第65話 ミストルティン 

 ――魔王城・城館跡。


 セントラルパーク内にあり、天空都市国家グランディアでも屈指の観光スポットである歴史的建造物――その周辺には、現在、無関係の人間が近付かぬよう人払いの結界がかれている。


 そんな場所の一角、『迷わずの迷路』の地上側出入口の前には、今、高級感漂う上品なフォーマルウェアを身にまとった七人の男女の姿があった。


 どうやら長期戦を見込んでいるらしく、2台のテーブルと人数分の椅子を始め、日除けのための大きな傘パラソル、ティーセットや菓子などを乗せた手押し車カート、大きなトランク、バスケット……などなど、待ち時間を快適に過ごすための品々が持ち込まれている。


 一方のテーブルにいているのは、20代半ばの男女2名。


 どちらも非常に整ってはいるもののの強そうな顔立ちをしており、このメンバーのリーダーと思しき男性は、あの『迷わずの迷路』から城館地下への侵入しようとした不審な一団、その先頭を進んでいた魔族で、苛立ちを隠そうともせず鳴らないテーブルの上の通信機をにらみ付けており、同席している金髪金眼の美女は、先程からしきりに左右の足を組み替えたり、コツコツコツコツ指先でテーブルを打ったり、全身で不満や退屈を訴えている。


 もう一方のテーブルに着いているのは、一人の男性と二人の少女。


 男性のほうは30歳前後の高身長と屈強な肉体、精悍な顔立ちの偉丈夫いじょうふで、軍人ではないかと思われるがフォーマルスーツを着慣れている印象があり、血縁を感じさせるが双子ほどには似ていない蒼髪青眼と赤髪紅眼の少女達に付き合わされているのか、三人でカードゲームに興じている。


 その二つのテーブルで給仕を行なっているのが、20代前半の男女2名。


 長身白皙の美青年と清楚可憐な緑髪碧眼の乙女は、その服装からして執事とメイドという訳ではなさそうだが、手慣れた所作しょさで紅茶を入れ、冷めてしまったものと交換していた。


「――――ッ! どうやらお着きになったようです」


 人払いの結界が布かれたこの場所に近付いてくる人影、それにいち早く気付いたのは、立って給仕していた長身白皙の美青年。


「なに?」


 怪訝けげんそうに言ったのは、リーダーと思しき男性。美青年を一瞥いちべつしてから、鳴っていない通信機を睨んで、チッ、と忌々いまいましげに舌打ちし、


「使えん奴らだッ!」


 吐き捨てるように言って席を立った。


 他の四人も席を立ち、美青年と乙女は手にしていたティーポットを置く。


 一同は、来客を出迎えるかのように移動してテーブルの側を離れ、あらかじめ交渉役は決まっていたらしく、美青年が足を止めたリーダーの前へ。


 それから程なくして、彼らの前方、およそ5メートルの距離を置いて、額に装着した〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを鉄兜の目庇まびさしのように下ろしているロングコート姿の少年と、戦神に仕える巫女の装束を纏う麗しき乙女――ランスとミスティが足を止めた。




 対峙し、美青年が口を開いた瞬間、サッ、と手を挙げるミスティ。


 掌を相手に向ける『待て』のジェスチャーで美青年の機先を制し、


「――まずは謝罪を求めます」


 開口一番にそう言い放った。


 美青年は、斜め後ろにいるリーダーが漏らした、謝罪だと? という剣呑けんのんな呟きに内心でひやひやしつつ、


「謝罪ですか?」

「あのような脅迫文を送りつけてきた事に対する謝罪と、ミューエンバーグ家の人々を巻き込んだ事に対する謝罪です。次に、二度とあのような文書を送りつけない、関係のない者を巻き込まない、という誓約を求めます」


