第82話 剣は専門外です
「ご主人様、お
人化して戦巫女の装束を
「依頼は達成しても、予定はまだ残ってる」
ランスは、首を横に振り、動かないはずの躰を無理やり【念動力】で動かして、ミスティがしてくれていた打ち上げ会の用意――
あの後――
所長で
本来であれば、依頼は、裏碧天祭を戦い抜いた時点で終了。結果を報告する必要はないとの
その辺りが雑なのは、依頼主達にとっての最良が、ランス・ゴッドスピードの敗北、つまり、国家の脅威の排除、魔王候補者の死であり、失敗する可能性を考慮しても仕方ないと考えていたか、失敗が確定した段階で矢面に立たせた
だが、不測の事態が発生し、独自の判断で対処した場合は、ギルドまたは依頼主にそれについて報告しなければならない。これは、公式・非公式を問わず依頼を受けたスパルトイに課せられた義務だ。
外見は普段通りに取り
そして、生きて夜明けを迎え、レヴェッカに、途中で内容が変更された依頼は達成されたという事で異存はないかと確かめ、承認を得てから〔ユナイテッド〕に乗って幼竜達と
「ちゃんと終わらせよう」
ランスは、尻尾をふりふりしている幼竜達を抱き上げて、テーブルの上の空きスペースへ。
もちろん、飲酒の前に、アルコールの刺激から胃腸の粘膜を保護する効果があるという
そして、早く飲みたいが選ぶのも楽しい――そんな幼竜達にとって
以前、
ミスティが、法呪で瓶ごとキンキンに冷却し、見た目は繊細な
ランスは、ミスティがテーブルに戻したビール瓶を手に取ると、自分に無用の遠慮をしている
ミスティは、恐縮しつつグラスを手に取り、飲み食いはできないが〔ユナイテッド〕も同席している。パイクは、もう泡立つ琥珀色の液体から目が離せず、無意識に口からはみ出た舌がペロペロペロペロ動いており、その隣では、スピアが、別の生き物のように勝手に動いている小地竜の舌が気になって仕方がないらしく
そして、ランスは、そんな家族を見回してから、自分もグラスを手に取り、
「誰一人欠ける事なく仕事を終えられた事に、――乾杯」
『――かんぱ~いっ!』
スピアとパイクが声を
幼竜達は両
『くぅうぅ~~~~っ』
「しゅわしゅわんまいっ!!」
ぱっ、と笑みを咲かせたスピアは瞳をキラキラ
「ん~~めぇ~なぁ~~~~っ」
パイクは、やはり格別だったらしい仕事後の一杯、その味わいに、普段妙にキリッとしていて格好良い目をにっこり弓なりに細めた。
ミスティも一息にグラスを
今も全身を
そうして始まった打ち上げ会で、スピア、パイク、ミスティは、結局、他の売れ筋トップ10に入っている黒ビールや赤ビールを含む3本のビールを飲み比べ、ランスは最初のグラス半分のビールを飲み干した後は、その様子を〔ユナイテッド〕と眺めながら、アルコールは
そして、打ち上げ会を
(――やられた)
6時間ほど眠り、昼食には遅く、午後のお茶にはちょうど良いくらいに目覚めると、あれほどの重傷が完治していた。
躰に残留していた神器の力の影響で、術の効果は弾かれてしまう。故に、ミスティではなく、〔ユナイテッド〕にはそもそも所有者を回復させるような機能は搭載されていない。
必然的に、幼竜達のどちらかの
その一方、パイクの姿がベッドの上になく、
普段と変わらない様子のスピアと、テーブルの脚の陰からチラチラこちらの様子を
もしここに、決定的瞬間を目撃したミスティや〔ユナイテッド〕以外、他の誰かがいてそんな幼竜達の姿を見たなら、パイクが犯人だと思うだろう。
――だが違う。
ランスにはすぐに分かった。【精神感応】で問うまでもない。
言い付けを破ったのはスピアだ。
事実、スピアは、端から聞くつもりがなかったので、悪い事をしたとは欠片も思っておらず、純粋にごしゅじんが元気になったと喜んでいる。
その一方で、パイクは、ちゃんと言い付けを守った――が、スピアが【竜の祝福】を使おうとした時、止めようと思えば止められたのに
「パイク、おいで」
