第65話 ミストルティン
――魔王城・城館跡。
セントラルパーク内にあり、
そんな場所の一角、『迷わずの迷路』の地上側出入口の前には、今、高級感漂う上品なフォーマルウェアを身に
どうやら長期戦を見込んでいるらしく、2台のテーブルと人数分の椅子を始め、日除けのための
一方のテーブルに
どちらも非常に整ってはいるものの
もう一方のテーブルに着いているのは、一人の男性と二人の少女。
男性のほうは30歳前後の高身長と屈強な肉体、精悍な顔立ちの
その二つのテーブルで給仕を行なっているのが、20代前半の男女2名。
長身白皙の美青年と清楚可憐な緑髪碧眼の乙女は、その服装からして執事とメイドという訳ではなさそうだが、手慣れた
「――――ッ! どうやらお着きになったようです」
人払いの結界が布かれたこの場所に近付いてくる人影、それにいち早く気付いたのは、立って給仕していた長身白皙の美青年。
「なに?」
「使えん奴らだッ!」
吐き捨てるように言って席を立った。
他の四人も席を立ち、美青年と乙女は手にしていたティーポットを置く。
一同は、来客を出迎えるかのように移動してテーブルの側を離れ、あらかじめ交渉役は決まっていたらしく、美青年が足を止めたリーダーの前へ。
それから程なくして、彼らの前方、およそ5メートルの距離を置いて、額に装着した〔
対峙し、美青年が口を開いた瞬間、サッ、と手を挙げるミスティ。
掌を相手に向ける『待て』のジェスチャーで美青年の機先を制し、
「――まずは謝罪を求めます」
開口一番にそう言い放った。
美青年は、斜め後ろにいるリーダーが漏らした、謝罪だと? という
「謝罪ですか?」
「あのような脅迫文を送りつけてきた事に対する謝罪と、ミューエンバーグ家の人々を巻き込んだ事に対する謝罪です。次に、二度とあのような文書を送りつけない、関係のない者を巻き込まない、という誓約を求めます」
それを聞くなり、何だと? と怒りを露わにして前へ出ようとするリーダーを美青年が制止している間に、ミスティが更に続ける。
「あなた方が武器を帯びていない事は分かっています。それは実に賢明な判断でした。そうでなければ、あなた方は、私達の存在に気付く事もなく、自分達の愚行を地獄で後悔する事になっていたでしょう」
師匠が言っていた。〝敵の速やかな殲滅――それこそが平和を維持し、
兵は拙速を尊ぶ。ランスはその教えに
しかし、なんと、彼らは一切、ナイフの一本すら武器を帯びていなかった。〔万里眼鏡〕の【遠視】と【透視】、更に天空城の管理者の機能を使って確認したので間違いない。
同じく管理者の機能を用いたミスティの調査で、差し出された手紙に焦点を当て、
あれは敵だ。しかし、例え敵であっても、武器を帯びず、戦闘を放棄しているとも取れる状態の相手を虐殺する事はできない。
ランスとミスティが彼らの前に姿を現したのは、
「我が主は、脅迫文を送りつけてきたあなた方を敵と断定しました。和解の条件は、謝罪と誓約。それらがなければ、我が主があなた方の話を聞き入れる事はなく、降服を勧告する事もありません」
伝えるべき事を告げると、ミスティは
『――――ッ!?』
七人は、この時になってようやく気付いた。
自然体で佇んだまま動かないランス・ゴッドスピードが、この場に至ったその瞬間から、いつでも自分達を殺す事ができる臨戦態勢だったのだという事に。
無手で、敵意や殺気の類を微塵も感じさせず、人目をひきつけてやまない容姿と神秘的な雰囲気を漂わせる
「ふ、ざ、けるなよぉおぉ……~ッ!」
それは、押し殺された小さな呟きだったが、六人は一斉には、ハッ、とリーダーのほうへ振り向き、その視線を一身に集める男は、怒りで顔を赤く染め上げ、周りの誰かが止める間もなく、
「言わせておけば好き放題に……ッ! 誰が謝罪などするものか――」
そう
ズシュッ、と水晶の槍が飛び出した時とほぼ等速で地中に消え、吊り上げられて爪先を揺らしていた七人の躰が、ドサッ、と落下する。
全員、確かに死亡した――が、直後、それぞれが身に付けていた
指環、ブローチ、イヤリング……形状こそ違うが、それらはどれも〔救命の護符〕と呼ばれる霊装であり、装備者の生命活動が停止すると同時に砕け散り、封入されていた法呪【
