2-3-4 ヴェルデ編 Ⅴ 【ココ・ヴェルデ】
第百九十七話 『痛かったわよぉ……』
「あら、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます、テイルさん」
「おう。ハナさんもおはよう」
「ふあぁあ……おはよー」
「おはよう。まだ髪が跳ねてんぞ」
「…………」
「……おはようございます」
ココさん、ハナさん、アリエス、トト先輩――。
目を覚まして軽く身支度を整えた女性陣が、それぞれの船室から出てくる。軽く挨拶を交わした後は、カインの言っていたジューダス島を遠望から確認したり、船尾をうろついたり、再び船室に戻ったり。
……あれ。あと一人足りないよな。
どうにも最後の一人が出てこない。こういう時には――というより、いつもの話だけれど、アイツはいつも出てくるのが遅い。
結局、ヒューゴが出て来たのは皆よりも二時間ぐらい後で。
「ヒューゴ。おはよう」
「……おはよっす。あ゛ー、なんだよテイル。けっこー早く起きてんだな」
髪は乱れているし、完全に寝起きの状態。緊張感が無いというか、図太いというか。そういうのも、たまには役に立つのだけれど、普段でこれだとズボラなだけだ。実家で仕事の手伝いをするときは、わりと早起きをしていたから、その反動だと言ってるけど……。
「お前がダントツで最後だぞ」
「マジかよ……」
時刻は既に昼前。
『そこかしこに出ている水上岩のせいで、潮の流れが複雑になっている。……おまけにここから先は
少し前に、カインがそう言っていた。
ここは操舵技術の見せどころ、と意気揚々と操舵室へと入っていくのを見たきり、一度も出てきていない。小型の船だったこともあってか、すいすいと海上を進んでいるのだけれど、それもカインの腕があってのことなんだろう。
集中しているようなので、操舵室は立ち入り禁止。
万が一、振り落とされて海に落ちたりしないよう、船室の入り口付近でヒューゴを待ち受けていた。というのが、ここまでの流れ。
「お前は寝すぎだ。――ちょっと、こっちに来てみろよ」
「……? なんだよ、俺、腹が減ってんだけど……」
「飯ならたぶん、もう少ししたら出てくる。それより、この錨……どう思う」
壁にかけられている錨をちょいと指さして。
「どう思うったって……。普通の錨じゃねぇか」
材質とかを確認しているんだろうか。訝しげな顔をしながら、軽く触れてみるヒューゴ。もしかしたら鍛冶師なら知っている特別な金属で、一定の条件で軽くなったり――とか考えたりもしたが、やっぱり普通の錨らしい。
「カインは普通に持ち上げてたろ。朝方なんて、思いっきりぶん回してたぞ」
「……嘘だろ」
ヒューゴは呟きながら、持ち手の部分を掴んで持ち上げようとして。
「――いや、かなり重たいぜ、これ」
一分もしないうちに諦めていた。やっぱりヒューゴでも無理だったか……。うちのグループで一番の力持ちなら、なんとか持ち上げるぐらいはできるかと思っていたんだけれど。
そんなところに、『そろそろ暗礁地帯を抜けるぞ!』とカインの声が響く。
合わせて、ココさんも船室から出てきて。『もうっ』と頬を膨らませていた。
「何してるの、そろそろ降りる準備をしておかないと」
後ろには既に荷物を持ったアリエスたち。まるで自分たちとだけがノホホンと遊んでいたみたいじゃないか。……まぁ、実際はそんな感じなんだが。
「え、飯はどうなったんスか!?」
「カインくんが準備してくれたわよ。島に上陸してからね」
「……パンに焼き魚を挟んだのを幾つか作っておいた」
即席のサンドイッチ……。割と可愛い料理だった。
後で食べると聞いて、その形にしてくれたようで、思っていた以上にサービスが良い。串焼き程度なら、俺たちも手伝おうというつもりだったのに。
…………。
しかし……いい匂いがするもんだな。
「テイルっ、よだれっ!」
「――はっ……!」
「どこかに降りられる場所があったはずよ」
ココさんとトト先輩のゴゥレムに乗るという手もあったけど、それは何が飛んでくるか分からないから、という論により却下された。何が飛んでくるんだ、とツッコミを入れたいが、言われてみれば確かに空を飛ぶ魔物がいっさい見当たらない。
島の周りを一度ぐるりと迂回して、降りられる場所を探す。岸の殆どが岸壁で、上るのもやっとというところ。上ったとしても、まるで鍾乳洞のように下から伸びている石錐によって、移動もままならない。
「……翌日の同じ時間に迎えに来る。半日待っても来ない場合は、死んでるものと考えるからな」
「それで構わないわ」
そういや、砂漠の馬車の時もそうだったな……。現地で待ってくれるというのは無いらしい。だいたいが、危険な場所だってこともあるけど、なにかそういったルールや決まりだとかがあるんだろうか。
ここまで近づけば、島のディテールもはっきりとしてくる。
これまでと違って、島の周りの海は比較的穏やかで。この砂浜からだと、
……唯一気になる部分といえば、島の中心部。殆どが木々に埋もれているものの、少しだけ頭を出している何やら建物のような一部分ぐらいだろうか。
「確か一日もあれば十分回れる規模だったはずよ。島の――遺跡の広さはね」
「……あれ? 遺跡?」
今までそんな話をしていたっけ?
「遺跡があるの、言ってなかったかしら」
「言ってないですよ! ……いや、別にいいけど」
ちょっとやそっとの遺跡程度、自分たちなら簡単に攻略できる。それは砂漠の地下工房の経験もあって、それなりに自信も付いていた。まぁ、遺跡があろうと、この面子なら……。
「あそこから降りられるんじゃないです?」
「……船を寄せよう」
ようやく見つけた浜辺部分に船を寄せ、カインが板橋をかける。
「それじゃあ――行きましょうか。上陸よ」
――そうして、島へと一歩踏み入れたその瞬間だった。
『オ゛オ゛オ゛オオオオォォォォ――――っ!!!』
「ひぇっ!?」
「雄たけび……?」
大きく轟く雄たけび。それは島の奥の方から聞こえてきて。まるで自分たちを待ち受けているかのよう。実際に見てみないと断定はできないけれど、きっとかなりの巨体だろう。……できればカチ合いたくはないな。
「……ううん? あー、あー、あー……」
「こ、ココさん……?」
なんだか様子がおかしいと思ったら、こっちに向き直って。
その表情は……申し訳なさそうな苦笑い。
「ま、まぁ、言うなれば島の主ってやつね。感覚が鋭くなっているのか、島に入っただけでも分かるみたい。困ったものね」
畜生! 忘れてやがったな! こんな重大なことを!!
「……確か、
「魔物よりもそっちの方が危険だったのよ。魔物なんかに致命傷を負わされるような間抜けなことはしてないもの。生命の無い装置だからこそ、不意を突かれちゃってね。痛かったわよぉ……わき腹に穴が開くのは――」
「うわぁ……」
聞いただけで痛くなるようなことを言うんじゃない。
――でも、本当に大丈夫なのだろうか。響いた雄たけびを聞く限りだと、そっちの方も相当に厄介な気がするんだけど。おまけに、ココさんの記憶がやっぱり完全じゃない、というのも悩みの種の一つ。
なんとか思い出そうとはしてくれているみたいだけれど……。
「今までの冒険とそう変わりはないわよ。早く行きましょう」
「今までと変わらないって……」
だから問題なんですけど? そんな不安を抱えながら、見送るカインに手を振って――深い深い、森の中へと入っていったのだった。
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