13. 冒険者ライセンス
「ふわぁぁ」
朝陽の眩しさに目が覚めた僕は大きな欠伸をした。
いつの間にか誰かに準備されている朝食、洗いたての着替え、そして僕が抱きまくらにしてしまっているスンにも、すっかり慣れたものだ。
朝食と着替えについては、もう疑問を持つのを止めた。
多分、収納機能がついている、この
欠伸をした後、抱きしめていたスンから身体を離すと、スンが目を開けた。
「主様、おはよう」
「ああ、おはよう」
これもいつもの通り。
僕は思いっきり身体を伸ばす。
スンも僕の横で同じように身体を伸ばしている。
昨日から、ダンジョンの入り口で眠っていたのにも関わらず、特に襲われる事はなかった。そして、昨日の山賊を虐殺……は言葉が悪いな……丁重に返り討ちにさせていただいた事による精神的な疲労もなく、清々しいものだった。
師匠に修行をつけてもらった事により、以前とは全く違う力を身に着けた僕、生まれ変わった僕にとって、スタートとなる清々しい朝だ。
「スン、とりあえず僕はあそこに見えている公都に行こうと思うんだ」
僕は朝食を頬張りながら、スンに話しかけた。
「昨日聞いた」
「そうだね。で、ちょっとそこでやらなきゃならない事があるんだけど、いいかな?」
「主様が決めればいい」
「そうか。じゃぁ、食べたら出発しよう」
僕がどこに行こうと、スンは特に興味が無いようだ。
「よし、それじゃあ、長い間お世話になりました!」
「……なりました」
僕達はダンジョンの奥に向かって、そう叫んだ。
試練の間にいる師匠にまで声が届くとは思わないが、一応のけじめだ。
「スンはどうする?」
僕は屈伸と伸脚をしながらスンに問いかけた。
見えているとはいえ、公都まで相当な距離がある。しかも、山を降りるたまでは整備された道は無い。大丈夫だとは思うが、一応女の子だし、確認をしてみた。
「主様の背中で眠っておく。着いたら起こして」
僕の問いかけの意味が解ったのか、スンはあっさりそう言って僕の背中にしがみつき……刀に变化した。
「了解! それじゃぁ、全速力で行きますか!」
僕は昨日、山賊の生き残りが転落した崖に向かって走り始めた。
----- * ----- * ----- * -----
師匠とは結果的に戦闘訓練しかしていなかったが、ほぼ毎日のようにドラゴンと戦い続けていたのだ。体力は無尽蔵といっても過言ではないだろう。少なくとも、山を駆け下り、森を走り抜けるのに息すら切れなくなっていた。
「うひょー、すっげー楽しい」
リアル忍者だ! マジで枝を使って大回転とか出来る!
僕は楽しみにながらも、ひたすら道なき道を公都に向かって進んでいく。途中で、バランスが取りにくい地面を走るより、大木の幹を伝ってパチンコ玉のように飛びながら行くほうが早い事に気が付き、さらにペースを上げた。
「脇の下のあたりに、ムササビみたいな布を貼っておけば、もっと距離を出せるんだけどなぁ……」
幹を壊さない範囲で蹴らないとならないので、走るよりは早いが、ただ吹き飛んでいるだけで、滑空している感じにはならない……
僕がそう口にだした瞬間、鎧の脇の下と股下の部分が変化し、まるでパラシュートなしでも滑空できるウイングスーツのようなフォルムになった。
「すっげー! これ気持ちよすぎ!」
そこで僕は思い切って、斜め上方向に飛び上がり、森の上を滑空し始めた。バランスさえ取れれば、一回の跳躍で数百メートルから数キロメートルは進めるようになったのだ。
「ググ! ありがとう。これ最高! 楽しい!」
ウイングスーツ型になった
「ググ、ありがとう。ここからは怪しまれないように歩くよ」
公都まであと2キロくらいという森の出口付近で、僕は木にしがみついて一気に減速し、地面に降りた。最後の滑空は30分以上、空の上にいたんじゃないかな。
さすがに、空から公都に入ったりすると、咎められそうだし、ここからは歩いた方がいいだろうと判断した僕が、
「こっちの方だったよな……」
もうすぐ目的地だ。
僕は、空から見えていた門の方へ向かってあるき始めた。
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「困った」
大きな城壁で囲まれた公都の入り口は、どうやら勝手に入れるような物では無かったらしい。入国検査のような感じで、いくつかの列に分れ、甲冑を着込んだ騎士が公都に入る人や物をチェックしている。
そういえば、奴隷オークションへドナドナされる時も、チェックされていたね。
「どうしようかな……子供だからって入れてくれは……しないよなぁ」
赤い鎧を着込んだ4歳児の子供……明らかに怪しいよね。
こんなんだったら空から侵入しちゃえばよかったな。
「坊主、どうしたんだ? こんな所で……迷子か?」
公都に入る列を、大きめの石に腰掛け、ただ眺めていた僕に、一人の男が声をかけてきた。
「え? あ、ああ……公都に入りたいなぁって思って」
「なんだ? 迷子なら、あそこの小屋に行けば、親を探してくれるぞ」
僕に声をかけてくれたのは、ボサボサ頭の人の良さそうな中年男性だった。年は30代前半くらいだろうか。腰には剣を下げているが、身につけている鎧は軽装だ。
「親は……いないんですよね」
剣を持っていたので一応警戒しつつ、僕がそう答えると、中年はショックを受けたような顔をして、
「旅の途中で親でも亡くしたのか……可哀想に……」
そういって、僕に手を差し出し、
「坊主! これも何かの縁だ。面倒を見る……という訳にはいかないが、知り合いの孤児院に預かってもらえないか、聞いてやろう。とにかく、いくら公都が近いからといって、夜までここにいたら、獣に襲われるか、人攫いに連れて行かれちまう」
こう言ってくれた。
「でも、僕は中に入れないよ?」
「大丈夫だ。俺はライセンス持ちだから、そのくらい融通が聞く」
「ライセンス?」