つまり、その30秒間は、どんな傷を受けても瞬く間に回復する不死身状態。
「――奴を殺せぇえええええぇッ!!」
死亡した直後に
その一方、〔救命の護符〕の存在を把握していたランス達は平然とこの事態を受け入れ、ランスは攻撃しても回復してしまうと分かっているので自然体のまま敵の出方を
「お待ち下さ――」
「――黙れッ! 貴様の愚策のせいで護符を失ったッ! このチャンスまで失わせる気かッ!?」
リーダーは早口で責め、止めようと立ちはだかった美青年の頬を殴り飛ばして
『――
光を反射しているのではなく、魔力の高まりと共に髪と瞳それ自体がそれぞれ金、赤、青に発光し、一瞬にして女性達の全身を包み込み……その光が収まった時、三人の女性の姿はなく、リーダーの両手には、剣身だけで約2メートル、柄が約1メートル、全長およそ3メートルに達する黄金の大剣が握られており、偉丈夫の両手には、右に紅の炎を纏った赤の、左に氷柱のような
「まぁ、こうなるわ――なぁッ!」
偉丈夫は、その巨大な甲拳を試合用ボクシンググローブ程の重さにも感じていないらしく、【復活】の効果が切れる前に倒し切ろうと、ランスに肉薄して多彩なコンビネーションで攻め立て、
「俺がこの手で
リーダーは、黄金の大剣を軽々肩に担ぐように構えて一足飛びに距離を詰め、小枝を振るように斬りかかり、美青年も不本意な成り行きに苦渋の表情を浮かべつつ、殴られて切れた唇の傷が【復活】の効果で治るのを待たず、
「――テスタメントッ!」
緑髪碧眼の乙女が一瞬にして変身した武具――肩から指先までを覆う腕部甲冑と
「貴方は魔族ではないッ! 魔族は貴方を王とは認めないッ! 魔王には成れないッ! 主の座を明け渡せば、新たな魔王誕生の
美青年は、口以上に手を動かし、急所を狙った多段突きと空中に文字を描くような変幻自在の斬撃を繰り出し続け――
「…………」
闇夜の影のように存在感を消し、音もなく、緩急をつけた変幻自在の動きで残像を生む〝
三人は、
『――――ッ!』
〔救命の護符〕の効果時間が終わり、全員を包み込んでいた【復活】の光が消失する。
不死身状態の間に倒せなかった。ここから先、受けた傷が自動的に癒える事はなく、死んでも甦れない。
口許の笑みはそのままに偉丈夫の頬を一筋の汗が伝い、怒りに支配されていたリーダーの表情に
――距離を取ってはならない。取らせてはならない。
距離を取って仕切り直そうとすれば、その瞬間また自分達を殺したあの遠距離攻撃が来る。このまま包囲を維持し、高速で動き回りつつ接近戦を演じれば、狙いを定められず、同士討ちを恐れて撃てないはず。
それは同時に、自分達もまた同士討ちの危険があるため大技を封じざるを得ないという事でもあるのだが、それも致し方なしと迷わず決断させるほど、三人の脳裏には自分達を殺した水晶の槍と一瞬の光線が焼き付いていた。
目と目が合ったのは一瞬にも満たない時間。だがしかし、高い集中状態にある三人は、まるで
『――――ッ!?』
三人の目の前から、フッ、と、まるで今までの出来事は全て幻覚の類で、始めから実体など存在していなかったかのように、ランス・ゴッドスピードの姿が消失した。
〝捷影〟に目を慣れさせてから、予備動作なしに残像も残さない〝
三人は完璧に包囲していたはずの少年の姿を完全に見失い――
――〝
既に〝来い〟と念じて召還した銀槍を構えているランスの位置は、美青年の後ろ。
狙いは、美青年の正面にいる偉丈夫。
機先を制し、超加速から最高速で最短距離を一直線に間合いを詰め神速の刺突を打ち込む突進技を繰り出したランスは、間にいた美青年を巻き込み、その背中側から
「……? ……?」
話し合いの機会をふいにした愚かな少年を見失ったと思った直後から、自分の身に何が起こったのか理解できていない美青年は、
「――なッ!? にぃ……ぬぅおぉおおおおおぉッ!!」
突然あり得ない勢いで胸に飛び込んできた美青年を抱きとめた偉丈夫は、後ろへ吹っ飛ばされて
「――殿下ァッ!!」
「
『殿下』と呼ばれたリーダーは、身を
『…………』
どこまでも深くは刺さらず横へ出た
ハグするような体勢で串刺しにされている偉丈夫と美青年には、その様子がスローモーションのように見えていた。
