第百四十八話 『なにか噂されている……のでしょうか』

 ――思い返してみれば、先生から告知を受けたあたりからだった。


 学内の様子が、これまでと少し変わって見えたのは。

 自分達に向いた視線の種類が、少し変わって見えたのは。


「……ねぇ」


 それは、廊下を四人で歩いていたときのことである。


「なんだか、チラチラ見られてる気がしない?」

「――あぁ」


 すれ違う学生が、こちらを振り返るのを感じるし。

 なんだったら、何人かがこちらを見て明らかに何か話している。


「なにか噂されている……のでしょうか」


「……また何かやったのか、ヒューゴ」

「し、知らねぇぞ! まだ何もやってねぇ!」


 まだって、そりゃ何かするつもりのある奴が言う言葉だ。


 ――自分も冗談で言ったとはいえ、心当たりは全くない。ヒューゴだって、他の面子だって同じようだった。


 それは下級生であったり、たまに上級生であったり。どちらかと言えば、視線は好奇のものに近いだろうか。恨みだったりとか、忌避だったりとか、そういったものは感じられない。……やっぱり心当たりが無いな。


「……あんまり気分のいいものじゃないよね。こっちにバレないようにしてるつもりなんだろうけど。その方が、なんだか逆に嫌っていうか」


 別に後ろめたいものがあるわけでもなく。自分達が視線から逃れるようにコソコソするのもおかしな話。首を傾げながらも、【知識の樹】へと戻る道中で――


「あ、期待の四人じゃない! グループ訓練、頑張ってね!」

「もう知ってるんですか?」


 その理由が、少し明かされた。

 先輩は自分達の前まで来ると、少し鼻息荒くして、腰に手を当て胸を張る。


「そりゃあもちろんよ! なんたって――学内中に【真実の羽根】として、学園行事のお知らせを掲示してる最中だもの!」


 ……なるほど、だからいつも以上に気合が入ってんだな。


 前回の“噴水”と“赤い月”の一件から、すっかりとやる気を出したようで。ウェルミ先輩が引っ張っている形で、新【真実の羽根】も活動を始めていた。


「お、お知らせ……?」


 先輩から『ほら、これ』と差し出された一枚の紙。そこには、訓練に参加するグループの名前やそのメンバーが記されていた。自分たちで調べたのか、それとも教師から情報を貰ったのか、それは分からないけども――


 あまり見たことのない名前もあるなかで、【銀の星】の文字が目についた。


「【銀の星】……」


 紙に書かれている名は、参加する四人のものだけ。グレナカートやムラサキ、そしてシエットとルナ。残りのシークだったかの名は無かった。


 こいつらも参加するのか……。


 それぞれの身体能力や魔法については、この一年半近くを通してだいたい見てきた。ここでの戦闘では、勝ったり負けたりだけれど……。間違いなく、一番手強い相手であるのは間違いない。


「それにしても、よくもまぁ細かいところまで――」


 一人一人の備考欄のようなものがあり、これまでの行事での活躍などが記されていた。特にグレナカートの部分に関しては、【銀の星】の枠の半分以上を埋めるほど。ムラサキとルナに関しては、詳細不明と書かれているけども。これは去年の学生大会に参加していなかったからだろう。……恐ろしくあっさりしてるな。


 学生大会の戦績は、準決勝まで。基礎的な身体能力に優れて、剣捌きや魔法に関しても隙のない立ち回り。今回の訓練でも間違いなく最後まで残るだろう。と、ざっくり抜き出しただけでもこんな感じ。いうなれば、ルルル先輩のとっていた個人データのメモに近い。


 ……まてよ、ということは【知識の樹】の欄もあるのか?


「――あった。どれどれ……うっ」


 これまたびっしりと書かれていた。自分も、ヒューゴも、アリエスもだった。自分とヒューゴに関しては、学生大会の時に散々派手に動いていたからなぁ。試合のひとつひとつの内容をダイジェストでお送りしているような内容だった。


 アリエスに関しても同様で、スカイレースの時の活躍がこれまたびっしり。ロアーにでの立ち回りがどうなるかなど、予想もばっちりな始末。


 こうなると、何も書いてないハナさんが不憫にも思える。

 ……なんというか、バランスが悪いってもんじゃない。


 ルルル先輩の時にも下馬評みたいなものはあったけれども、ここまで極端だったか? 素人であるウェルミ先輩やロランたちに、そこまで求めるわけにもいかないだろうけど……。本人にも悪気は無いんだろうしなぁ。






 ――ウェルミ先輩から教えられたからだろうか。

 周りの反応の正体も、その中身も、少しずつだけれど掴めてきた。


「へぇ……あれが亜人デミグランデの……」

「あのグレナカートといい勝負までいったんだって?」


 ……声の、“形”が浮かんでくる。


 だいたいどんな内容かさえ想像できれば、聞き取るのもそう難しくはない。それを教えてくれたのは、ルルル先輩だったな。ましてや、普通の人よりも聴力のすぐれた“亜人デミグランデ”なのだから、口の形を読み取るだけよりもずっと楽だ。


「俺、あいつの試合みたけど凄かったぜ、会場全体が炎に包まれて」

「へぇ、そんなにすごいんだ。先生並みなんじゃない」


 前々から注目されていた、と言うと自意識過剰かもしれないが……。それでも、ここまででは無かったような気がする。やっぱり、今回のグループ訓練の告知が一因だよなぁ。


「あのロアーっていうやつ、カッコよかったよねぇ」

「最後の直線とかはボロボロだったけど、かなり速度が出てたね」


 それまでは、実際にその目で見た人たちの間だけの“少し目立った活躍をする生徒たち”という、個々人での評価だった。


「あいつらが【知識の樹】か……」


 それが今では“そういう生徒たちの集まり”、というグループでの評価に変わっている。それは決して悪くはないことなんだけれども――ほんの少しばかりの問題が発生するのも想像に難くない。


「あのハナってのも凄いんだろうな」

「さぁ……いままでそんな噂を聞いたことないけどな」


「どうせ、美味い評価だけ頂こうってクチだろ。まぁ、どこにでもいるけどな。“一人だけ集団の足を引っ張るやつ”」


 それは――逆に。今まで見えていなかったものが……あの紙によって、誰の目にも明らかになったから。


「――――っ!」


 ……そんなことはないと、訂正しに行くべきか。口にした生徒も、そこまでの悪意を持って言ったわけじゃないんだろう。だけれど、その言葉が本人を傷つける可能性があるのなら、と睨みつけるだけじゃなく一歩踏み出したその時。


 ――誰かに服の裾を掴んで止められた。


「……っ。ハナさん……?」


 振り向くことができない。布を通して感じる、その手に籠る力が、“自然にしていてくれ”と言っているようで。


「わ、私は……大丈夫ですから」


 ヒューゴも、アリエスも気づいてはいない。……口では大丈夫だと言っている。けれども、その行動が、その言動が明確に彼女の状態を表している。


 表向きには何事もないように振る舞ってはいるけれど……ハナさんも亜人デミグランデだ。それも兎の。つまり、自分よりも遥かに耳がいい。自分の耳に届いたその言葉が、ハナさんに聞こえなかった筈はないのだ。


「き、気にしないでください。私は……」


 とても、とても小さい声だった。それは決して、アリエスたちに悟られまいとするためだけのものじゃない。……傷ついて。きっと俯いて、耐えていた。大丈夫なわけがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る