第二百四十二話 『五人の英雄じゃない』

「――で? こうやってダラダラと馬車で移動? ありえなくなぁい?」


 ガタガタと揺れる馬車の中で、白と黒の髪が揺れる。桃色の看護服に身を包んだシュガークラフトが、ツートンの髪の隙間から外をちらりと見てぼやいた。


「文句を言ってんじゃねェ。これが、この面子での“最速”だ」


 その隣では、珍しくミル姐さんが抑える側に回っていて。


 性格も、外見も、一見すると全く共通点が無さそうな二人が並んで座っているのを見ると、なんとも不思議な感じがする。


 今は学園を出発して北上中。大陸の北西に位置するナヴァランへは、大陸の西側へ船を使って移動する海路と、まずは北上してから西へ移動する陸路の二つがあったのだけれど、今回は後者を選んでいた。


 どちらのルートを通るにしても、別の国へと行かなければならない。船ならばともかく、馬車の場合は移動する際の手続きにも限界がある。それは魔法学園に所属していて、ある程度の融通を利かせても避けられないことだった。


「船で移動したらしたで、万が一襲われた時に戦いにくいって話だ」

「視界に入った船を片っ端から沈めちゃえばいいじゃないのぉ。私とミルがいれば、それぐらい気づかれずにできるでしょう?」


「……アカホシの所に着くまでは、面倒事は避ける」

「なによぉ。ちょっと記憶を失ってるからって、丸くなっちゃって……」


 と、世間話でもしているかのような口調でサラッと恐ろしいことを口走るあたり、本当に大丈夫なんだろうかという疑問が頭をよぎる。……心配していたクロエの予感が当たらないといいけど。


 兎にも角にも、陸路で移動している以上は、どうしても移動に時間がかかってしまう。テイラー先生が言っていた“サープリアス領境”までは、少なくとも十日以上はかかる計算だった。


 ただでさえ長い旅路のことを考えるだけでも、気が重くなってくる。しかも、シュガークラフトがあまり友好的でないこともあって、馬車の中は変に張り詰めたような空気となっていた。


 ……馬車に乗り始めた段階から目を輝かせていたアリエス以外は。


「ね、ね! 学園でミル姐さんの身体をいじってたよね。あれ、私も興味があるんだけど。機石人形グランディールの内側ってどんな構造になってるの?」


「……なにこの子」


「うちの学園の優秀な機石魔法師マシーナリーだ」

「ふぅん……」


 ミル姐さんの優秀という言葉をそれほど信用していないようで、『ふふん』と胸を張るアリエスをジトっとした目つきで眺めている。ヒト族そのものに対して、懐疑心というか気を許していない雰囲気がプンプンとしていた。


「ちょっと機石についての知識があるからってなに? アンタに理解できるわけないでしょ。機石人形私たちはとても繊細で、緻密で、そして美しいの」


「……繊細?」

「美しい……?」


 ちょっと自分たちの知っている機石人形グランディールとは程遠い単語が聞こえたのだけれども、気のせいだろうか。


「ともかく、そこらの小娘に機石人形グランディールのなにが分かるってのよ。ほら、玩具オモチャをあげるから、隅っこでこれでもバラして遊んで――っ!?」


 ――――。


 一瞬。シュガークラフトが小さな機石装置リガートを取り出した次の瞬間には、手のひらの上でバラバラの部品の山となっていた。


「どう? ただの機石魔法師マシーナリーだと思ってもらっちゃ困るんだから!」

「へえぇぇ……?」


 シュガークラフトの、表面だけの取り繕ったような笑顔が、微妙にひくついていた。きっと人間だったら、青筋の一つでも浮いているんだろうなぁ……。


機石人形グランディールについて学べる機会なんて、学園にいたって滅多にないのー! なんだってするから、ね? おねがーい!!」


「あぁ、もう、うるさいわねぇ……! ほんっと、最悪……」


 そう言うなり、シュガークラフトの方もムキになってか、新しい機石装置リガートを取り出した。先ほどとは打って変わって、それをすぐにアリエスに渡すのではなく、空いた方の手で何やらガチャガチャと手を加えている。ほんの数秒、作業を終えた後の機石装置リガートを見ても、何かが変わったようには見えない。


 けれども、受け取ったアリエスはその目をこれでもかと見開いていて。どうやら彼女にだけは分かる変化がそこにあった。『むむむ……』と両手に工具を持ちながら唸り始める。


「はぁぁ……。やっと静かになったわ……』と馬車の窓枠に肘をかけながら、呆れたような声を出すシュガークラフト。斜向かいに座ったアリエスが熱心に機石装置リガートをガチャガチャしている様子に、満足しているようだった。


