第11話 沙也加と対局場

 町中にある何の変哲もない雑居ビルの一角に、碁会所の看板が立てられていた。


 碁会所とは、囲碁を打つためのゲームスペースのようなもので、そこには碁盤や碁石などの道具一式があり、そこに集まったお客同士で場所代を支払い、囲碁が楽しめるというお店だ。


 中にはテーブルや椅子が並んでおり、十名程度の客がいたが、皆が一つの対局を取り囲み集中して見学していた。


 その対局は、制服を着た中学生ぐらいの少女と、中年男性の組み合わせだった。


 一人はタバコを加えながら囲碁をしている、ふてぶてしい感じの男性で、囲碁を打つ姿も手慣れており、日頃から囲碁を打ちなれている様子だ。


 向かい合って対するもう一人は、表情を変えないまま淡々と打ち続けている。周りを取り囲んでいるのが男性や老人が多く、制服姿の少女はどこか浮いて見えた。


 だが、少女はそうしたことを意に介する様子もなく、こちらも慣れた様子で囲碁を打っている。



 ゲームが続く中、中年男性の表情が険しくなり、打つ手が止まる。吸っていたタバコを灰皿に押し付け、うめき声を軽くあげながら考え込む。まさか、というような驚きの表情をした後、次第にその顔が諦めへと変わっていく。


「ありません」男が投了して、負けを認める。同時に、対局を見守っていた周囲から大きな歓声があがる。


「驚いたな、まさか本当にハンデなしで勝っちまうとは」


「俺は最初から勝つとは思っていたよ」


「すっかり成長したもんだなあ」


「次は俺と打ってくれ」



 周囲が興奮しながら、てんでに感想を述べ合う。勝利した少女は、周りの騒ぎようとは対照的に当たり前のことのように落ち着いていた。


 中年男性は、この碁会所で一番強いと目されていた男だった。アマチュアの大会などでも上位に入賞したこともある。そんな男性がまだ幼い少女に負けるというのは、まずないことであり、少女の強さに手放しの賛辞が送られる。


 長く美しいストレートな黒髪と、リンドウ女学園の制服に身を包んだこの少女は、中等部二年の黒瀬沙也加だった。


 沙也加は学園から離れたこの碁会所に、定期的に通っていた。


 この年頃の少女が碁会所にいるのは珍しいが、沙也加は同年代のクラスメイトたちといるよりも、こういった場所にいる方を好んだ。


 どうにも周囲とはなじめない自分を自覚しており、そういった人間は狭い同集団の中ではなにかと悪目立ちをするものだ。



 けれども、こういった年齢や性別、環境といったものが大きくかけ離れた人同士が集まって場所では、個人個人の性質の違いというものが些細なことになり、沙也加の偏屈ともいえるパーソナリティも受け入れられてもらえる感があった。


「いやー、ますます強くなったね。早くプロになって、このお店にもサイン色紙を飾らせてもらいたいよ」人の良さそうな老人が、孫に話しかけるような感じでにこにこしながら沙也加と話す。


 老人は、席亭と呼ばれる碁会所の店主にあたる人で、沙也加が幼い頃からの付き合いだった。


「ありがとうございます。少しでも早くなれるように頑張ります」沙也加はどこか冷たい杓子定規な対応をする。けれども席亭は、そんな沙也加の様子には慣れたもので、嬉しそうに微笑む。


「ほらほら、どいたどいた! 次は俺の番だ」中年男性を追い出して、気の強そうな老人が席に着く。


「よろしくお願いします」沙也加が挨拶をする。

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