12-3 対峙③~砦・霞兄妹及び大島・袖ヶ浦両家~
神楽坂真守の提案から一週間後。要達の住む町の郊外、とある料亭にて。
「いかん、緊張する……」
「要兄、落ち着いて……」
一室にて二人が待つのは、大島・袖ヶ浦ご両家の夫妻。即ち、双方の両親である。この日ばかりは要も雫も、普段は着慣れない和装に身を通していた。なお、着付けについては春野に頭を下げて紹介して貰い、料金を差し出すことで事なきを得た。無論、紹介料も支払った。
(だからこそ失敗できない。粗相も出来ない。ここが正念場だ……)
要は黒の袴の裾を握り締め、顔をしかめた。痺れた足すら、今は気にならない。隣では雫が、不安そうな目で要を見ていた。
「お連れ様、到着致しました」
空気を破って障子が開き、女将が二人に一礼をした。現れたのは四人。
大島要の父、砦。そして母、
袖ヶ浦雫の父、
全員が全員、和服に身を包み、しずしずと入室した。それだけで、要の背には汗が流れた。
(裁判ではないはずなのだが)
何故嫌な感覚なのか。要には今一つ分からなかった。後ろ暗いことはしていない。むしろ一緒に暮らし、交際している以外は、なんら行ってはいない。抱いてもいない。
霞と目が合った。彼女は要に向かって微笑みかけた。不意にあの日の出来事を思い出した。背中の汗が、更に勢いを増す。要は、決意した。
「申し訳ありません。お話の前に、一度お手洗いに行かせて頂きます」
(逃げを打ってしまった……)
手洗いの水に手を晒しながら、要は後悔していた。場に押され、人に押されて。思わず決断してしまった。自責の念が、己を苛む。鏡を見ると、顔が蒼白になっていた。それでも、行かなければならない。ドアを閉め、トボトボと歩き出す。
「要兄」
前方で声がした。そこには、愛する人が居た。
「遅いから様子を見に来たの。……。キス、しよっか」
要の顔色を見た彼女は、意外な申し出をしてきた。
「……」
黙したまま、要は一歩を踏み出した。ジリジリと、距離が狭まる。それを雫が引き寄せ、唇が重なった。
「んむ……」
「ぷぁ……」
今までよりも深く。何度も。貪るように。互いが互いを絡め取って。長く、深く。そして永遠にも思えた数秒間が過ぎ去った後。ようやく呼吸が解放される。
「はっ……はっ……」
心臓が跳ね、浅い呼吸が続く要をよそに、雫は寄り添い、笑顔で告げた。
「要兄、大丈夫。私がついてるから。きっと、きっとうまくいく」
結果から言えば。全ては尽く無事に終了した。要が内心で想定し、算段を組み立てていたトラブルや内紛、無理難題は一切発生しなかった。ともあれ、両家調整の上で婚約式の日取りも決定し、要はそれを、神楽坂真守に連絡したのであった。
「……ぶっは! 緊張した! すげえ緊張した!」
釣瓶落としの日も落ちて、ようやく帰宅した要達。半日以上着ていた和装を脱いだ瞬間、それまで溜まっていた空気が、急に漏れ出した。
「私も! あー、無事に済んでよかった~……」
要の声が聞こえたのだろうか、雫も部屋から飛び出し、下着のまま要の隣に座った。
「でも、要兄には罰ゲーム」
ニヤリとしたまま、少しずつ距離を詰めて来る。なにをしたというのだ。
「服、着て来いよ」
「謝ってくれるまでやだ。和装、全然見てなかったもん」
「……。あー。ごめんなさい、緊張していてとても見てられませんでした」
要は素直に頭を下げた。待機中も、キスの時も、会合中も。全てにおいてそこまでの余裕がなかったのだ。
「ふふっ……。ま、それが要兄だよね。でもね?」
雫は笑顔で要を許した。そして、耳を近付けるように要求する。口元まで降ろした耳に、鈴の鳴るような声が響いた。
「ウェディングドレスは、ちゃーんと見てね?」
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