第百四十四話 『その行く末を見守るだけで』

「世界が“混じった”ってなんだよ……?」


 歴史の勉強じゃなかったのか。いくら剣と魔法の世界だといっても。こうして学園の噴水を通って、別の空間にやってきた後だとしても。流石にこれは、ファンタジーが過ぎるんじゃなかろうか。


「空想のようにも聞こえるだろうけど、これは事実さ。片方の視点から見れば、『世界が広がった』と表すのがピッタリだろうね」


 混ざり合った。“重なった”といえる地域もあるらしい。ある時を境に、世界の形が大きく変化したのだと。地図に無かった島が出現し。海洋にある大陸と大陸との距離は広がり。そして大陸上では、無理やりに割り込んだかのように、互いに知らない種族が住んでいる村や町があちこちに現れたのだと言う。


「そんな馬鹿なことが……」

「どうしても信じられないなら、様々な国の歴史を勉強してみるといいよ。必ずどこかがいびつになっているだろうから。――世界の混戦は“確かにあった”んだ」


「何が原因だったの? “あった”と言ってはいるけど、なんで起きたのかがさっぱり分からないんだけど?」


 世界が混ざるだなんて、ただの自然現象というのは考えにくい。そうなると、クロエの質問ももっともだった。誰かの魔法によるものならば――いったい誰が、どんな理由で、どんな方法でそれを起こしたのか。


 神様であるロアノならば、答えを持っているのだろう。と思っていたのだけれど、『それは――誰も知らない』と言葉を濁す。


「……は?」

「誰も知らない。神である僕にも、他の神でも知っている者は恐らくいない。ただ一つ言えるのは、ということ。だから、ここでは答えようがないのさ」


 ……二つの世界。神々がいた世界と、いなかった世界。

『向こうで何があったのか、過去も覗けなくてね』とロアノは言った。


「さて二つの世界の話になったところで、本題へと戻ろう。――片方は、人間やエルフやドワーフなどのヒト族グランデが、魔物やドラゴンの脅威にさらされながら暮らす世界。そしてもう片方は、様々な種類の亜人族デミグランデが暮らし、僕たち神々や妖精たちが管理していた世界だ」


 ヒト族グランデ亜人族デミグランデが、元々は別々の世界で暮らしていた……?

 それに、ドラゴンや妖精も。時代の流れと共に姿を消していったのも、それに関係しているのだろうか。


「互いに存在を知らないままに、類似した世界で生きていた。それが突然に重なり、否応にも認識せざるをおえなくなり。限られた土地や資源を奪い合うようになるのも当然の流れだよね。そこから、ヒト族グランデ亜人族デミグランデの間で長期に渡る戦いが始まったんだ」


 どちらの世界の住人にも、土地に根付いた長い歴史がある。その人たちから見れば、突然現れた別の世界の住人は敵以外の何物でもないだろう。初めは各所で

小さな争いが起きていたのだけれど――最終的には大陸を二分するほどの、大きな戦いとなった。というのは、授業でもちらりと聞いた覚えがある。


「その……神様は戦争に参加しなかったのか?」

「僕等はそんな戦いに興味は無かったからね。極端な言い方をしてしまえば、『この世界は僕等の物だけれど、僕等の世界ではない』。その行く末を見守るだけで、手を出すようなことはしないんだ」


「…………」


 クロエと自分の『じゃあお前はどうなんだ』という視線。

『……まぁ、一部を覗いてだけど』と、たじろぐロアノ。


「逆を言うと、あちらの世界の住人――ヒト族だろうが、ドラゴンだろうが、僕たちに干渉できることはまず無い。存在している世界の階層が違うんだ」


 いわゆる、“高次元の存在”というやつらしい。自分たちが管理している世界に、急に異物が紛れ込もうとも――そこに居るだけの自分たちには関係が無い。やることは変わらないと言っていた。


「さて、その戦いの結果なんだけども……。亜人族の方がヒト族に比べて身体能力が高かった。けれど、ヒト族の世界の方にはドラゴンがいたからね。その差が決定的だったんだ。幾つかの種族が奮闘していたものの――結果はヒト族側の勝利で終わるかと思われた」


「……思われた? ヒト族の勝利で終わったんじゃないのか?」


「戦況を引っくり返すために、大規模な召喚魔法を使って“別の世界との入り口を開けた”んだ。……魔族を呼び出すためにね。魔族と呼ばれるようになったのも、魔力の濃い環境で暮らしていたからなんだけど――そのためか、そのどれもが強力な力を持っていた」