 それを聞くなり、何だと? と怒りを露わにして前へ出ようとするリーダーを美青年が制止している間に、ミスティが更に続ける。


「あなた方が武器を帯びていない事は分かっています。それは実に賢明な判断でした。そうでなければ、あなた方は、私達の存在に気付く事もなく、自分達の愚行を地獄で後悔する事になっていたでしょう」


 師匠が言っていた。〝敵の速やかな殲滅――それこそが平和を維持し、無辜むこの民の安全を守る最善の方法だ〟と。


 兵は拙速を尊ぶ。ランスはその教えにしたがい、関係のない者を巻き込んだ事を、現世ではなく地獄で後悔させるつもりでこの場に来た。


 しかし、なんと、彼らは一切、ナイフの一本すら武器を帯びていなかった。〔万里眼鏡〕の【遠視】と【透視】、更に天空城の管理者の機能を使って確認したので間違いない。


 同じく管理者の機能を用いたミスティの調査で、差し出された手紙に焦点を当て、仮想画面ウィンドウに表示させた記録映像を早戻しして過去へさかのぼる事で、差出人が彼らのリーダーだという事が判明している。


 あれは敵だ。しかし、例え敵であっても、武器を帯びず、戦闘を放棄しているとも取れる状態の相手を虐殺する事はできない。


 ランスとミスティが彼らの前に姿を現したのは、ひとえにそれ故だった。


「我が主は、脅迫文を送りつけてきたあなた方を敵と断定しました。和解の条件は、謝罪と誓約。それらがなければ、我が主があなた方の話を聞き入れる事はなく、降服を勧告する事もありません」


 伝えるべき事を告げると、ミスティはうやうやしくその場を譲るようにランスの後ろへ退き、


『――――ッ!?』


 七人は、この時になってようやく気付いた。


 自然体で佇んだまま動かないランス・ゴッドスピードが、この場に至ったその瞬間から、いつでも自分達を殺す事ができる臨戦態勢だったのだという事に。


 無手で、敵意や殺気の類を微塵も感じさせず、人目をひきつけてやまない容姿と神秘的な雰囲気を漂わせるミスティの陰に隠れてしまっていたが、情けも、容赦も、油断も、隙もなく、自分達を皆殺しにする準備が整っているのだという事に。


「ふ、ざ、けるなよぉおぉ……~ッ!」


 それは、押し殺された小さな呟きだったが、六人は一斉には、ハッ、とリーダーのほうへ振り向き、その視線を一身に集める男は、怒りで顔を赤く染め上げ、周りの誰かが止める間もなく、


「言わせておけば好き放題に……ッ! 誰が謝罪などするものか――」


 そうえた瞬間、最後の『か』とほぼ同時に、ドンッ、と地中から飛び出した水晶の槍が、一人につき3本ずつ計21本、左右斜め後ろと直下から魔族七人の胴体を貫き、シュボッ、と天から降り注いだ7条の細く絞られた【光子力線フォトンレーザー】が七人の眉間を精確に撃ち抜いた。


 ズシュッ、と水晶の槍が飛び出した時とほぼ等速で地中に消え、吊り上げられて爪先を揺らしていた七人の躰が、ドサッ、と落下する。


 全員、確かに死亡した――が、直後、それぞれが身に付けていた装身具アクセサリーが同時に砕け散り、そこからあふれ出た優しい光が七人の躰を包み込んだ。




 指環、ブローチ、イヤリング……形状こそ違うが、それらはどれも〔救命の護符〕と呼ばれる霊装であり、装備者の生命活動が停止すると同時に砕け散り、封入されていた法呪【復活リザレクション】が発動。瞬時に完全回復させ、その効果はおよそ30秒間持続する。


 つまり、その30秒間は、どんな傷を受けても瞬く間に回復する不死身状態。


「――奴を殺せぇえええええぇッ!!」


 たましいは、生命活動が完全に停止してからおよそ3~5分間、肉体に留まると言われており、その間であれば、【生存回帰リバイブ】ならおよそ50%、【復活】なら100%の確率で蘇生させる事ができる。


