第三十七話 『この人と戦いたいって人はいるかな?』

「ハナさんは参加しないんだっけか?」


 学生大会まであと六日。きっと生徒の半数近くが、己の技を磨いている中――自分はといえば、グループ棟の廊下をハナさんと歩いていた。とはいっても、決してサボっているわけではなく。それにもちゃんとした理由があるわけで。


『ヒューゴだけ外で特訓!』というわけにもいかず、練習場は交代で使うことに。どうせなら、情報収集でもしておこうと外へ出たのである。


 ……そこでハナさんが付いてきたのは、予想外だったけど。

 

「私……人と競うのが苦手なので」


 これまでヒューゴやアリエスとならともかく、ハナさんと一対一で話をすることはあまり無かったんじゃなかろうか。けれども、そんなにポンポンと話題が出るわけでもなく――選べる話題なんてのも限られていた。


 ヒューゴは思いついたことを何でも口に出すから、適当に相槌を打ってれば会話が成立するし。アリエスの場合、話の流れを予想しながら話をしてる節があるので、こちらとしてもそれに乗ればいい。


 ……まだ、何を考えているのか分からないときがあるんだよな。


「それに治療ならいいんですけど、人に向かって魔法を使うのも怖いんです……」

「…………」


 まだ一年生にも関わらず、詠唱ナシで妖精魔法を扱える――というだけでも、クラスでは注目されている、とヒューゴは言っていた。


 工房でイクス・マギアと戦ったときのことを思えば、本気を出せばいいところまで行くのではないかと思って話題に出したのだけれど、やはり乗り気ではないようで。


「それってもしかして……この学園に入ってきたのと関係がある?」

「……ごめんなさい」


 何かを説明するでもなく、少し困ったような笑みを浮かべながら謝られてしまった。やはりあまり触れられたくない部分らしい。となると、こちらもそれ以上は距離を詰めることはしない。


 まぁ、別に無理に聞き出そうだなんて露程も思ってないし。言いたくないのなら、別に言わなくてもいいんじゃないだろうか。……自分だって、誰にも言えない秘密を抱えてるわけだし。


「――やぁ!」

「うわっ!?」


 なんて会話をしている間に、目的の部屋に着いていたらしい。扉の側に置いてあったヌイグルミが。――そう、【真実の羽根】の部屋の前である。


「今日はどうしたんだい? 散歩かな?」


 ノックをして扉を開けると、ヤーン先輩がソファーに寝そべりながら、チクチクとヌイグルミの手入れをしていた。


「ルルル先輩に大会の話を聞きにきたんですけど……」


 ここのメンバー(といっても二人しかいないけど)は、普段から学内をウロウロしているようで、どちらかが居ないことが殆ど。今日はルルル先輩の番らしい。


「アルルならもう少しで帰ってくるだろうから、そこで座って待つといいよ」


 先程からずっと、ソファーから起き上がることもなく。男性の手にしては細く、長い指先を机の方に向けて、空いた手でヌイグルミを掲げながらいろいろな角度からチェックしていた。


「やー! 今年は一年も粒揃いで、楽しみったらありゃしないねぇもう! これは纏めがいが有りそうね! ほらほら、先輩も協力して――って、あれー?  テイルくんじゃない! まさかそっちから取材を受けに来てくれるなんて、なかなか分かってるわね!」

「分かってない分かってない」


 帰ってくるなり騒がしいなぁこの人!!


 こっちは取材を受ける気なんてさらさら無かったのに、『それじゃあ準備するから、そのまま座っててね』とか言い出して、手帳をパラパラと捲り始めたのだった。


「たしか【知識の樹】に所属してるんだっけ? 学園が設立された当初からあるグループだって噂だけど……」


「そうなんですか?」

「うんうん。とは言っても、殆ど“ある”って言うだけで、実際に所属してる人なんて初めて見たんだけどね。あー、これも七不思議の一つになってたかも?」


 設立当初からあるだなんて初めて聞いた。そもそもグループの名前なんて、その時に先生や上級生が勝手につけるものだと思っていたし。


「グループの雰囲気はどんな感じ? 楽しい?」

「なんというか……破天荒です」


 先輩との関係だとか、活動内容だとか、その他諸々。先輩は外に出たがらないし、いっつもグレーゾーンなお香を嗅いではウヘウヘ言ってるし。仲間は仲間で、まともな人といったらハナさんぐらいしかいないし。


