第352話 異世界転生するならで九尾なのじゃ
以前、異世界転生モノのWEB小説で小説家になろうとしたことがあった。
なろうとしたのは別のサイトだったけれど、それはまぁ置いておくとして。
「……まったく星増えてないなぁ」
「のじゃぁ。WEB小説なんて読まれないのが普通なのじゃ。そんな簡単に人気が出たら、世の中書籍化作家で溢れておるのじゃ」
「……いや、意外と溢れているような気がするんですけどね」
久しぶりに、そういやあれどうしたっけかと小説の存在を思い出した俺。
よせばいいのに、どんなものだろうと覗いてみたのが運の尽き。まったく伸びて居ないPVと評価に、ちょっと自分でもどうだろうという気分になってしまった。
何がいけないのか。
宣伝が薄い。
文章が悪い。
展開が悪い。
ヒロインの訴求力が弱い。
いや、深く考えまい。趣味でやっているというのに、仕事と同じくらい追い詰めてどうするというのだろう。
というか、こういうのはもっと適当なくらいでちょうどよいのだ。
よいのだと思う――。
「のじゃ、ほんに、小説家なんかにならなくてよかったのう」
「やめてほんと加代さん」
「あの頃は、印税ガッポガッポ、不労所得で食わしてやるからなぁ――とか調子こいておったのじゃ。やっぱり人間は額に汗かいて働くのが一番」
「……いや、働かなくて済むなら働きたくないですよ?」
けど。
人生なかなか思ったようにいかないものである。
とほほと俺は肩を落とした。
まぁ、一朝一夕で小説家になれるなら、苦労はせんか。
こういうのは真面目にコツコツと、経験を積み重ねてようやくモノになるんだろう。今の仕事だって、相当に修行してようやく人並みに働けるようになったのだ。
ここで評価を得ている人たちは、それだけの場数をこなして来た。
それだけのトレーニングを積んできたから、今この作品の評価があるのだろう。
そんな場所に土足で上がり込んだ俺が悪かったのだ。
――まぁそれはそれとして。
「異世界転生してチートな能力を貰う。掴みは悪くないと思ったんだけどな」
「それはもはやテンプレといっていいレベルのお約束なのじゃ。問題は、その中身、転生してどんな能力を貰うかが大切なのじゃ」
「どんな能力かぁ」
「お主のは、
さようですか。
俺と違ってWEB小説にそこそこ明るい加代さんに、そう言われてしまうと何も言えない。ぐぬぬと唸って俺は彼女の言葉に耐えた。
耐えたが――。
「だったら、どういう発想で能力を造ればいいんだよ。所詮、自分が今まで見てきたモノからしか発想なんてできないだろう」
「のじゃ、だからお主の小説は面白くないのじゃ!! まずはそこ!! 発想法から鍛えないとWEB小説でもリアル社会でもやっていけないのじゃ!!」
よいのじゃ、と、加代が腕を組む。
何やら始まったオキツネレッスン。まぁ、金輪際、小説なんて書くことはないだろうけれど、それでも彼女が語りたいなら聞いておいてやるとしよう。
九尾ちゃんは語りたい。
なんつって。
これもまたなんかのネタになるかもしれないしな。
金輪際書かないけど。
「のじゃ!! こういうのは能力から考えるからいけないのじゃ!! 例えばそう、突然自分が異世界に飛ばされたとする!! そんな時――どんな能力があったら便利だろうか? 何があったら便利だろうか? そういうことを考える所から、ブレイクスルーは発生するのじゃ!!」
「そうなのじゃ? よく分からんのじゃ?」
「――ほれ、実際に考えてみるのじゃ。異世界に一人で飛ばされて、右を向いても左を向いても分からない。そんな時にどんな能力があれば生き延びられるか」
なるほどそういう思考実験ね。
言われてみれば、俺はそういうのを考えずに、直感で能力を決めてた所がある。
なるほど一理あると俺は加代の言葉に納得した。
同時に――まったく小説家になるつもりはないのだが――俺は、異世界に転生されたならば、いったい何が必要かを考え始めた。
そう、異世界を生きる為に必要なもの。
異世界に居ても、笑って元気に暮らしていくのに必要な能力。
そんな俺にとってかけがえのない替えの利かないもの。
それは――。
「加代ーっ!! 嫌だ、俺だけ転生するなんてーっ!! 寂しすぎるぅっ!!」
「のじゃぁっ!? いきなりなんなのじゃ!?」
「転生するなら一緒じゃなきゃやだーっ!! 俺一人だけで異世界とか、そんなの絶対に寂しくて死んじゃうから勘弁してぇーっ!!」
「……お、お、落ち着くのじゃ桜よ!! 異世界なんてそんな転生しようと思って転生できるものではないのじゃ!!」
加代がいなくなってしまうなんて耐えられない。
彼女が存在しない世界を想像してしまった俺は――後から思い返しても自分でもどうかと思うくらいに大いに狼狽えたのだった。
いや、実際問題ね、耐えられないと思うよ。
お前もうかれこれどれだけ一緒に居るんだって話だよ。
「異世界転生するなら一緒だからね!! 約束だからぁっ!!」
「のじゃぁっ!! 自宅とはいえそんなこっぱずかしいことを叫ぶでなぁい!!」
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