリザベートが許可し、こちらにとっても都合がよかったため、ランスは、まず最終日の事を――依頼内容の変更が伝わっていなかった事から報告を始め、賞金稼ぎバウンティーハンターの双子姉妹を撃破した後に一度、人命救助のためオルタンシアを離れた事、そして、オルタンシアの外でリンスレット保安官レヴェッカから変更を伝えられた事…………浮遊島オルヒデアの大豪邸で、皇国イルシオン帝国オートラクシアを代表する生徒達が密会していた事は伏せたが、エキドナを討伐してレヴェッカ達と合流し夜明けを迎えた事までをつまんで報告した。


 スピアが、かまってアピールを始めたのはその直後。それまでは何とか我慢していたのだが、報告すべきことは済んだのだからもう良いだろうとごしゅじんの膝の上にい上がり、ころんっ、と転がって仰向けのままうねうね身をよじり、早く『新生の間』に、孵化の時を待つかぞくの許に行こうとうったえる。


 ランスは、もう少しだから、と【精神感応】での説得を試み、スピアのお腹を撫でてなだめようとするが、そうは問屋がおろさないとばかりに、仰向けのまま猫パンチのような、どらごんパンチでペチペチ掌を叩かれ、両の後ろ足で押し返され――


「――じゃあ、最後に一つだけ良いかな?」


 これに答えてくれたら今日は御開きにしよう、と言い出したのはパーシアスで、構わないね? と同意を求められたエリザベートも――致し方なくという感じではあったが――頷いた。


 ランスは、スピアが動きを止めて、一つだけ? 本当に? と疑わしげな目を両名に向けたその隙を逃さず、ひょいっ、と抱き上げ、きゅおっ!? と意表をかれて驚きジタバタする小翼竜を脇に降ろしてお座りさせ、聴く態勢に。


「君は、『エキドナを討伐した』と言ったが……あの不死の化け物をどうやって?」


 普段の温和な面差しとは異なる真剣な表情。


 ランスは、真偽を見抜かんとする鋭いパーシアスの眼差しを、


「…………」


 無言のまま無表情で受け止めた。


 〔宿りしものミスティルテイン〕の存在と能力を明かすつもりはない。


 だが、それを明かさずに討伐した方法を語る事はできない。


 そして、聴く態勢を取りはしたが、答えるとは一言も言っていない。


 ランスは、束の間思案し…………霊的な経路パスを介して〔収納品目録インベントリー〕を思念イメージで操作。一振りの長剣を取り出して、それを双方の間にあるテーブルの上に置いた。


 一同の視線が、一見なんの変哲もない両手持ちの長剣バスタードソードに集まり――


「これは……ッ!?」


 驚きの声を上げたのは、Sランクパーティ〈護剣の担い手〉の〝剣聖〟パーシアス。


 座っていたソファーから腰を浮かし、テーブルに両手をついて前のめりになり、手に取っても見ても? と問う。それに対してランスが頷くと、まずソファーに浅く腰掛け直し、それから、かすかに震えていた手を一度、グッ、と握り締め、震えが止まった手で丁重に剣を持ち上げた。


 〝剣聖〟のただならぬ様子に息を詰めて見守るエリザベート達の前で、パーシアスはじっくりと検分し……


「……間違いない。これは、禁忌を犯した者への正当なる怒りを、不浄なる者への純粋な憎しみを、けがされ、あるいは奪われた者達のなげきを、そして、おぞましき者よ絶え滅べという願いを、数多あまた集めて織り上げ形にしたとわれる聖なる呪いの剣、対魔女の切り札、――宝具・聖殲剣〔魔女に報いをヘクセンベイン〕だ」

「伝説の魔女殺しウィッチスレイヤー……ッ!?」


 エリザベートだけではなく、リアとブレアも、そんな、とか、まさか、と呟いたきり言葉を失い、幼竜達は、そんなに凄いものなのかと不思議そうに首を傾げ、


「私は、長い間これを求めて探し続けてきたのだが……君はこれをどこで?」


 パーシアスは、聖殲剣ヘクセンベインをテーブルの上に戻し、ソファーに深く座り直してからそうたずね、


「エキドナが所持していました」


 あの女怪の手にあった時は全て巨大で、人間に扱える大きさではなかったが、死後、回収する際には他四つも含めてちぢみ、本来の大きさサイズに戻っていた。


 ランスの答えを聞くと、パーシアスは妙に納得したような表情になり、


「君は、戦闘の最中さなか、隙をいて奴からこれを奪い、この聖殲剣ヘクセンベインで止めを刺した。――そういう事か」

「…………」


 ランスは、無表情で無反応。


 パーシアスは、ただ黙ってランスの瞳を見詰め…………ふぅ、と息をつくと、信じたのか、それとも、訊き出す事を諦めたのか、それ以上追求しようとはせず、表情と躰から力を抜いて、


「他の魔女への牽制の意味もあったのだろうが、みずからを害し得る代物しろものだからこそ自分の側に置いておく……実に奴らしい」


 おそらく、対エキドナのために探し求めていたのだろう。それが討ち滅ぼされてから今目の前にある現実に何を思うのか、その心中を察するに余りあるが……


 ランスは、ひとつちがうぅ、ひとつちがう~っ、と文句を言いながらこちらの脇腹に頭をぐりぐり押し付けてくるスピアの背を撫でてなだめつつ、


「この剣を、貴方に」


 この部屋にパースアスの姿があった時、都合がいいと思ったのは、〝剣聖〟にこの剣をゆだねたいと考えていたがゆえ


 ランスは、パーシアスの目を真っ直ぐに見詰めて言葉少なに告げ、私に? と躰をやや前に身を乗り出した〝剣聖〟の問いに対して頷きで返すと


「魔王候補者には魔女の影が付きまとう。今後、降りかかる火の粉を払うためにも、これは君に必要なものだと思うのだが?」

「剣は専門外です」


 例えそれが伝説として語られるような宝具だったとしても、ランスにとっては無用の長物ちょうぶつ


 〝剣聖パーシアス〟は、槍使いの少年ランスの迷いも未練も感じられないさっぱりとした物言いに、ふっ、と笑みを漏らし、


「分かった。責任を持って預からせてもらうよ」


 パーシアスは、君に大きな借りができてしまったな、などと言い出したが、そんなつもりのないランスは、色好い返事だけで十分だと首を横に振り、なんかちょっと楽しくなってきたらしく位置や角度を変えてしつこく頭でぐりぐりしてくるスピアを捕まえて抱っこし、ずっとお利口にお座りしていたパイクを促して席を立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る