 死亡した直後によみがえった七人は、意識を取り戻すなり、女性陣は勢いよく上体を起こし、男性陣は両脚を振り上げた反動で跳ね起き、リーダーは血走った目でランスを凝視して絶叫するように殺害をめいじた。


 その一方、〔救命の護符〕の存在を把握していたランス達は平然とこの事態を受け入れ、ランスは攻撃しても回復してしまうと分かっているので自然体のまま敵の出方をうかがい、ミスティは後退して距離を取る。


「お待ち下さ――」

「――黙れッ! 貴様の愚策のせいで護符を失ったッ! このチャンスまで失わせる気かッ!?」


 リーダーは早口で責め、止めようと立ちはだかった美青年の頬を殴り飛ばして退かし、立ち上がろうとしている金髪金眼の美女に手を伸ばす。それとほぼ同じ頃、偉丈夫もまた座り込んだまま立ち上がれない赤髪紅眼と蒼髪青眼の少女達の手を取り――三人の女性が声を揃えた。


『――聖なる契約により我が身を預くテスタメントッ!』


 光を反射しているのではなく、魔力の高まりと共に髪と瞳それ自体がそれぞれ金、赤、青に発光し、一瞬にして女性達の全身を包み込み……その光が収まった時、三人の女性の姿はなく、リーダーの両手には、剣身だけで約2メートル、柄が約1メートル、全長およそ3メートルに達する黄金の大剣が握られており、偉丈夫の両手には、右に紅の炎を纏った赤の、左に氷柱のような突起スパイクを有する青の、大人の頭すら握り込めそうな巨大な甲拳ガントレットが装備されていた。


「まぁ、こうなるわ――なぁッ!」


 偉丈夫は、その巨大な甲拳を試合用ボクシンググローブ程の重さにも感じていないらしく、【復活】の効果が切れる前に倒し切ろうと、ランスに肉薄して多彩なコンビネーションで攻め立て、


「俺がこの手で僭主せんしゅから玉座を奪還するッ! ――始めからこうしておけば良かったのだッ!」


 リーダーは、黄金の大剣を軽々肩に担ぐように構えて一足飛びに距離を詰め、小枝を振るように斬りかかり、美青年も不本意な成り行きに苦渋の表情を浮かべつつ、殴られて切れた唇の傷が【復活】の効果で治るのを待たず、相棒パートナーの手を取った。


「――テスタメントッ!」


 緑髪碧眼の乙女が一瞬にして変身した武具――肩から指先までを覆う腕部甲冑と細剣レイピアが右腕に装備されるなり戦闘に加わってランスを包囲し、


「貴方は魔族ではないッ! 魔族は貴方を王とは認めないッ! 魔王には成れないッ! 主の座を明け渡せば、新たな魔王誕生の恩赦おんしゃによって僭称せんしょうした罪を許され、家臣に取り立てて頂けたものをッ! ――この戦いに何の意味があるッ!? 何故戦わなければならないッ!?」


 美青年は、口以上に手を動かし、急所を狙った多段突きと空中に文字を描くような変幻自在の斬撃を繰り出し続け――


「…………」


 闇夜の影のように存在感を消し、音もなく、緩急をつけた変幻自在の動きで残像を生む〝捷影シャドウムーヴ〟でそれらをことごとかわし続けるランスは、無手のまま無言で無表情。女性達が武器に変身した際には軽く目をみはったが、〔万里眼鏡〕のプレートを下ろしているため外からは窺い知れない。


 三人は、数多あまたの残像を打ち抜き、斬り裂き、両断して、悪戯いたずらにただ空気を掻き混ぜているだけという錯覚に陥りそうになりながらも、気配で捉えられない相手の姿を必死に目で追い、殺し合っているという実感を得られないまま自身を加速させて攻撃を繰り出し続け……