「ああ、冒険者のライセンス持ちだ」
「それって冒険者カードの事?」
それだったら僕も持っている。
「ああ、違う違う。あれは冒険者の能力を確認するための魔道具で、ライセンスは試験を受けて公式に国から認定された冒険者という証明の事だ……って、解るか?」
「なんとなく」
「そうか……坊主は小さいのに賢いな。名前は?」
「シャ……シャルル」
「シャルルか。お兄さんはロラン・グラーツだ」
そう言って、ロランは差し出していた右手を、さらに伸ばした。
僕は、その手を掴み、
「よろしくお願いします。ロランおじさん」
「お兄さんな」
お兄さんっていう年じゃないだろう。
「はい、ロランおじさん」
「……まぁ、いいか……」
そういって、頭をガシガシとかきむしり、じゃあ行くかと手をつないだまま、公都へ入る列に並んだ。
「ライセンスがあるっていうだけで、本当に融通が効くの?」
「まぁ、おじさんくらいになるとな」
そういって、列を待つ間、ライセンスの説明をしてくれた。
まず、冒険者ライセンスという国ごとに発行される国内ライセンスと、国家をまたいでグローバルで有効な国際ライセンスの2種類が存在する。そのいずれもグレードがあり、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラック、ホワイトの6種類。国内と国際ライセンスにおいて、冒険者の技量の違いは大して無いのだが、人格的な信頼度は大きく違う。
「国内ライセンスは、各国の冒険者協会が発行して、国際ライセンスは、その協会が集まった国際冒険者協会連合が発行しているんだ。まぁ、組合みたいなものだな」
会話しているうちに、僕が通常の4歳児以上の理解力を持っていると認識したのであろう。ロランは、普通の大人と会話するような感じで、僕に説明を続けてくれる。
「組合って、ギルドって事?」
ロールプレイングゲームの知識くらい、僕も持ち合わせている。少し上の世代と違って、『俺』は小学生の頃から家庭用テレビゲーム機があったのだ。
「ギルド……ってまた、随分古い言い方だな」
「古いんだ……」
ちょっとショックを受けた。『俺』のゲーム知識って……
「そうだな。昔は各国というより、各都市の中で、冒険者ギルドという形で、冒険者となった人間に仕事を斡旋する組織があったんだ。だがある年、世界を滅ぼすという魔王が現れて、各国の軍が討伐に向かったんだか、まったく刃が立たずボロボロにされ、もう駄目だという時に、俺たち冒険者が立ち上がって魔王を倒したんだ」
魔王は父が倒したんじゃなかったっけ?
「その時、俺たちの先頭に立った男が、てんでバラバラだった冒険者をまとめ上げ、ちゃんとした組織に変えたんだよ。勇者って聞いたことが無いか?」
「名前だけは」
「そいつは、本当に凄いやつで、1度だけでなく、2度も誕生した魔王を倒し、社会の中ではみ出し者だった俺たち冒険者達の地位を向上させたんだ」
父上、凄いな……
どうも口ぶりからすると、ロランも会ったことがある感じだ。
「それだけじゃないぞ。それまでは仕事といっても、ギルドから斡旋されるのは割の悪い仕事ばっかりだったんだが、魔王討伐時の怪我が元で引退した冒険者達の受け皿として設立された冒険者協会が仕事の斡旋を取り仕切るようになって……これも、勇者が言い出したんだが……あれよあれよと言う間に、冒険者ライセンスというものが出来て、今に至るっていう訳だ」
ロランはどこか自慢気だった。
「国際ライセンス保持者は、再び魔王が現れた時に、それがどこの場所であっても、国を越えて駆けつける事が要求される一方、国というものに対して、一定の特権を得ているんだ」
それが、さきほどロランが言っていた融通という事なんだろうか。
「おじさんも、その国際ライセンスを持っているの?」
「ああ、だからシャルルと一緒に公都に入るのも、問題無い」
なるほど。納得した。
かなり遠回りな話しだが、父に助けられたって事か。
「わかった。それじゃロランおじさん、よろしく」
「ああ、まかせておけ」
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いくらロランから説明を受けていたとはいえ、ロランの若さではそれほど大した特権でも無いだろう……くらいには考えていた。だが、
「ロラン・グラーツ……閣下?」
「閣下はよしてくれ」
ロランが公都で入ってくる人をチェックしている騎士に、四角いカードを見せる……多分、あれがライセンスなんだろう……と、最初は胡散臭そうにしていた騎士の態度が一片した。
「どうか、別室を用意しますので、そちらへ」
「いや、いい。この子と一緒に入るが構わないか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。外務省へ確認しますので……」
「そういうのはいいから。あ、ホテルは『血みどろな牛亭』なので、何かあれば、そこに来てくれ」
「わ、わかりました。それでは、どうぞ」
……という感じで、あっという間に通されてしまった。
「閣下?」
「シャルル、気にするな。俺はただのロランおじさんだ」
そういって、ニヒルに笑う。
ボサボサ頭で人の良さそうな顔だから、似合わないって。
「じゃぁ、とりあえず孤児院に向かうか」
「うん」
僕が公都に入った目的は違うんだけど、とりあえず、良くしてくれたロランに迷惑をかけるわけには行かないという事は理解した。なので、今日の所はおとなしくロランに付いていく事にしよう。
あ!
スンを背中に背負いっぱなしなんだが……ここでロランに紹介する訳にもいかないし、このまま、我慢してもらうか。着いたら起こしてっていっていたから、きっとまだ寝ているだろう。
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