第三百三十三話 『……修正するのも面倒だな』

「ヨシュアか……」

「えぇ、ヨシュアです」


 今更ながら、この男に頼ることになるのか。


 魂使魔法科コンダクターの教師をしているクレイニーが、『これだけのものを造り出したというのは神業以外にない』とミルクレープを指して言っていたのだから、ヨシュアの機石魔法師マシーナリーとしての実力は相当のものなのだろう。


「そりゃあ、ミルクレープを造ったお前なら、機石魔法に関して右に出る奴もいないんだろうな。……そもそも、妖精魔法や機石魔法だけじゃなく、どの魔法も全部お前から教わればよかったんじゃないのか」


 ヨシュアの魔法の凄さは嫌というほど知っている。ミルクレープからは、絶対に無理だから諦めろと言われたが、教わることに関してはそれとは別だ。


 今までは教わる側としても問題があった、それに関しては認める必要があるだろう。だから、今度こそヨシュアから真面目に教われば何か得るものもあるだろうと思ったのだが――


「知っているでしょう。私は他人にものを教えるのは得意ではないのですよ」

「単にやるつもりがねェだけだろうが」


 ミルクレープからチクリと言われて、自分もローザも深く頷いた。どうせまだ機石魔法科マシーナリーは無いのだから、他に道は残されていないのだ。


「……他に良い案もないでしょうから、仕方なく私が教えますが基本的なことまでですよ。なるべく分かりやすいように努めますが、その点だけは覚悟しておいてください」


 そうして、機石魔法について教えてもらうことになったのだが――






「――さっぱり分からん……!」


 自分たち以外はいない、がらんどうの機石魔法科棟。ヨシュアとの一対一での授業で懐かしい気分を感じたのも束の間、数十分後には頭から煙が出始めていた。


 結論から言ってしまえば、機石魔法は全くと言っていいほど私には合わなかった。そもそもの話、私はそれほど細かい作業が得意ではない。ぶっちゃけてしまえば、不器用そのものだった。


「機石魔法というのは、平たく言ってしまえば“折りたたむ”魔法です。魔法式を込めることができる魔力機石に、膨大な魔法式を書き込み動かす――似たような魔法をキミも学んだでしょう」


「……魂使魔法か」


 核となるものに魔法式を書き込んで、物体を動かす。ゴゥレムを目にしてミルクレープを想起したこともあって、すぐにそれだと思い当たる。


「えぇ。やっていることは、定理魔法と魂使魔法を組み合わせたものに近いですが、その両方を繋いでいるのが機石魔法なのです」


 とはいっても、その“折りたたむ”のもコツが必要で、きちんと組み込みたい魔法に合わせたやり方でないと、うまく魔法式を圧縮できない。


 これまでいろんな授業を聞いていたときも思ったが、“基本的な”と“素人に分かりやすく”は全く別物だ。その知識と技術が根底にあり必要だということは分かるのだけれど、もう少し噛み砕いて説明できないものか。


「魂使魔法は“生命を模したものを創造”しますが、まったくの無からというわけでもありません。既にこの世界には、見本が溢れていますから。細かい部分までは再現できなくとも、簡単な命令に従うゴゥレムを作ることはそう難しくはないでしょう。しかし、機石魔法は――」


 そう説明しながら、ヨシュアが授業用に用意した魔力機石を持ち上げる。


「組み込まれた魔法を発動する条件を指定する必要があります。基本的には、“魔力が流されたとき”を条件にするだけでいいのですが、それだと一つの事しか実行できません。外部から魔力を供給して扱える魔道具は、概ねそういった単純な構造の物が多いですね」


 魔力を流すことで光を放って周囲を照らしたり、炎を出して物を熱したり焼いたり、そういったものが大きな街では普及し始めているらしい。そういった物には、魔力を溜めておく別の機石が備え付けられており、それによって魔法を使えない、魔力を持たない人でも簡単に魔法を使うのと同じ結果を得られるのだという。


「生み出す者とは雲泥の差はありますが、誰でもそういった物が扱えるようになったことで、文明の段階が推し進められているのは事実です。ゆくゆくは時代の中心を担う魔法となっていくでしょう」