 …………。


 そうして馬車の中が、ガタガタと揺れる音とアリエスのガチャガチャ音に包まれて。ついでに、ヒューゴあたりがウトウトと船を漕ぎ始めた頃。今度は自分が話を切り出すために口を開く。


「あの……」

「ハァ……。なぁによぉ」


 嫌な顔をされたけども、世間話などをするつもりはない。これからの依頼について、重要な話を聞いておこうと思ったのだ。どうせ今日の宿でも暇な時間はできるだろうけど、こういうのはできるだけ早い方がいい。


「依頼の内容を、ちゃんと確認しておこうと思って。その……これから暴走を止めにいく“アカホシ”って、どんなヒトなんですか?」


 話に聞くだけでも、相当な実力のある機石人形グランディール

 ミル姐さんたちの仲間だったと聞いたけれども、どうして暴走してしまったのか。


「アカホシは――アタシたちの仲間であり、そしてリーダーだった男。……共に、“世界大戦”を戦い抜いた大切な友達だ」


 んんん……?


「世界大戦って……たしか百年以上前に終結した戦争のことでしたよね?」


機石人形グランディールには、魔力切れはあっても寿命ってものはねェ。たった百年程度なら、問題なく動き続けられるようになってんだ。少なくとも、アタシらは――」


「……ちょっと! ミルクレープ――」

「こいつらには全部話しておく。アタシが良いって言ったら良いんだ」


 ――――。


 二人の視線が交錯する。


「……はぁ。話すのはいいけど、私がやるわよ。アンタは説明が下手だから」


 先に折れたのは、シュガークラフトの方だった。心底嫌そうな声を出しながら、こちらを見回す。……ついでに眠っているヒューゴも起こすよう言われた。


「――まず、第一に。アカホシのことを話す前に、アンタたちは世界大戦についてどれだけのことを知っているのかしら」


「ふぁああ……。あれだろ、最初はヒト族グランデ亜人族デミグランデが争ってて――」

「その途中に第三の勢力――魔族が現れて暴れ始めたから、両陣営が力を合わせて戦うことになった。一致団結して魔族を倒して、戦争はオシマイ。世界は平和になりました――でしょ?」


 ――それが、百年以上前に起こった戦争の大まかな流れ。

 学園での授業や、図書館の本などで学んだ過去の出来事。だけれど――


「まぁ、そんなところでしょうね。所詮は平和ボケしたヤツらの学園ね」


『はっ』と鼻で笑うシュガークラフト。まるで、自分だけは誰にも知られていない秘密を知っているかのような態度だった。それは――


 それは、もしかして。

 ……自分も知っている内容なのではないだろうか。


「実際はね――」

「……ヒト族グランデとの争いに劣勢だった亜人族デミグランデが、別の世界から魔族を召喚した。けれど、呼び出された魔族の中でも特に強い力を持った奴らがいて――逆に呼び出した亜人族デミグランデを襲い始めた」


 神様に教えてもらった、と言ったところで、他の奴らは信じないだろう。

 それでも自分は確かに聞いた。時をつかさどる神、ロアノに教えられた。


「もうまともに戦える状態じゃなくなったから、亜人族デミグランデヒト族グランデすがったんだ」


「……ふぅん。ただの生徒じゃないってわけね。ミルクレープが教えたわけじゃないのでしょう?」

「ついさっきまで記憶を失ってたんだ。教えられるわけねェだろうが」


 そう吐き捨てるように言いながらも、このことについてはミル姐さんも少し驚いているようだった。シュガークラフトからは、感心したような発言とは裏腹に、怪訝な眼差しを向けられてしまう。


「それでも、五人の英雄が魔族の親玉を倒して戦争は終わったんでしょ?」

「――いいえ。違うわ」


「……え?」


 いつの間にか手を止めていたアリエスの問いを、シュガークラフトは指を立てて否定した。……どういうことだ? 確かロアノだってそう言っていたはず。


亜人族デミグランデに壊滅的なダメージを与えた後は、大将であるウルグリアーとその他数人以外は姿を消したらしいし。その数年後に突然に現れた“五人の英雄”が、ウルグリアーを倒して戦争は終わり。――そう、全部終わったことなんだ』


 確かに言った。五人の英雄と。戦争は終わったと。

 それなのに、なぜかシュガークラフトはそれを否定した。


「戦争を終わらせたのは――魔族を率いていた吸血鬼ヴァンパイア、“ウルグリアー・ベリルリード”を倒したのは、


 百年前――実際に戦争のある時代を生きてきたという機石人形グランディール

 その言葉を信じるべきなのか。


「――


 それを真実として、受け入れるべきなのだろうか。

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