secret track-少年の押入れ
「DECOくん、これ僕も一緒に行かなきゃいけないの?」
「あれだけ何でも出てくる押入れに1人で行くなんて恐ろしいじゃないか……」
空っぽの部屋の奥で存在感を放っている押入れの引き戸を前に、いい大人が完全にビビり上がっているのがとても滑稽だと、声に出さずに感想を浮かべる。
しかし、以前少しの間ここに居たが、それから長くここに居ない間に随分と入居者が増えたものだ。
「あれだけと言われても、僕つい最近まで囚われの身だったわけで、ほとんど何も知らないんだけど」
「君の救助作戦のあった日の朝、あの子は押入れから出て来たらしい、すごく生活感の漂う押入れからな」
何度か聞いてはいたが、あの少年の押入れはこの拠点に出入りする人たちの一部の間ではちょっとした都市伝説のようなものになっているらしい。
「Neruくーん、居ないのー?」
隣で友人が叫ぶ、押入れの中の人を呼び出す声量じゃない、しかし反応は無かった。
「居ないんでしょ、僕戻るね」
「いや、奥に居るかもしれない」
「奥って……あのね、押入れだよコレ、奥なんてそんな──」
僕の言葉を聞かずに友人がそっと引き戸を開けた、奥の壁に鍵やら何やらが掛ってて本当に生活感が溢れてる、というか、この中で生活できてるのかと疑問に思うほどスペースが広めに取られているが……
「見てコレ……完全に玄関だよ……」
押入れの下の段を見た友人が完全に引いている、揃えられた靴と玄関マット、本当に玄関みたいだ、多少天井が低いようだが。
「というか、話に聞いてたのと違う気がする」
『玄関』から覗き込む友人に倣って押入れの見えない位置を覗き込む、その時僕は妙な違和感を覚えた。
「なぁ、40くん、おかしいと思わないか?」
「DECOくん、僕も訊こうと思ってたとこだよ」
押入れの奥に、扉がある。
その光景は既に僕の理解の範疇を超えていて、頭の中は「帰りたい」という4文字で一杯になっていた。
「DECOくん、その扉の向こう側きっと壁だよ、戻ろうよ」
靴を脱いで押入れに入り込み、扉に手をかける友人に声をかける、キチンと押入れのサイズに合わせた扉になっている辺りが色々と不気味だ。
「40くん、これ内開きだよ……壁なんてないよ……」
キィと音を立てて扉が向こう側に開く、もう後に引けないのだろうか、こうなったらちょっと向こう側を覗いてみたくなってきた。
「向こう側が雪に覆われた森だったらどうしよう」
「DECOくん、そのネタ大丈夫なの?」
大人2人でグイと押入れに入り込む、扉を抜けると、細長い通路に棚が置かれ、荷物が所狭しと並んでいる光景が目に飛び込む。
「俺知ってる、A●azonの倉庫だコレ」
「あんまりそういった名前出さないでよ……」
しかしこうして見ると薄暗くてちょっと気味が悪い倉庫だなと思いながら足を進める、隣でキョロキョロする友人がどうしてもNeru君に用があると言って僕を引っ張って来た訳だが、なるほど、これは同伴者が欲しくなるわけだ。
「あれ、DECO*27さんに40mPさんじゃないですか」
後ろから声をかけられ、友人が隣で悲鳴を挙げる。
声の主はすぐに分かったので、僕は落ち着いて振り向いた。
「Neru君、何なのこの押入れ……というか、この倉庫……」
「押入れギチギチに荷物詰めてて生活スペースが圧迫されていたのを見兼ねたトーマさんが拡張してくれたんですよ、押入れを1つの建造物だと無理やり定義付けて」
一通りビビり通して落ち着いたDECOくんが息を切らしながら僕の腕に掴まって立ち上がった。
「ド●えもんもビックリだよ、この押入れなら本当にリンちゃんたちが眠ってそうだね……」
「テーマ外の固有名詞出すのやめてよDECOくん」
* * * * *
「ヒーターのためにここまで連れて来られたんだね……」
「部屋のが壊れたからねぇ」
ヒーターを抱えながら倉庫を歩く友人はそう言って笑った。
先導する少年が「インターホン押したら出たんですけど」と言って苦笑いをした。
「しかし、生活の痕跡が見当たらないけど、Neru君はどこで生活してるの?」
少年は出口の隣にある引き戸を指差し、僕らは2人そろって納得すると同時に呆れたといった声を挙げた。
「あぁ、押入れか……」
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