第百四十六話 『昨日の今日……だっけ?』

「――っ」


 教卓によりかかり、酒瓶を煽るテイラー先生。いつもなら酔っ払いの言っていることと聞き流すのだけれど、今回ばかりはそうもいかない。


 いま、確かに。『何度も同じことをするのは』って言ってたよな?


 これは文字通りに受け止めていいものか。時が遡ったことを認識している? そんな馬鹿な。それは自分達であれば言えることで。あの時、あの場所にいなかった先生が言うのでは意味が通らない。


「それって……どういう意味です?」


 内心での驚きや焦りを表に出さないように、恐る恐る質問してみる。言った本人は何を考えてああ言ったのか。相変わらずグビグビと飲んでいる姿からは、まったく想像ができない。


「――俺の見た限りでは、お前達の実力は十分だってことだよ」


 鼻で笑いながら、そう答えるけども……。

 それって、答えになってるのか?


「ただ、現状に満足はするなよ。二年としては出来る方だってだけだぞ。……ひっく。今よりも上手く、魔法を扱うにはどうしたらいいかを考えとけ。試験が無い代わりの課題だ。それじゃ解散!」


 課題――とくにお前はな、と言われているような気がして。

 だけれども、なんだか腑に落ちないままに。

 今回の試験はナシとなったのだった。






「――ねぇ、聞いてるの?」

「……はぁ」


 先程の“試験が無くなった宣言”により、肩すかしを食らい。顔を合わせた開口一番に文句を垂れていたクロエに返したのは、生返事か溜め息か。……どっちもだな。


「もう、ここ数日の作業がふりだしに戻った気分。一つ一つの工程で、神経を研ぎ澄ませて。失敗しないようにやってきたのに、ぜーんぶ無かったことになってるなんて!」


 ぷりぷりと怒ったような口調で、右へ左へと動くクロエ。


 いつもの“裏側”の広間では、クロエのゴゥレムがあっちこっちとせわしなく働いていた。何を焦っているのかというと、たったいまクロエが言っていた通り。やっとの苦労で進めてきた作業が、跡形もなく元通りになっていたのだと。


 やり直せる。やり直さなければならない。

 過去に戻るのも、一長一短。

 いいこともあれば、悪いこともある。


「それは……ごめん。そこまで考えてなかった」


 物事にはなんでも、その時だからこそのベストの形というものがある。大小の違いはあるだろうけども、一度消えてしまったものを、そっくりそのままに再現するのはとても難しい。


 大義名分はあれど、自分達が行ったことが原因である以上、そこは素直に謝っておく。特にクロエのゴゥレム作りなんて、もはや芸術作品でも作っているんじゃないかという気合いの入れようだし。


 ガサゴソと棚を漁る彼女に頭を下げたところで、『けど……』と柔らかな声音。


「アンタのおかげで、完成するのが少し早まるだろうし。そこだけは感謝しないとね。……それに、貴重な話も聞けたわけだし」


 棚から大事そうに持ち出され――クロエが大事そうに見つめる先には、深い藍色の綺麗な宝石があった。


 これはいったい……?

 ――あぁ、例の月鳴石か。強いて付け加えるなら、加工済みの。


「――そうか」


 あれこれと文句は言っているけれども、本気で怒っているわけではなくて。礼を一つ言うのでも、素直に『ありがとう』と言いにくいのがクロエなんだろう。……ちょっとツンデレのがあると考えれば、まだ可愛くも感じるような気もする。


 善意の押し付けも良くはないけれど、余程のことが無い限りはそれこそやり直しが利くものだし。わりと無茶なことにもチャレンジしてもいいんじゃないかなと、嬉しそうにしている彼女の様子を見て思った。






「――さて、残る問題はもう一つか」


 正直、あまり気乗りはしないけれども――口約束でも約束だ。

 問題はどう信じてもらうかなんだけれど……。


「あ、先輩じゃないっスか」

「七不思議のネタ、持ってきたぞ」


「はっやーい! 昨日の今日……だっけ?」

「三日前ぐらいじゃなかったです?」


「…………」


 何日前だったっけ。最初に七不思議の話をしたのが、試験の五日前だったはずで。試験が終わった次の日には、もう“赤い月”の夜だったんだよな……。そこから過去に戻っているから――といろいろ考えてたら、頭の中がこんがらがってきそうだ。


