第38話 役割分担

 しっかりと理解する事は難しいかもしれないが、何となくふんわりと理解する事はできそうだ。


 つーくんの言葉は続いていた。


「金田さんは織田家の面接を受けに行く。当然だけど難関になると思う。俺はこの辺りの零細企業に面接にいくって話」

「なるほど~、どんな仕事するんだろ。やっぱ合戦とか?」


 戦国大名に仕官するとなれば、イメージは鎧兜を身に着けて戦うイメージしかない。


「俺もそう思ってたんだけどさ、全然違うらしいんだよね」


 つーくんの説明は、すごく意外だった。

 たぶん、歴史に詳しくない人間が聞いたら、みんな意外だと思うかもしれない。


 戦国大名というのは、まさに会社の社長のような物だそうだ。お仕事は、領地の運営。経済から治安まで、全てが仕事だそうだ。

 警察のような事もする、裁判所にもなる、貧しい人をどうするかも考えないといけない。


 この時代の主な収入源、税収は殆どが米。農家の皆さんから納められる年貢という税米。これをしっかりと徴収する税務署のような仕事もある。当然、取られてばかりでは不満が噴出するわけで、農家の人達と上手くやらないといけない。


 商売をしている人たちからは金銭で税を取るが、俺達の時代と違って税法が整っていない状況では大変な作業になるらしい。


 集めた税を、今度は働く社員に分けないといけない。働く人の数は膨大だ。


 経理部、総務部、人事部、営業部、さらにその下には沢山の課がある俺達の時代の大企業のように、様々なお仕事をしている人がいるわけだ。


 そんな感じで自国を豊かにしていくお仕事がメインで、その自国を脅かす存在や、敵対する相手と戦うのもお仕事になる。


 普段は社内のお仕事をやりながら、有事の際には戦闘員になる。これがこの時代の会社員の姿だ。下っ端のほうなら、社内のお仕事専属だったり、戦闘員専属だったりする人もいるそうだが。


 やはり、いつまでもそれじゃ出世できないらしい。


「求められるのはマルチプレイヤーか」


 俺達の時代から四百年前。文明は大きいのに求められる人材は大差ないんだと思うと、なんだか面白かった。


「誰かが失敗しても、誰かは成功するように。俺達は三人それぞれ別の方法で稼ぐわけさ」

「……つーくん」


 言っている事は確かに合理的だが、それはすごく辛い事だ。この簡易キャンプを離れ、たった一人で戦国時代に飛び込もうとしている。


 時空域とやらが切断される前と、やろうとしている事はそんなに変わらないけど、自分一人ではなく、女の子達を養う負担を背負う事になってしまったのだ。


「ごめんね……俺が頼りなくてさ」

「なーに言ってんだよっ」


 話ながら、簡易キャンプに到着していた。

 つーくんはバケツを製水機に向けてひっくり返しながら言葉を続けた。


「ココが無いと、俺達は安心して戦えない。一番大事な場所を守るのがよーくんの役割だよ? 頼むぜ?」


 笑顔で言うつーくんの瞳は、ちょっと涙ぐんでいるように見えた。


「でもさ?」


 言いかけた俺の言葉を、つーくんは遮る。


「あのね、俺達三人は全員が成功するつもりだよ?」


 バケツの水が空になった。つーくんはバケツをぶら下げて、また沢に向って歩き出す。つーくんの瞳は木々の合間に見える夏空を見つめていた。


「伊藤さんが成功したら、俺も金田先輩も金銭的な援助をしてもらう予定なんだ。財力がある家臣を、社長は絶対に優遇するからね」


 俺のバケツの水も、全て製水機に吸い込まれていった。


「てことはさ? 伊藤さんに元気になって貰わないと始まらないって事だよね」


 先に行ってしまったつーくんを追いかける。


「そ、今の俺達に出来る事は水汲みくらいっしょ」


 俺達は予定通り三往復の水汲みを完了。


 昼前になると、金田さんとつーくん、それと俺の三人で買い出しに行こうという話になった。


 目的は、とりあえず米の入手だ。

 俺達全員の食料にもなるが、今はとにかく伊藤さんの為にお粥を作りたいという話なった。


 お粥を作りたいと言い出したのは、美紀さんである。


「申し訳ありません」


 目の下に隈を作りながら俺達に謝罪した。


(ゆっくり寝れてないな)


 小屋に入ったのに二時間くらいで起きて来たようで、アレコレと唯ちゃんと瑠衣ちゃんに指示を出している。


「何言ってるんですか、俺達の役割です!」


 俺は自信を持ってそう宣言できる。

 つーくんもしっかり頷いて同意を示してくれた。


「ついでに、この場所の把握もしないと駄目だな」


 つーくんは言いながら、危険回避システムのモニターを凝視していた。

 このモニターに映し出されているのは、超音波発生機が設置されている地点の高低差を表示している画像にすぎない。


 明確な位置は不明なのだ。


 おおよその位置については、先行スタッフから渡された略地図がある。かなり大ざっぱな地図で、分かるのはこの場所が美濃と飛騨の国境付近だと言う事くらいだ。


 金田さんが麻袋を二個持って立ち上がる。


「とにかく人がいねえと買い物も出来ん。まずは南に下りてみるか」


 もしかしたら数日かかるかもしれない。可能性だけの話をするならば、途中で山賊に襲われて死んでしまうかもしれない。


(でも、これはやらないと駄目だ)


 硬い決意を胸に、俺達は出発の準備に取り掛かった。

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