10. 蒼龍
ダンジョンの奥へ進み始めた僕は、ふと疑問に思った事を口にした。
「スンは、どうしてずっと人の形のままでいるの?」
「
「それって趣味の問題なの?」
「趣味の問題」
「そうなんだ……」
趣味の問題でいいのか?
そもそも、人型だとイザという時に困りそうなんだけど……
「主様の実力だと、武器を持っても大差無い」
そうなの?
確かに力は無いけど、昨日だって蜘蛛を一発で仕留めたはずなのに……
「そういえば、昨日のアレって何?」
「アレ? 主様、いやらしい」
「な、何と誤解しています?」
「寝ている間に、この魅惑的な身体を……」
「幼児同士で何をするんだ!」
「ぽ……」
スンが擬音で赤面する様子を表現したけど、表情は何も変わっていない。表情は変化に乏しいけど、受け答えからすると、面白い子なんだろうな。
「そうじゃなくて、僕が昨日、剣を振ったら急速に眠くなって……」
「ああ、そっち……主様は迂遠」
「いや、そんな事は無いと思うけど」
「もっと直接的な表現を使うべき」
「もう、わかったよ! 昨日、蜘蛛を一撃で蒸発させた時、突然眠くなりましたけど、あれはどういう事でございましょうか!」
「……」
やばい! ちょっと強く言ってしまったら、スンの目が涙目になった。僕は自分よりも年下かもしれない幼児に何を言っているんだ……
「ご、ごめん。スン、怒ったわけじゃなくて」
「怒ってない?」
「う、うん」
「あ、そ……」
スンは、そう言って、手に持っていた目薬をどこかにしまった。
目薬?
「嘘泣き?」
「主様はチョロい。注意すべき」
「……それで、眠くなった原因は?」
「あれは斬る時に念が一杯詰まっていたので、ついつい、主様の魔力を全部吸ってしまった」
「そ、そうなんだ……」
昨日の状態での魔力って、4万か……ただ、それでも4歳児の平均だもんなぁ。
あ、でもそれだと……
「あの時、いくら斬りつけてもビクともしなかった蜘蛛が瞬間的に蒸発しちゃったけど、あれ、僕の魔力が凄いって事?」
「主様、それは過大な自己評価というもの」
「へ? だって……違うの?」
「主様の魔力は着火に使っただけ。なので、本当はほんのちょっとあればよかった」
「着火?」
「魔法を起動する時に、ほんのちょっとだけ着火のための魔力が必要」
「ほんのちょっと?」
「そう。あとは私に溜められていた力。本当にほんのちょっとで良かったんだけど、主様が張り切るから一杯絞りとってしまって……」
「そ、そうなんだ……」
幼児にそんな事を言われても嬉しく無いが、とりあえず魔力がなくなって眠くなったという訳か……
「その後も、シュバって感じで何度も蜘蛛を倒せたけど、あれも僕の力は使っていないの?」
「着火だけ」
「着火だけなんだ……」
結局、僕の力だと大した事は出来ないんだね。
「それと、本当に蒸発させたのは最初だけ。後は蒸発でなく、普通に斬っている」
「え、でも……煙になって消えちゃっているのは?」
「あれは。、魔物が死んだことによって気化している」
気化?
どういう事だろう……
「ダンジョン内の魔物はダンジョンが生み出した物。死んだら魔力となってダンジョンに還る」
「へぇ……」
スンが説明が大雑把すぎてわかりにくかったが、何とか理解が出来た。
ダンジョンはこの世界の魔力の特異点になっていて、その魔力が人などの意思を集め、「想像上の魔物」というものを生み出しているらしい。実体を持った動物とは違うんだ……。
「じゃぁ、地上には魔物はいないんだね」
「いない。地上には魔獣と魔人、魔族に魔王がいるだけ」
「そうなんだ……」
そいつらがいるんじゃ、同じことだよ。
「で、でも、スンの攻撃力があれば余裕だよね?」
「無理」
「無理?」
「張り切ったから、すかんぴん」
「すかんぴん?」
「あのレベルの攻撃はもう無理」
どうやら、一発で蜘蛛を蒸発させた初撃の事を言っているらしい。
「そうなんだ……あのレベルってどうすれば回復するの?」
あのレベルじゃなくても充分戦えているので、とりあえずは大丈夫だけど、いつか必要になるかもしれない。
「眠ったら」
「眠ったら?」
いや、あの時僕も眠っていたけど、スンも眠っていたって事?
