第7話 契約の儀式

 俺はひときは豪華な服を着ながら、自室の椅子に腰かける。


 俺がこの世界に転生してから四カ月が経過した。

 最初は色々と不便な事もあったが、流石に四カ月も生活して居れば慣れてくる。

 それに王族として教養やマナーを身につけないといけないらしく、色々と仕込まれているおかげでこの世界についての知識を得るのには事欠かない。


 勿論記憶喪失を理由に全て一から教えてもらったのだが、体が子供だからなのかやたらと物覚えが良く、凄まじいスピードで勉強が捗っている。

 とは言え、人前では勉強に関してそれ程出来るように見えないようにしている。


 というのも、神童などともてはやされて注目されるのが嫌だからだ。

 これでも一応命を狙われた身だからな。

 転生してからそれらしい事は起きていないが、未だ警戒するに越したことはないだろう。


 だが今はそれよりも、色々な意味で重要な事がある。

 それは契約武具についてだ。

 この世界、というよりはこの国では、四歳になる年の初めに契約武具と契約する儀式を行うようにしているらしいのだ。


 そしてその日がまさに今日なのである。

 実は色々な事を学んでいる中に、契約武具に関する事も含まれている。

 そしてその勉強の初日に習ったものの中に「契約武具は一人一つしか契約できない」というのがあったのだ。


 でだ!

