第百九十九話 『ぶっつけ本番だけれど……』

「うわぁ……広ぉい……」


 通路の広さから言えば、巨人にとっての小部屋程度のものなんだろう。だけれど、自分たちにとっては途方もなく広く見えてしまう。学園の図書室でも似たような印象を受けた覚えがあるけれど、あれは魔法によるものだったよな。


 例えるなら――そう、閑散とした体育館のような。


 端から端まで移動するだけで、体力と時間を費やしてしまいそう。通路よりも高くなった天井は、まるで空まで続いているかと錯覚するほど。


「……? なんだか、天井がよく見えないです……」

「さっきの通路もそんな感じだったよね? なんだかもやがかかってるような……」


 スゥーとおもむろにククルィズを飛ばすココさん。ゴゥレムは緩やかに上昇していったものの、一定の高さまで行くと急に力を失ったかのように身体を硬直させて落下してくる。


 何度か同じことを試したのち、ココさんは肩を竦めた。


「何が作用しているのかは分からないけど、あの中では魔力が霧散してしまうようね。……そのせいで、ゴゥレムに乗っての移動は危険を伴うわ」


 機石装置リガートや魔物以外でも、こんな面倒なものがあるだなんて。


 どちらにしろ、飛行して移動するつもりは無かったらしいけれど、魔法が効かない場所が頭上にあるというだけでも落ち着かない。


「逆を返せばよ、その高さなら機石装置リガートの弾も届かないってことだよな」

「……そう簡単にいけばいいけどね」


 当然、魔力によって動いている機石装置リガートが、その高さに設置されるようなこともないだろう。遺跡の入り口のときのように、上からの砲撃が無いと分かっただけでも見つけものだ。ネガティブになりがちだけれど、こういう時こそ良い方向に考えないと。


 なによりもこの状況で重要なのは、先に進む上で問題が無いかどうかである。


 小部屋の中には、入って来た以外にも扉が一つ。こちらは完全に閉まっている。それとは別に、対角線の位置に見えるのは――あれは、下へと降りるための階段か? もっと近づかないと、詳しいことは分からないけど。


「あそこから下に降りられるようね」


 そうして、小部屋の真ん中あたりまで進んだその時だった。


 ――ガタン。


「これって……!?」

「この部屋もヤバいんじゃないか……!?」


 音と共に部屋に変化が起きていた。……壁の一部が開いて、機石装置リガートがせり出てくるだなんて。カラクリ屋敷かよ……!


「全員、こっちに集まって!」


 ――次の瞬間には、大量の魔法弾が降り注いでいた。


 …………。


「――ふぅ、間一髪」


 ギリギリのところでココさんとトト先輩のゴゥレムが盾となり、自分たちを砲撃から守ってくれる。ゴゥレムには事前に魔法のコーティングを施しているおかげで、剣以外で受けてもそれほどダメージは無いらしい。


「魔力弾の一つ一つは大したことないけど……。怯んだ隙に集中砲火を受けると、ひとたまりもないわね」


 前方と後方の壁に現れた砲台型の機石装置リガート。十体ほどが横三列に並んでいるのを見るのは、実に壮観な光景だった。それが切れ目なく砲撃をかましてくるのは、勘弁してほしいところだけども。


「それじゃあ、さっさと階段のところまで走り抜けようぜ!」

「距離があり過ぎるでしょ! 危ないって!」


「……そうね。今は一点に集中しているからいいけど、近づき過ぎるとカバーしきれなくなるわ。ゴゥレムの損傷については心配しなくてもいいけど、あまりこの場所で足止めを食らい続けるわけにもいかない」


 部屋の中心にいる今なら、ほぼ前後の一点のみを守ればいい。けれども、機石装置リガートが設置されている壁に近づけば近づくほど、左右や上にも気を配らなければいけなくなる。


「……私のルロワなら処理できるわ」

「もちろん、私のアルメシアもだけれど――」


 魔力に対してのコーティングを施しているゴゥレムが攻撃に回ると、今度は防御が薄くなってしまう。各々で対処したり、魔法で防御を張ることもできるけど……。


 打つ手が無いわけじゃない。むしろ切れるカードは豊富にある。けれど、先の長い遺跡探索のため、魔力や体力を温存しておきたいのも事実。階段まで到達するのに、なにも全部破壊する必要はない。よくて正面の三十体前後ぐらいだ。


「……あれぐらいの砲撃なら、避けながら破壊に回れる。俺が行こう」


 強いて問題点を挙げるとすれば、魔力の消費に関してだけ。抑えたとしても三十発。……調整を間違えなければいけるか?


 ――そんなとき、小さな呟きがアリエスから出て来た。


「……よし、なんとかいけるかな」

「……アリエス?」


 遺跡に入ってからずっとガチャガチャやっていたが、それもなんとか終わったらしい。この様子ならもしかして、なんとかなるかもしれない。


「なにか良い手が?」


「えっへっへ……。聞きたい? ねぇ、とっておきの――あいたぁっ!」

「はよしろ」


 思わず手が出てしまった。勿体ぶってる時じゃねぇだろ。


 力も入れてない猫パンチだったけれども、『いたぁい……』と頭をさすりながらアリエスが出したのは――


 ……フォーク?