ゴッ、と後頭部が打ち付けられた音も、ドサッ、と躰が壊れた人形のように倒れ伏した音も、どこか遠く聞こえ、状況を理解する事を拒んだ頭が動かずただただその光景を瞳に映し――その間も動き続けていたランスは、斧槍を引き抜いた流れからそのまま滑るように移動しつつ旋回し、最大限に勢いを乗せた
銀槍を送還すると、串刺しになっていた二つの躰が崩れ落ち……武器化していた女性達が倒れ伏した男性三人から分離して人の姿に戻る。
「貴女達は、いったい何者ですか?」
敗北するなどと考えてもいなかったようだが、終わってみれば秒殺。この結果に唖然とし、
赤と青の少女、それと緑の乙女は、ビクッ、と躰を強張らせ、金の美女は、
ミスティが、
「私達は『ミストルティン』。『宝具人』とも呼ばれる少数民族です」
そう答えたのは、緑の乙女。どうやら、自分にランスとミスティの注意を引き付ける事で、金の美女や赤と青の少女達を
「宝具人……ミストルティン? 貴女達は、人に変身する宝具ですか? それとも、武器に変身する能力を有する人ですか?」
「――私達は人ですッ!! 生まれつきこんな能力があるだけで、他は何も変わりませんッ! あなた方が『魔族』と呼ぶ人達だってそうですッ! 生まれつき異質な霊力を宿しているだけで、他の
「…………」
万能の神器〔
宝具人『ミストルティン』。
無関係とは思えない。
ランスの脳裏を
あそこには、人も入れそうなサイズの円筒形の容器が等間隔で無数に並んでいた。
彼女は自分達を『人』だと言っている。だが、『万能の神器』の創造に失敗したため、最低限必要な機能だけに絞った『宝具』を創造した、と考えるのが順当だろう。
(製作するための材料も、道具も、設備も、知識も、技術も、それを修得し伝承する職人も必要とせず、自然に産まれ、増えて行く
かつて魔族が勇者達の慈悲に
つまり、現在の魔族達は、碧天祭に乱入し参加する事が許されたリーベーラ国立魔法学園の生徒達は、神器や宝具など強力な武具を一つも所有していない――はずだった。
(『……望んでこんな風に生まれてきたんじゃないのに……』、か……)
不意に思い出されたのは、魔族の少女の言葉。男達に襲われていたところを助けた彼女のあの呟きは、異質な霊力――魔力を宿して生まれてきた事についてだと思っていたのだが……。
この推測が的を射ていた場合、魔族達はこのグランディアに、複数の大量破壊兵器を連れ込んでいるという事になる。
(人か……、宝具か……)
そう考えて、ランスは内心で首を横に振った。
それは自分が判断すべき事柄ではない。彼女達が自身を人だと言うならそれで良い。
その後、ミスティが彼女達から訊き出したランス・ゴッドスピードをこの場へ呼び出した理由は、案の定、天空城の主の座を奪うためだった。
その確信があった訳ではなく、ランスが『迷わずの迷路』を攻略したという噂を聞き、自分達が城館地下、魔王城の中枢に入れなかったのはそのせいに違いない決め付け、
「貴女達の処遇についてですが……」
用が済み、ミスティがそう話を切り出したところで、スーツを身に纏う一人の公務員風の男性が、まだ人払いの結界が布かれたままのこの場へ
気付かれないよう距離を取り、双眼鏡で様子を窺い、決着を見届けるなり法呪で身体能力を強化して全力で走ってきたその男は、ランス達から少し離れた場所で足を止め、流れる汗を拭う間も惜しみ、乱れていた呼吸を無理やり落ち着けて、
「他の者が全員無力化されている中、私だけ見逃されたのは、彼女達の処遇を含めた事後処理を任せて頂けるからだ、と考えているのですが、それでよろしいでしょうか?」
半分正解。残りの半分は、目撃者や生き残りがいなければ、ランス・ゴッドスピードに手を出した者達がどうなったのか、関係のない者を巻き込んだ者達がどうなったのかを世に伝える者がいなくなってしまうからだ。
その問いかけに、ランスは無反応。ミスティもまたその男性ではなく宝具人達に向かって、
「私達は、
「――殿下の
そう即答したのは金の美女。怒り、憎しみ、殺意……そういった黒々とした感情を露わにミスティを睨み付け、
「絶対……絶対復讐してやる……~ッ!!」
「いつか必ず、仇を討ちますッ!!」