 一言で言い表すなら、破天荒がピッタリなグループだった。


「破天荒……と。そうそう、大会も近いんだし、そっちについて聞かないとだよねぇ。なにか新しい魔法は覚えたのかな? どこまで勝ち抜けそう? 意識している相手とかいる? この人とだけは当たりたくないって人――」

「にはるん先輩です」


「早いっ!?」


 あの人にだけは勝てる気がしねぇ。使える魔法の数も、速度も、威力も、精度も、使い方も。全てに置いて高スペックな先輩だからこそ、優勝候補筆頭なわけだし、そこについてはルルル先輩からも疑問が出ることは無かった。


「新しい魔法については……まだ完全に使いこなせてないので、伏せておいても?」


「いいよー。新しい魔法はまだ未完成、ね。――それじゃあ、この人と戦いたいって人はいるかな?」

「戦いたいやつ――」


 戦いたい、というか戦わなくちゃいけない奴ならいる。


「……ヴァルター・エヴァンスと、グレナカート・ペンブローグ」

「へぇー! 珍しいねー、よりによってあの“グレン”とだなんて」


 先生は『一番戦績が良かったら』と言っていたし、ヴァルターよりも勝ち残ればいいわけで、なにも直接勝つ必要もない。……けど、それでも。それでも、自分の手で優劣をはっきりさせたい。


 グレナカートの方は言わずもがな。あれはいつか越さなければならない壁だ。新しい魔法を手にした今、どこまで通用するか試してみたい気持ちもある。


「うん! なかなか面白い話も聞けたし、こんな感じでいいかな! あ、そうそう。どうせあとで学園中に配られるだろうけど――はい、これどうぞ」


 手帳に挟んでいた紙を抜き取り、自分たちの前に置いた。そこにあったのは、あちこちに積まれた道具の山々である。これが金銀に輝いていたのなら、きっと宝物庫だと認識していたかもしれない。


「……なんです? これ」

「なんと学園七不思議の一つ、“未知倉庫”の写真なのです!」


“未知倉庫”――学園長が世界中を回って集めた魔道具マジックアイテムが収められた倉庫。学園内のどこかにある、と噂されているけども、実際に見たことがある生徒は誰ひとりとしていない。といった内容だったと思う。


「大会の優勝者は、この倉庫の中から一つだけ選んでいいって。もしかしたら実際に連れて行ってもらえるかも?」


 こんなにジャラジャラと物だけ見せられても、使い方が分からねぇよ。そもそも魔道具ってなんだ? ――という心の声を聞かれたのか『魔法陣とは別に、その道具単体に魔法の力が宿っている道具のことよ』と丁寧に説明をしてくれた。俗にこれらのことを総称して“アーティファクト”と呼ぶらしい。


「『かも?』って、先輩が撮ったんじゃないんですか?」

「ううん、学園長に渡されたのよ。『皆には積極的に参加して欲しい』って」






「――というわけで、【真実の羽根】でこんなものを貰ってきた」


 あれから別の人の取材のために、直ぐに飛び出した先輩を追う気にもなれず。そのままグループ室に戻っていた。


 ……結局、他の参加者の話を聞けなかったな。


 渡された写真は既に複製したもので、部屋の中で寛いでいたアリエスに広げて見せる。ヴァレリア先輩は相変わらず、といった様子で部屋の奥でお楽しみ中だった。


「ん? なにこれ?」

「今回の大会の賞品らしいです。先輩が『今回の大会の賞品はこの中から一つ』って言ってました」


 聞けば【真実の羽根】は運営側に回っていて――大会中の実況・解説も請け負っているため、事前に情報が必要だったらしい。この“未知倉庫”の写真も広報として利用されるようだった。


「へー興味はあるねぇ、秘蔵の魔道具コレクションって響きがもうね! ……売ったらいくらになるんだろ」


 結局、金の話かよ。


「んふふ……むしろ部品どころか、ロアー自体もあるかもしれないぞ?」

「学園長だったら持っていてもおかしくないもんな」


「やっぱり参加した方がいいような気がしてきた……」


『ぐぬぬ……』と唸るアリエス。その後ろから、ちょうどいいタイミングでヒューゴも上がってくる。


「――お、戻ってきたのか。そんじゃあ、交代だな」

「いや、少し休憩してからでいいけど、練習相手になってくれないか?」


 いつまでも動かない人形相手に練習を続けるわけにもいかないだろう。そろそろ人を相手に練習しておかないと。そう思って出した提案だったけれども――


「おう、先輩にも言われたからな! 全力でいくぜ!」


 予想以上にノリノリの反応だった。


「……いや、怪我はしたくないから程々で頼む」

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