第18話 遭遇④
ノルマンさんはぼくらを追い越すとそのままサイクロプスに突進していった。サイクロプスは既に二撃目の用意をしているが、そんなのはお構いなしとばかりにさらに足を速めた。
石斧の一撃を通り越し、ノルマンさんはサイクロプスの右足首にへばり付く。一閃。ノルマンさんが大剣を振るうとサイクロプスは膝をついた。そこからはノルマンさんの独壇場だった。
両足の腱を切って動きを止める。両手首を切りつけ武器を落とす。もがくサイクロプスをものともせず確実に剣戟を当てていく。
それは傍から見ているとさして難しいことを行っているようには見えない。けれどその一太刀一太刀の正確さとノルマンさんの固く結ばれた口元を見ていると決してたやすく行っているものではないと分かる。
きっと彼はぼくたち以上に魔物の怖さを知っている。やつらの攻撃が例えまぐれでも当たれば致命傷になりえることを知っている。
だから丁寧に、そして確実に剣を振るうのだろう。これ以上ない程に神経を尖らせて、指先一つ、眼球の動きまでさえも見逃さないようにしているのだろう。
そうするからこそ楽に戦っているように見える。無駄のない動きをしているからこそ止まることのない川のような動きができるのだろう。
ぼくはただノルマンさんの戦いに見とれてしまっていた。もう逃げなくていいと思った瞬間に足の疲れが一気に襲ってきたということもここを動かない一つの理由ではあるがそれ以上にノルマンさんの動きは綺麗だった。
ほどなくして先ほどまではぼくたちに大きな恐怖を与えていたはずのサイクロプスは、動かないただのものになった。表情は一つも変わっていないものの、ノルマンさんの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「大丈夫だったか、トーリ」
振り向いたノルマンさんの白い衛士服は返り血で少しだけ赤く染まっていた。けれどぼくはそれに怖さを感じなかった。助かったという安心感に満ちていたから。
「はい、大丈夫です。助けてもらってありがとうございます」
「私からもお礼させてください。ありがとうございます」
ぼくを促し、背中から降りると彼女もぼくに続いてノルマンさんに頭を下げた。
「いいって、気にすんな。それが俺らの役目だしな」
そう言ってノルマンさんは笑った。その表情はとても暖かくて、生きていることを強く意識させた。そのあと辺りを見回してぼくに問う。
「ナオトはどうした」
言われた瞬間自分の顔が曇ったのが分かる。ミズノさんの顔も同じようになっているのだろうか。罪悪感がこみあげてくる。
「ここまで来る前にもう一体のサイクロプスと遭遇したんです。その時にナオトはぼくらを逃がすためにその場に残ってくれて……」
「サイクロプスと戦ってるってわけか」
ノルマンさんが苦々しく唇をかんだ。自分がサイクロプスと戦っていた時よりもつらそうな顔をしている。それほどまでにナオトの身を案じているのだろう。
「馬鹿が……」
その言葉は自然に漏れてきてしまったようで、何ならノルマンさんも自分の声に気付いていなかったのかもしれない。しかしぼくの耳はその言葉を拾ってしまう。
その言葉は決してナオトを叱っているような口調ではなかった。ノルマンさんだってわかっているのだ。衛士としてナオトは正しい判断をしていると。そんなことぼくら以上にわかっているだろう。
それでいてもなおきっとその言葉をせき止めることは出来なかったのだろう。ナオトを心配するからこそ出てしまったのだ。そしてその言葉の矛先はたぶん自分にも向かっている。
自分があの時許可しなければ。そう思っているのだろう。
その気持ちは痛いほどわかった。
何よりぼくのせいでこの出来事は起こっているのだから。ぼくが森に入ろうと言わなければそもそもこんな事態になるはずがなかったのだ。ぼくの我がままのせいで。
気づけば拳を握りしめていて、爪が手のひらに食い込んでいた。それはじんわりとした痛みをぼくにもたらしていて、でもそれでは罰が足りないと思った。
背中から温かい感触が胸の奥の方まで伝ってきた。