ランスは、両脚を下ろしてベッドに腰かけ、呼ばれておずおずと机の脚の陰から出てきたパイクは、
ランスは、手が届く所まできたパイクを抱き上げて抱っこし、【精神感応】で感謝の気持ちと、申し訳なく思う必要などないのだという事を伝えながら、その首筋を軽く
そうしていると、背中を
言い付けを破った事については文句を言いたい。だが、自力で治そうとすれば数ヶ月はかかり、損傷した経絡系は、ある程度回復しても元通りにはならなかったかもしれない――そんな傷を完治させてもらっておいて
なので、ランスは、小さく苦笑してから同じく感謝を込め、白いもふもふに横顔を
ランスは、軽い運動で完全回復した躰の具合を確かめるために私室を後にし、幼竜達はまだ寝足りないらしくお昼寝。〔ユナイテッド〕は待機を継続。ミスティは、暇潰しに、自身の周囲に無数の
そして、ミスティが、その結果得た情報の中で、運動を終え私室に戻ってきた
一つは、エキドナの子、アガノキュテスについて。
ミスティは、人なら死亡している重傷に加えて、激戦による体力と霊力の消耗、上空20キロの距離から海面に叩きつけられた衝撃、更に大海原のど真ん中という場所から、アガノキュテスが生き延びる可能性はないに等しいだろうと
一つは、碧天祭の試合日程の最終日に予定されていた試合が、全て一日延期された事について。
夜間にランスや他の
ミスティは、その報告のおまけのように、延期となった原因――昨夜の出来事は、未だにこの天空都市国家グランディアを『魔王城』と呼ぶ〝怪物の母〟エキドナによるテロ行為、と政府が公式発表し、
一つは、
情報元の記述はないそうだが、リーベーラ国立魔法学園の代表生徒数名の顔写真と武器化した状態の写真、更に、試合で武器化した宝具人を装備している魔族の生徒の写真が掲載され、各社が競うように書き立てている。
テレビでも、国営放送は自粛しているそうだが、民放各局では、隠し撮りされたような映像――控室のような場所で宝具人が武器化する瞬間を捉えたもの――を繰り返し流し、武器に変身する人なのか、人に変化する武器なのか、と騒ぎ立て、武器を持ち込めない場所へ人として入り込める宝具人がテロ行為に使用される可能性などについて議論が行われている。
ミスティは、その情報元を既に突き止めており、どのような意図があってこのような真似をしたのか問い質しますか、と
ミスティは、ご主人様の指示通り、匿名で、情報を
最後の一つは、テレビでは既に『血の決勝前夜事件』などと呼ばれているらしい昨夜の被害者について。
報道では、正確な数字は未だに分かっていないが保安官や正騎士などの死者重軽傷者多数、と伝えている一方で、各国を代表する学生達を含む民間人に犠牲者は一人もいない、と発表されているとの事。
それを聞いたランスは、ただ一言、そうか、と言って頷いた。
そして、あと2時間もすれば日没――最終日が一日延期されたため、また碧天祭最終日前夜が来るという頃合い。
ランスは、幼竜達と共に〔ユナイテッド〕を
当然、槍は手にしておらず、〔
しかし、ランスは気にしない。受付の女性に、
廊下に並ぶドアの一つを開けて入ると、そこには保安官代理達と事務員達の
「やぁ、また会えたね」
そこには、部屋の主であるエリザベートと、もう一人の腹心である
応接セットの片側に二つ並ぶ一人掛けのソファー。その一方に座っているのは、この部屋の主であるエリザベートで、もう一つに悠然と腰かけているのはパーシアス。保安官代理の二人、リアとブレアはその後ろで立ったまま
間に長方形のテーブルを挟み、対面の三人掛けのソファー。その中央に席を勧められたランスが腰を下ろし、ごしゅじんの右側でパイクが、左側ではスピアが良い子に綺麗なお座りをしている――いや、していた。
「ごしゅじん~」
パーシアスが同席する事を
スピアが、かまってアピールを始めたのはその直後。それまでは何とか我慢していたのだが、