赤の少女は涙を流しながら
唯一、緑の乙女だけは、スーツ姿の男に対して、この状況を
それは、ランスかその男かという選択以前に、三人と離れるつもりがないからだった。
終始一言も発する事なく無表情を通したランスは、ミスティを
「ごしゅじんっ」
「ごしゅじ~んっ」
〔ユナイテッド〕のシートの上で並んでお座りしていたスピアとパイクは、ほめてもらえると分かっているから尻尾をフリフリ、待ちきれないといった感じの前のめりでごしゅじんを迎え、〔万里眼鏡〕のプレートを額に上げたランスは、それぞれに差し出した左右の掌に自分から頭や躰をすり寄せてきた幼竜達を撫でながら、【感覚共有】での視覚の共有と生体反応での位置確認による狙撃支援のできについて、称賛を惜しまない。
師匠が言っていた。〝やらぬなら良い。だが、できぬでは話にならん〟と。
相手が人だからという理由で攻撃を
自分達は
だが、ランスは、戦いが嫌いで、人殺しを嫌っている。それ故に、やらねばならないなら自分でやる。スピアとパイク、そして、ミスティにも、自分が嫌いな事を押し付けるつもりはない。
そんな訳で、ほぼランスが一人で殲滅してしまうため、幼竜達の対人戦闘訓練はほとんどできていなかったのだが、今回は敵が〔救命の護符〕を持っていたため、その主義を曲げる事なく良い訓練ができた。
とはいえ、殺人や人間を対象に能力を振るう事が簡単になってしまうのは良くないし、
きゅーきゅーがうがうじゃれついてくるスピアとパイクを、たっぷりナデナデもふもふするランス。
「ご主人様」
幼竜達のご褒美タイムが終わるのを待っていたかのようなタイミングで呼ばれ、振り向くランス。すると、不必要なほど詰め寄ってきていたミスティが、
「私も頑張りました」
そんな事を言い出した。
「…………、そうか」
万能を
「頑張って、知らない人と話しました」
初対面の人物と話すのに頑張る必要がある、という事は、ひょっとするとこの神器、人見知りするのだろうか?
「…………、そうか。ありがとう」
「…………」
表情の変化が
「…………、要求があるなら分かりやすく言ってくれ」
考えても分からないので
「私もなでなでして下さい」
そんな事を言って頭を差し出してきた。
「…………」
平然としているように見えて、実は内心かなり困惑しているものの、その程度の事なら、とミスティの頭に手を乗せるようにして、ぽんぽんっ、と撫でる。すると、
「もっと、スピアとパイクを撫でる時のようにして下さい」
そんな要求がきた。
意識してやっている事ではないので、自分はどんなふうに幼竜達を撫でていただろうかと思い返しつつ、掌全体で温もりを感じるように、髪の質感を確かめるように撫でる。サラサラとした絹糸のような感触が心地好い。
何を考えているのかよく分からないミスティだが、目を閉じて頬を緩めているところを見るに、どうやら要求に応える事ができたようだ――と思っていたら、肩に飛び乗ってきたスピアが、横顔に躰をすりすりしつつ自分ももっと撫でてと訴えてきて、今は私のご褒美タイムですとミスティが続行を要求し、自分ももっと撫でてもらえるかもしれないと、〔ユナイテッド〕のシートの上でお座りしているパイクか尻尾をフリフリしつつ待っている。
ランスは、我知らず苦笑しつつ、程なくして頬を緩め、スピアとパイクとミスティの求めに
人化した神器の分身体と幼竜達を撫でる手を止め、〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と下ろす。スピアとパイクはもちろん、ミスティも気付いており、同じほうへ顔を向けた。
駆けこんできた男は、自分だけ見逃された、と言っていたが、それは違う。
上司から知らされていないのか、とぼけているのか、偶然そこにいただけなのか、何者かにそう仕向けられたのか……一組、背後から忍び寄って首筋に一撃では済みそうになく、戦闘になれば周囲の人々や建物に被害が出ると判断して放置したパーティがある。
「君が魔王候補者の一人、――ランス・ゴッドスピードなのか?」
その5名が、
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