『――――ッ!』


 〔救命の護符〕の効果時間が終わり、全員を包み込んでいた【復活】の光が消失する。


 不死身状態の間に倒せなかった。ここから先、受けた傷が自動的に癒える事はなく、死んでも甦れない。


 口許の笑みはそのままに偉丈夫の頬を一筋の汗が伝い、怒りに支配されていたリーダーの表情にあせりがにじみ、美青年が黙り込む。


 ――距離を取ってはならない。取らせてはならない。


 距離を取って仕切り直そうとすれば、その瞬間また自分達を殺したあの遠距離攻撃が来る。このまま包囲を維持し、高速で動き回りつつ接近戦を演じれば、狙いを定められず、同士討ちを恐れて撃てないはず。


 それは同時に、自分達もまた同士討ちの危険があるため大技を封じざるを得ないという事でもあるのだが、それも致し方なしと迷わず決断させるほど、三人の脳裏には自分達を殺した水晶の槍と一瞬の光線が焼き付いていた。


 目と目が合ったのは一瞬にも満たない時間。だがしかし、高い集中状態にある三人は、まるで精神感応能力者テレパシストのように意思を通じ合わせ、反撃する隙を与える事なく攻め続けて仕留めるため、手数を増やしつつより連携をみつにしようとした――その矢先、


『――――ッ!?』


 三人の目の前から、フッ、と、まるで今までの出来事は全て幻覚の類で、始めから実体など存在していなかったかのように、ランス・ゴッドスピードの姿が消失した。


 〝捷影〟に目を慣れさせてから、予備動作なしに残像も残さない〝閃捷フラッシュムーヴ〟での超高速移動。


 三人は完璧に包囲していたはずの少年の姿を完全に見失い――


 ――〝先突フォーストール


 既に〝来い〟と念じて召還した銀槍を構えているランスの位置は、美青年の後ろ。


 狙いは、美青年の正面にいる偉丈夫。


 機先を制し、超加速から最高速で最短距離を一直線に間合いを詰め神速の刺突を打ち込む突進技を繰り出したランスは、間にいた美青年を巻き込み、その背中側から鳩尾みぞおちのやや下を打ち抜いてそのまま偉丈夫の鳩尾から背中まで貫き徹した。


「……? ……?」


 話し合いの機会をふいにした愚かな少年を見失ったと思った直後から、自分の身に何が起こったのか理解できていない美青年は、抱き合うハグするような体勢で目の高さにある偉丈夫の顎のラインを見詰め、


「――なッ!?  にぃ……ぬぅおぉおおおおおぉッ!!」


 突然あり得ない勢いで胸に飛び込んできた美青年を抱きとめた偉丈夫は、後ろへ吹っ飛ばされて尻餅しりもちをつくのを嫌い、反射的に堪えて踏み止まり、美青年の後ろに倒すべきランスの姿を発見した。その瞬間、自分と仲間の身に何が起きたのかをさとり、咆哮して力が抜けつつある己の肉体を鼓舞し、美青年の背後へ向かって右腕を突き出す。それは、ランスへの打撃ではなく、ガシッ、と銀槍をつかむなりより深く自分達の躰に刺し込み――


「――殿下ァッ!!」

大儀たいぎッ!!」


 『殿下』と呼ばれたリーダーは、身をていして僭主せんしゅの得物を封じた部下に対してねぎらいの言葉をおくりつつ、勝利を確信して笑みを浮かべながら、この機に渾身の一撃で仕留めるべく黄金の大剣を大きく振りかぶり――ドヅッ、とあっさり銀槍を手放したランスの掌中に忽然と出現した神器の斧槍ハルバード、その槍穂がリーダーの喉仏のどぼとけから延髄まで刺しつらぬいた。


『…………』


 どこまでも深くは刺さらず横へ出た斧頭ふとうかぎで止まり、その衝撃で、鉄棒で逆上がりをするかのように両足が地面から離れると同時にリーダーの喉から斧槍が引き抜かれ、後頭部から地面へ落下する。