ランスは、もう少しだから、と【精神感応】での説得を試み、スピアのお腹を撫でてなだめようとするが、そうは問屋が
「――じゃあ、最後に一つだけ良いかな?」
これに答えてくれたら今日は御開きにしよう、と言い出したのはパーシアスで、構わないね? と同意を求められたエリザベートも――致し方なくという感じではあったが――頷いた。
ランスは、スピアが動きを止めて、一つだけ? 本当に? と疑わしげな目を両名に向けたその隙を逃さず、ひょいっ、と抱き上げ、きゅおっ!? と意表を
「君は、『エキドナを討伐した』と言ったが……あの不死の化け物をどうやって?」
普段の温和な面差しとは異なる真剣な表情。
ランスは、真偽を見抜かんとする鋭いパーシアスの眼差しを、
「…………」
無言のまま無表情で受け止めた。
〔
だが、それを明かさずに討伐した方法を語る事はできない。
そして、聴く態勢を取りはしたが、答えるとは一言も言っていない。
ランスは、束の間思案し…………
一同の視線が、一見なんの変哲もない
「これは……ッ!?」
驚きの声を上げたのは、Sランクパーティ〈護剣の担い手〉の〝剣聖〟パーシアス。
座っていたソファーから腰を浮かし、テーブルに両手をついて前のめりになり、手に取っても見ても? と問う。それに対してランスが頷くと、まずソファーに浅く腰掛け直し、それから、かすかに震えていた手を一度、グッ、と握り締め、震えが止まった手で丁重に剣を持ち上げた。
〝剣聖〟のただならぬ様子に息を詰めて見守るエリザベート達の前で、パーシアスはじっくりと検分し……
「……間違いない。これは、禁忌を犯した者への正当なる怒りを、不浄なる者への純粋な憎しみを、
「伝説の
エリザベートだけではなく、リアとブレアも、そんな、とか、まさか、と呟いたきり言葉を失い、幼竜達は、そんなに凄いものなのかと不思議そうに首を傾げ、
「私は、長い間これを求めて探し続けてきたのだが……君はこれをどこで?」
パーシアスは、
「エキドナが所持していました」
あの女怪の手にあった時は全て巨大で、人間に扱える大きさではなかったが、死後、回収する際には他四つも含めて
ランスの答えを聞くと、パーシアスは妙に納得したような表情になり、
「君は、戦闘の
「…………」
ランスは、無表情で無反応。
パーシアスは、ただ黙ってランスの瞳を見詰め…………ふぅ、と息をつくと、信じたのか、それとも、訊き出す事を諦めたのか、それ以上追求しようとはせず、表情と躰から力を抜いて、
「他の魔女への牽制の意味もあったのだろうが、
おそらく、対エキドナのために探し求めていたのだろう。それが討ち滅ぼされてから今目の前にある現実に何を思うのか、その心中を察するに余りあるが……
ランスは、ひとつちがうぅ、ひとつちがう~っ、と文句を言いながらこちらの脇腹に頭をぐりぐり押し付けてくるスピアの背を撫でてなだめつつ、
「この剣を、貴方に」
この部屋にパースアスの姿があった時、都合がいいと思ったのは、〝剣聖〟にこの剣を
ランスは、パーシアスの目を真っ直ぐに見詰めて言葉少なに告げ、私に? と躰をやや前に身を乗り出した〝剣聖〟の問いに対して頷きで返すと
「魔王候補者には魔女の影が付きまとう。今後、降りかかる火の粉を払うためにも、これは君に必要なものだと思うのだが?」
「剣は専門外です」
例えそれが伝説として語られるような宝具だったとしても、ランスにとっては無用の
〝
「分かった。責任を持って預からせてもらうよ」
パーシアスは、君に大きな借りができてしまったな、などと言い出したが、そんなつもりのないランスは、色好い返事だけで十分だと首を横に振り、なんかちょっと楽しくなってきたらしく位置や角度を変えてしつこく頭でぐりぐりしてくるスピアを捕まえて抱っこし、ずっとお利口にお座りしていたパイクを促して席を立った。
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