track 17-レスポール

非常階段で睨み合う両者、冷蔵庫の激突でひしゃげたその足場が、ギシリと音を立てて嫌な揺れ方をするのが見て取れた。


「消し去り」


ビルの壁面に手のひらを向けたEZFGさんがそれを壁面に沿うように上から下に振った。


「まずい!」


グラリと揺れる非常階段の異常を察知したささくれPが『アンチグラビティーズ』を使い宙に浮く、先ほど『しゅうまつがやってくる!』の巻き添えで『ウミユリ海底譚』を止められたナブナさんは透明な破片を足場に非常階段から離れた。


「消し去り」


EZFGさんが再び呟き、今度は両手を横に突き出したままグルリとその場でターンをした、バキンバキンと音を立てて縦に伸びて上から唯一非常階段を支えていた柱が異能の力で断ち切られる、目の前でグラリと傾く非常階段、しかしそれは対面のビルに倒れ込まず、空中でピタリと静止した。


「『スレッドネイション』でも使ったか、邪魔くせえ」


ナブナさんの言葉に呼応したのか、彼の周囲で廻る透明の破片が数を増す、空中の何もない場所に立って居たように見えたEZFGさんたちが危険を察知してその場から動くと、破片の嵐が彼らのいた場所を襲った。


「ダメだ! 不用意に糸を切ったら下にいるピノキオPたちが危ない!」


飛んでくるサイダーを避けながらささくれPが叫ぶ、サイダーの爆発によって発生した煙の影響で、今まで見えていなかった糸のようなものが張り巡らされているのを僕にも確認できた。


「こっちは気にするな! 俺がどうとでもできる!」


ハチさんが下から返す、冷蔵庫を携えた少女と戦いながらも上の出来事に気を配っているようだ。

ビルの壁面から戦いの様子を見るしか無かった僕の隣をオレンジ色の光が飛んでいく、ささくれPの異能の鳥だ。

糸と糸の間を縫うように飛んでいく焔の鳥はEZFGさんの元へ飛んでいき強い光を放つ、ささくれPを襲おうとしていた影の化け物がその閃光に怯み、その隙を突いてナブナさんの透明の破片が影を切り裂いた。


しかしまた別の影から化け物が現れ、今度はナブナさんを襲おうとする、僕は咄嗟に足場から飛び、目の前に見えていた糸に飛び移る、大丈夫だ、案外頑丈だ。

しかしその瞬間に突風が僕を横から思いっ切り煽る、orangestarさんがこちらに手のひらを向けて笑っている、彼の異能だろうか、ビルからビルに向けて吹く突風なんてありえない、確実に彼の異能だ。


グラリと回転する視界、地上何メートルだろうか、落ちたらひとたまりもないだろう。

すぐ隣に張られていた糸を掴み、異能を発動する、糸を中心にグルリと回り再び糸の上に戻る、さらに2度、3度の突風が僕を襲うが僕は糸から糸に飛び移りながらEZFGさんたちの方へと走る、影の化け物はナブナさん本人が対処している、僕が狙うべきは彼ら自体だ。


あと数メートル、僕は跳躍し、持っていた太刀を振りかぶる、いや、これだと僕が着地するべき糸まで切ってしまう、どうする──


握っていた太刀に『脱法ロック』を重ねる、太刀の輪郭がブレて形を変える、今まで『脱法ロック』を使うと出てきたギターとは違うギターが出現する、僕がよく作曲をする時に使っているレスポールそっくりのギターだ。


最後の間を詰める直前、僕は遠くで焔の鳥が再び結晶を寄り集めて大きくなっていくのを見た、なるほど、そう来るか。


「いっけぇぇぇぇぇ!!!!!!」


叫びながら彼らの方へと跳躍する、EZFGさんが「上塗り」で防御体勢に入るが、僕はその上をそのまま通りすぎ、糸も足場も無い方へと飛び出した。

空中で身を捻りながら冷蔵庫を携えた少女の位置を確認する、ビンゴだ、真下でハチさんと対峙する少女目掛けて僕は落ちる、レスポールを振りやすいように横に構える、orangestarさんの叫び声が聞こえるが、少女にその声は届いていないようだ、僕は最大限の力を振り絞り、彼女と冷蔵庫のある位置に向けてレスポールを思いっ切り叩きつけた。


轟音と共に辺りのアスファルトが捲れ上がるほどの衝撃が巻き起こり、僕は地面への激突を免れる代わりに壁に勢い良く叩きつけられる、少女は僕の攻撃を避けたらしい、しかし『脱法ロック』の効果は受けたらしく、その場にへたり込んでる。

すかさずハチさんが飛び出し、少女に金属バットを叩き込む、少女は霧散し、冷蔵庫にヒビが入る。


「少年! 立て!」


消えていくレスポールをその場に置き、僕はゆっくりと立ち上がる、あの距離を落ちた時の恐怖が今更になって僕の足に来ている、ガクガクと震える足に喝を入れるように僕は太ももを力強く叩いた。