「魔力って眠ったら回復するの?」
「若いから」
「年をとると?」
「なかなかどうして」
よくわからないよ。
こんな事を話しながら、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
「スン!」
「ん」
ちなみに、こんな会話を続けながらも、僕とスンは何度も戦闘をこなしている。
魔物……蜘蛛ばかりだが……魔物が出てきてはスンに刀に戻ってもらって、蜘蛛を斬り捨て、再び会話に戻る。これまでの僕の苦労は何だったんだというくらいの、天下無双状態。
蜘蛛は最早、雑魚でしか無い。
「そういえば、僕が海賊船で魔法を使った時、船を一気に破壊できるほどのパワーだったんだけど、あれでも僕の魔力って少ないの?」
「それは知らない」
「そ、そう……そうか……海の底にいたんだね。その……ごめん」
「いい。美味しいもので手を打つ」
「解った。機会があったらご馳走するから」
なぜか奢る事になってしまったけど、食べ物で釣れるならいいかな。
そんな事を考えていた僕には気が付かなかったのか、スンは僕の疑問に答えてくれた。
「多分、海賊船の魔法は、魔力とは関係無い」
「どういう事」
「主様は精霊に愛されている。多分、精霊が調子に乗った」
精霊に愛されている?
「普通の4歳児の魔力程度では、蝋燭に火を灯すくらいの事しか出来ない。船を吹き飛ばすような魔法であれば、天才児が魔力を暴走させたようなもの。主様は生きていない」
魔力の暴走って怖そうだな。
身体が破裂したりするイメージがある。
「そこから導き出される答えは、主様の魔力を着火剤として、精霊達が張り切った」
スンが僕の額に向けて人差し指を真っ直ぐ突き出す。
なんだ、その真実は一つみたいなポーズは……まぁ、そこは無視して、
「そうなんだ……確かにあの時はカーラさんの呪文を見よう見まねでやっただけだったしなぁ……魔法をしっかり覚えれば役に立ちそうなんだけど……どうやったら覚えられる?」
「説明は無理。主様が理解する」
はぁ……またこれか。それでも、今回、新しく解ったことがそおこそこあった。それに、何だか会話をしているだけで、頬が緩んでしまう。僕はこういう会話に飢えていたんだろうな。
「スンの全力がもう無理なら、小出しに行くって事でいいのかな?」
「主様、理解が早い」
「えへへ……って嬉しくないけど……」
そう言って、スンが刀に変化する。
それを持ち、目の前に現れた哀れな獲物を何度も切りつけ、魔力に戻す。
「今くらいの感じで平気?」
人の姿に戻ったスンにそういうと、スンは素直に頷いた。
こんな感じなら余裕かもしれない。
「そういえばスンの全力攻撃に魔力が必要なら、あの蒸発している煙を吸ったら回復しない?」
「主様……」
「何?」
「やってみて」
何か不機嫌そうだけど……
「やだよ。蜘蛛が蒸発した後の煙を吸うなんて」
「私も嫌だ」
「そうか」
「そう」
確かに、自分が出来ないことを押し付けるのはよくないね。
「じゃあ、とりあえずスンはよく寝て魔力を溜める方向で」
「主様、私はただの刀。理不尽な要求に抗議する」
「へ?」
想定していなかった答えに、僕がさっきからニコニコと浮かべていた微笑みが強張るのが解った。
「スン、抗議ってどういう事かな?」
「私はただの日本刀。自分自身で魔力を溜めるなんて事は出来ない」
「え、さっき眠ったら回復するって……どういう事?」
スンが僕の事を指差す。
「眠るのは僕? 僕の魔力を使うって事?」
「主様の理解で正しい」