ミズノさんがぼくの背中を手で押してくれていた。
その手のぬくもりがなによりも頭を晴らしてくれた。今ぼくがするべきことは嘆くことじゃない。
「ノルマンさん、ぼくがナオトのところまで案内します」
ぼくが今できるのはナオトを一秒でも早く助けることなんだ。もう一度ナオトと話せるように、もう一度笑いあえるように今すべきことはノルマンさんを少しでも早くナオトの元へ連れていくことだ。
どこまでも他人に頼らないとなにもできないのだと思い知る。自分の不甲斐なさに辟易する。
「だがそれではトーリ、お前がまた危険にさらされるかも知れないだろ」
「それでも!」
つい声を荒げてしまった。気が逸ってしまった。早くしなければという思いばかりが先に行ってしまっている。
一度目を瞑り、心を落ち着ける。
「ナオトを早く助けるためです。ぼくがナオトの居場所まで案内した方が早く助けられます。それにノルマンさんがいれば危険なんてありません」
真剣な表情から笑顔に変える。きっとこの言い方ならノルマンさんは飲んでくれる。なによりナオトを助けたいという気持ちは同じだ。少しでもナオトの生還率を上げようとするならばこの提案をのまないはずがない。
一瞬の沈黙があってからノルマンさんはため息をついた。そのため息に否定のニュアンスは含まれていない。ただ呆れたように、それと同時にぼくを認めたような感じのため息だった。
険しかったノルマンさんの顔が崩される。ぼくは確信する。
「ほんと懲りないやつだな。だが、言ってることは一理ある。案内を頼む」
ノルマンさんの苦言に罰が悪くなり、苦笑を浮かべる。けれどそれよりナオトを早く助けたいという気持ちが今にも走り出しそうになる。
背中に当てられた手を思い出す。
「そうだ、こちらのミズノさんが足を挫いてしまっていまして。村の診療所に送ってあげないといけないのですがどうしましょう」
「そっちの嬢ちゃんか。分かった。ちょうど今、他のやつらが追い付いてきたみたいだからそいつらに診療所まで送り届けさせるよ」
そういうと本当に今まさに追い付いてきたばかりで心なしか息が切れている衛士たちに声をかけてくれた。彼らはぼくらの肩にもたれかかっていたミズノさんに肩を貸した。
心落ち着く温もりがぼくから離れる。そして衛士たちとともに村の方へゆっくりと引き返していく。
「ミズノさん!」
彼女の背中に声をかける。
「お見舞い行きます。また会いに行きます」
彼女が足を止めて振り返る。そしてぼくに向かって微笑んでくれる。ただそれだけでこれまで感じていた恐怖が報われた気がした。生きている。そう感じられた。
「ノルマンさん、行きましょう」
「おう」
それからぼくらはナオトの元へ急ぐ。
コナラの間を抜け、青々と茂るクヌギの木を右に曲がる。木の色と同化した大きなきのこと伸びきったシダをしり目にぼくらはひた走る。ナオトを助けたい。ただその一心で。
「そう言えばノルマンさんはどうして森で何かが起こっているってわかったんですか?」
「ああ、信号弾が見えてな。ナオトに持たせておいて正解だった」
またナオトに助けてもらった。借りばかり増えていく。
きっとナオトにこんなことを言ったら、別にそんなの気にしてないというんだろう。けれど今日だけでぼくはナオトに何度助けてもらったのだろう。
何としてでもナオトにもう一度料理を作ってあげなくてはならない。何が好きか聞いて、作ってあげなければいけない。もし作れないものなら必死に練習しよう。作れるものなら今までに作ったどの料理よりも美味しいものを作ろう。
だからナオト。どうかぼくらに元気な姿を見せてくれ。
苔むした大岩の先。地面がえぐれている。ここだ。最初のサイクロプスに会ったところは。
視界が一気に開ける。鬱蒼としていたはずの森に広場のようなところが出来ている。サイクロプスが木々を薙ぎ払ったのだろう。
そこにナオトはいた。
赤い。赤い、血だまりの中で。
うつ伏せで。
ナオトはいた。
「ナオト!!!」
悲痛なぼくの叫び声が森に響いた。
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