第213話 妾というものがありながらこれはどういう――とにかく九尾なのじゃ!!
【前回のあらすじ】
会長襲撃に使われたスリングショットの球――。
アケボノ会館の文字が彫られた銀玉。
それについて、今は潰れてしまったアケボノ会館の関係者に、会長に代わって話をつけてくれると副社長から申し出があった。
「その代わり。お前さん、俺の孫娘と見合いしろ」
思いがけない交換条件に驚いた桜。
しかし、これは願ってもないチャンスである。
ぷんすこと怒る加代をなだめすかし、彼はお見合いを受けることにしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
お見合いは、市内にあるこじんまりとした料亭で行われることになった。
まぁよくドラマやらアニメやらで見たことある感じの奴である。
あまりにテンプレート。
別にここはそういうのに忠実でなくてもいいんでないかい。そんなことをぼんやりと思いながら、俺は副社長と、その孫娘が到着するのを待っていた。
まぁ、舞台装置は完全にお見合いのそれだが、仕切りはすべて副社長である。
こちら側には仲人はいないし、ちょっとした昼食会という感じだ。
気構える必要はない。
そう思いながらも、比較的くたびれていないビジネススーツに身を包んだ俺は、どぎまぎとした心地で副社長の到着を待っていた。
「のじゃ。お連れ様がお着きになりました」
「はーい……って、加代!?」
聞こえた女中の声に聴き覚えがある。
襖の方を見ると、そこには、真顔でこちらを見る同居狐の姿があった。
「お前、いくら気になるからってそこまでするか!?」
「浮気は許さんぜよ!! それが加代ちゃん――ひいては九尾の鬼の掟!!」
「九尾なのか、鬼なのか……」
どうやら、この料亭でのお見合いに先駆けて、加代の奴はここの仲居に見事に就職をかましていたらしい。理由は、先ほど彼女が発した通りであろう。
相変わらず就職にかけては、この駄女狐の能力は本物だなぁ。
すぐクビになるけれど。
そっと開けた襖から、どかどかと副社長が足を鳴らして入って来る。
待たせたな、と、会社と同じどこか威圧感のある感じで俺に言った彼。
だが、彼はすぐに俺の前にやって来ることはせず、襖の前に立つと、ほれ、入って来いと奥に居る女性に促した。
黒真珠のような深い色合いの髪の毛。
それをゆったりと腰まで流している。
エメラルドグリーンのワンピースの重ねた白い薄手のブラウス。
左手に巻いている時計はレザー製のもので、彼女のたおやかで白い腕に絶妙なアクセントを添えていた。
副社長とは似ても似つかない。
どこか不安げな顔をしたその乙女。
ブランド物ではないが、高級感のあるバックを抱え、彼女はおずおずとした様子で部屋の中へと入って来た。
はっと、俺の方を見てその頭を下げる。
「は、はじめまして。
「はじめまして。桜と申します」
ほれ、はよう席につかんか、と、厳然とした声で言う陸奥副社長。
しかしながら、どこか漏れ出る好々爺の甘ったるい気配。
この男、どうやらこの孫娘を溺愛しているのだろうな。
そんなことがそれとなく感じられた。
よく懐いているということだろうか。ともすれば、ぶっきらぼうとも取れない老人の言葉に嫌な顔もせずに従うと、乙女は俺の前へと座る。
改まって、正面から顔を合わせてみれば――。
これは凄い百年に一度いるかいないかという美女である。
目が合うと、はっと息が止まりそうになった。
緊張したのは相手も同じだったらしい。
目が合うなり、驚いて気恥ずかしそうに視線を床に逸らした孫娘を、はっはっはと、副社長は闊達な声で笑い飛ばした。
「葵よ。男と目を合わせたくらいで、何もそんなに驚かんでもいいだろう」
「けれどお爺さま」
「すまんな桜くん。葵は生まれてこの方、ずっと女子校育ちでな。社会にも出とらんから、男というのをよく知らんのだ。そう、よく知っているのはワシくらいだろう」
ワシくらい、とは、どういう意味だ。
両親はどうした。
孫というからには親父さんもいるだろうに。
ふぅむ。
どうにもこれは訳ありの様子と見た。
どうもすみません、と、頭を下げる葵ちゃん。
どうやら、まだ学生の身分らしい。
その所作にはところどころどぎまぎとしたものがある。
しかし、そんな様子もどこかほほえましい。
「いえいえ、気になさらないでください」
「でも」
「こちらも見とれてしまったところですし、おあいこという奴ですな」
「――えっと、それは、その」
うん。
なんか、地雷を踏んだだろうか。
葵さんが真っ赤な顔をして、また、視線を机へと逸らしてしまった。
そんな様子を楽しむように副社長がよく響く声で笑った。
――そして。
襖の奥で加代がこちらを般若のような目で見ていた。
「
「――うるさいバカ、ちょっと落ち着いて見てろ」
視線だけで会話をする。
なんだい、お前。
かわいい女性を素直にかわいいという権利くらい、人間だから持ち合わせていて当然だろうがよ。
かわいいものをかわいいと感じて何が悪い。
ようやく落ち着いたのか、顔を上げてくれた葵ちゃん。
かくして、副社長、俺、葵ちゃん、そしてハンカチを咥えて般若のような顔をした九尾娘を脇に控えて――。
俺たちのお見合いはスタートしたのであった。
「のじゃぁ。桜よ、浮気したらどうなるか、分かっておるであろうのう」
「だから、黙って見てろって言ってるだろ」
こういうことを視線で訴えてくるからお前は駄女狐なんだよまったく。
黙っていれば、三千年に一度くらいの美女ではあるのに。
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