第56話 温泉と欲望
狭い脱衣所に入ると、そこは温泉の匂いが満ちていた。
「栄、末、頼むぞ」
十五くんが二人の妹に声をかけると、一人で外に出る。
「こちらで御召物をお脱ぎください、湯治場では湯帷子は着用しないのが作法で御座います」
お栄ちゃんの目の前で服を脱ぐのはかなり恥ずかしいが、屋敷ではお末ちゃんのお世話で何度も風呂に入っている。屋敷の湯船が無い風呂では、湯帷子という専用の風呂着みたいな物があるが、ここではそれがない。
男らしく覚悟を決め、衣服を脱いでいつものようにお末ちゃんに手渡す。
(昨日、みんなココで脱いだのか……なんで寝たの俺!)
あんまり変な妄想をすると下半身が反応してしまいそうだったので、首を横に振って下品な妄想を振り払う。
脱衣所から湯まで特に扉は無く、小さな入り口をくぐれば目の前の湯気の向こうに岩風呂が広がっていた。
「失礼します」
既にそこにいるであろう頼綱さんに失礼の無いよう、細心の注意を払う。かけ湯で体を洗い流し、湯に足を入れた時、湯の中にいる男性に声をかけられた。
「ご足労をおかけしましたな。ささ、こちらへ」
どんな話になるのか、どんな事を話せばいいのか、頭の中がぐるぐると纏まらない。
「石島洋太郎で御座います」
俺は一礼し、頼綱さんの近くまで進んで湯に漬かった。
「伊藤殿より伺っておりますので、そう緊張なさらずに」
優しい声をかけてくれた頼綱さんの顔は、割と面長で男前。年齢は俺とそんなに変わらないだろう。
頼綱さんの言葉が続いた。
「石島様は良きご家来をお持ちだ。正直に申さば羨ましいとさえ思う」
(伊藤さんの事か)
その点に関しては、自分事ながら完全に同意する。伊藤さんがいなければ、俺は石島の当主である事など出来ないだろう。
「伊藤さんあっての石島家です。あの人がいなければどうにもなりません」
頼綱さんは俺の言葉にうんうんと頷いた。
「伊藤殿の申された通り、物腰柔らかく実に良き人相をお持ちですな」
しきりに何かに納得した様子を見せると、少し俺に近づいてきた。
「お手間をかけても申し訳ないので、早速ではあるが本題に入ろう」
そう言って少し後方へ首を向ける。俺も釣られてその方向を見ると、そこには靄に隠れた人影があった。
(誰かいる?)
その人影に向い、頼綱さんが声をかけた。
「
「はい」
靄の中から聞こえたのは、女性の声だった。
「初対面がこのような場では少々手荒な気もしたがな、俺は確信したぞ。良きご当主じゃ、安堵致せ」
頼綱さんは言いながらサバッと音が立つほど勢いよく立ち上がると、俺を見下ろすようにしながら条件を述べた。
「
そこまで言うと「あとは本人から」と言い残し、そのまま脱衣所の方へ出て行ってしまった。
(二人きりですか!?)
初対面の男女がいきなり温泉で、裸で、至近距離で二人きりだ。陽さんはもう目の前に来ている。手を伸ばせば届きそうな距離に、裸の女性がいるのだ。
(ヤバイ! やばいやばいやばい!)
しかも良く見ると整った顔立ちで、結構な美人さん。その上、なかなかによいお胸をお持ちなのだ。
「陽と申します」
「い、石島洋太郎です!」
湯はそれほど熱くない。少々温めなので、こんな短時間でのぼせる事もない。
(やばいっ……)
湯のせいに出来ないほど、俺は完全に頭に血が上ってしまっている。
(お……っぱ……ヤバイって!)
しおらしく胸を手で隠してはいるが、大きいその胸は隠しきれるわけもなく、余裕でチラ見せ状態だ。
(チラ見せは逆にエロい!)
俺の不埒な精神状態を余所に、陽さんは自身の事について話し始めた。
陽さんのお母さんは飛騨の小豪族の娘さんだったそうで、人質として姉小路さんの所へ送られたそうだ。しかしその時、すでにお母様は身籠っており、姉小路さんの所で出産した。
それが陽さんだそうだ。
人質の子という立場ではあったが、頼綱さんに妹のように可愛がられて何不自由なく暮らしていたのだが、今年に入ってお母様がお亡くなりになると事態は急変。お母様のご実家であるその豪族と一気に疎遠になり、姉小路さんと敵対する勢力がその豪族に対して急接近。
先月、ついに姉小路さんと敵対する関係に発展してしまったそうだ。
こうなると、陽さんは立場がなくなる。
頼綱さんのお父様の計らいで、陽さんは頼綱さんの養女という形を取ってどうにかその立場を保ってはいるものの、ご実家との関係は悪化していく一方なのだとか。
形式上、陽さんは頼綱さんの娘という事になるが、どう見てもそこまで年は離れていない。
「は、陽さんはおいくつになられるのですか?」
気になったので聞いてみた。
「十七で御座います」
(優理と同じか)
湯に漬かりながら陽さんの身の上話を聞いていた俺は、十分に体が温まった。
頼綱さんが「ややこしい」と言ったのも分かる。なんだかややこしい身の上になってしまっているようだ。
でもまだ聞いていない事がある。
(条件……)
その条件も、陽さんの口から聞けるのであろうか。
黙っていてもその事を話し出さないので、こちらから聞いてみる事にした。
「あの、陽さん。石島家との同盟の条件についてですが」
そう口にした瞬間、恐ろしい事が起きた。
至近距離で会話していた陽さんが、その躰を俺に預けてきたのだ。
湯の中でも伝わってくる肌の感覚。
お年頃のすべすべ肌が、俺の脳に突き抜けた。
「私を、もろうては頂けませぬか。石島様の妻に」
「つ、つ、つ」
陽さんの細い手が、俺の身体に回る。
この状況で理性が保てるような男は、男と呼ばないだろう。
俺の理性はロケットに乗って遥か月面まで飛ばされた。
そして残ったのは、鬱屈した欲求。
まだ幼さの残る唇を奪い、きつく抱きしめる。
「洋太郎様と、お呼びしてもよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
脱衣所で待っている人の事など忘れ、俺は陽さんとの時間に酔いしれた。
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