「僕の魔力だと、どのくらいの時間で溜まるの?」
スンは視線を上にあげ、少し考え込むようにしてから、僕に向かって手のひらを開いて見せた。
「5……時間?」
眠らないと回復しないって言っていたし、全力は無理だとすると、さすがに1日は無理かと思い5つ、言うだけ言ってみるが、案の定、スンは首を横に振る。
「50時間?」
出来れば、このくらいで収まって欲しい。これ以上だと、いざという時の全力攻撃が使えない。だけど、僕のそんな願いをスンは無情にも顔を横に振って撥ね除ける。いつだって現実は世知辛いものだ。
「5日かぁ……蜘蛛だったら、もう大丈夫だけど、ここにはドラゴンがいるらしいしなぁ……出来るだけ鍛えつつ、魔力を溜めていくしか無いか」
大きく溜め息をついた僕に、スンは頭を傾げて、
「主様? 誤解している」
誤解? もしかして5秒とか50秒? だったら嬉しいけど、まさか50時間って事は無いよね
「主様の魔力だと500年は必要」
「はい?」
「主様のチリのような魔力では着火で使う以外の使い道が無い」
「はい?」
「主様のミジンコにも劣るような魔力で、一撃で敵を消滅させるような力を生み出すのは無理」
ごめんなさい。もういいです。理解しました。そこまでとは全く想定できないレベルの低さでした。もうこれ以上、僕を詰らないで……
「じゃぁ、昨日の攻撃は……」
「造り主からの伝言。一回分サービス」
「ち、父上……」
とりあえず僕は、自分の力だけで戦う必要があるという所まで理解した。涙が止まらないけどね。
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この先、僕は自分自身の力で切り抜ける必要があるという事だ。スンが持つ、そもそもの攻撃力だけで、大抵は切り抜けられそうだし、
例え消化されなかったとしても、あそこから出るのは嫌だなぁ……それだけで精神的に死んでしまいそうだ。
「スン、とりあえずここまでのような感じで、必要な時に刀にもどってもらう感じでいい?」
「ん」
「僕の魔力にも限りがあるだろうし、その場合はどうしたらいいかな……」
「主様の腕力だけでは、私はいらない子」
「うっ……そうだね。確かに……」
カチャカチャと叩く意外に出来ないしな……
「でも、仕事。例え貧弱な主様であっても、私は働く。上司を選べないのが世の常」
「あ、あり……が……とう」
言い様はともかく、僕の武器としては頑張ってくれている。なんとか、魔力を使わず刀だけで倒せるようにするか、魔力を増やす修行をしないと駄目だろうな。……亀の甲羅を担いだ爺さんでも出てきてくれないかな。
「スン、僕が強くなるためにはどうすればいい?」
「戦う?」
なんで疑問系?
「今までのようにモンスターと戦い続ければステータスは上がり続ける?」
「限界がある」
「レベルアップとかはしないの?」
「主様、世界はゲームとは違う」
「そうだよね、ごめん……」
「主様、お話の時間は終了。着いた」
「え、何が?」
着いたってどういう事?
「スン。着いたっていう事は、この道を知っているの? 確かに、あそこで行き止まりだけど、どうしたらいいのかな?」
「ノック」
え? ノック? どっかにドアなんかあるの?
「主様、早くノックをする。後ろが面倒くさい事になっている」
「えっ?」
慌てて振り向くと、そこには大量の黒蜘蛛の群れが……
「うわっ!」
「ノック!」
「はい!」
とりあえずスンが指差した辺りを拳で叩く。
岩肌を叩いているつもりが、感触は木だ。カモフラージュされている?
