track 07-大逆転のsign

「簡単だよ」

「よし、僕が行こう」


犬丸と呼ばれた男がコンクリを抉る打撃を叩き込む、ここまで来て俺は彼らの会話に感じた違和感の正体に気が付いた。

発言の最後の文字と次の人の発言の最初の文字が一致している、平たく言うとこの人たちはしりとりで会話をしながら戦っているのだ。


戦闘を観察していて1つ気付いた事があった、目の前の女の異能、故にユーエンミ─は、1度に2つの事柄までにしか作用しないらしい。

4人組のうち3人が同時に攻撃した時、彼女はその内の1つの攻撃を受けてしまっていたのを見て気付いた。


辺りを見渡して突破口を探す、このまま逃げる事も出来なくはなさそうだったが、市街地なだけあって逃げ惑う人々を上手く使った妨害に遭ってしまう、あくまでも異能者は逃さないつもりらしい。


「きゃっ」


ドサッという音と共に小さな悲鳴が聞こえる、振り向くと逃げ遅れたと思われる小さな女の子が転んでいるのが見えた。

その直後、俺の隣を突風が抜けていく、いや、風じゃない、かなりデカい瓦礫だ─

瓦礫の行く先にはあの女の子がいる、助けるべく駈け出すが、追いつけるはずもなく、瓦礫に追いついたとしても助ける術など持ち合わせていなかった。


「危な─」


俺が叫びかけた瞬間、女の子と迫り来る瓦礫の間に1つの影が割って入った。


『脳漿炸裂ガール』


一瞬の光と共に空中にいくつもの文字が浮かび上がり、カミソリの刃のような形を形成する、それにブチ当たった瓦礫は、無残にも砕け散ってしまった。


「お兄さん、ちょっと遅かったね」


文字の盾の後ろに立つセーラー服を着た女子高生がバカにしたように笑った。

ふと疑問が浮かぶ、今頭に浮かんだタイトル、もちろん知っているが、出てきた異能そのものは別の曲、というか別のPの曲に出てくるモノだ、なぜこんな矛盾が起こるのだろうか、この子はいったい誰なのだろうか。


「ねぇ、それ猪鹿蝶の袋でしょ?」


怪我をして泣いている女の子を宥めながら彼女は俺が持っている袋に目をとめた。


「中身は無事なの? 私そこのマカロン大好きなのよね」


ドカドカやりあう5人を気にもせず、女の子を担ぎ上げてこっちに歩いて来た。


『脳漿炸裂ガール』


今度は彼女の頭上に真っ赤な旗が浮かび上がる、旗の下に女の子をそっと降ろした彼女は女の子に微笑みかけて「ここにいれば安全だから、助けが来るまで待っててね」と言った。


「初めまして、私は……「れるりり」って言えばわかるかな、あなたやあっちで戦ってる人たちと同じボカロP」


スッと右手を差し出す彼女に俺は疑いの目を向けた。


「君、今使った異能ってどっちも同じ名前だったけど……なんで違う効果が出てたの?……本当に君はあのれるりりさんなのか?」


少女はムッとした顔をして手を引っ込めた。


「そういう能力なのよ、私の『脳漿炸裂ガール』はの力を借りる異能、だから違うチカラをいくつも使えるの」


そういうと彼女はこっちを見たまま背後から再び飛んできた複数の瓦礫を、文字の盾で止めた。

カミソリの刃の形をした盾を背後に、彼女は不敵な表情を浮かべる。


「あなたがどれだけ疑問に思っても、できちゃうものは仕方が無いのよ」


理由になってないが、不気味に赤く光るその右目を見ていると、不思議と信じる気になってしまっていた。


「なるほどねぇ、Coちゃん、ここから逃げようとする異能者に優先的にチカラを使ってるみたい」


試しに戦いの場所から遠ざかろうとした彼女の目の前に瓦礫が降ってきたのを確認して彼女はそう呟いた、身体張った検証にもほどがあるだろとハラハラしたが、彼女にはあの妙な異能があるから大丈夫なのだろう。


「あのお兄さんたちに勝ってもらわなきゃね」


重力と事象を操作する女を相手に、しりとりを武器にして戦う4人に視線を移す、どう見ても勝負がつく気配がしない、むしろ一歩間違えば4人組の方が劣勢になってしまいそうだ。


「まぁ大丈夫よ、あの子の助けも来るはずだし、あなたのその袋の中身次第では面白いことができるよ」


そう言って彼女は俺の手から紙袋を掠め取ると中身を確認した。


「おっお兄さん派手に転んでた割に中身はちゃんと無事ねぇ」

「ちょっと君……」


俺が何か言う前に彼女は中の箱から中身を3つほど取り出した。


「マカロン、3つもらうね」


片手にマカロンを3つ摘んだ彼女はこちらを見てウインクする、そして近くに転がっていたペットボトルを4人組のうちの犬丸と呼ばれていた男の方に蹴飛ばした。


「うおっやべえ」


しりとりを継続させながらも、犬丸さんが転倒してしまう。


「絵に描いたようなドジ踏むな! 早く行け!」


犬丸さんに迫る瓦礫、体勢を崩したままの犬丸さん、周りの手の届く範囲には味方は居ない、この女子高生は彼らを助けるつもりじゃ無かったのか─


『猪突猛進ガール』


「はい、大逆転」


彼女の手元のマカロンがフワリと光る、同時に犬丸さんに迫る瓦礫が粉砕された。

瓦礫を貫いたバツマークの物体はそのままどこかへと飛んで行った、あのマークは……!


