第429話 弟頼みで九尾なのじゃ

 治らない。

 加代のロリ化がいつまで経っても治らない。


 治るどころか、もう加代自身も諦めてしまった感じがある。

 というか、今後もロリ方向で行こうという、そんな腹積もりさえ感じがある。


 だいたい会社も会社だ。見た目は関係ないとかいって、普通に加代の奴を今の姿のまま働かせているものだからあいつも危機感を覚えない。

 仕出し弁当の会社も――戻るまで待っててあげるからと、体よく彼女を休職扱いにしたのもよくない。もう少し、はよ元に戻れとプレッシャーをかければいいのに、まったくどうして加代の奴に甘いのか。


 いや、いつもだったら九尾にしなくてありがたいという所なのだけれ。


 とにかく、そんな調子であるからして、もう、このままでいいかと、そういう安穏なことを思ってしまっている感じである。ここ最近の加代の暮らしぶりから、なんというか、そういう感じを受けてしかたないのである。


 いけない。このままではいけない。

 このまま夜の仲良しができないままだなんてそんなの――同居生活にかかわる。


 というか、そろそろ限界だった。


「という訳でだハクくん。物は相談なんだけれど」


「お兄ちゃん……。休日に相談があるって電話かけてきた時は何事かと思ったけれど、そんな辛い状況だったんだね」


 休日の喫茶店。

 僕は、加代の弟であるハクくんと会っていた。


 この抜き差しならない状況について、相談するためにハクくんに会っていた。

 もう、本当に藁にもすがりたい気持ちだったのだ。


 そう、彼ならば分かってくれるはずだ。

 加代の弟であるハクくんならば。

 同じオキツネのハクくんならば。

 まだついているのかどうかは分からないけれど、男の体で女の心を持つハクくんならば、この俺たち同居カップルの間に起こっている問題を分かってくれるはずだ。


 俺はかぶりを振って、そして、情けない涙声で、彼に助けを求めた。


「もう、我慢の限界なんだ。このままだと、気がどうにかなってしまいそうで」


「……分かったよ。お兄ちゃんはもう僕の家族と言っても過言ではない相手だからね。僕でよければ力になるよ」


「……ハクくん!!」


「……お兄ちゃん!! 僕が力になるよ!! どこまでできるか分からないけれど!!」


 流石はハクくん頼りになる。

 加代と違って、できるオキツネのハクくんは、俺の手を握って力強く頷いた。

 男らしさなど微塵もない、女性的なその頷きに俺はいよいよ感極まって涙ぐむ。


 頼りになる義弟を持って、俺は、俺はなんて幸せなんだろう。

 本当に泣き出してしまいそうだった。


「それで、具体的に何を手伝えばいいのかな? 正直、お姉ちゃんのロリ化について、僕もアドバイスできることはないんだけれど……」


「あぁ大丈夫。ちょっとこれを身に付けてくれればいいだけだから」


「これ? 身に付ける?」


 そう言って、俺は、隣の椅子に載せていたバッグからそれを取り出す。

 きつね色と紅葉色をしたその衣服は――加代がロリ化する前に着ていた衣服。


 そう、加代の普段着であった。


「……えっと」


「化けてくれとまでは言わない。この服を着てくれるだけでいいんだ」


「……お兄ちゃん?」


「それで、まぁ、ちょっと写真とか、その、際どいポーズとかしてくれれば、それで俺は満足だから!! それで俺としてはなんとか堪えられるから!!」


「ちょっと待ってお兄ちゃん!? うん、落ち着いてお兄ちゃん!?」


「だからホテルに行こうハクくん!! 大丈夫!! 手は出さないから、俺、NLだから!! そういう方向には転んでもならないはずだから!! 新しい世界とか、覗いてみたいとかそういう方向には間違ってもなら――!!」


「人の服を勝手に持ち出して何をしておるのじゃーっ!!」


 九尾ちゃんドロップキック。

 二つの脚と、一つの尾が俺を強打した。


 どこから出たのか神出鬼没。

 狐なのに神か鬼とはこれいかに。

 加代さんが俺とハクくんの座るテーブルに飛び込んできた。


 見事に脾腹を打ちぬかれて悶絶する俺の上で、ロリ加代さんが白い眼を向ける。


「桜よ!! 人の弟になにを頼んでおるのじゃ!! このたわけ!!」


「コスプレ!!」


「言い切りおった!! こやつ!! 悪びれる気すらない!!」


「だっていいじゃない!! 男同士なんだから!! 浮気にならない、ノーカウントじゃない!!」


「そういう問題ではないわ!!」


「切ないの加代さん!! いつまで経っても、大人の姿に戻ってくれなくて、俺はもう切なくて仕方がないの加代さん!! 夜の仲良しを、いい加減再開――」


 べちり。

 また、九尾の一尾が俺の頭をしばいた。


「こんな人前で言うことではないわ!! まったく、いい加減にするのじゃ!!」


「いい加減にするのは加代さんでしょぉ!! いつになったら、貴方、元の大人フォームに戻ってくれるのよぉ!! もう警察官の、フリーズ・ドント・ムーブ、に怯える日々はまっぴらなの!! 普通に触れ合いたいのよ加代さぁん!!」


 触れたくて触れたくて切ない。

 けれど、児ポ法あるいは青少年健全育成条例という高い壁が、俺たちの間には立ちふさがっているのだ。


 たとえ実年齢三千歳の化け狐でも。

 それはそれ、これはこれ、なのである。


「うぅっ、どうしてのじゃロリなんてなっちまったんだ。俺は、普通の加代さんが、大人だけどツルペタすってんどんな加代さんがよかったのに」


「のじゃ!? おっぱい星人ではなかったのか!?」


「ばっきゃろう、お前!! そりゃ、信仰上はおっぱい大きい方が好きだけれど、それとこれとは話が別だろ!! ごはん派とパン派のどちらと問われれば、どちらかと言えばパン派と答えるけど、実際にはごはん食べてるとかそういう感じだろ!!」


「まったく愛が感じられない喩なのじゃ!!」


 夜の仲良ししてたら、そういうの気にならなくなるものなのじゃ。

 愛ってそういうものでしょ。フォックス。

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