劉惇伝

菅江真弓

第1話

 情報だ、情報、情報、何かしるしがあるはずだ…。

彼は焦っていた。 明日には主に報告をしなければならない。

天文、天候、噂、さまざまな情報が彼の元に集まってきていたが、まだ決定的なものが届いて来ていなかった。

明日には必ず天文の異変について聞かれる筈だ、情報だ、情報…。

「徐州の牧、劉備が呂布をおいて戦に出たようです」

「それだ!!」

「ある太守が猛きものに追われるでしょう」

翌日、彼は主に告げた。劉備が呂布に裏切られることを知っていたからである。

万事このようにして彼は主の信頼を得ていった。


 彼の名は劉惇りゅうとんあざなは子仁、江東の孫権の従兄、孫輔に仕えた将である。

彼は算木うらないを良くし、孫輔の軍師を務め、その術をもって「神明」と呼ばれたが、自身は算木は情報の足しであると考えていた。


 さて、ある時、孫権が豫章よしょうにいたときのことであるが、星が急に明るく輝きやがて消えてしまうということが起きた。

 まただ、また、情報だ、情報、情報…。

劉惇はまた異変について尋ねられると思い情報を集めたが、思うように情報は集まらなかった。

 仕方なく間者の一人が持ち込んでいた「介某という老人が酒瓶いっぱいに酒を汲み、人々にふるまったがその酒が三日三晩たっても無くならなかった」という情報を報告しようかと思っていたが、ふと思い立って算木を立ててその卦を見てみたところ、南のうどんげの木の下に行け、とのことであった。


 さて、劉惇がその卦の通りに豫章の町を出て南に向かってみると、はたして算木の通りうどんげの木があった。

そして木の下に一人の老人が立っていた。杖を突き、白髪は伸び放題で粗末な服をまとっていた。

「あなたは…」

劉惇が何か話しかけようとすると、老人は黙って杖を振り上げ、東を指すと、それと同時にうどんげの実が一つ落ちてきた。

落ちてきた実は劉惇の目の高さまで降りてくると空中にとどまり、ひとかけらだけ割れるとすぐに消えてしまった。

「これか…」

劉惇は急いで豫章の町に戻ると孫権にこう報告した。

「東の方角に凶兆がございます」

「どのような凶兆か」

「客が主人を圧倒するのでございます、紅葉のころには知らせが入りましょう」

果たして辺鴻が反乱を起こし、その知らせが入ってきたのであった。


それからも彼は思うようにいかないときにはたびたび算木を立て、また老人もたびたび現れたが、彼はその術の要諦を決して人に明かさず、後の世に「八絶」と称された。


算木については、編者、評者によってさまざまな説が唱えられている。 曰く「君子は鬼神を語らず」「絶妙の術であった」など、今の世でも占いが必ず情報番組などに出てくるのを見ると、人の世というのは変わらないものだなぁ、などと思うのである。

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