10-2 早過ぎた再会
「お邪魔しております」
その声に要は自分の心が冷えていく感覚を得た。まさかのまさかであった。忠告を得て早々にこの男と向き合うことになってしまうとは。
「随分と久し振りだな、追儺」
友人として型通りの挨拶を行いながら、要は目線で追儺の意図を探った。無論雫には悟られないように気を配っている。
「そうだね。暫く世間から離れていたんだ。今日はたまたま近くに寄ったから、覗きに来たんだ。驚いたよ、こんなに可愛い子、どこから捕まえたのさ」
『元』友人の声色は実に自然だった。あの時見せていた狂気は、欠片も感じられなかった。即ち。
(いかなる意図であれ、少なくともこの場では『暫く会っていなかった友人』として振る舞うのか)
要は内心で安堵した。この場で暴れ出したり、危害を及ぼすような行動に出るのでなければ、この後で言いようは幾らでもある。と、なれば。
「なあに、親戚だよ。親戚。ちょっと頼まれてな。なんにもしてないぞ?」
誉められて僅かに照れている雫の横に座り、耳元でそっと話を合わせるように伝える。雫は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに小さく頷いて。
「はい。都合があって、今はこちらに住まわせて貰っているんです」
少しだけ歪曲した事実を語ってくれた。
結局、そこから先は何事もなく事は運んでくれた。当初こそ緊張してしまった要であったが、意図を読み取ってからは努めて笑顔で振る舞い、最後までかつてのように友人として追儺に接した。追儺もまた、狂気を見せることもなく、徹頭徹尾懐かしい友人としての言動に終始した。
「もういい時間ですね。そろそろ……」
「ん? まだ九時じゃないか。もう少しどうだろう」
「いえ。明日もありますので。今日はご馳走までして貰って、すみません」
そんな形通りのやり取りを経て、座はお開きとなった。要は階下まで追儺を送って行く。
「いい親戚の娘じゃないか」
階段の最中、追儺がポツリと口を開いた。
「色々と良くやってくれているよ」
要もそれに応えた。最近は熱帯夜も減り、過ごしやすい季節になってきていた。
「……大事にしろよ?」
「言われなくとも」
そうして二人は、階段を降り切った。
「じゃあまた、近い内に」
「そうだな」
軽く言葉を交わし、追儺は足取り軽く夜道へと消えて行く。それを見送った後、要は一気に肩の力を抜いた。が。
「まだだ……。言い含めないと」
気を抜けば座り込みそうな体を踏ん張り、階段の手すりを支えにして、要は部屋へと戻って行く。果たして、玄関には愛する人が笑顔で居た。
「おかえり」
「……済まんな。アレが、いつか話した、俺を」
「殺そうとした人?」
そうだ、と頷きながら要は冷蔵庫の中を探った。ざわつく気持ちをどうにか鎮めたい。出来ることなら泥のように寝てしまいたい。しかし。
「酒は置いてないよな……」
冷蔵庫漁りを諦め、要は席についた。心を奮い立たせ、語る。
「自衛をしていなかったのは俺が悪い。だが、忠告を貰った途端にこんな事態になるとは思わなかった。先手を取られた」
要は頭を掻いた。ざわつきが治まらない。有り体に言ってイライラする。そんな気持ちを逆撫でするように、声が、飛んで来た。
「じゃあなんなの。あの人入れない方が良かったの?」
「そんな事は言っていない。むしろ俺の責任で……」
「言ってるよ」
要のざわつきが投影されたのか、雫も眉を吊り上げていた。その顔を見て要は、もう一度頭を掻いた。
「……きちんと話をしようと思ったが、今は頭を冷やして来る。戸締まりをきちんとして早めに寝て欲しい」
ため息を吐き、玄関の戸を開ける。もう一度だけ注意を言い含めて、要は外へ出た。空に浮かぶ月が、僅かに陰りを覗かせていた。
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