第579話 オークに紛れてで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


「みなさん右手をごらんください。あちらに見えますのが暗黒大陸名物野生のオークの群れになります」


 野生のオークの群れ。

 そう、野生のオークの群れである。

 異世界では野生のオークが群れを成して歩いている。

 それが日常なのである。


「はー、疲れた疲れた」


「最近は観光客が多くなったから、日に三回もやらなくちゃいけねえべ」


「流石に全力疾走は疲れんべなぁ。あぁ、誰か、湿布もってねえべか」


「あるぞぉ、よぉく聞く奴。異世界製の奴だァ」


 なんか言っているようだが、日常なのである。

 オークが群れを成して大陸を駆けまわる。

 それこそ異世界ファンタジー。


「んだけども、魔神さまのために、野生にかえるだなんてけったいなこと考えるオークもいたもんだべなぁ」


「ワシら普通のオークには考えの及ばねえことだぁ」


「んだんだ。そっただことするより、観光客相手に演技している方が、よっぽど実入りがいいべ」


「ワスの所は、息子が今年騎士団受験だから大変だべ。暗黒大陸でも、金は入り用だものなァ」


「んだんだ」


 聞こえない。あぁ、何も聞こえない。

 ここは異世界パークこと暗黒大陸。モンスターたちの楽園。どったんばったん大騒ぎ。

 九尾の加代ちゃんが加わって、これからどうなる。

 決して「バケ〇でごはん」みたいな世界ではないのだ。


「のじゃぁ。また、そんな三十代にしか微妙に伝わらないネタ持って来たのじゃ」


「まぁ、サラリーマン悲哀的には、こっちの方が世界観にマッチしてるよね」


「なんやまたあの漫画、再アニメ化しとらんかったっけ……」


 再放送みたいですね。

 なんにしても、あの手の〇〇の裏側的ギャグ漫画やアニメはいいですよね。

 サンレッ〇とか、じょし〇くとか。


「長くなりそうなのでそろそろ本編なのじゃ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 いやはやしかし、野生のオークの群れね。

 こりゃまたけったいなものが暗黒大陸の名物なもんだ。

 それでまた、そんなものを喜んで見に来る奴も見に来る奴だ。どうかしていやがるとしか言いようがない。


「ほほほ、こりゃまた元気な野生のオークだこと」


「懐かしいねぇ。野生のオークの季節といえば、稲刈りの頃の風物詩だった」


「根こそぎ略奪されたっけねぇ。徒党を組んで、オークに対抗して肥え溜めにハメて鍬で叩いて殺したっけ」


「懐かしいなぁ」


 のほほんとした顔つきで過去に思いを馳せる爺さん・婆さんたち。

 この世界の爺さんと婆さんは、思いのほかタフである。


 そんな缶コーヒーのCMみたいな感想を抱かずにはいられないのだった。

 ほんと、タフ。


「……で、桜さんよ。今がチャンスだぜ」


「……逃し屋?」


 暗黒大陸観光センター。

 その屋上から、暗黒大陸の原野を見下ろしている俺たち暗黒大陸ツアー御一行さま。当然のようにその中には、タナカを逃した逃し屋も姿を現していた。


 石造りの柵があるそこに手をかけて、今は見えなくなった野生のゴブリンたちが消えた地平を眺める逃し屋。彼は、なんだか世間話でもしているような調子で、俺に向かって語り始めた。


 表情はやはり半笑い。

 こんなやりとりなど日常茶飯事。もう何度でも経験していると顔が告げていた。


「ツアーコンダクターは、このイベントでがっぽり儲ける――もとい寄付を取ろうと躍起だ。人が一人消えようが消えまいが、まぁ、気にはしないだろう」


「旅人の安全とかそういうの気にしないのかよ」


「まさか。ここは暗黒大陸でも比較的安全な施設だ。そんな所で行方不明になったのだ。むしろ、旅の途中でいなくなられるより都合がいい。おおかた、これ以上進むのに怖気づいたのだろうと、好意的に解釈してくれるよ」


 もっとも、ツアーが折り返して西の王国に戻るまでだろうがねと、逃し屋は言う。


 経験から来る言葉なのだろう。

 彼の言葉には妙な説得力があった。彼の言う通りにすれば、とりあえず、物事は上手く行くだろうという直感が、俺の中で疼いていた。


 乗るかどうかはともかくとして、確かにこれはチャンスである。


「どうして俺たちを助ける、逃し屋」


「んー。まぁ、クライアントを逃しちまった手前かね。もう逃しちまったからあきらめろと言っても、遺恨はどうしても残っちまうからね。恩の一つでも売っておくほうが、より確実かなと思ったのさ」


「ほんと手慣れてるな。アンタ、本当はなんか違う仕事してるんじゃないかい」


「変なことを言ってくれるなァ。この稼業だけでかっつかっつ、毎日苦労してやっているっていうのに、そういう冗談は堪えるよ」


 さぁ、どうする。

 目で俺に問う逃し屋カロッヂ。


 加代とダイコンを後ろに回して、俺は少し考える。


 そして――。


「この程度の恩じゃ、ちょっと足りないね」


「ほう」


「きっちりと、逃させてもらおうじゃないか。幸いの所、逃し屋なんだろうアンタは。だったらOK、このツアーから数日間、逃してもらいたい」


 これでどうか一つと言って来た逃し屋に対してさらに吹っ掛ける。

 俺は少々強気に、そんな発言を彼に向かって仕掛けてみた。


 いかんせん、なんといっても俺たちは今は冒険初心者。

 使えるモノはなんだって、使わないとな。

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