 ハグするような体勢で串刺しにされている偉丈夫と美青年には、その様子がスローモーションのように見えていた。


 ゴッ、と後頭部が打ち付けられた音も、ドサッ、と躰が壊れた人形のように倒れ伏した音も、どこか遠く聞こえ、状況を理解する事を拒んだ頭が動かずただただその光景を瞳に映し――その間も動き続けていたランスは、斧槍を引き抜いた流れからそのまま滑るように移動しつつ旋回し、最大限に勢いを乗せた長柄の斧槍ハルバードの斧頭、その薙ぎ払いの一撃で、自分に後頭部を向けている偉丈夫の首と美青年の頭の上半分をまとめてね飛ばした。




 銀槍を送還すると、串刺しになっていた二つの躰が崩れ落ち……武器化していた女性達が倒れ伏した男性三人から分離して人の姿に戻る。


「貴女達は、いったい何者ですか?」


 敗北するなどと考えてもいなかったようだが、終わってみれば秒殺。この結果に唖然とし、契約者パートナーを亡くしたショックで呆然とし……そんなへたり込んでいる女性達に歩み寄り、ミスティが問いを放った。


 赤と青の少女、それと緑の乙女は、ビクッ、と躰を強張らせ、金の美女は、うつむけていた顔を上げて、キッ、とミスティをにらみ――その視界に斧槍をたずさえて佇んでいるランスの姿が入り、サッ、と顔を逸らす。


 ミスティが、おびえを隠せない金の美女に重ねて問うと、


「私達は『ミストルティン』。『宝具人』とも呼ばれる少数民族です」


 そう答えたのは、緑の乙女。どうやら、自分にランスとミスティの注意を引き付ける事で、金の美女や赤と青の少女達をかばうつもりらしい。


「宝具人……ミストルティン? 貴女達は、人に変身する宝具ですか? それとも、武器に変身する能力を有する人ですか?」

「――私達は人ですッ!! 生まれつきこんな能力があるだけで、他は何も変わりませんッ! あなた方が『魔族』と呼ぶ人達だってそうですッ! 生まれつき異質な霊力を宿しているだけで、他の人間ヒューマンと何も変わりありませんッ!」

「…………」


 万能の神器〔ミスティルテイン宿りしもの〕。


 宝具人『ミストルティン』。


 無関係とは思えない。


 ランスの脳裏をよぎったのは、期せず未完成だった〔宿りしものミスティルテイン〕を完成させた第5研究室の光景。


 あそこには、人も入れそうなサイズの円筒形の容器が等間隔で無数に並んでいた。


 彼女は自分達を『人』だと言っている。だが、『万能の神器』の創造に失敗したため、最低限必要な機能だけに絞った『宝具』を創造した、と考えるのが順当だろう。


(製作するための材料も、道具も、設備も、知識も、技術も、それを修得し伝承する職人も必要とせず、自然に産まれ、増えて行く宝具へいき、か……)


 かつて魔族が勇者達の慈悲にすがり、根絶やしをまぬがれ、武器防具は言うに及ばずそれを製造するために必要な道具類など全てを没収され、ほぼ身一つで島流しにされた際、それを製造する技術を持つ職人達とその一族は仲間達と引き離され、エルヴァロン大陸の某所に幽閉された。


 つまり、現在の魔族達は、碧天祭に乱入し参加する事が許されたリーベーラ国立魔法学園の生徒達は、神器や宝具など強力な武具を一つも所有していない――はずだった。


(『……望んでこんな風に生まれてきたんじゃないのに……』、か……)


 不意に思い出されたのは、魔族の少女の言葉。男達に襲われていたところを助けた彼女のあの呟きは、異質な霊力――魔力を宿して生まれてきた事についてだと思っていたのだが……。


 この推測が的を射ていた場合、魔族達はこのグランディアに、複数の大量破壊兵器をという事になる。


(人か……、宝具か……)