「Neru君、よくやってくれた」


ピノキオPの声と共に、頭上でオレンジの閃光が炸裂する、糸を燃やされ、支えを失った非常階段が落下してくる、落ちて来るEZFGさんや瓦礫の数々に手を向けるピノキオPさん、間髪をいれずその辺り一帯のものの落下速度が落ちる、次にするべき事を察した僕は再びレスポールを作り出し、構える。


「サヨナラホームランだ」


ハチさんが背後で言ったのを確認すると、僕は異能を使いその場で跳び、ハチさんが構えた金属バットの上に乗る。

振り抜かれた金属バットに飛ばされ、僕はEZFGさんたちの元へと一直線に飛ぶ、レスポールを振り抜き、彼らに攻撃を当てて、動きが遅くなった瓦礫のある空間をそのまま抜けた僕が見たのは『すろぉもぉしょん』の効果が切れてガラガラと音を立てて落ちていく瓦礫だった。


* * * * *


「対象の異能者は既に移送済みだった、これからこの施設を潰して、俺たちはここを立ち去る」


じんさんはそう言ってこちらを見下ろした。


「ワープで帰る事もできたけど、君らが来るのは予測できていたからね、敢えて迎え討たせてもらったよ」


僕の異能の発動に彼は気付いているだろうか、どうやって隙を突こうか、様々な思考が僕の頭を巡る、加速だ、思考も加速するんだ。


「40くん」


隣でトーマさんが呟く、僕はそっと彼の方を見た。


「到着したようだ」


彼の呟きを聴いたじんさんが「ナユタンくん!」と叫ぶ、ナユタン星人さんが指を鳴らす、しかし『だんだん早くなる』を使って思考、反応速度、その他全てを加速させていた僕からすると何もかもが遅く見える。


ドカンと音を立てて背後で爆発が巻き起こる、僕の『キリトリセン』を使って空間を切り取り、ペットボトルを背後へと逸らしたのだ。


「動くな」


後ろの通路に設置されたドアから雪崩れ込んできた武装集団が銃を向ける、じんさんはゆっくりと両手を挙げ、武装集団を睨みつけた。


「カサイケンのエンブレム付きの端末、異能キャンセラーでも持ち込んだか……?」


じんさんが呟く、気付くと僕の異能も止められてしまっている。


「なるほど、ここ自体が俺らを捕らえるためのダミーの施設だったワケか」


じんさんからすると予想外のことだったようだが、僕らはこうなる事は予め知らされている、協力者がいるから異能対策部隊の動きはある程度筒抜けだ。


「君たちが失敗した原因は、自分たちの勢力は全部自分たちの元に置こうとした事だ、だからこうなる事も予測できなかった」


トーマさんがじんさんに語りかける、それを無視しているのか、彼はにじり寄る異能対策部隊の動向に視線を釘付けにしたままだ。


「いけ、奴らは今はただの人間だ」


部隊の先頭に立っていた男が周囲に命ずる、一斉に襲いかかる部隊、その中の1人がバックフジ君の襟首を掴み、こちらに駆けてくる、何が起こったか理解しきれていないバックフジ君が混乱の中でこちらに向かって投げつけられた。


「キャンセラーは切ってます、今のうちです」


その“協力者”の呟きを聴いてか、部隊員の間を縫ってナユタン星人さんがこちらに近づいて来た。


「協力させてもらいます」

「ナユタン君! 何のつもりだ!」


じんさんの叫びに振り向いたナユタン星人さんがバックフジ君の肩に手を掛けながら叫び返した。


「最初に言った通り、ボクはこの身体を『僕』に借りている身です、だから『僕』が助かる道をボクは選び続けます」


スッとこちらに手を差し出すナユタン星人さん、無言でその手を掴んだトーマさんに倣ってJunkyさんも手を重ねた。


「恩義は感じているので、いずれ、助けに行きます」


険しい表情のナユタン星人さんの顔を見て、僕は「本当にいいんですね」と問いかけた。


「借り物の身体を傷付けるのは僕の故郷では最大の禁忌ですから」


彼に何があったのかは分からないが、彼には彼なりの事情があるのだろう、僕は頷き、Junkyさんの手の上に手を重ねる、視界が赤く歪み、辺りの景色が様変わりした。


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EZFG

異能

6-スレッドネイション:糸を自在に操る異能、指定した箇所に糸を張る事ができる上に、直接触れた物体同士を縫い付ける事もできる。糸はかなり頑丈だが、異能による切断と炎には弱い。


Neru

異能

3-イドラのサーカス:身体能力を大幅に向上させる異能、アクロバティックな動きを可能とする。

複合異能

ロストワンの号哭/脱法ロック:発動すると本人が最も見慣れたレスポールが出現する、レスポールによる攻撃の衝撃はDECO*27の『ストリーミングハート』によって出現するバールに匹敵する。 攻撃の直撃を免れても、周囲に居た者に脱法ロックと同等の効果をもたらす事もできる。


orangestar

異能

5-突風マニュアル:任意の位置に任意の方向から突風を吹かせることができる異能。

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