 ……試験の三日前に戻ってきたのなら、向こうからは二日でネタを持ってきたように見えるんだろう。そう考えると、本当に仕事が早いように見えても仕方ない。


 ただ、重要なのは早さでなく中身の方。……包み隠さず全部について語るのは憚られるので、それこそ記事になりそうな要素だけを掻い摘んで話せばいいか。


「この学園の七不思議の候補に“過去に戻る噴水”ってのがあるんだが――」


 …………。


 図書室で調べた諸々の情報。これから実際に起こる“赤い月”。そして学園の噴水を通り道として飛ばされる“時の世界”。それと、時の神であるロアノについても。


 世界各地に残っている“赤い泉”の伝説と絡めて説明してやると、ウェルミ先輩だけが食い気味に聞いていた。


「うんうん! 話としては筋道が通ってて説得力があるわね!」


 ……まぁ、実際にあったことなんですが。


「それって証拠は? 結局迷信どまりなんだろ?」

「証拠は……。あー……、無いが」


 自分たちが戻ってきたのだと言ったところで、信じて貰えるわけでもなし。ロアノの所に行けたのも、アリエスの持っていたアーティファクトが原因らしいしなぁ。他の人が試したところで、まず間違いなく水を被るだけだろうし。


 ……だったのだけれど――


「面白いじゃない! “過去に戻る噴水”と“赤い月”の関係性だなんて。これだけでも、ちゃんと調べたらちょっとした記事にはなるんじゃない?」


 実際に過去に戻れなくとも、学園にある何かが名物として広まるだけでも十分だと。むしろ、数日後に迫っているであろう“赤い月”と絡めているのだったら、なおさらニュースとして目立って人目を引くに違いない。


『そうと決まれば、情報は鮮度が命!』とウェルミ先輩は嬉しそうに手を鳴らす。


 ――目立ちたがりの先輩のことだ。これでもかと“赤い月”の夜を特別なものに仕立て上げるに違いない。


「“赤い月の夜”が来る前に、急いで作らなきゃ! ほら、ふたりとも準備をする!」


「えぇ……本当にやるんですかぁ?」

「わ、私は図書室に行ってきまぁす!」


 ハツラツとした先輩に引っ張られる後輩二人の声を聞きながら、【真実の羽根】をあとにした。





 と、いうわけで各々あったタスクを全て消化し終えて。そろそろハナさんたちの試験が終わっているだろうということで、【真実の樹】に戻ってきたのだけれど――


「いやぁ、助かったぜ。なんとか赤点は回避できたな!」

「――っ!」


 いつもどおりの元気さを取り戻したヒューゴの声。けれども相反する形で、不安に自分の心臓が跳ねた。


 まさか……試験の内容が違った?

 過去に戻るってのも、万能とはいかないのか……?

 でも『回避できた』って言ってるんだし、合格はしてるんだよな?


「……アリエスとハナさんはどうだった?」


「ん、まぁ……。ほぼ満点」

「わ、わたしもです……」


「監督する先輩が良いからだよなぁ、ふへへ……。なにはともあれ、全員が合格してるんだから」


「いやいや、甘やかしちゃ駄目ですって! ほら、ヒューゴ。なんでアンタは赤点ギリギリなのよ。一度受けた内容だったんでしょ」


 ……あぁ、やっぱり同じ内容だったのか。


 アリエスもハナさんも、この上ない好成績。自分の心配も杞憂に終わり、前回と全く同じ試験内容だったらしい。それ故に、ハナさんは少し罪悪感を感じているようだったけれども、わざと間違えるなんてことができる性格じゃないだろうし。


 自分は試験を受けることなく合格。ヒューゴもなんとか赤点を回避できたようである。勉強以前に試験の内容を憶えていないのも大概だったな。


「一時はどうなることかと思ったけどよ、なんとかなったな!」

「ほんとうに……みなさん、お疲れ様でした」


 ハナさんに教えてもらってもこれだから、やっぱり相当に馬鹿なんだろうな。


「あれだけ勉強してたのになぁ、ヒューゴぉ」

「まぁ、結局はこんなものなんだろうね」


「試験は終わったんだし、なにも怖いものはねぇぜ!!」


 ――と、なんとも締まらない形で。

 七不思議を中心にした今回の出来事も幕を下ろしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る