 そう考えて、ランスは内心で首を横に振った。


 それは自分が判断すべき事柄ではない。彼女達が自身を人だと言うならそれで良い。


 その後、ミスティが彼女達から訊き出したランス・ゴッドスピードをこの場へ呼び出した理由は、案の定、天空城の主の座を奪うためだった。


 その確信があった訳ではなく、ランスが『迷わずの迷路』を攻略したという噂を聞き、自分達が城館地下、魔王城の中枢に入れなかったのはそのせいに違いない決め付け、殿下リーダーは始めから殺して奪う気だったが、美青年が説得して交渉役を任せてもらい、話し合いで解決しようとし……現在に至る。


「貴女達の処遇についてですが……」


 用が済み、ミスティがそう話を切り出したところで、スーツを身に纏う一人の公務員風の男性が、まだ人払いの結界が布かれたままのこの場へけ込んできた。


 気付かれないよう距離を取り、双眼鏡で様子を窺い、決着を見届けるなり法呪で身体能力を強化して全力で走ってきたその男は、ランス達から少し離れた場所で足を止め、流れる汗を拭う間も惜しみ、乱れていた呼吸を無理やり落ち着けて、


「他の者が全員無力化されている中、私だけ見逃されたのは、彼女達の処遇を含めた事後処理を任せて頂けるからだ、と考えているのですが、それでよろしいでしょうか?」


 半分正解。残りの半分は、目撃者や生き残りがいなければ、ランス・ゴッドスピードに手を出した者達がどうなったのか、関係のない者を巻き込んだ者達がどうなったのかを世に伝える者がいなくなってしまうからだ。


 その問いかけに、ランスは無反応。ミスティもまたその男性ではなく宝具人達に向かって、


「私達は、総合管理局ピースメーカーに通報し、知人の保安官マーシャルに貴女達の身柄を預けるつもりです。悪いようにはしないでしょう」チラッとスーツ姿の汗だく男を見てから「あちらがどうするつもりかは分かりません。後悔のないよう、どちらにするか自分達で選びなさい」

「――殿下のかたきの世話になどなるものかッ!」


 そう即答したのは金の美女。怒り、憎しみ、殺意……そういった黒々とした感情を露わにミスティを睨み付け、


「絶対……絶対復讐してやる……~ッ!!」

「いつか必ず、仇を討ちますッ!!」


 赤の少女は涙を流しながらまなじりを決して憎悪を込めた視線をランスに向け、青の少女は偉丈夫の頭を胸に抱いて仇討ちを誓う。


 唯一、緑の乙女だけは、スーツ姿の男に対して、この状況を御膳立おぜんだてした組織に対して、不信感を覚えたらしく迷うような素振そぶりを見せたが、結局、仲間の様子から説得を諦めて首を小さく横に振る。


 それは、ランスかその男かという選択以前に、三人と離れるつもりがないからだった。




 終始一言も発する事なく無表情を通したランスは、ミスティをともなってその場を離れ、斧槍を送還し、駐車してあるレース・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕の許へ。


「ごしゅじんっ」

「ごしゅじ~んっ」


 〔ユナイテッド〕のシートの上で並んでお座りしていたスピアとパイクは、ほめてもらえると分かっているから尻尾をフリフリ、待ちきれないといった感じの前のめりでごしゅじんを迎え、〔万里眼鏡〕のプレートを額に上げたランスは、それぞれに差し出した左右の掌に自分から頭や躰をすり寄せてきた幼竜達を撫でながら、【感覚共有】での視覚の共有と生体反応での位置確認による狙撃支援のできについて、称賛を惜しまない。


 師匠が言っていた。〝やらぬなら良い。だが、できぬでは話にならん〟と。


 相手が人だからという理由で攻撃を躊躇ためらうようでは、いつか悪意ある人間相手に不覚を取ってしまうかもしれない。故に、できるようにしておく必要がある。


 自分達は一蓮托生いちれんたくしょう。必要であれば殺傷を指示する事に躊躇いはない。


 だが、ランスは、戦いが嫌いで、人殺しを嫌っている。それ故に、やらねばならないなら自分でやる。スピアとパイク、そして、ミスティにも、自分が嫌いな事を押し付けるつもりはない。


