第9話 選考会
残された俺と佐川優理の間に数秒間の沈黙が流れたが、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「お茶、石島さんもいる?」
こんな可愛い子が用意してくれる茶を拒否するはずがない。
「あ、うん、もらうよありがと」
キッチンへ向かう佐川優理の背中を眺めながら、俺が抱えている事の小ささを実感していた。つまらないとか、面倒だとか、そんな悩みはゴミみたいな物だ。
(あの小さな背中にどんだけ重い物を背負ってるのさ)
伊藤さんの言葉が頭から離れない。
――『突っ込まれて泣くほどの秘密なんて持ったことあるか?』
そんな秘密、想像もつかない。
どんな決意だったんだろうか、伊藤さんはそれを感じ取れたのだろうか。
俺なんかが心配したところで、どうにもならないくらい重い何かを抱えているのだろう。
「おまたせ~」
佐川優理が入れてくれたのは、たぶんほうじ茶だと思う。朝飯も、昼飯も、夜飯も、お茶も、三百年後でもそれほど変化が無い事は驚きだ。
俺は、そんな内容の事を話していたと思う。佐川優理からしてみれば昔話になるのだろうか。
「……つめたっ」
話の途中で伊藤さんに言われたとおり氷を持って来て袋に入れると、目を冷やしながら話を聞いてくれていた。
(やっぱり俺に気を使ってるのかな)
それよりなにより、伊藤さんを筆頭にみんな自室に戻るのが早すぎだ。
俺はまだ全然眠くないし、佐川優理もそれは同じようで「まだ眠くないし、今日は寝れるか微妙~」とか言っていたので、けっこう話し込んでしまった。
話している途中、気になって仕方がない様子の中村さんがやってきて、用もないのにキッチンに行っては「早く休めよ」なんて声をかけて自室に戻るという行動に三回も遭遇した。
本当に気になって仕方がないのだろう。
佐川優理は、俺の話はそれなりにしっかり聞いているもののどこか落ち着きがなく、誰かを待っている様子だった。それが誰かは聞かなくてもわかる。
(ほんとわかりやすいな)
結局、他愛もない会話だけが進み、いつもの就寝時間を過ぎてしまっていた。
「わたし、そろそろ寝るねっ」
引き留めたかったが。
「ああ、おやすみ」
代わりに、出来るだけ笑顔でおやすみを言うように心がけた。
(まいったなぁ)
話してみたら、とびっきり可愛い、だけじゃなかった。ホントに良い子なんだ。
(惚れてまうやろ~)
部屋に入る佐川優理の背中に向って心の中で叫び、無理やり冗談ぽくする事で、自分の気持ちをごまかした。この場所、この時代、この施設、ゲネシスファクトリー、俺は知らない事が多すぎる。
(よし、戦国時代とやらを見にいこう)
抱き始めた佐川優理への想いを振り払うように、俺は戦国時代へ行く覚悟を決めた。
そんな覚悟を決めちゃったら、目が冴えちゃって眠れなくなってしまった。外に出てみようと試みたが、リビングの入口のドアは全く反応してくれない。
(朝は普通に開くのになぁ)
夜間は稼働しないらしい。手動で動かないか試してみたけれど、重厚な扉はピクリともせず、開くどころか動く気配さえ感じなかった。そんな扉を手のひらでペシペシと軽く叩く。
(これもう壁だね、扉じゃなくて壁)
俺は外出を諦めて、講義の時に配布された資料を見ながら眠りにつこうと自室に戻る。
サポートの女の子達が持っているような、あんな端末が配布される事を期待していたのに、手元にあるのはずいぶんとアナログなペーパー資料だ。
(三百年後ってどんな世界なのかなぁ)
これから過去へ飛ぼうとしている俺は、今いるこの世界が気になり始めていた。それは単に新しい物への興味なのか、佐川優理がいるからこその興味なのか、自分でもわからずにいた。
翌日、選考会へ参加予定の人間は広間に集められていた。どの班にも、サポートの女の子は同行していない。
「どんな試験なんだろうな」
そう言いながらやる気満々な表情の中村さんは、誰にでもなく言葉を続ける。
「やってやるさ。行ってやるよ、戦国時代に!」
中村さんの言葉を遮るように、広間に大音声が響いく。
それは随分と可愛らしい女の子の声だった。
『お待たせいたしました! これより、選考会委員長より皆様に発表があります!』
今日の司会は佐川優理ではないらしい。
別の班から「おっ、るいちゃんだ」と反応があったので、おそらくその班のサポートの子なのだろう。スピーカーから発される声は、その後ほどなくして男性の物に代わった。
『参加者の諸君、選考会お疲れ様でした』
その男の言葉に場内がざわついた。
(選考会お疲れ様でした? え?)
