第二百三十四話 『真似でもしたくなったか、ん?』
――――。
そろそろ昼飯の時間も近いというのに、ぶっ続けての試合。他の三人とは運動量が違いすぎて、腹が鳴ってもおかしくないぐらいだった。
できれば飯を食いに行きたかったんだけども、相手が相手だからそうもいかない。
「やっぱ強ぇ……!」
グループ【知識の樹】の監督生であり“研究生”。
炎の
普段はのんべんだらり、とした様子の先輩。だけれど、勝負となると
「そろそろ暖まってきただろう? 序盤はグダグダだったからにゃあ」
それはこうして目の前にしても、ありありと分かる。
伊達に自分たちのリーダーをやっているわけじゃあないんだ、と。
四人で戦っているのに、一度も膝をつく様子すらない。ヒューゴは地面に這いつくばり、ヴィネは黒焦げ。そしてアリエスの
確かに 試合開始の立ち回りは、褒められたものじゃなかったかもしれない。といっても、言い訳させてもらうなら――ヴァレリア先輩がどんな爪を隠した“鷹”なのかを暴きに出ようとしただけで……。
「ほらほら、準備はいいかぁ。憧れの先輩との真剣勝負だぞぉ」
先輩は一人、向こうの方で腕組みをしながら、挑発的な笑みを見せている。
「試合場はどうする? 流石にここじゃあ戦いにくいだろう?」
「――辺り一帯を綺麗にすればいいんだろう。……
試合場は先の戦闘でボロボロになっており、もう使える状態ではなかった。そこでヴィネの魔法だ。植物の力によって、瓦礫はあっという間に山として一角に積まれていく。そして試合場があった場所を、言ったとおりに綺麗な更地へと変えていた。
場外負けについては、相撲の土俵のように囲いを作って対処することになった。流石に、勝負するにも範囲を決めておかないと、なんでも有りになってしまうし。ちゃんとした試合をするなら、できるだけ条件は他のものと近いものにしておきたい。
……あの先輩相手だ。場外負けという手を残しておくに越したことはない。
「さぁ。いつでも、どこでも。好きな奴から来ていいぞー?」
ただ突っ立っている様子は、完全に隙だらけ。
まだ本気になっていない、今のうちなら……。
もしかしたら、という
「……俺から行く」
そう皆に小声で伝えて、飛び出す。
なるべく悟られないように。筋肉の細やかな動きにも気を配りながら、タイミングを窺う。地面を蹴るために踏み込むのも、直前の一瞬だけ。自分でも制御できるか微妙なラインで、今日一番の速度のままに飛び込む。
接近して、身体の芯を狙って、確実に。魔力を込めた一撃を見舞う。
そのつもりだったのだけれど――
「扱いきれない力は
「――っ!?」
先輩の手の届く範囲――間合いに入った瞬間に、視点がぐるりと回転した。
何をされたのかは見えていたけれども、それでも一瞬。――伸ばした腕を掴まれ、もう片方の空いた手が、こちらの脇の下あたりを掬い上げたのだ。
そのまま大きく投げ飛ばされた形で、身体が宙を舞う。
「な、投げられ――!?」
あのスピードに合わせてきたってことか……!?
早過ぎず。遅すぎず。完璧に合わせてこれないと、これだけ綺麗に投げられることはない。……全く投げられた感覚が無かった。こうして、宙に投げ飛ばされて初めて何をされたか理解できたのが証拠だ。
――って、これ……ヤバいんじゃないのか!?
