第22話 とんぼ返り

 伊藤さん達がキャンプの中央へ戻り、美紀さんへ目配せする。


 小屋の辺りで荷物を漁っていた美紀さんも、その手を止めて俺達の近くに来た。


「さて、これからの事なんだけどさ」


 伊藤さんが話し始めたその時。



「――へぎゃっ!」

「――いでっ」



 俺の後方から、何かに潰された蛙のような声がした。



「嘘でしょ……?」


 美紀さんの声に俺も慌てて振り返る。


 そこには、地べたに女の子座りしたままの唯ちゃんと、その唯ちゃんの傍らには仰向けに引っくり返ったまま、逆さまに俺達を見つめる瑠依ちゃんの姿があった。


「ははは……た、ただいま」


 思わず注目の的になった事にやや焦り気味の唯ちゃん。

 瑠依ちゃんは、ガバッっと起き上がると、美紀さんに向けて突進した。


 伊藤さんは「あちゃ~」という声と共に、手を額に当てて空を仰いでいる。


「やり直しっすね、会議」


 そんな伊藤さんの横で、金田さんも困り顔をしていた。


「え……? 何で?」


 呆然とする美紀さんに、瑠衣ちゃんはラグビータックルのように飛びつくと、そのまま泣きじゃくる。高速回転頭脳の美紀さんでさえ、この状況を理解出来ずにいるようだ。


 一方、唯ちゃんはゆっくりと立ち上がり、膝やお尻についた砂埃を払いながら冷静だった。


「すいません、お迎えに来れたわけじゃないんです」


 言いながらゆっくりと優理に向って歩き出す。


 二人が改めてお迎えに来た訳じゃないのは、何となく理解できる。服装も髪型も、さっき転送される前と同じだし、なんとなくだけどすぐに戻ってきた感が満載だ。


 唯ちゃんは、優理の目の前で立ち止まる。


「唯……」


 優理は小さくもらすと、その場で立ち上がって唯ちゃんと向き合う。


 直後、唯ちゃんの平手打ちが優理の左頬を弾き飛ばした。


 結構、いや、かなり、本気の平手打ち。優理はその場に立ちすくんだまま、言葉もなく、動かない。


(あわわ、なになに?)


 俺はただ茫然としていた。視界の隅には、握った手を震わせている唯ちゃんが映っている。


 その二人の様子に、泣いてた瑠依ちゃんはピタリと泣き止んだ。まさに泣く子も黙るって感じだ。見かねた美紀さんが声をかけようとしたが、伊藤さんが美紀さんの前に手を出して静止する。


(なんで止めるの? この二人やばくない? 止めなくていいの?)


 俺は本当に慌てている。女の子が女の子を本気で平手打ちするのなんて初めて見た。



「ごめん……唯、ごめん」


 ようやく、優理が口を開いた。

 小声で謝罪したようだ。


「……ゴメンじゃないよ! バカ優理っ!」


 唯ちゃんは両目からポロポロと雫を流し、叫ぶように言葉を続ける。


「何考えてんのよ! こんなの絶対許さない!」


 そう怒鳴りながら優理の両肩を掴んだ。


「それ、さっき美紀ねぇにも言われた。いっぱい怒られたよ」


 左頬を赤く腫らしながら、明らかな作り笑いで優理が答える。


「バカ。ゆうりのバカ……」


 怒鳴ってた勢いは何処へやら、急に弱弱しい声になってしまった。ションボリした唯ちゃんは、掴んだ優理の両肩を引き寄せ、抱きしめる。


「優理のいない世界なんて考えられないよ。この裏切り者!」


 その言葉に誘発されるかのように、優理の両目からも大粒の雫が零れ落ちる。


「ごめんじゃ済まないよね、ホントだね。ごめん……唯、ごめんね、ごめんね」


 二人はお互いの存在を確かめるように肩を抱き合いながら、しばらく泣いていた。

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