『察しの良い方はお分かりでしょうか、選考は昨日をもって既に終了しております』
「どういうことだ聞いてねーぞ!」
「だましたのかよ!」
「あー、このパターンか」
『お静まりください』
広間に静寂が戻る。
『選考は、昨日まで行われていた講義の成績、同班及び他班の参加者との交流状況、人望。また各サポートとの会話、居住区リビングでの過ごし方を元に行われました』
(なんだよ、準備とか言っといて油断させて監視してたのか)
リビングでの過ごし方、という事は当然ながら監視カメラでも設置してあったに違いない。
「優理ちゃんに秘密をしゃべらせなくて正解だったっすね」
金田さんの言葉に驚いた。伊藤さんばかりが目立っていたが、この人もなかなかに頭が切れるようだ。
返事をしない伊藤さんの代わりと言ってはなんだが、俺は自然な流れで感想を呟いた。
「そうですね。内容によってはヤバかったかもしれませんね」
この施設、この組織がどんな物か全くわからない。もしかしたら佐川優理は、秘密を話す事で本当に危なかったかもしれないのだ。
「伊藤先輩、この事知ってたんっすか?」
伊藤さんはすっとぼけた感じで答える。
「んなこと知るかよ。ただ、色んな可能性は考えてたけどね」
(色んな可能性を考える、か)
俺たちの会話を遮るように、スピーカーからの言葉が再開される。
『昨日各班より推薦された参加者については、予定通り候補者と認定致します』
(そっちは予定通りなのね)
この三日間の過ごし方で評価される選考に、通過するかどうかを気に病む必要が無くなった推薦を受けた八人は、檀上へ呼ばれた。もちろん、俺もだ。
ステージに上がると、そこは皆がいる広間より二メートルほど高く、圧倒的に見下ろす形になった。各班から推薦された俺を含む八名は、特に会話をする事もなくステージに上がり並ばされた。
「がんばれー!」
「むらかみ~! がばんれよ!」
「ヨシオ! 変革起こして来いよ!」
「石島ちゃん! ふぁいと~」
「お土産よろしくなー!」
飛び交う応援の中に、金田さんの声が混じっているのを聞き取れた。
『続いて、選考結果を発表します』
広場にまた、静寂が戻る。
『第一位通過 得票数四三九票』
場内が大きくどよめいた。
(得票数? なんだよそれ、四三九って、そんなに選考する人間がいるってことか?)
俺と同じ疑問を持った人間もいる様子であるが、この選考発表を既に経験している人間は疑問ではなく驚きを表していた。
「四三九票って、とんでもねぇな」
「ああ、俺初めて聞いたわ」
俺の横に並んでいた、推薦候補者同士の会話が聞こえてきた。
(選考基準はよく分かんないけど、一位通過のヤツはとんでもないってことか)
『選考会参加回数、一回』
場内が再びどよめいた。
「初参加で四三九票って、化け物クラスだな」
「んだな。出るかもな、ゲームチェンジャー」
俺の横に並ぶ候補者二名は、どうやら初参加ではないようだ。
『第六班』
(うちの班だ!)
『伊藤修一』
場内が沸きたつ。
(伊藤さんだ、やっぱり化け物クラスなんだ!)
「ぐはー、俺かと思ったのに!」
残念な声を上げる金田の横で、伊藤さんがこちらを見ているような気がした。
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