振り向くと、ささくれさんとピノキオPが近くのビルの陰からこちらへと歩み寄ってきているところだった。


「ささくれさん……!」


「Junkyくんの謎センスペアキーホルダーもたまには役に立つんだね」


ピノキオPが笑う、ささくれPの隣には片目が花で隠れた少女が浮かんでいた。

ささくれさんが片手に持つキーホルダーと同じ物を肩に降りていたカフェオレ生物が掲げる、どうやら何かの異能を使ってこの場所を探り当てたようだ。


「捲土重来!」


後ろで犬丸さんが叫ぶ、すると周りの空気が一気に変わった。


「あら、囲まれちゃったみたい」


重力を元に戻して瓦礫の破片から身を守っていた女が残念そうに言う、振り向くと、既にその決着が着く直前まで事が進んでいた。


「「「「来世でまた遊びましょう!」」」」


声を揃えて叫ぶ4人、その攻撃は全て彼女へと命中、クリーンヒットした。


ドサリと音を立てて気を失う彼女、その瞬間に周囲に浮いていた瓦礫が一斉に降ってきた。


「しょうがないなあ」


最初に吹き飛ばされた芝井さんが呟く、すると周囲を覆っていた異様な空気が消え去った。


「君たち、これはどういう状況か教えてもらえるかな?」


ささくれさんが珍しく刺さるような声で問いかける、大通りはメチャクチャになっていて、遠くからサイレンが近付いてくる音がしている。


「この子から喧嘩売ってきたんだよ、仲間になって一緒に政府潰そうとか言い出すから断ったら絶対逃がさないとか言い出してさ」


それじゃ、日も暮れるし俺たちは帰るよと言い残し、彼らは止める間もなく早々にどこかへと走り去ってしまった。


「どうするささくれ君、彼女、じんくんと一緒に行動してたただのCoちゃんだよね?」


横たわる彼女はただのCoというボカロPらしい、そういや何度も曲聴いたっけ。


「そうだ、もう1人異能使ってる人が……」


辺りを見回すが、もうあの女子高生はどこにもいなかった。

代わりに紙袋の中に「マカロンごちそうさま〜またどこかで会おうねー☆」と書かれたメモが入っていて、マカロンがさらに3つ持ち去られているのに気付いた。


「どうしたの?」

「いえ……なんでもないです、それより、どうしてここが?」


俺の質問を受けて、ささくれさんが俺の肩に乗っているカフェオレ生物からキーホルダーを受け取った。


「これさ、Junky君が前にお土産で買ってきたペアキーホルダー、こっそりカフェオレちゃんに持たせてたんだ、それを僕の異能の「ロストエンファウンド」で見つけ出したってワケ、ペアの片方を見つけ出す能力なんだけどね、近くまで来たらあんな派手にやりあってるんだもん、そりゃ見つかるさ」


そう笑ったささくれPは俺の後ろの方へと目を移した。


「Coちゃん、もう迎えが来たのかな、ナユタン君は仕事が早いからねぇ」


振り向くと倒れてたただのCoさんが消えていた、サイレンがもうかなり近くまで来ている、俺たちも早く逃げなきゃ。


「さっきの彼らじゃないけど、日も暮れたし帰ろうか」


ピノキオPがそう言って歩き出す、俺とささくれさんはその後に続いて夜が迫る街へと歩き出したのだった。


────────────────

犬丸芝居小屋

異能

2-マジックワードはKDCL:自分を含めた仲間4人がいる時のみ有効、会話をしりとりで継続する事で絶大なパワーを発揮できる。「捲土重来」は会話が続かない時のパスの代わりであり、大技を叩き込むトリガーとなる言葉となっていて、直後に「来世でまた遊びましょう」と続けると大ダメージを与える事が可能。


れるりり

「脳漿炸裂ガール」が大人気なボカロP。自身がプロデュースしたシリーズ「地獄型人間動物園」との作中での関係は……?

異能

1-脳漿炸裂ガール:本人曰く「彼女たち」の能力を借りる能力、詳細不明。

2-猪突猛進ガール:何かを3つ以上揃えるといろんな状況を大逆転させる事ができる異能。


sasakure.UK

異能

6-ロストエンファウンド:どこかにある「ペアの片割れ」を見つけ出す異能、片目が花で隠れた少女が異能の本体。

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