 そんな訳で、ほぼランスが一人で殲滅してしまうため、幼竜達の対人戦闘訓練はほとんどできていなかったのだが、今回は敵が〔救命の護符〕を持っていたため、その主義を曲げる事なく良い訓練ができた。


 とはいえ、殺人や人間を対象に能力を振るう事が簡単になってしまうのは良くないし、めてもらえるからと率先して敵を殲滅するようになられては困る。


 きゅーきゅーがうがうじゃれついてくるスピアとパイクを、たっぷりナデナデもふもふするランス。はたから見ると、褒めちぎっているようにしか見えないが、その点はしっかり紋章を介した【精神感応】で伝えておいた。


「ご主人様」


 幼竜達のご褒美タイムが終わるのを待っていたかのようなタイミングで呼ばれ、振り向くランス。すると、不必要なほど詰め寄ってきていたミスティが、


「私も頑張りました」


 そんな事を言い出した。


「…………、そうか」


 万能をうたう神器が何を求めているのか分からない。そこで、チラッ、と視線を向けると、幼竜達もフルフル首を横に振っている。


「頑張って、知らない人と話しました」


 初対面の人物と話すのに頑張る必要がある、という事は、ひょっとするとこの神器、人見知りするのだろうか?


「…………、そうか。ありがとう」

「…………」


 表情の変化がとぼしいのでわかりづらいが、どうやら感謝の言葉は期待外れだったようだ。


「…………、要求があるなら分かりやすく言ってくれ」


 考えても分からないので率直そっちょくに頼む。すると、


「私もなでなでして下さい」


 そんな事を言って頭を差し出してきた。


「…………」


 平然としているように見えて、実は内心かなり困惑しているものの、その程度の事なら、とミスティの頭に手を乗せるようにして、ぽんぽんっ、と撫でる。すると、


「もっと、スピアとパイクを撫でる時のようにして下さい」


 そんな要求がきた。


 意識してやっている事ではないので、自分はどんなふうに幼竜達を撫でていただろうかと思い返しつつ、掌全体で温もりを感じるように、髪の質感を確かめるように撫でる。サラサラとした絹糸のような感触が心地好い。


 何を考えているのかよく分からないミスティだが、目を閉じて頬を緩めているところを見るに、どうやら要求に応える事ができたようだ――と思っていたら、肩に飛び乗ってきたスピアが、横顔に躰をすりすりしつつ自分ももっと撫でてと訴えてきて、今は私のご褒美タイムですとミスティが続行を要求し、自分ももっと撫でてもらえるかもしれないと、〔ユナイテッド〕のシートの上でお座りしているパイクか尻尾をフリフリしつつ待っている。


 ランスは、我知らず苦笑しつつ、程なくして頬を緩め、スピアとパイクとミスティの求めにこたえてナデナデし…………そんな団欒だんらんは長く続かなかった。


 人化した神器の分身体と幼竜達を撫でる手を止め、〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と下ろす。スピアとパイクはもちろん、ミスティも気付いており、同じほうへ顔を向けた。


 駆けこんできた男は、自分だけ見逃された、と言っていたが、それは違う。


 上司から知らされていないのか、とぼけているのか、偶然そこにいただけなのか、何者かにそう仕向けられたのか……一組、背後から忍び寄って首筋に一撃では済みそうになく、戦闘になれば周囲の人々や建物に被害が出ると判断して放置したパーティがある。


「君が魔王候補者の一人、――ランス・ゴッドスピードなのか?」


 その5名が、いまだ解除されていない人払いの結界の効力を捻じ伏せて魔王城・城館跡敷地内へ進入し、ランス達の前に立ちはだかった。

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