始末屋5


 こういうの本業じゃないんだけどな。


 男に馬乗りになって顔面を殴り続ける。

 こいつちっとも吐きやしないどういうことだ? 見当違いだったか。ただのチンピラにしちゃあ義理堅すぎる。


 まあいい、どうとでもなる。こいつの後ろにいるやつを引っ張り出せればそれで十分だ。

 俺の見立てじゃこいつはヤクザじゃない。ただのチンピラだ。


 組の人間が関わっていることは分かっている。

 小娘の父は今の若頭と兄弟さかずきを交わしていた。しかしそれを快く思わなかった別の若いのが、財産目当ての親戚連中を炊きつけて暗殺させたんだろう。


 今のヤクザは、特に若いやつらは義理やら貫目やらより金優先だ。

 多少は面子メンツも気にするけれど。

 それにしても無茶むちゃをしやがる。どうなってんのかね。小娘の父と言っても若造ではない。40かそこらだったはずだ。自分てめえの兵隊もいただろうに。情報屋からもらったデータだと組長オヤブン派閥の若い衆がきつけたらしい。内部抗争でもしてるのか?


 小娘の父は最近勢力を伸ばしてきた人間のひとりだ。フロント企業で荒稼ぎしているインテリ経済ヤクザの一人。組の中の立場としては悪くない稼ぎ頭だったはずだ。

 フロント企業の幹部。そいつを取り込んだ若頭の勢力がどうなるかはわかりやすい。古参連中にはよほど気に食わないことだったんだろうね。俺にはそんなこと関係ねえけれど。


 さて厄介なことになってきた。ヤクザを相手に戦争なんてしたくはねえ。ましてや内部構造に首を突っ込むつもりもない。落としどころが難しい。


 一度整理しよう。


 最近ヤクザの幹部に昇進した男。そいつが殺された。犯人は分からない。親戚連中は男がヤクザだってことを知らない。ただ企業で昇進して小金持ちになった。途端に嫁さんもろとも交通事故。残ったのは小娘一人。成人するまでの後見人という立場で金をむしろう・・・・としたんだろう。

 上手うまくいけば、その親戚だけをどうにか・・・・すれば娘一人が普通の生活に戻る、というのも不可能ではない。親はいないけどな。

 悪くすればきつけたがわのヤクザが首を突っ込んでくるかもしれない。こっちにも後ろ盾が必要だ。といって敵対するヤクザを引き込むわけにもいかない。理想は企業がバックにつくことだ。それもヤクザ相手に立ち回れる企業。

 小娘が売れるもんでも持ってりゃ話は楽だったんだが。


 ヤクザのフロント企業。その重役。普通なら報復が怖くて誰も手を出さないだろう。

 だが知らないってのは恐ろしい。親戚はさっくり交通事故をでっち上げて殺しちまいやがった。


 復讐ふくしゅうだ、報復だ、と気炎を上げる若い連中を抑えるのも骨が折れた事だろうよ。若頭の兄弟分が死んで、一応は交通事故ってことになってる。組の古参連中が怪しいが、内部でドンパチしている場合でもない。

 組長か若頭か知らないが、抑えたやつはよほどわきまえてる。焚きつけた側ならこれで鎮火してくれればよし。若頭側なら、いま内部抗争をしている場合じゃない。

 なんにせよヤクザあいてにドンパチしないですむならそれに越したことはない。親戚連中の弱みを握るか潰すかして小娘の身の安全を確保すればそれでいい。ヤクザがこっちに首を突っ込んでくるのを抑えられればどうにかなる。

 情報屋をあたって、ヤクザの内部情報を抜いてもらうか。あとは爆弾・・になるようなもんを小娘が持ってないか確認だな。焚きつけたヤクザの顔を偶然見ていた、とかあったらたまったもんじゃない。


 まずはこのチンピラと親戚の関係を確認だ。


 拳についた血を相手のシャツで拭いながらこれからのことを考えよう。

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