そう思った瞬間、岩肌のような部分が、まるで扉のように開き、中から引っ張られるような風が吹いてきた。まだ体重の軽い僕とスンはひとたまりもなく、その扉に吸い込まれていった。
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「うわぁぁ!」
僕は思わず叫び声を上げてしまったが、扉が閉まると同時に、僕たちを吸い込んでいた風も止まった。僕たちが強制的に入ることになったのは、1辺が100メートルくらいはありそうな、石のような……それでいてクリーム色に光る、何ともいえない壁がある部屋だ。
中から見ると僕らが入ってきた部分はちゃんとした木の扉であり、その反対側の壁にも同じようなドアがある。
天井高も100メートルくらいありそうだ。100メートル以上、地面の下に潜ったつもりはないのだが、実際に天井までの距離が相当ある。そして、これまで歩いてきた場所と同じように、天井が光っている。光量が多いのだろうか、部屋全体が明るい。
「主様、準備する」
「準備?」
突然、影が差した。それに釣られて上を見上げると……天井から何か大きなものが降りてくる。え? あれって……
「ドラゴン?」
上空から羽を広げた巨大な恐竜が降りてきた。日本にいる時に散々見たドラゴンだ。東洋的な竜ではなく、西洋ファンタジーでお馴染みのドラゴン。広げた翼だけで数メートルはある。体長、体高ともに幼児の僕なんか一撃で消し飛びそうな勢いだ。
そのラスボスくらすのドラゴンが僕の頭上をゆっくり旋回しながら近づいてくる。この場所の天井の異常な高さは、あのドラゴンが飛ぶためのスペースなんだろ。
僕は頭上を舞う、あり得ない光景に口をポカンと開けたまま動けずにいた。
ドラゴンは翼をゆっくりと動かし、僕の目の前に降りてくる。そして、降下速度からするとかなり大きいと感じるような地響きをたてて、着地した。
全身が青っぽい鱗で覆われているのがよくわかる。そしてその目はモンスターとは思えないくらい、深い知性を感じさせるものだった。これって……いや、白い蜘蛛での反省もあるしな……いや、それにしてもドラゴンなんてものをこの目で見る機会があるとは! 転生してよかった。しかし、大きいな。あれ? 何で僕の事をじっと見ているんだろう……そういや、何で僕はこんなに落ち着いているんだ? 目の前にドラゴンがいるんだぞ……僕は襲われるんじゃ……
「うわ! ドラゴンだ!」
ようやく、脳が動き始めた結果、僕は非常に間抜けな声を出して座り込んでしまった。
『ふむ、妾の前で平然としていたので、どれほどの勇者かと思ったが、飛んだ見込み違いか』
部屋の中に、荘厳で趣のある女性の声が鳴り響いた。今って目の前のドラゴンが喋ったのか? やっぱりこのドラゴン、見た目通り知性があるのか? それも喋り方からするとかなり高度な……そして、見た目での区別は無理だが、声からすると、メスなんだよな……
ドラゴンが喋った事で混乱している僕を気にもせずに、ドラゴンは、僕がたった今入ってきたドアに、その大きな爪を指してこう言った。
『まぁ、仕方ない。あの者との約束通り、試練を与えよう。汝、妾を倒さねばそこの扉を抜けてることは叶わぬ。さぁ若き冒険者よ。汝はこの蒼龍の試練に挑戦するのか?』
「蒼龍、主様はそこから入ってきた」
すかさずスンが蒼龍に対してツッコミを入れた。そうだよね。僕はそこから入ってきたから、蒼龍の試練とやらに挑戦する必要は無いんだ。
『……』
「……」
「……」
不思議な沈黙が流れ……
『……知ってたし……試しただけだし……』
先ほどの上品で重みのある大人の女性のような声とはうって変わって、若い女の子といった感じの声が響いてきた。なんだよ、その返し。女子高生かよ!
これが、僕と彼女との最初の出会い。僕の師匠となる女の子との出会いだった。
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