第261話 社会人失格で九尾なのじゃ

「ふっざけんじゃねぇぞオラァっ!!」


 キレちまったぜ。


 取引先の禿散らかしたおっさんが、こっちをぞっとするような目で見ている。

 隣に座っていたサブリーダーの前の職場からの同僚もそうだ。


 叫んでから、襲い掛かって来るのは後悔。

 しかし、それに顔を曇らせるにはいささかやはり遅すぎた。

 もはや毅然と目の前の、横柄なクライアントを睨みつけることしかできない。


 どうして感情的になって怒鳴りつけたりしたのだろう。

 自分でもそういう部分があるとは思っていたし、前の会社でも何度かやらかしていたのは事実だ。


 先輩・上司相手にステゴロかまして、病院送りにしたこと数知れず。

 キレるとなにやらかすか分からない桜くん、とは、言われていた。


 まぁ、それでも所詮、それは社内でのこと。

 内々の事は多少無茶をしても、周りがフォローしてくれる。それに、俺もよっぽど、勝ち目の有る相手にしかそういうことをして来なかった。


 こんなことを言うと、男らしくないと誹りを受けそうだが。

 俺は勝てる喧嘩しかしないし、穏便な決着が見えない喧嘩はしない。

 リカバリできる余地があることを確認してから、暴れるようにしている。


 あくまで、喧嘩も社内でのコミュニケーションの手段の一つである。

 そう俺は考えているのだ。


 それでも、客先でそれを使うということに関しては、流石に抵抗を覚えた。

 会社と会社という関係ではそれは通用しない。

 なにより、それが大切なお客様相手ならば、言うまでもない。


 だから、その辺りは血が熱くならないようにと、注意してきたつもりだ。つもりだったのけれども……。


「今から仕様変更の上に、納期一か月短縮だと。ふざけんじゃねえ。これは仕様変更じゃない。そもそも仕様追加だ。本来だったら、人員追加して凌ぐような場面だってのに、ふざけたこと言ってんじぇねえよ」


「桜、桜。落ち着けって、なっ、お前、ちょっと冷静になれよ」


「俺たちは時間と金と装置さえ貰えりゃなんでもする。なんでもするが、奴隷じゃねえ。こんな条件後出しでつけられれて、はいやれますなんて言えるか。失礼する」


 俺は会議室に同僚を残すと、プロジェクトのリーダーという立場も忘れて、さっさと会議室を後にしたのだった。


 幸いにも、ここは敵地ではなく自社の会議室。

 早めに会議を切り上げて、デスクに戻って来た――とでも思ったのだろう。俺に向かって、チームメンバーが、おつかれさまです桜リーダーと声をかけて来た。


 その言葉にも、いらり、と、来るものがあったが、そこはそれ。

 彼らは俺の大切な部下でありチームメンバーである。


 ぐっと、まずは感情を堪えて、そして。


「……すまん」


 俺は彼らに向かって頭を下げた。

 当然、リーダーのこの突然の行動に、彼らが目を丸くしたのは言うまでもない。


「え、どうしたんですか、桜さん?」


「会議室で何かあったんですか?」


「そういや、サブリーダーの姿がないですけど」


 俺はことの次第を――つまるところ、相手からの仕様変更の条件を蹴り、会議をご破談にして来たことをメンバーに話した。

 会社に与える損失も大きい。そしてメンバーに与える損失もだ。


 チームを預かる者として、勝手きわまる行動だとも思っている。

 どう謝ればいいのか。

 考えつくしても長い言葉は出てこなかった。


「本当に申し訳ない」


 俺はそれだけ言うと自分のチームメンバーに頭を下げた。

 どんな面罵でも甘んじて受けよう。

 そう覚悟して頭を下げた。


 所詮、俺のような男なぞ、社会人失格なのだ。


 ――そう思ったのだが。


「……いや、桜先輩、よく言ってくれたました!!」


「そんな納期の仕事、出来る訳ありません!!」


「先輩が断ってくれなかったら、僕ら、この会社辞めてましたよ……」


「……お前等」


 無理すりゃなんとかできない量でもないんだが。

 そうか、辞めるのか。


 これがゆとりという奴なのか。


 いや、まぁ、そんなことはどうでもいい。


 こんなことになったというのに、俺のことを慕ってくれるというのか、彼らは。

 なんだか、それがとてもありがたいことのように思えて、俺は、少しだけ目の端を湿らせたのだった。


 と、そんな俺の背中に、まったくだぜ、と、同僚の声。


「一応、フォローはしておいた。当社としては、そういう無茶なお仕事は引き受けかねます。少なくとも、担当のリーダーは蹴りましたので、これ以上は上と話をつけてください。って、言っておいてやったわ」


「お前」


「格好良かったぞ、桜リーダー!!」


 そう言って、俺の肩を叩いてくれる同僚。

 いよいよ、目の端から熱く滾る涙がこぼれ落ちると、俺はまるで子供のように、うわん、うわんと、涙を流した。


 男が泣いていい日は決まって居るが、かけがえのない仲間を得た日くらいは、大目に見てくれたってかまわないだろう。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。


「ふっざけんじゃねぇぞオラァッ!!」


 俺は家でもさっそく、座卓を叩いて加代に言ってみることにした。

 毎日毎日、飽きもせず、おいなりさんおいなりさんおいなりさん。


 たまには、俺だって、違うものが食べたいのじゃ。


 それは魂の叫び。

 出るべくして出た、咆哮のように感じた。


 そう、だいぶ前から、加代の晩御飯――半額おいなりさん尽くしには、こちらとしても辟易していたのだ。

 それを今日、会社での勢いを背中に受けて、直談判してみようとしたのだが。


「……のじゃぁ」


 !?


 マガジン的手法が背中に浮かぶ、加代のメンチが返って来る。


 あ、ダメだ、これは。

 流石は三千年生きてる駄女狐とはいっても九尾さま。

 貫禄が違いますわ。


「桜よ、何か文句があるのかえ?」


「いえ、なにも、ありま、せん」


 俺はすごすごと、加代の前に座ると、半額おいなりさんに箸を伸ばした。


「のじゃぁ。今日も半額おいなりさん美味しいのじゃぁ」


「美味しい、おいしい、の、じゃぁ……」


 今日の半額おいなりさんはどうしてだろう、少しだけしょっぱかった。

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