 俺は転生する時に契約武具と契約している。

 それは決して精神が乗っ取られる事はなく、無限に成長し・進化する武具という要望で契約した、《木刀》である。


 だが契約武具との契約の儀式は王族や貴族は義務になっている。

 その理由は言うまでもないだろう。

 契約武具とはすなわち力の象徴なのだ。


 それを態々手に入れられる機会があるのに手に入れないなんて事は、よっぽどの理由がない限り無い。

 俺が転生者である事は勿論だが、契約武具である《木刀》の事に関しても誰にも話していないし、今後話す予定もない。


 なので、傍から見れば俺には契約の儀式を行わない理由が無いのだ。

 しかし結果はわかりきっている。

 既に契約武具と契約している以上、俺が契約の儀式を行ったところで成功しない。


 そして更に厄介なのが、契約の儀式は決して一人では行われないという事。

 理由はとても簡単で、儀式中に契約者の魂が乗っ取られて暴走する可能性が少なからずあるからだ。


 その為儀式には、最低でも契約武具と契約している人間が三人は立ち会わなければならない。

 とはいっても、その場で暴走する事はほぼないらしい。


 なので時間短縮と効率化の意味も込めて、同時に複数行う事が多い。

 それは俺が行う時も例外ではない。

 しかも順番待ちの人たちも同じ部屋に入るのでかなりの人数になる。


 つまり、《木刀》をその場で契約した契約武具だと言い張る事は不可能であり、かなりの人数に俺が契約できなかったという事を知られてしまうという事だ。

 正直そうなってしまえば、悪い意味で目立ってしまうのは目に見えている。


 なんせ王族は皆契約武具を保持しているからな。

 そんな中で俺だけ契約できなければ、色々面倒な事が起こる可能性は非常に高いだろう。


 コンコン


「レオモンド様、そろそろお時間です」

「……わかったよ」


 俺は扉の外から聞こえたナタリーの言葉にため息まじりにそう答え、椅子から立ち上がり部屋を出る。


「……大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが?」

「大丈夫。ただ契約が成功するか不安なだけだから」

「それなら大丈夫です。私でも契約できたのですから、レオモンド様なら必ず成功いたします」


 ナタリーはそう言いながら俺に微笑みかける。

 そんな根拠もない根拠で励まされても……正直結果はわかっている。

 だがナタリーにこうまで言ってもらっている以上、ここで止めるなんて言えない。

 それにナタリーなら、例えどんな結果になろうと受け止めてくれるだろう。


「ありがとう、少し元気が出たよ」

「いぇ、私は何も。ただ事実を述べただけです」


 これを本心から言ってるんだから、凄いよ。

 俺はそう感心しながら、目的地に向けて歩を進める。




「レオモンド様、着いたようです」


 馬車に乗り、城を出る事数十分。

 到着した場所は、かなり大きな教会だ。

 そしてその教会の前にはかなりの人が集まっている。


 契約の儀式はこの教会で行われるため、今日に限り中に入れるのは儀式を受ける者かその儀式を行う関係者だけなとなっているためだ。

 なのでここに居る人達の大半は、儀式を受ける子供の両親やそれに準ずる人達だろう。


「私は入り口までしかお供できませんが、どうかお気をつけてくださいませ」

「……心配しなくても大丈夫。ただちょっと儀式を受けてくるだけだから。それにナタリーは俺の儀式が成功するのを信じて疑ってないんでしょ?」

「それは勿論です」

「なら大丈夫だよね?」

「……そうですね」


 ナタリーはそう言って頷いてくれた。

 俺もバカじゃない。

 ナタリーが儀式自体を心配している訳ではないのはわかった。


 だが今の俺自身には、わがままを無理やり押し通せるだけの力や繋がりはない。

 誰が俺の命を狙った敵なのか未だはっきりしない以上、誰にも頼る事は出来ないってのもあるがな。


 もし仮に護衛をつけてもらったとしても、その護衛が敵ではないとは断言できな以上、逆に不安が増すだけだ。

 詰まる所俺は、ナタリー以外にも信頼できる仲間を欲している。


 だがそれは今すぐにどうこう出来る事じゃない。

 なのでそれは今後ゆっくりと着実にやっていくとして、今はとりあえず契約の儀式を乗り切るのが先だ。


 その為に俺は馬車を降り、教会の中へと入る為に歩きはじめる。

 そうすれば俺の姿を確認した人達は、次々と道を開け、更には軽く頭を下げている人もいる。


 恐らく頭を下げているのは俺が王族だと知っている貴族だろう。

 それを知らない人達まで道を開けてくれているのは、関わりたくないからだろうな。


 今の俺の見た目はかなり豪華な服を着ているから、貴族以上の人間であるのはみてわかるだろう。

 だから道を開けなくて変に絡まれるのが嫌なんだろう。


 勿論俺はそんな事するつもりはないがな……

 俺はそんな事を思いながら、教会の入り口まで歩を進めた。


「それじゃ行ってくるね」

「それではここでお待ちしております」


 ナタリーはそう言いながら頭を下げた。

 俺はそれに対して「うん」と答えながら教会の中に入る。


「お待ちしておりました、殿下。私はトレス・ルーツと申します。よろしければお見知りおきください」


 俺が扉を開け中に入ったと同時に、神父服を着た少し年の行った男性がそう言いながら頭を下げた。

 勿論扉を開けた直後という事もあり、かなりの視線が俺に集まっている。


 正直契約武具と契約できないだろうから、あまり目立ちたくないんだよな……

 けど今の神父服の男性の言葉で、俺が王族だという事が確定した。

 とすれば必然的に注目されてしまう。


 だが別に神父が悪いと言っている訳ではない。

 神父からすれば俺の機嫌を損なわないよう気を遣ったのだろう。

 俺からすればそう言った気遣いは全く持って必要ないんだが……俺がそう言う人間だという事を知っているはずがないからな。


 ならここは覚悟を決めて出来るだけ王族らしく振舞うのが正解か。

 まだ俺が自由に動く事が許される基盤はない訳だしな。


「既に知っておられるようですが、私はレオモンド・エオルド・ダイアー。今回は契約の儀式を受けるためにここに参りました」


 俺はそう言って軽く頭を下げる。

 それを見ていた神父は驚愕の表情を浮かべる。

 今の俺の発言や行動に驚く要素があったか?


 俺としては特になかったと思うんだが?

 王族であろうと礼には礼をもって返せ、そう教わったからな。

 だから特に不自然なところはないと思うんだが?


 ……いや、待てよ。

 もしかして不自然では無さすぎるから驚いているのか?

 俺はまだ三歳。


 そんな幼い少年が自然に、物怖じせず平然と返しているから驚いているのか?

 なくはないな。

 いくら幼いころから教育を受けていようと、多少無作法でも仕方ない、そう思っていたのかもしれない。


「……失礼しました。只今お席にご案内させていただきます」


 俺がそう思っていると、神父は少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。

 どちらにしても俺からはふれない方が良いだろうな。

 不敬だとかそう言うのは俺は気にしないが、周りがうるさいだろうからな。

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