「これを機石装置リガートの中にねじ込んで、魔力を流して」


 手のひらサイズの、二又ふたまたのフォークのようなパーツ。

 ……大き目の、電子部品のコンデンサにも見えなくもない。


「こいつを……?」

「そ。たぶん、それで動かなくなるはずだから。即席で作ったものだから、ぶっつけ本番だけれど……きっとそれで大丈夫! ……なはず!」


 そういって渡され、全部で五本。

 こんな二又フォーク(らしきもの)で、なんとかなるのか?


「『はず!』って……ええい、やってやる!」


『油断しないようにね』と、ココさんの言葉に背中を押され――アルメシアの脇から前方へ飛び出した。大量の機石装置リガートへ突っ込む状況、もう狂気の沙汰とした言いようがないけれども、今はこれが一番いいやり方だ。


 壁の機石装置リガートたちは、一塊ひとかたまりになっているココさんたちを狙っている。自分に向けて弾が集中しているわけではないので、避けるにも身体一つ分も動く必要はない。


 一気に距離を詰めて、機石装置リガートはもう手の届く場所に。


 せっかくアリエスが構造を解析してくれたんだ。その努力を活かさないで、なにがリーダーだって話。そらいくぞ、まずは――


「一体目っ!!」


 アリエスに言われた通り、右手に持っていた二又フォークを、砲塔と台座の隙間に差し込んだ。あまり深く入れ過ぎて折れても困るし、まずはグラついて外れない程度に抑えておく。


 ――っ。


 魔力を流し込むのなんて初歩の初歩。今となっては、呼吸と同じレベルで出来るようになっているわけで。意識してから実行に移すまでも、一瞬で済んでしまう。


 一瞬だけ持ち手が魔力光で明るくなったかと思った時には――バチッと音がして、機石装置リガートが光を失い始めていた。中の魔力回路をショートさせているかどうかは、アリエスのみぞ知ることだけども、本当に一瞬。あまりにも簡単。すげぇな、アリエス……!


「それなら――」


 直接に一体一体に差し込んで、魔力を流してでは効率が悪い。


 手元には一本あれば十分で。それならばと、残りの四本を離れた位置にある機石装置リガート目掛けて投げつけた。場所はさっき試した通りだ。台座との隙間を狙ったフォークの先は、寸分違わず隙間に滑り込んだ。


「アリエスっ!!」

「はいっ!?」


 後方に大声で呼びかけると返って来る頓狂とんきょうな声。ちょいちょいと、突き刺さったフォークを指さしただけで、意味を把握した旨の声が上がる。


「りょうかーい!!」


 そう言うや否や、魔法弾が後方から飛んできた。もちろん、機石装置リガートからの攻撃ではなく、アリエスからの援護射撃である。的が固定されていることもあって、百発百中。命中した魔力弾により、動力が次々にシャットダウンされていく。


「流石の精度だな……!」


 遠隔でもいけるとなると、倍以上のスピードで進められる。動作を停止した機石装置リガートから、フォークを引き抜き、また新たな目標へと投げつける。その繰り返しの中で、自分も手にしている一本で次々に魔力を流し込んだ。


 ――――っ。


「やっぱり見逃しちゃあくれないかっ……!」


 気が付くと、ココさんたちを狙っていたはずの砲口がこちらへと向いていた。一つ――どころじゃない、残りの全てに狙われている。気づいた時には、一拍遅れてしまっていた。


 砲身の奥で輝く魔法光――あれ、前にも似たような光景を見たような。

 ……そうだ、機石兵器イクス・マギア

 あの時は、自分の身体がすっぽり入るような大口径だったけれども。


 ――とはいえ、数発受けたところで死にはしないはず。痛いのは嫌だけれど、多少のダメージは諦めて、壁を蹴った。向こうの壁の機石装置リガートが撃った弾は距離があるので、当たりはしないだろう。問題は間近の数体。被弾しても、すぐに動くぞ、と覚悟を決めたその時――


 二つの影が、懐へと飛び込んでくる。


「ココさんと先輩のゴゥレム――!」


 鳥型ゴゥレムのマクィナスとククルィズ。それが一瞬で翼を広げて、魔力弾からの盾になってくれた。ちらりとココさんたちの方を見る。大声を上げたりはしていなかったけど、あからさまに『早くしろ』と言っている口の動きだった。


 二体の鳥型ゴゥレムの動きは、生物のそれよりも連携が取れていて。


 自分が機石装置リガートを停止させている間に、アリエスが撃った後のフォークを回収して自分に渡してきたり。自分が砲撃を回避するための足場になってくれる。こんな戦い方もできるのかと、舌を巻く思いだった。


 ――倒せば倒すほど、防御の面での心配は減る。

 つまりは加速度的に機石装置リガートの停止は進むわけで。


 結局一分もかからないうちに、片側の壁に設置されていた三十の砲台は全て機能を停止した。これだけだけでも、突破には十分すぎるほど。先頭を走るココさんが、声を上げたのだった。


「早く! 下に降りるわよ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る