「ミルクレープみたいな機石人形グランディールも、そこらで普通に歩いているような世界ってことか?」


 それは良いのか悪いのか分からないな……。

 あちこちで爆発が起きていそうだ。


「……機石人形グランディールを生み出すには、魔法式を数万以上書き込む必要がありますがね。普通の機石魔法師マシーナリーでは、魔法に人生を捧げたところで生涯に1体生み出せるかどうか、というところでしょう」


『一度造ってしまえば、同じものを量産するのはそう難しくありませんが』と、さも簡単なことのように呟くヨシュア。


「それじゃあ、ミルクレープが何人も……」

「可能ですが、私はやりません。私の目的とは別のことですので」


「ですが、そういう時代もありました。どの時代にも“天才”と呼ばれる才能を持った者が数人は生まれるものです。その者たちによって、機石動物マキナ機石人形グランディールを解析し、生活に機石魔法を組み込んでいこうという動きもあったのですよ。――しかし、時代が追いついていないまま技術だけが先行を続けると抑止力が働く。これも、この世界の面白いところです」


「さて、珍しく最後まで話を聞いていましたね。良い形で成長しているようでなによりです。さて、肝心の宿題の方ですが――」


 そう言ってヨシュアは、机の上に何かを置いた。

 金属製の腕輪が、カランと音を立てる。


『……こいつは?』と尋ねてみると、『なんの変哲もない、ただの金属製の腕輪ですよ』と返ってきた。


「先ほど少し話した魔道具を作っていただきましょう。組み込むのは簡単な魔法なので、この腕輪に魔法式を刻むだけで十分です。魔力機石を使うよりもずっと簡単でしょう?」






「私が器用じゃないのは分かってるくせに……」


 こんな、ちまちまと工芸品を作るような作業、正直言ってできる気がしない。機石魔法のように“折りたたむ”必要が無いのは助かるが、魔法式を刻むのはどうやるんだったっけ……。


「ええと……ヨシュアが言っていたのは、“装備者の魔力を撃ちだす魔法”だったか。そんなことしなくても、バァーッと炎でも出せば……ブツブツ……」


 …………。


 まずは術者から魔力を吸い上げて――

 その魔力を塊として打ち出す――

 必要以上の威力にならないように、出力を調整する必要も――


 やっていることは魔法陣を描くのと殆ど同じ。もともと魔力を持っている者の使用を前提としたものらしく、構造としてはとても単純なものだった。魔力を炎や水などに変化させる必要もない。それこそ、魔法の基礎の“基”の部分である。


「あぁ、くそ……。魔法式が入りきらないじゃないか」


 ただ、どうにも細い腕輪ともなると勝手が違ってくる。魔力を吸い上げて撃ちだす部分はなんとか入れ込んだのだけれど、出力を調整する部分がどうやっても入らない。


 威力は十二分にあるのだが、このままでは使った者の魔力量を無視した勢いで魔力を消費してしまう。となると、一度全て魔法式を取り除いた上で、もう一度最初からやりなおし。と、なるのだけれど――


「……修正するのも面倒だな。いいか、これで」


 どうせ、自分には必要のないものだし。

 ちょっとヨシュアに見せてから捨ててしまえば、誰も困りゃしないだろう。


 ――――。






「……さて、どうやら宿題はできてないみたいですが」

「細かい作業は向いてないんだ。機石魔法には向いてないことがよく分かったよ。その腕輪については、悪いけどそのまま捨てておいてくれないか」


 薄々感じていたことがはっきりと証明されただけ。

 そういう魔法があると分かっただけでも良しとしよう。


 ヨシュアもそこまで期待していなかったのか、特にこれに関して文句を言うこともなかった。ヨシュアの教え方が悪いとかそういう問題ではなく、単純に自分には向かなかったというだけのことだ。


「捨てる必要もないでしょう。また気が向いてみたときに、手を加えてみるのも面白いですよ。それまでは私が保管しておきます」


 ――とは言ったものの、それから私が機石魔法に関してなにかすることはなかった。腕輪については、ずっとヨシュアが持っていたようだが……。


 この作りかけの腕輪がどういった結果をもたらすのか――

 この時の私は知るよしもなかった。

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