身体は既に空中。勢いはそのままに、ヴァレリア先輩の頭上を越えて――このままでは、場外へと飛び出してしまう。どうにかして留まらないといけないのに、空中では何もとっかかりが無い。――そんな時だった。
「テイルさんっ!!」
ハナさんの声と共に、場内の端に細い樹が飛び出した。ヴィネの魔法によるものだろう。ロープをその枝に引っ掛け、なんとか場外に落下する前に復帰することができた。
「すまない、助かった!」
「
まるで何事もなかったかのように余裕の表情。別に構えてこちらを待ち構えていたわけでもないのに、赤子の手を捻るようにいなされてしまった。ヴィネの時とは全く違った感覚。魔法だとか、何かの仕掛けなど無しに、単純な身体能力で弄ばれたというか……。とにかく、得体の知れない強さがそこにはあった。
「――無様だな。そこで見ていろ、黒猫」
ヴィネがずいと前に出る。既に試合場の上は、自分がハナさんと試合した時のように、芝生で埋め尽くされていて。あっと言う間に、例の大剣と盾を構えた。
「どちらにせよ、近づかねば戦いにならぬだろう」
「……気をつけろよ。ただでさえ相性悪いんだから」
こちらを小馬鹿にしたような視線を投げつけてくるが、それでも心配しないわけにはいかない。ハナさんがヒューゴと戦うことを避けていた理由は、そのままヴァレリア先輩にも適応されるだろう。植物が、炎に勝てる道理など無い。
「はっ、心配など無用よ」
「相性以前に、俺にも負けてるんだからな」
「……言ってろ。卑怯者め」
――パチンッ。
減らず口に悪態。そんなやり取りを交わしていると、ヴァレリア先輩が右手を上げて指を鳴らした。ぶわりと熱波が飛んできたと思った次の瞬間には、先輩を中心とした当たりから炎の
「熱っ!?」
試合場を覆っていた芝生が、まるで波のように色を変えて。
ヴィネによって炎は
「そうやって植物だらけにしていると、ヒューゴが戦いにくくなるだろう? ――というのは冗談だが……“こんなもの”を放置しておくこともないし、私はすぱっと潰させてもらうさ」
「笑止――!」
指先に炎を灯しながらそう言う先輩に物怖じすることもなく、ヴィネが飛び込んでいく。先輩と一対一の構図はまずいと、自分もその後を追い、その後ろにヒューゴが詰める。
「自然の精霊なら、植物が受けた感覚を読み取るのだって得意だよにゃあ」
ヴィネの振り下ろした大剣を軽々と避け、そのまま前方に引き寄せるようにして、空いた背中へと一撃。
「がっ……!」
「どれだけ高速で動こうと、足は地面の植物に触れている。単純に軌道が読みやすくなるのもあるし、植物からの感覚で攻撃が届くよりも早く反応することができる。……ってところだろうさ」
がら空きの部分への攻撃。これだけで崩れるほどヤワではないにしても、魔力の込められた一撃を耐えきれる余裕などなく。ぐらりと揺れた身体を、そのまま横へと突き飛ばすヴァレリア先輩。
「ま、私としては別にあっても無くても変わらんがね。そもそも、ここから動くつもりがないんだから」
それは追撃しない優しさ、というよりも――次にくる攻撃に備えて、といったところ。当然、間髪入れずに飛び込んだ自分との攻防が始まる。
最初の失敗を繰り返さないよう、力の制御は抑えている。けれど、向こうから仕掛けてこずに防御に集中しているからだろうか。既に肉薄した距離にいるにも関わらず、一撃すらもマトモに通らない。
「ナイフ頼りの戦い方じゃないと難しいか、テイル?」
「クソっ……! どうして――!」
正面からの突きは受け流され、せめて当てさえすればと出した横からの手刀も、身体をうまく反らして避けられてしまう。近ければ近いほど、動きは読みづらいはずなのに。防御に徹して後出しで動いているはずなのに、完璧に反応されてしまう。
ふわっ――。
「――っ!!」
側頭部に風を感じ、
「おおっと、薙ぎ払いか」
腕よりも一回り太いヴィネの尾が、首筋を掠めた。
植物で
――ただ、そんな不意打ちの攻撃も先輩には通らず。上体を大きく反らしただけで、あっさりと避けられてしまった。生半可な攻撃じゃあ通用しないのは分かり切っている。ならば、と自分がとった行動は――
――ぺちん。
先ほどの側転の動きそのままに、逆立ち状態となり、今度は台風のように横の回転へと向きを変える。腕の力を利用して跳ねたのは一瞬で、自身の黒く細長い尾は、ヴァレリア先輩の顔に力なく当たっただけだった。
ダメージも何もない。毛先が当たって少し痒い程度かもしれない。
もはや攻撃でもなんでもないそれに、先輩が『ぷっ』と小さく噴き出す。
「んっふふ、可愛いにゃあ! 真似でもしたくなったか、ん?」
「――――」
……自分には見えていた。
先輩は気を取られて、見ていないかもしれないが。
「そんな柔らかい尻尾じゃあ、何も薙げない――」
ヴィネの回転は未だ衰えていないのだ。――どころか、更に速度を伴い力を溜めていることを。更なる一撃を放つための動きに入っていることを。
――――。
交差する視線。息を合わせての、即席のコンビネーション。
噛み合いの悪いと自覚はしているが、そんなヴィネに協力ぐらいならできる。
彼女が二度目の薙ぎ払いを放つのに合わせ、身体を折り曲げた今――ヴァレリア先輩への攻撃を遮るものは何もない。自分の情けない
ドッという鈍い音がした。
打撃の瞬間は見えずとも、先輩の身体が揺らいだのが見えた。
「やっと当たった、か……――っ!?」
視線を上げた先にあったのは、右手でヴィネの尾を受け止めていたヴァレリア先輩の姿だった。未だに余裕の笑みを浮かべているその横顔には、一筋の傷がついている。やった、と思った――その瞬間。
――ボッという小さな音がした。
それは――自然の精霊だからなのか。
尾から身体へと炎が走ったのは、一瞬のこと。
「ヴィネ――ッ!!」
ヴィネの身体が炎に包まれ。
ハナさんが――大声でその名前を叫んだ。
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