ビジネスホテル

 その無骨なビルは防犯カメラのない・・安全なホテルだということは確認している。


 ネットで予約し、代金ポイントは支払い済み。その後は端末デバイスをオフラインにしてホテルのあるビルに向かう。

 現地に着いたらチェックイン。ちらつく蛍光灯と煌々こうこうとしたLEDランプの混在したフロア。無人機に端末デバイスをかざすと、非接触通信で支払い情報が引き渡されルームナンバーが視界ARに表示される。エレベーターに乗り、指示された階でりる。経営ソフトに自動で割り当てられた部屋に向かう。

 視界AR上書き表示されたネオンブルーの案内ナビラインをたどり、部屋のドアの前に立つ。ここまで誰ともすれ違っていない。このビルに宿泊客は俺一人なんじゃないかという妄想が浮かぶ。

 部屋のドアも端末を読み取り機リーダーに押し当てて解錠。登録すれば手首のIDチップでも解錠できるようになるが、支払い番号とIDとひも付けないのは用心のためだ。後から痕跡を読まれたくはない。

 端末なら最悪でも壊して捨てるか燃やすかすればいい。しかしIDチップだといざという時には手首を切って取り出すか金を払って書き換えないといけない。適当なIDを書き込んだカードを用意すればよかったが後の祭り。それに非埋め込みIDチップや偽造IDタトゥプリントの使用は非合法だし扱う業者も少ないから金がかかりすぎる。


 部屋についたら荷物バックパックを下ろす。四畳程度の狭い空間にベッド、机と椅子に壁面モニターが押し込まれている。クローゼットはシューズスペースの壁に二着掛けたら一杯だ。窓はない。

 シャワーやトイレとランドリー、食堂代わりの自販機はフロアごとの共用スペースにある。共用スペースへの入室もいちいち端末を読ませて使用権パーミッションを確認させる必要があって面倒この上ない。

 だが一度ホテルの内部に入ってしまえばどうとでもなる。まあそこら辺はなじみ・・・の技術屋にまかせるが。


 一泊分の会計は済ませてあるが、ここから最低で一週間は身を隠さないといけない。部屋から一歩も出ないというわけにもいかないのでシャワーやランドリーくらいは利用するが、建物の外には出ない。

 端末がオフラインなので新しく手に入る娯楽は何もないが、見つかって殺されるよりはマシだ。一週間分の圧縮食料と水、着替えはバッグに入っている。

 初日はシャワーを浴びて安いビールもどきを飲んで寝てしまう。


 朝起きてドアのロックを確認。食事ともいえないレベルの栄養を取り、持ち込んだ端末とARヴィジョンで本を読んだり映画をたり。腹が減ったらエサを食ってトイレに行って、かるくシャワーを浴びて部屋に戻る。部屋のロックを確認して寝る。たまに換気扇を回して煙草タバコを吸う。灰皿はビールもどきの空き缶だ。ここを出られるのはいつになるか。連絡を待ちながら一日を無為に過ごす。ここでは何の物音もしない。本当に他の宿泊客はいないようだ。壁面モニターには環境VRが映っている。


 たまには街でなにか美味うまいものを食うとか風俗で吐き出すとかストレスを発散したいが、いつ殺されるか分からない状態で生身からだを他人にさらしたくはない。なので窓一つ無い、セメントのおりの中で身を潜めて時を待つ。



 十日を過ぎた頃。昼と夜との感覚も曖昧になってきたあたりでフロントから荷物が届いたという通知が視界ARうつる。急いで荷物をまとめ、バッグを担ぐとエレベーターに乗る。エレベーターが荷物受け取りのフロアに到着。ドローンをオートドライブにして先行させる。だれもいないな。

 青白い光の中、血や吐瀉物で薄汚れたコンクリき出しのフロア。定期的に清掃されているはずだが染みついた汚れは洗い流しきれていない。

 壁にスプレーされた案内のステンシルに端末を押しつける。壁の一つにランプが光り、赤いラインがコンテナまで案内してくれる。

 壁に並んだ透明ポリカーボネートの扉。指示された扉の中にはダンボール箱とそれにマスキングテープで乱雑に貼り付けられた封筒。端末を操作すると扉のロックが外れる音が響く。

 箱から引き剥がした封筒を懐に入れ、ダンボール箱を担ぐ。ドローンは折りたたんでバッグの中だ。適当なフロアに移り、手近なドアに端末を押し当てる。数秒後にはドアが開く。

 技術屋に頼んで作ってもらったロックブレイカーだ。利用者がいない部屋ならどこでも架空の人間が借りた部屋ということにできるらしい。


 机にダンボールを置くと懐に入れた封筒を天井のライトにさらす。中には折りたたんだ紙のシルエット。乱暴に封筒を破り、中身を取り出す。送り状インボイスだ。印刷された2Dコードを読んでデータを見る。注文通りの内容。

 ダンボール箱をあけて緩衝材バブルラップを取り出す。中央にビニールを熱シュリンクしたなにかが鎮座。とがったキーホルダーでビニールを破り、中身を確認。



 シャワーを浴びて部屋に戻ると、顔を剥がして・・・・・・届いた荷物をあける。30cm角のキューブ状の装置。端末をそれの上に置くとソフトが転送される。いくつか設定してから。おもむろにキューブに顔を押し当てて側面スイッチに触れる。装置のなにかがうごめくのが見えてしまうので視界はオフにする。数分待つと通知。顔の形成が終わったようだ。鏡はないので端末デバイスのカメラを視界とリンクさせて自分の顔を見る。


 これが俺の新しい顔か。


 ありきたりと言うほどでもないが、特徴的とも言えない程度の顔。ニホン行政政府に所属する国家群の国民、その平均的な顔データから作成されたデザイン。イケメンでもないがブサイクでもない。印象に残らない顔だ。

 手首から先をキューブに押し当て、再びスイッチに触れる。今度は掌紋と指紋の書き換えだ。皮膚が引きはがされ、新しい皮膚がプリントされていく。数分待って反対側も書き換える。形成され、固まったらパターンを確認。掌紋や指紋がちゃんと固定されているのを確かめ、同時に手首のIDも書き換えられていることも確認。キューブのスイッチに数回連続して触れる。

 キューブから煙が上がり、あわてて換気扇を回す。ファンの音と共に煙が吸い出される。熱が冷めるのを待ってダンボール箱に戻す。インボイスと封筒は灰皿代わりの缶の中で燃やす。

 バッグの中の未使用服に着替える。バックパックもポケッタブルの新品に交換。チェックイン時の服など不用品をキューブと一緒にダンボールに詰め、ダストシュートに突っ込む。


 OK、これで待ちをめて街に出られる。

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