 話はようやく最初の方に出ていた魔族についてだった。そこに至るまでが長かったけれども、ようやく本題。魔族の住んでいた世界なら、さしずめ魔界ということか。


「戦況は再び五分五分に戻るところだったんだ。……彼らが《血の系譜ブラッドノーツ》と名乗る者たちを呼ぶまでは。そこからが大戦の後期の始まりさ」


「えーっと……その《血の系譜ブラッドノーツ》ってのは?」

「ウルグリアー・ベリルリードを筆頭とした、吸血鬼たちの総称さ」


 吸血鬼、という言葉にクロエがピクリと反応した。……それがクロエの原点ルーツだろうか。


 魔族というのが、そもそも別の世界から呼び出された者たちというのは分かった。ウルグリアーという名前も、戦争の時の魔族の大将なのだし、少し調べれば出てくるほどに有名らしい。……自分は知らなかったけど。


 それならクロエという存在が、世界的に問題視されていてもおかしくないと思うのだけれど。――というのも、有名なのは魔族ということだけで、吸血鬼というのは意図的に情報を伏せられているのだとか。


「召喚されたが、その圧倒的な力で亜人族の国を徹底的に滅ぼした。それはもう、言葉に表せられないぐらいの壊滅状態さ。それで亜人族はヒト族へと泣きつき、協力して魔族たちを倒すことにした。というのが歴史の本当の姿だね」」


 それまでヒト族と長い戦いを続けて弱っていたこともあるだろうが、それでも数人が片方の陣営をことごとくに叩き潰したのだと。


「――君はその《血の系譜ブラッドノーツ》の誰かの娘だろうね」


 クロエの親もなかなかに厄介な人物だったらしい。戦争のことについてはいまいちピンとは来ないけど。突然に呼び出され、ヒト族も亜人族も一纏めに相手取るほどの力をもった種族だ。その娘だというのなら、その魔法の扱いについても頷ける。


「私が……世界を滅ぼそうとした魔族の娘……」

「そんなに気にすることはないさ。亜人に壊滅的なダメージを与えた後は、大将であるウルグリアーとその他数人以外は姿を消したらしいし。その数年後に突然に現れた“五人の英雄”が、ウルグリアーを倒して戦争は終わり。――そう、全部終わったことなんだ」


 英雄についてはちらりとアリエスとも話した気がする。こちらも殆ど謎に包まれているとか。ロアノは少し知っている風だったけども、『それについては君たちが自分で調べた方がいい』と言われてしまった。……結局始まりも謎だらけなら、終わりも謎だらけ。今が比較的穏やかな時代になっているのは、そうした大きな戦いを乗り越えてきたからこそなんだろう。


「少なくとも君が生まれてきたというのなら、君の父親はウルグリアーではないということなんだろう。どちらの側だったのかは分からないけれど、それでも戦争が終わってヒト族の女と交わったことは事実だしね」


 ――と言ったところで、ロアノの演奏が終わった。殆ど話に集中していて、どんな曲だったのかさっぱり覚えていないが、よくもまぁこれだけ喋り続けながら演奏できるもんだ。


「さて、歴史の授業はこんなところにして――そろそろ時間が来たようだね」

「やっとか……」


「おい、テイル――!!」


 やれやれと凝り固まった体を伸ばしていると、ヒューゴが大声を出して自分を呼んでくる。……これまたデカい窓を開けてるな。また何か見つけたのか?


 少し距離はあるけれど、こちらからでも中を覗けないわけじゃない。少し目を凝らして見てみると、その中にいたのは――


「ヴァレリア先輩!?」


 血を流して大量の魔物と戦っている先輩の姿だった。


 なんで先輩があんなところに!? ――いや、あれは映像か。

 だとしても、過去の映像か? それともこの先の未来?


「クロエ、少しここで待って――」


 ……どちらにしろ、もっと近くで見る必要がある。クロエをピアノの傍に残し、ヒューゴたちのもとへと駆け寄ろうとした矢先――


「て、テイル……でも、もう《消えかかってる》!」

「消え……? ――なっ!?」


 部屋全体が霧がかったかのように白み始めていた。窓も、側にいるヒューゴたちも、そしてクロエとロアノの姿も、何もかも。自分の手すらもはっきりと見えなくなる。


「まだだっ……ロアノ、待ってくれ――」


 いま締め出されるわけにはいかない……! 先輩が……先輩が危険な状況に陥っているのなら……。過去の出来事なら、今いる先輩が無事を証明しているのだからそれでいい。けれど未来の出来事ならば、結末がどうなるのかを見届けなければ。


 ――しかし時の神は無情か。一度終えてしまえば、本人にも止めることが出来ないのかもしれないが。それでも、申し訳無さそうな声ぐらい出したっていいだろうに。


「……残念ながら、“時間切れ”だよ」


 その言葉を最後に、自分の意識は途切れたのだった。

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